平ねぎ数理工学研究所ブログ

意志は固く頭は柔らかく

日本国憲法

2023-05-03 09:24:15 | 政治問題

日本国憲法は1条から8条までが天皇に関する条項で、9条でとつぜん戦争放棄です。
国民主権を謳いながら国民の権利と義務は10条以降ですよ。
これおかしいと思いませんか。
それはね、天皇制維持と戦争放棄がセットだからです。
漫画右翼は押し付け憲法だと口癖のように言いますね。
現行憲法は連合国の押し付けではありません。
1条~8条&9条は昭和天皇が望んでGHQと協力して側近に作らせたのです。
昭和天皇を処刑せよという連合国側の声は大きかったのですが、マッカーサーはそれをしなかった。
天皇を処刑したらどんな混乱が起きるかわからない。
現地司令官のマッカーサーはそれを恐れた。
日本国民は天皇のいうことなら何でもきく。
その証拠に巡幸では全国各地で大歓迎された。
だから訴追しないで日本統治に使うべきと考えるのは自然な発想です。
「全責任は自分にある」の言葉にマッカーサーが感動したから訴追されなかったというのは大嘘です。
昭和天皇は処刑を免れるためにいろいろやりました。
独白録を作ったのもそのためです。
独白録を英訳させて、自分は平和主義者でありいかに平和を希求していたかをアピールしました。
東京裁判も昭和天皇が望んだことなのだが漫画右翼は解ってないようですね。
A級戦犯を無罪にしたら昭和天皇が有罪になるのです。
天皇の身代わりに東條らのA級戦犯が処刑されたのだから。

「昭和天皇の戦後日本」(豊下楢彦著、岩波書店)にこう書いてある。
かくして、昭和天皇の戦争責任が認識されればされるほど、天皇の側近や指導者たちは降伏以降、
「悪くなったら皆東條が悪いのだ、すべての責任は東條にしょっかぶせるのがよいと思うのだ」
(東久邇宮)という方針に徹することになった。
だからこそ、後述するように、昭和天皇はマッカーサーとの最初の会見の直前に
米紙「ニューヨーク・タイムズ」の記者と会見し、真珠湾攻撃と宣戦の詔書の関係をめぐって、
事実上の「東條批判」を行うなど、必死の努力を展開したのである。
昭和天皇は生き延びることと皇統維持のためにいろいろやりました。
新憲法制定と東京裁判に対してマッカーサーに謝意を述べています。  

1条から8条までは大日本帝国憲法の流れです。
昭和天皇は現行憲法の中に逃げ込んだのです。
天皇条項を新憲法に盛り込むことは火種を残すことになります。
連合国は当然ながら懸念の意を表明しました。
そこで、天皇を憲法に盛り込んでも問題ない(世界に迷惑をかけない)ことを示すために、9条を制定したのです。
9条は日本の平和を守るためのものではありません。
日本から世界の平和を守るためのものなのです。
だから1条~8条(天皇条項)と9条(戦争放棄)はセットであり、不可分なのです。
自民党国会議員およびその支持者いわゆるウヨウヨはあまりにも無知。
第1次安倍内閣のときに法務大臣を務めた長勢甚遠はこんなことを言っています。

創生「日本」東京研修会 第3回 平成24年5月10日 憲政記念会館

長勢甚遠(第1次安倍内閣法務大臣)>14:25~
安倍総理大臣が戦後レジームからの脱却ということを言われたときに、私も感銘をうけて一緒に行動してまいりました。
その中で、28日に自民党の憲法草案というものが発表されました。私はあれを読んでですね。正直言って不満なんです。
自民党も戦後レジームの定着に大きな役割を果してきたんだなということを自ら言っているようなもんだろうと思っています。
なぜ反対か、ここの改正案のところは賛成するところもたくさんありますけれども、
いちばん最初にどう言っているかと、自民党はですね、
国民主権、基本的人権、平和主義、これは堅持すると言ってるんですよ。
皆さん、この三つはマッカーサーが日本におしつけた戦後レジームそのものじゃないですか。
この三つをなくさなければですね、
本当の自主憲法にならないんですよ。
ですから私はまだ自民党員ですけれども、あの法草案にはですね反対なんです。
???、皆様方もですね、戦後レジームとは何かということをですね、
よく考えて、我々自身が戦後レジームの餌食になっているんですよ。
例えば、人権がどうだとか言われたりすると、
あるいは平和がどうだとか言われたりすると、
おじけづくじゃないですか。

それは我々が小学校からずっと教え込まれてきたからです。
これを立て直すのは、中々たいへんな作業です。
みんなで力を合わせて頑張りましょう。(拍手)

「馬鹿は隣の火事より恐い」と言いますがまさにそのとおりです。
繰り返しますが、現行憲法はマッカーサーによる押しつけではありません。

豊下楢彦:昭和天皇の戦後日本、岩波書店、より引用、
徳川義寛によれば、昭和天皇が新憲法の作成でマッカーサーに「感謝」した最大の理由は、
「国民統合に不可欠の存在」である天皇制が維持された、という点に尽きるのである。
内外情勢が緊迫するなかで、先に見たように、一月二五日に幣原から
新憲法の核心が戦争放棄と天皇制維持の“セット”であると聞かされていた天皇にあっては、
この核心が具体化された新憲法は、まさに歓迎すべきものであった。
この核心を把握できるか否かにおいて、昭和天皇は高松宮よりも、はるかにリアリストであったというべきであろう。
だからこそ昭和天皇は、新憲法が成立してから九日後の一九四六年一〇月一六日に行われたマッカーサーとの第三回会見においても、
「この度成立する憲法により、民主的新日本建設の基礎が確立された旨の御認識を示され、憲法改正に際しての最高司令官の指導に
感謝の意を示される」と、「実録」が記すように、改めて「感謝」の意を表明したのである。
さらに、新憲法が公布された十一月三日には、「本日、帝国憲法を全面的に改正し、人類普遍の原理に基く日本国憲法を公布せしめた。
朕は、この憲法によって、民主主義に徹した平和国家を建設する基礎が定まるに至ったことを深くよろこぶ」との詔書が発せられた。

改憲議論において、9条が争点になっていますが、自民党にとって9条改正は真の狙いではありません。
9条は天皇を守るために制定されたものなので、あってもなくてもどうでもよい条項です。
護憲勢力は9条だけに気を取られ「9条を守れ」とお題目を唱えるように連呼しますが、
守るべきものを間違えています。本当に守らなければならないのは第97条です。

第九十七条 この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、
人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、
これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、
侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

自民党の改憲の狙いは第97条の削除です。
基本的人権を縮小させるか、もしくは根こそぎ奪うことです。
9条の争点化は、97条削除を目立たなくするための囮なのです。

下表は、自民党憲法草案と現行憲法を比較したものです。

上側=自民党憲法草案、下側=現行憲法です。
自民党憲法草案では97条は丸ごと削除です。

つぎの画像は自民党の改憲草案ができたときの片山さつきのツイートです。

天賦人権をやめるとはっきり書いています。
「国民が義務を果たさなくてもいいと思ってしまう云々」とふざけたことを書いていますが、
国民は納税の義務を果たしていないとでも思っているのだろうか。
所得税、住民税、固定資産税、相続税、贈与税、消費税、何から何まで課税して搾り取っているのに、
まだ搾り足りないと言うのか
国を維持するための義務は納税の義務しかないだろう。
他に何があるというのだ。
兵役の義務だと?糞くらえだ。
こんな腐り果てた国を守るために流す血は一滴もないのだ

以下は私の憲法改正試案です。

前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、

諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、
国民の厳粛な信託によるものてあつて、
その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、

その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

第1条
主権は国民に存する。

第2条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。
この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、
現在及び将来の国民に与へられる。

第3条 
日本国民は、国権の発動たる防衛目的以外の戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、これを放棄する。
2 防衛目的のための戦力を保持する。

第4条
日本国民たる要件は、法律でこれを定める。

以下現行憲法(12条~)と同じ。


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2 コメント

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Unknown (taked4700)
2023-05-03 18:43:58
とてももっともな試案です。
特に、97条の部分は素晴らしいです。
また、前文の「正当に選挙された」の部分もとてもいいと思います。どの様に制度整備をするかがカギですね。
疑問は、天皇制をどうするか、それが抜けていると思います。
廃止であれば、注としてでも、そう書いたほうが良いと思います。
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Unknown (平ねぎ)
2023-05-03 19:16:19
天皇制は長州のテロリストどもが155年前にでっち上げたものです。
明治維新の前にも天皇家はあったけれども、国民との関係は無かったんです。
それが自然なんです。そこに戻ればいいだけで、皇統断絶とか皇統維持とかわざわざ憲法に謳う必要ないです。
返信する

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