頑張る上村吉太朗君が4月7日(日)にルネスホールにきてくれる
「歌舞伎・観る会」の恒例としている「観劇ツアー」では、到着が午前の部の観劇の際には、大阪松竹座到着は10時過ぎとなる。開演は11時なので、最近は法善寺横丁を抜けて水掛不動にお参りをするのが常となっている。19日のツアーの際にも、お参りに行った。お隣にある「夫婦善哉」で、友人とぜんざいを楽しんだこともあるが、今回は横目で見たのみだ。
さて、市川亀治郎から四代目・市川猿之助を襲名することで、猿之助は「澤瀉屋」を背負うことになった。今回の松竹座の演目を観ても、「澤瀉屋」一門の復活が見て取れる。
そんな歌舞伎界に、歌舞伎の家には生まれてはいないが、歌舞伎が大好きということで飛び込み、めきめきと成長し続けているのが上村吉太朗君だ。今年の四月からは中学生になると言うが、2007(平成19)年の「第三回みよし会」公演「傾城阿波の鳴門『国訛嫩笈摺』どんどろ大師の場 一幕」で、初めて巡礼お鶴の役をいただいたが、その初々しい姿は今も記憶に残っている。
その後、上村吉太朗君を上村吉弥丈が大切に育てている。そして松島屋・片岡我當丈の部屋子となり、歌舞伎界にデビュー。昨年の京都・南座の「歌舞伎鑑賞教室」では、上村吉弥丈と「連獅子」を踊り、「十六夜会賞 奨励賞」を受賞するなどして、大いに実力を付けてきている。上村吉太朗君は、まさに今後の成長が楽しみな、期待の歌舞伎俳優だ。今から、多くのみなさんのご声援を、私からもお願いする。
そんな上村吉太朗君の松竹座での楽屋を、19日にお邪魔した。4月7日(日)のルネスホールでの「上村吉弥が魅せます 歌舞伎の魅力と愉しみ方」に参加していただけることになっており、そのご挨拶をさせていただいた。上村吉太朗君の歌舞伎の俳優としての魅力を、是非ともあなたの目で確認をして欲しい。ご参加、お忘れなく。
「毎日、どんなパンツをはいて家を出ますか?」、この問いかけを大切にしたい
「生きることは死ぬこと。死ぬことは、生きること。楽しく生ききるために、『満足死』への準備を元気なうちから初めてはいかが」と、最近読んだ『「平穏死」10の条件』(ブックマン社刊)で、医師・長尾和宏は呼びかけている。そしてこの本には、「胃ろう、抗がん剤、延命治療いつやめますか?」の副題がついている。
私は相変わらず、こうした本を読み続けている。しかし、この著者によると「8割の人が、平穏死を望んでいるにもかかわらず、8割の人が平穏死できない」との、特別養護老人ホームで常勤の医師として活動されている石飛幸三先生の言葉を紹介している。
そうなのだ。どんなに逝き方などを考えたとしても、死がどんな形で訪れるのかは全く不明であり、時に考えるのを止めようと思うことすらある。それでもやはり、平穏死(=満足死)をと願い、こうした本を読み続けている。
この本の表題になっている「『平穏死』10の条件」が、詳しく書かれている。が、その第1の条件は、「『平穏死』できない現実を知ろう」とあった。そうだろうと思う。それだけに、「リビング・ウィル(=延命治療に関する自分の意思)」だけは、明確にしておこうと思っている。ただ、この「リビング・ウイル」は、アメリカでは国民の41%が表明しているが、日本ではわずか0.1%とのことだ(「日本尊厳死協会」)。
ともあれ、この本の著者である長尾和宏医師が講演で参加者に問いかけるという、「毎日、どんなパンツをはいて家を出ますか?」「今日、もしかしたら死ぬかもしれないことを考えて、パンツを選んできましたか?」との言葉を私も受け止めた。
以前は、素敵な恋の淡い期待も持ちながら下着に注意してきた(それは当然にむなしい努力だったが)が、これからは突然に鬼籍に入ることを想定して、努力が必要と考える。ただこれも、当分の間はむなしい努力となることを願うのだが。