宮沢賢治がこよなく愛したといわれるバラ、「日光」。オールドローズ、グルスアンテプリッツ。
このバラが生まれたのは、1897年、ハンガリーのルドルフ・ゲシュヴィント(Rudolf Joseph Geschwind) によるものだが、自分の生地チェコのテプリッツへの敬意をこめて、「テプリッツへのあいさつ」と名づけたようだ。賢治とほぼ同じ頃、世に出たバラ。
深いローズ赤の花が頼りなさげに枝垂れて、しっとりした芳香がただよう。
花巻農学校教師時代、宮沢賢治は率先して学校内に花壇を作っていたらしい。だが、そこに植えられていたのは、実習の時間に生徒と野外に出かけ、コブシやミズキ、ニシキギなどの木を掘ってきて植樹したものが中心で可憐な花はなかったようだ。
また、30歳の時に花巻農学校を依願退職し、花巻町下根子桜で独居生活を始め。開墾や音楽の練習、レコードコンサートを行うが、その住宅の庭には蔓ばらが植付けられて壁に誘引せられてたらしい。
賢治とオールドローズとを直接結びつける資料は見当たらないが、その香りといい、うつむき加減に咲く姿は彼のイメージとよく調和するように思えてくる。
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