tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

パフューム/ある人殺しの物語

2007-10-05 20:01:48 | cinema

あんず、りんご、パイナップル、マンゴ、サクランボ、梅(梅酢)、バナナ、アカシア、ばら、ヴ゛ァニラ、アニス、丁子、くるみ、干し草、ピーマン、じゃこう、なめし革、バタ-、煙り(土)、キャラメル・・・・・・。
勘のよい読者ならすでにおわかりかもしれない。ワインの香りの説明に使われる言葉だ。この香りを表す言葉から、実際の香りをイメージできる人は少ないだろう。ここに、香り/においを表現する難しさがある。
匂いの知覚は、鼻腔内嗅粘膜の嗅細胞(直径40-50ミクロン)によるものであり、人では約4000万、においに敏感な犬では約10億の嗅細胞があるといわれる。嗅細胞の先端からは10-30本の線毛(100-150ミクロン)が生えており、におい物質にふれることによってそのにおいに対する感覚が生じる。線毛にはにおいに対する受容器(レセプター)がある。
嗅覚にはG蛋白共役受容体(GPCR)が関与している。また、あるにおいに反応する受容体は嗅粘膜にモザイク状に分布している。においの種類や強さの感覚は、いくつかの受容体の組み合わせによって認識され、これによってより多くの種類のにおいをかぎ分けることができる。におい分子がレセプターを刺激することによって、細胞内のG蛋白を介してシグナルが嗅神経に伝達される。このシグナルの強さは、匂い物質の刺激の強さや濃度に比例するが、特定の高濃度域では感度が低下する。すなわち、高濃度域では感受性のレンジが低感度に切り替わる。

ある種の動物は嗅球(Olfactory Bulb)以外に、Vomeronasal organ(VNO)という器官をもっている。VNOにはフェロモンという動物種に特異的なにおい物質の受容器があり、フェロモンによって異性を引きつけたり、テリトリーやグループ行動に影響を与えたりしている。人間にも胎児期にはVNOのような組織が存在するが、成長につれて痕跡化してしまう。しかし、最近、ヒトのフェロモン受容体様蛋白が見つかった。これまで都市伝説とされていたが、ヒトでもフェロモンが作用している可能性がでてきたのだ。実際にはフェロモンに匂いはないらしいのだが、体臭に混ざって多く発せられているとすると、ヒトにおいても男女の恋愛に無関係であるとは思えない。
最も原始的な感覚として、格下に扱われがちだった「嗅覚」が俄然脚光を浴びたのは、動性言語中枢にその名前を残しているブロカ(1824-1880)による。彼は、ほ乳類の脳が系統的に進化しており、しかもそれら全ての脳の基礎的構造として共通する構造は辺縁大葉(広義の嗅脳)であるとした。これが嗅覚のみに関与する構造でなく、種の保存、個体の保存に関係する広範な機能、記憶、情緒活動、闘争、逃避、生殖、子育てなどに関与することを推定し、今日の辺縁系(limbique)の概念を創ったのだ。
ヒトは、嗅覚が非常に退化しているけれども、脳の3層構造の中の爬虫類的組織や、大脳辺縁系は無意識的に機能し続けていて、匂いと感知できないまでも、知らずにヒトの行動に作用している可能性がある。ヒトが異性を選ぶ際に、種々の条件や見た目よりも前に相手のにおいにより、すでに好き嫌いは決まっているのかもしれないのだ。
さらに、ペンシルバニア大学のモネル化学研究所の山崎邦郎*は、個人個人にはそれぞれ遺伝的体臭というのがあり、それはMHC(主要組織適合抗原複合体)遺伝子群がコードしていると述べている。ある遺伝子のタイプが、においの好き嫌いを決定するというのである。また、母親と子供同士の相互関係を制御するのに役立っているらしい。状況証拠的なところが気になるが、体臭の遺伝は、近親者を異性の対象としないための自然の摂理なのかもしれない。今後の研究に注目したい。(*マウスの織適合遺伝子による個体の臭い;蛋白核酸酵素 Vol. 27 No. 4 (1982))

18世紀、悪臭漂うパリで生まれ落ちたジャン=バティスト・グルヌイユは、自分の体臭以外はどんなにおいも嗅ぎ分ける嗅覚の持ち主だ。つまり、音楽の天才達が和音をすぐさま音階として脳に思い浮かべ心地よい音楽を作り出せるように、複雑に調香された香水を瞬時に嗅ぎ分けたり、多種の香料を混ぜ合わせて芸術的な香りを作り出すことができるのだ。その類稀なる才能により、香水商バルディーニに弟子入りし香水作りを学んだグルヌイユは、更なる香りの抽出技術の体得を求めて南部の町グラースへと旅立つ。そこで彼が求めたもの、それは究極の香りだった。古代エジプト人はある香料を1種加えることで、究極の香水を創ることができると信じていた。“香水の中の香水”と呼べるもの。12種類までの香料は分かっている。だが、13種めが、最後の香料が未だに分からない・・・・・・。
この映画は、ドイツで大ベストセラーとなったパトリック・ジュースキントの小説を映像化した衝撃の話題作だ。
パリの街で出会った、果物売りの赤毛の少女の香りに魅せられるグルヌイユ。社会の底辺で育った彼は、人を愛するという世界からは
無縁で育った。彼が人を愛することがどんなことかを知っていたなら、起こりえなかった悲劇なのだろう。彼は、生れ落ちた悪臭に満ちた場所に戻って、彼の調香した香水の力で人々に愛を植えつけ、そしてその香りと共に消えていった。