2日目の6月27日は、青森に行って来ました。
以前の日記にも書きましたが、
新青森に朝1番で行く新幹線の指定席が取れなかったので、
行先をAプランからBプランに変更しました。
朝1番新幹線だと9時49分に新青森に着きますが、
その次だと10時15分になってしまいます。
僅かな違いのようですが、その後のつながりが悪いので、
日帰りは難しいと思っていました。
それでBプランなのですが、
三内丸山遺跡と青森県立美術館に行こうと思っていました。
新青森からですとバスで15分程度ですが、
この2か所は他の観光ポイントから離れているので、
いずれ一緒に行こうと思っていました。
そんな事から今回、Bプランにした訳です。
新青森に着いて、バス乗り場に行きましたが、
そこでショックを受けました。
何と、県立美術館は展示替えのため休館との事でした。
そんなの聞いてないよと思ったのですが、
考えてみたら、Bプランにした時、調べた覚えがありませんでした。
帰る訳にもいかず、三内丸山遺跡だけ行く事にしました。
バス停には、長蛇の列が出来ていました。
新青森からのバスはねぶたん号と言う小型のバスです。
通常は1時間に1本ですが、
大人の休日倶楽部パスの期間などは30分に1本になっています。
ぎゅうぎゅう詰めになりましたが、何とか並んでいた人全員が乗れました。
三内丸山遺跡は、
縄文時代前期中頃から中期末葉(約5900-4200年前)の大規模集落跡です。
約1700年間人が生活していた訳ですが、
今の時点から1700年前と言うと弥生時代になってしまいます。
文化や技術の進展は遅かったのでしょうが、
変化の激しい現代社会と比べ、どちらが良いのかなぁとも思いました。
この遺跡の居住者数は数百人と考えられるとの事で、
この集落が何故終焉を迎えたのかは、まだ明らかになっていないようです。
遺跡には、1997年だったと思いますが、
短時間でしたが1度行った事がありました。
その時、既に大型建造物や六本柱の建築物などは
あったような気がしますので、
余り変わった感じはありませんでしたが、
今回は、天気も良く時間もたっぷりとありましたので、
のんびりと遺跡を歩く事が出来ました。
多分八甲田山だと思うのですが、山も僅かに見えて、
ここに暮らした人も眺めていただろうなぁとも思いました。
遺跡は余り変わっていませんでしたが、
縄文時遊館と名付けられた施設などは立派に整備されていました。
さんまるミュージアムと言う展示施設も出来ていました。
出土した遺物の多くが重要文化財になっていますが、
縄文土器や板状土偶などを見る事が出来ました。
三内丸山遺跡を出ようとして、現職時代の後輩に偶然行き会いました。
奥さんと一緒に北海道に行った帰りだと言っていました。
遺跡の食堂が美術館のレストランでお昼を食べるつもりでしたが、
県立美術館に行けないのならば、ここで食べなくとも良いかと思い、
新青森に戻って、美味しい海鮮丼を食べて、
指定席を変更して、予定より早く帰って来ました。
三内丸山遺跡の写真などもアップしましたので、宜しければご覧ください。
https://photozou.jp/photo/album/2882708