また、高山へ行っておりました。
初日以外はずっと雨で夜は寒くて薄い毛布が必要だったほど。昨日、帰りは大雨の影響で東海北陸道が一部通行止めになり、高速が使えず下道で帰る羽目になった。けれど一般道も郡上八幡まで来ると通行止めになっていて、郡上から下呂へ大きく迂回せねばならず国道41号線で名古屋まで帰ってくることに。高速なら1時間40分ほどのところ、結局、5時間弱かかってしまった。
いよいよ、愛知県に続き、岐阜と三重県もまん防に格上げされることになりそう。これはこれで予想通りではあるけれど、4波の時と同様、この先9月のイベントや予定していた催事がすべて中止になると思われる。わかってはいたけれど、この無限ループ的な繰り返しには虚脱感しかない。
日本では地味な扱いだが、アフガニスタンでタリバーンが再び全土を掌握し、現政権側が権力を引き渡すことになったとのこと。首都での戦闘を回避するために、政権側が大きな譲歩をしたようだ。米軍が撤退して、あっという間にこんなことになってしまった。20年近く前、たくさんのミサイルを撃ち込んでようやくタリバーンを追い出したのに、いなくなったと同時に再び掌握される羽目になるなんて…。
1998年にこの地を旅した時、ちょうどタリバーンの時代だった。北部の一部の都市だけが、外国に大使館を持つ正当な政権が把握していただけで、首都を含むほぼ9割がタリバーンの支配下に置かれていた。残っていた国連の機関は赤十字のみ、外国の大使館はサウジとUAEとパキスタンの3カ国だけだった。郵便局はやっていたが銀行はどこにも無かった。両替はすべて路上、インフレが激しく10ドル換金すると札束が山ほどになった。警察もいないし、ほぼ無政府に近い状態の国を訪れたのは、この国が初めてだった。人としての権利とか外国人の保護とか法律や規則とか、本来ならそういう当たり前に存在するのものが、この国には一切ないんだなと気がついてしまってからの恐怖心をパキスタンに抜けるまでの3週間、ずっと抱えながら旅行していた。
イスラム原理主義を標榜するタリバーンは盗みをしたら腕を切り取すとか、悪事に対しての厳罰度が半端なかったので、それ以前と比べてタリバーン統治時代は治安が良くなったと言われていた。とてもそうだとは思えなかったけれど…。タリバーンには何度も拘束されて取り調べを受けた。殺されなくて済んだのは単に運が良かっただけだと今になって思う。もちろん良い人もたくさんいたけれど…。そういう意味で本当に世話になったなと…。また街中から音楽や娯楽がすべて消えてしまうのかな。女性も顔を覆わないといけないし写真もダメだ。スマホとかSNSはどうなるんだろう?
1980年以降、アフガニスタンの人々はずっと内戦と混乱状態で気の毒でしかない。タリバーンがまともな政治をしてくれるならまだしも、その可能性は低いだろうから、まだまだ苦難は続きそうだ。
今週はまだしばらく雨が続くのかな?
暑さが戻ってくるのも嫌だが、雨が続くのも嫌だな。
なんとなく、秋が待ち遠しい。
初日以外はずっと雨で夜は寒くて薄い毛布が必要だったほど。昨日、帰りは大雨の影響で東海北陸道が一部通行止めになり、高速が使えず下道で帰る羽目になった。けれど一般道も郡上八幡まで来ると通行止めになっていて、郡上から下呂へ大きく迂回せねばならず国道41号線で名古屋まで帰ってくることに。高速なら1時間40分ほどのところ、結局、5時間弱かかってしまった。
いよいよ、愛知県に続き、岐阜と三重県もまん防に格上げされることになりそう。これはこれで予想通りではあるけれど、4波の時と同様、この先9月のイベントや予定していた催事がすべて中止になると思われる。わかってはいたけれど、この無限ループ的な繰り返しには虚脱感しかない。
日本では地味な扱いだが、アフガニスタンでタリバーンが再び全土を掌握し、現政権側が権力を引き渡すことになったとのこと。首都での戦闘を回避するために、政権側が大きな譲歩をしたようだ。米軍が撤退して、あっという間にこんなことになってしまった。20年近く前、たくさんのミサイルを撃ち込んでようやくタリバーンを追い出したのに、いなくなったと同時に再び掌握される羽目になるなんて…。
1998年にこの地を旅した時、ちょうどタリバーンの時代だった。北部の一部の都市だけが、外国に大使館を持つ正当な政権が把握していただけで、首都を含むほぼ9割がタリバーンの支配下に置かれていた。残っていた国連の機関は赤十字のみ、外国の大使館はサウジとUAEとパキスタンの3カ国だけだった。郵便局はやっていたが銀行はどこにも無かった。両替はすべて路上、インフレが激しく10ドル換金すると札束が山ほどになった。警察もいないし、ほぼ無政府に近い状態の国を訪れたのは、この国が初めてだった。人としての権利とか外国人の保護とか法律や規則とか、本来ならそういう当たり前に存在するのものが、この国には一切ないんだなと気がついてしまってからの恐怖心をパキスタンに抜けるまでの3週間、ずっと抱えながら旅行していた。
イスラム原理主義を標榜するタリバーンは盗みをしたら腕を切り取すとか、悪事に対しての厳罰度が半端なかったので、それ以前と比べてタリバーン統治時代は治安が良くなったと言われていた。とてもそうだとは思えなかったけれど…。タリバーンには何度も拘束されて取り調べを受けた。殺されなくて済んだのは単に運が良かっただけだと今になって思う。もちろん良い人もたくさんいたけれど…。そういう意味で本当に世話になったなと…。また街中から音楽や娯楽がすべて消えてしまうのかな。女性も顔を覆わないといけないし写真もダメだ。スマホとかSNSはどうなるんだろう?
1980年以降、アフガニスタンの人々はずっと内戦と混乱状態で気の毒でしかない。タリバーンがまともな政治をしてくれるならまだしも、その可能性は低いだろうから、まだまだ苦難は続きそうだ。
今週はまだしばらく雨が続くのかな?
暑さが戻ってくるのも嫌だが、雨が続くのも嫌だな。
なんとなく、秋が待ち遠しい。