何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

組織変革のビジョン

2007-09-27 22:40:48 | Book Reviews
『組織変革のビジョン』 金井壽宏・著、光文社新書161、2004年8月。

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泣くな時太山!、人が死んで厳重注意?

2007-09-26 22:39:08 | よくわからないこと
師匠会で注意喚起へ=力士急死で相撲協会
9月26日19時37分配信 時事通信

 大相撲の時津風部屋で6月に序ノ口力士の時太山=当時(17)、本名斉藤俊、新潟県出身=がけいこ中に急死した問題で、日本相撲協会の北の湖理事長(元横綱)は26日、「(斉藤さんは相撲界へ)入って2カ月。体力的なことも考えていかなくてはいけない」と語り、27日の定例師匠会で若い力士の指導について注意喚起する考えを示した。

 時津風親方(元小結双津竜)らが愛知県警の事情聴取に暴行を認めたとされることについては「警察に任せる。本人が警察に協力することが一番」と語り、捜査を見守る姿勢を重ねて示した。

 27日には定例理事会も予定されており、理事の大島親方(元大関旭国)は「親方に一番の責任があるが、兄弟子が何人かかわっていたかが問題だ」と指摘。理事会で相撲協会としての対応などが話題になるとの見通しを述べた。

 同日には斉藤さんの遺族が、東京都内で弁護士とともに記者会見する。

 東京都墨田区の時津風部屋には、26日午後も多くの報道陣が詰め掛けたが、若手力士が出入りする程度で、静まり返ったままだった。

 いかなる稽古が行なわれたのか知らないが、いくら体格が並はずれていても入門して間もない弟子が帰らぬ人となったの事実である。これまでも数々の修羅場をくぐりぬけて立派な力士を育ててきた過去があろうとも、結果は異常事態だ。時太山だけが、何らかの問題を抱えていたわけではあるまい。

 厳重注意で済ませて、警察に任せているなどというのは、相撲協会として自ら相撲界の体質を見直す役割や責任を軽く考えているのではないだろうか。警察は警察で、どうして今回のような事態を招いてしまったのか、調査すべきではないかと思う。親方の責任としていること自体、相撲協会か理事会の感性や責任感のなさを感じる。

 強くなって苦しかったことを見返すことがすべてなのか。幕内に昇進し、一人前になるためにやったのであり、そのためのことであれば多少のことも許されるのであれば、さらに強くさえあれば、地位が上でさえあれば、何を言ってもやっても大目に見ることが許されるのだとしたら、その結果がひょっとしたら朝青龍ではないかとさえ思えてくる。

 稽古でもない、シゴキなのか、イジメなのか、暴行なのか、はたまた殺人行為にも匹敵するのか。自民党以外にも古い体質を引きずってにっちもさっちもいかなくなっている組織がここにもあるようだ。誰がトップについても、体質が変わらないのであれば、これまでのあり方は既に破綻していることを認めなければ、先行きは暗いと思われる。
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最高の医療をうけるための患者学

2007-09-25 23:39:41 | 薬害は人災だ
『最高の医療をうけるための患者学』上野直人・著、講談社+α新書、2006年7月。
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リタリン乱用を防止する

2007-09-22 14:32:48 | よくわからないこと
 <リタリン>処方せん確認…徹底化を通知 厚労省 9月22日0時42分配信 毎日新聞

 厚生労働省は21日、病院と薬局にリタリンの適正使用と処方せんのチェック徹底を求めるように都道府県に通知した。製造販売元の「ノバルティスファーマ」が適応症の限定を検討していることから、乱用者が偽造の処方せんで購入を図る恐れがあるため緊急に注意を促した。

 適正使用とは言うが、もしリタリンの処方せんを応需したら、具体的にどのように対応すべきか。

 保険調剤であるのなら、まずその範囲かどうかを確認することだろう。抗うつ薬との併用や、お薬手帳により治療歴の確認もヒントになるだろう。一般に、リタリン単独の処方は少ないというが、さて・・・。

 偽造処方せんの疑いも、これまで以上にチェックしたほうがよい。体裁や用紙だけでなく、処方量や日数に(手書き)修正が加えられていたら要注意だ。
 盗難にも改めて注意する。保管場所や施錠の徹底。

 近々、うつ病について効能効果が削除されるという。それでも適応外使用が残る。自費ならよいのか。乱用の防止は、患者さん自身の健康被害防止である。

 依存症が疑われる症状があれば、自費であろうと、疑義照会は必要だろう。疑いのハードルを下げて、極端に言えば疑いがなかろうとも照会するくらいでちょうどよいのかもしれない。

 一薬局だけでは乱用防止に限界がある。医療機関とともに、地域薬局とともに、リタリンの不正使用に取り組む必要がある。薬剤師会は、臨時の乱用防止事務局だろう。これまでリタリンの処方を受けていない薬局がむしろ不正使用者に狙われることも考えられる。ひとごとで済ませていてはいけない。
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レバレッジ時間術

2007-09-22 13:25:46 | Book Reviews
『レバレッジ時間術 ノーリスク・ハイリターンの成功原則 本田直之・著、幻冬舎新書、2007年5月。


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もう、国には頼らない。

2007-09-21 19:39:17 | 思いつくまま
『もう、国には頼らない。 経営力が社会を変える! 渡邉美樹・著、日経BP・発行、2007年6月。

 この本を読むきっかけは、先にも述べたように日経ビジネスオンラインだ。確かに刺激的なことをズバズバ主張して小気味よい感じもしたが、ワタミの介護現場で大量退職者が出た記事があり、いったいどちらが真実なのか怪しくなってきた。国に頼るか、頼らないか、どこまで頼るか自由かもしれないが、『「公」の仕事を救うのは、「官」ではなく、“ありがとう”を大切にする「民」の力です。』と言い切るところに、どこか飛躍がありすぎる感も否めなかった。

 他のブログや先のブログへのコメントを見ていると、本書にはというか、著者の主張には無理や矛盾があるという。果たして、読んで自分がそれを見つけることができるかどうか。

 何ページのどこがそうなのか、正解はわからない。しかし、このくだりはヘンじゃないか、という部分は少なからずある。さらに違和感を感じる部分もある、というのが第一印象だった。

 違和感を感じるのは、居酒屋も学校教育も、医療も介護も同じ理屈で成功あるいは再生できるとしている点だ。そのルールはいたってシンプルで、お客さまに喜んでもらいたい、ありがとうと言われる組織作りにあるという。そこだけとると、決しておかしなことを言っているようには思われないが、その一点だけで職員の志をひとつに、意思統一をはかり、ありとあらゆることに立ち向かっていけるのか、それだけで異なる業界にすべて通用するのか、というものだ。

 無理や矛盾を感じるのは、経営と顧客満足の接点、バランスである。57~59ページ付近に、アールの介護の職員の大量退職に至った部分が載っているが、あまりにも理屈が単純である。利用者の喜ぶ顔を見てやりがいや満足感を感じる職員は多いだろうが、それだけで安定したサービスを継続して提供するのは困難なことに気がついていないようだ。それはそれ、それだけが職員満足のすべてではない。職員の生活において、仕事がすべてではない。職員のプライベートにも好影響がもたらされることは、けっしてCS改善と無関係ではなかろう。

 お金は有限であり、経営的に成り立つことが前提であるといっておきながら、人的資源だって有限であることをここでは忘れているというか、無視しているようにも思われた(p.37)。しかし、一方では有限であると言っている(p.180)。経費が有限であるように人的資源も有限であり、経営が成り立つことが重要であるならば、人的資源に対しても継続して安定したサービスができるように配慮すべきであるにもかかわらず、質の高いサービスで喜ばれるためなら何でもするのが当然とばかり、マンパワーを越えた業務を“強要”している。これは価値観の問題ではなく(著者は「価値感」で切り捨てているが、p.182)、直接サービスに携わったことのない人間の妄信のように思われる。

 ワタミに残った人は著者の価値観の賛同者ばかりではなく、面従腹背的に耐え忍んでその場に残らざるを得ない人が少なくないのではないか。無理解や無力感のさぞかし大きい職場環境であろうと思われた。

 ホームヘルパーをはじめ医療従事者なら、利用者がどうなっても構わないと思う者はいないだろう。社長という絶対的な権限を持つ者が、シロート考えに近いレベルで理想論を述べているから、持論を肯定できているように思われる。しかし、それもひょっとしたら“裸の王様”になりかねない。

 もちろん部分的に「なるほど」と思われるセンテンスも随所にあり、賛同できる部分もある。本書の、著者のすべてに異を唱えるわけではない。居酒屋や教育、農業の実態については自分にはわからないが、医療現場の感覚からすると、介護関係に果たしてどうだろうかと思われる部分は存在する。

 職員が大事であると言いつつも、職員を大切に考えていない発想や新体制がまさにワタミの最大の矛盾であるように思われる。コムスンとはまた違った危うさを覚えるのだが・・・。
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くたばれ!ISO。

2007-09-19 12:54:14 | 薬害は人災だ
『くたばれ!ISO。』森田勝・著、日刊工業新聞社・発行、2006年9月。
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なぜヒヤリハットしないのか

2007-09-15 09:05:15 | 思いつくまま
 追加というか、補足というか、「ヒヤリハットしているか」の続きである。ヒヤリとしたり、ハッとすることにより、プロセスの改善が動機づけられ、またリスクも予知できるようになると思われる、ということは述べた

●その事例が、修正されずにそのままでいたとしても、多少の迷惑や不具合を生じるかもしれないが、大事に至ることは少ないのではないかといった、表現は不適切かもしれないが「たいしたことない」という思い。

 けっして好ましいことではないとは思ってはいるものの、それを修正するには、業務を、「よりきめ細かく」と言えば聞こえはいいが、大きな重要性を感じないところに多大なエネルギーを注ぐようなことになりかねず、肝心なこと・本質的なことへのエネルギーが削がれてしまいかねないこと。

 そもそも業務はそれなりにやっているつもりだし、調剤エラーといえども悪気はないし、どうしても「仕方ない」「つい、うっかり」という思いが拭い去れない。よってヒヤリともハッとする気が生まれない。

●また、本来ならもっとヒヤリとしたりハッとしてもよさそうな事例であるにもかかわらず、それほど重大事に受け止められない理由として、患者への関心を希薄にしてしまう背景の存在がある。

 上司というか、組織(ときに会社ともいう)というか、そのような者の目を気にするあまり、事例に対し、たいしたことはないといった総括で済ませようとする。それはまた責任問題に発展しないための予防線であったり、万一そうなっても軽い処分で済ませようとする意識かもしれない。

 どうして患者ではなく、内側に目が向いてしまうのか。事故ゼロだ、絶対正確な調剤をするんだ、などと言われているからではないか。
 事故ゼロや「正確な(=処方せん通りの)」調剤は、薬局に対する患者のニーズではない。それは当然であり、薬の専門家の目によって処方内容や体調等に注意がはらわれ、安全が確保され、安心が提供されることが主眼であるのだから、そのための前提にすぎないものと考える。調剤や薬剤師業務の本質がそういった文言でかき消されてしまうことにもつながりかねないものだ。

 そういった本質とはかけ離れたことが示されるのは、薬局に向けられたニーズを理解していないか、さもなければ別の思惑が絡んでいるからではないか。いずれにせよ、患者志向が根底にない状態を間接的に現している。

 事故ゼロなどと口すっぱく言うことが、患者の健康問題から目を遠ざけることにになり、件数的な結果が求められることで、ヒヤリとしたりハッとする感性をも鈍らせてしまう。

 ひいてはカタチばかりの調剤や質の低い調剤に向かう。プロセスは改まらないから、インシデントや調剤事故も発生し続けることになる。件数が増えれば、ますます事故ゼロなどが声高に叫ばれる。まさに悪循環を生むようだ。
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失敗学の法則

2007-09-14 21:18:09 | Book Reviews
決定版 失敗学の法則』 畑村洋太郎・著、文春文庫、2005年6月。

 技術者の傲慢の裏には、過去の成功例に関して、「それがなぜ失敗だったのか」を考えず、成功方法を踏襲すれば間違いないと考えてしまう、ものの考え方についての根本的な誤りがあります。つまり、「これまでまっすぐ進んで成功しているわけだから、今後もこのまままっすぐでいい」と思いこむのです。巨大橋建設に当てはめれば、「この設計方法でA橋という巨大橋は成功した。同じ設計方法で、もうひとまわり大きなB橋を架けることができるはずだ」と考える。しかし、いま架かっているA橋が設計・建造されるまでにはさまざまな失敗があり、一見まっすぐ進んできたように見えても、注意深く見れば過去の失敗を学ばずに、成功例の設計指針ばかりに頼って設計を進めると、橋が崩落するのです。 (p.211-2)


 ある成功とは、たまたま金鉱を掘り当てたのではなく、輝き脚光を浴びるまでに紆余曲折を経ていることを忘れてはならない、ということか。

 確かに、いいことは認めても、「どうしてこんなものがついているのか」とか、「こういった仕組みにはならないのか」と思うことがある。しかし、それはやはり必要があってそうなっていることを学ぶべきなのだろう。その意味を知ることで、開発の苦労も、素晴らしさも余計に理解することができる。

 新しいソフトを導入したり、外付けの考え方を取り入れるときもそうだろう。そこに置けばほとんど解決したも「同じ」ではない。それが動くにはさまざまな条件があり、大きな効果を生むのに必要な環境や考え方があるからだろう。そういったものがなく、それさえ備えればただちに収益をもたらしてくれると考えているとしたら、大きな誤解だ。

 外から持ってきたくなるのは、内を育てていないからだろう。内への投資が不十分か育て方に問題があることはないか。また速効性を求めるからだろうか。

 体質が出来てこそ、持続的に成長が望めるのであって、その時々さえしのげればよいのは自転車操業的であり、その考え方を払拭することからスタートしないといつまでたっても変わらないのかもしれない 
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ヒヤリハットしているか(2)

2007-09-12 18:43:21 | 思いつくまま
 ヒヤリとしたりハッと心が感じていないことが、インシデント再発防止の動機づけの不足や取り組みの甘さにつながるのではないか。それは、単に想像力の欠如なのだろうか。
 そのエラーが見つからずに続いてしまったら、患者さんはどうなってしまうのかと、どうしてそこに想いが至らないのか。それとも、それを承知のうえで、たいしたことがないと思っているのだろうか。

 いずれにせよ、好ましくない結果が発生していることは事実であるが、そういう結果さえ生まなければいいダロ、という考えのもとで言われるのが、処方せん通りの交付、事故ゼロということだ。インシデント・ゼロを求める経営者もいる。

 事故はゼロでなくてもいい、という意味ではなく、そもそも人が行う業務である以上、残念ながらそれは理想であり、現実的な目標にはならないという事実を認めることが必要ではないか。そのためにも、絶対エラーを起こさない、という結果を求めるのではなく、それを起こさないような仕組みを構築することだと考える。

 そういった仕組みや体質を作るうえで、スタッフのみながそうしようという意識を持つことは大切である。しかも、それを言われて強制されるのではなく、自身が心底からそう思うことが重要で、そのためにヒヤリハットがあるのではないだろうか。

 ヒヤリハットする事例は、幸い?日常、身の回りにゴロゴロしている。そこから感じ取れるか、そして学べるかどうかだ。ある事例に対して、どうしたらヒヤリとしたりハッと感じることができるか。それには、患者志向が組織の根底に流れているかどうかではないだろうか。

 患者への影響を強く意識できれば、このままではマズイと感じとれるのではないか。一方、処方せんに書いてある通りに交付しさえすればよい、という考えや、ましてや利益重視・売上第一では、カタチさえできていればいいと考え、そのレベルを目指した調剤になるので、処方せん通りの状態から上は望めない。外見を取り繕っていればいいのであれば、体制整備や改善などに熱も入らないに違いない。

 患者志向の調剤。患者さんの健康回復や維持を第一に、安全確保のための服薬管理を進めることが組織の方針や柱になっているかどうか。
 常に患者さんのことを思う姿勢があってこそ、ヒヤリとしたりハッとすることができ、想像力が培われ、危機感が生まれ、動機づけ・意識づけを確実にする。ひいては組織のプロセスを改善させ、薬局の質を向上させていくことだろう。(了)
 
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ヒヤリハットしているか(1)

2007-09-12 13:50:08 | 思いつくまま
 調剤エラーに関連し、調剤過誤、調剤事故、インシデント事例に区分されている。インシデント事例はヒヤリハット事例であり、「患者に健康被害が発生することはなかったが、“ヒヤリ”としたり、“ハッ”とした出来事。患者への薬剤交付前か交付後か、患者が服用にいたる前か後かは問わない。」と説明されている。

 インシデントでなければ調剤事故だが、そこは健康被害の有無で判断される。わかりやすくて、一見明確なようだが、健康への影響があるかどうかは、自覚症状を感じるかどうか、それなりの影響が及んだと思うかどうかだから、実は主観的でもある。たいしたことはない、と判断されたら、「健康被害ではない」と軽く考える向きもある。

 さてヒヤリハット事例は調剤事故と比べれば健康被害には至らなかったのだから、結果としては安堵できるものだが、その報告を見ていると、どうも事務的というか、“報告を出す決まりになっているから出しました”的なものが目立つ。

 結果的にインシデントで済んだにせよ、その発生に係わったということで、責任追及を心配しているのかもしれない。言外に不可抗力とは言わないまでも、やむをえない、情状酌量的余地を訴えるようなものもある。

 だから責任追及と原因追求は別だと言われる。インシデントの原因を明確にして反省の材料として、再発防止を図るべく、今後に活かすことが大切だ。その動機が“ふぅー、大事に至らなくて良かった、ひとつ間違えればタイヘンなことになっていた”といったような、ヒヤリとしたりハッとする思いだ。冷や汗をかいているか、後から思い出してもゾッとしているかが、次からは気をつけようという意識の源泉だと思う。

 どうも報告書を見る限り、冷や汗や青ざめた様子がたいして伝わってこないものが多い。とにかく書いて提出さえすれば一件終了、喉元すぎればナンとやら、である。
 なんか、ヘンじゃないか、何のためにインシデント事例を報告しているのだろうか。どうしてこんなふうになってしまったのだろうか。(続く)
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レバレッジ・リーディング

2007-09-10 13:35:57 | Book Reviews
『レバレッジ・リーディング』 本田直之・著、東洋経済新報社・発行、2006年12月。

 今年読んだ本の中では3本の指に入る。「レバレッジ」という意味、カタカナ語でこれまで馴染みがなく、とっつきにくい感じがしていたのだが、うれしい誤算だった。

 著者は年間400冊ほどの「多読」をするという。1日平均1冊以上だが、そこには遠く及ばないまでも、年間100冊程度を読んでいれば、どうやったら多読がそこだけで終わらないか、「たまたま自分はこうしているが」という思い(ときに不安)が、自分だけではないことがわかり、それでいいんだという支えを与えられて安心した。

 自分ができないのは、その本が価値がないと思ったらその段階でそれ以上、読み進めないことである。貧乏性なのか、せっかく買った本だから、少しでも何かがそこにないかと思ったり、もったいないとか、後半に何か出てくるのではないか、などと惰性でページをめくっていってしまう。
 確かに、前半は凡庸でも、後半やラストに光る一節があったりした本もある。それを捨ててしまうのは惜しい気がする。その場合は、斜め読みでざぁーっと最後まで読んでいる始末だ。

 それと「本への書き込み」。この本は大切な本だから、いつまでも手元に置いておきたいと思えた場合だけ、書き込みをしてきた。そうでない本は、場合によっては売ってしまおうと思うから、書き込みを遠慮していたりもした。古書として販売することを考えながら読むなんて、考えてみればヘンだ。その本をいかに自分の血肉に還元するか・できるかが重要だ。だから本書は読書は自己投資だと言うのだ。

 全くその通りで、売ってもいくらの儲けにもならない。それよりも、自分を拡げてその後に役立てた方が、はるかに有意義だ。ちょっとケチだったか。昔、線など引きながら読んでも頭になぞ入らない、だからラインマーカーなど引かないでどんどん読み進めなさい、という読書法のノウハウがあったような覚えがある。しかしそれに反し、ときに線を引いていた。

 それが後からどのくらい役立ったのかと言われると、さほどでもなく、指摘の通りなのかもしれないが、それがあったおかげで読み返したときに必要な部分にたどり着けるマーキングにもなった。

 著者は風呂場で、ゆっくりと朝風呂しながら読書をされるようだが、その生活スタイルはどうも自分には合わない。本書は朝風呂の効用を説くものではないが、自分にあった読書時間が日々の生活の中に確保されていることは重要だ。

 著者は図書費に年間100万ほどかけているようであるが、さすがに今の自分にはできない。無理に追いつくことが目標ではないが、「レバレッジ」が眼目だから、本の内容を取り込んで生活に仕事に活かすことがどこまでできるかが、これからの課題だ 

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医療事故

2007-09-09 08:18:59 | Book Reviews
『医療事故 なぜ起こるのか、どうすれば防げるのか』山内桂子・山内隆久・著、朝日新聞社、2000年。

 レバレッジメモを真似て、それをブログ上に残してみることを試行してみる。

p.5 事故直後に横浜市立大学の医学部長はテレビで「事故原因は看護婦の引継ぎミスで、二人の患者を一人の看護婦が運んだのは、朝の忙しい時間帯であったから」と説明し、看護婦個人の責任を強調していました。

p.18 この事故は看護婦や医師が個人で起こした事故ではなく、病院という組織の中で、複数のエラーやルール違反、ルールの欠如が複雑に絡んで起きた事故ととらえる必要があります。言い換えると、個人ではなく、チームや組織全体のあり方を改善しなければ、事故を防止することはできないのです。

p.64 多重課題 人がエラーを起こす要因の一つとして、二重(多重)課題の問題もあると思います。人は同時に複数のものに集中することはできませんから、あるものに注意すれば、もう一方には不注意となります。ところが、看護婦・士は、日常的に二重(多重)課題を求められることが多く、ナースステーションで注射に薬剤をつめる仕事をしながら、ナースコールが鳴ればそれを中断して病室に駆けつけて患者の処置をし、その後また注射の準備に戻るというようなことをします。

p.66 医師の書いた一週間分の処方箋どおりに薬剤を準備し照合するとき、これは一つのルール(基準)による照合です(「定型型照合」と呼ぶことにします)。ところが、「検査のある日はこの薬剤は除く」とか「血圧を測って○○以上ならこの薬を加える」などと細かい指示が加えられることもあるのです。これは、複数のルールや臨時のルールを使う照合です(「非定型照合」)。

 患者の名前や薬品名などは、書類に書いてあるものと一致しているかという形式的なレベルでの確認ができます(「表層的照合」)。これに対し、その薬剤の作用が患者の症状や病歴からみて適切化という医学上の判断のレベルで照合すべきこともあります(「構造的照合」)。

p.68 外から見ると、この事故に関った作業員たちは、手間を惜しんで守らなかった怠慢な人に見えるかもしれません。けれども、組織の一員としての彼らは、多くの利益をあげるという組織の目標達成のために、本来のルールに違反してまでも効率的に仕事をしようとした勤勉な人たちだったのではないでしょうか。

p.86-7 個人の失敗が事故を引き起こしたように見えたこの事故は、組織の失敗によって生じた組織事故と考えるべきです。
 医療事故をはじめ、さまざまな分野の多くの事故にも、同じように組織的なエラーやルール違反があり、これらの背景には社会心理学の研究が明らかにしてきた集団の心理過程があります。しかし、これらの「組織の失敗」は、従来のような「最前線のスタッフがそのとき起こした失敗が事故の原因」という見方をしている限り、目に見えにくいものです。

p.134 インシデントレポートを出すこと、つまり自分の失敗を明らかにすることには、当然のことながら、心理的な抵抗が大きいからです。
 自分の失敗を報告することには、同僚や上司からの非難、記録が永久に残ること、経歴に傷がついたり場合によっては解雇されたりすることへの恐れが伴うのです。

p.167 患者や家族が十分な情報提供(説明)がなされていると認識しているときには、医療スタッフを医療目標の達成のために自分たちと協同する人たちと見ることができます。患者や家族としての役割の重要性も認識し、医療スタッフに過大な期待をすることもないでしょう。サポートを受けつつ、できる範囲で自立し、医療スタッフとの信頼関係が作られます。このように患者への「説明」の有無、つまり患者が適切な情報を持つかどうかは患者と医療者との信頼関係に大きく影響をおよぼします。

p.172 『ヨーロッパにおける患者の権利の促進に関する宣言』の一節「患者は、明示的に要求したときには、知らされない権利を有する」を引用し、患者がはっきりと「知りたくない」と意思表示したときのみ知らされない権利が生ずるのだとする和田努氏(1996)の主張は的を射たものでしょう。

p.194 事故予防の視点では、医療スタッフには、①エラーや事故につながる業務上のストレスを緩和したり、ストレスに対処したりする援助、②エラーや事故が起きたときのバックアップ、③エラーや事故のストレスを緩和する援助、という三つの側面のサポートが必要です。

p.219 例えば、列車の乗客は、列車の高速の運行や快適な座席などのサービスに費用がかかること、すなわち「効用のコスト」については理解しやすいでしょう。一方、列車を安全に走らせるためには、レールの継ぎ目に油を差し、レールの下に砂利を補給するといった絶え間ない保線作業や、信号の保守点検などの「安全コスト」が不可欠です。しかし、乗客が料金を払うときにこの「安全コスト」までは認識されていないことが多いようです。

p.221 医療において“Safety is not free”(安全はタダでは得られない)ということを、医療者も医療を受ける者も知る必要があるでしょう。

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病院経営 失敗の法則

2007-09-05 23:17:32 | Book Reviews
『病院経営 失敗の法則』 医療経営を考える会・著、幻冬舎・発行、2007年8月28日。

 帯には、「病院経営が行き詰まる『破綻の方程式』とは?」「背後に潜む50の法則を徹底解剖」と、購読意欲をそそる。
 書店でこの本を見つけたのが8月30日。即購入。発行日より2日後に見つけたことで「ヤッター!」と思った。
 病院経営に関するものだが、少なからず薬局経営にも通じるものがあるのではないか、という期待も大きかった。目次を見て、内容によってはまさに・・・、と思った。

 実際50項目の中で、1章の「地域ニーズとの不一致」の部分では、薬局においてはまだ限定的なのだろうと思うが、遠からず考慮していかなければならないように思えた。
 薬局で参考となると思うのは、2章「技術・サービスの陳腐化」で、法則12、14、15、16、3章「経営管理の甘さと慢心」で21、22、26、27、28ではないか。

 中でも、法則12「コストカットによって経営を維持しようとしている」、法則23「損得勘定抜きの経営をしている」は重く感じられた。「医療機関はNPOに近いのだろうか」というのは、今後の考えていきたいところだ。かといって、少なくとも調剤報酬の設定されていないことをやってはいけない、と線引きするのは誤りだろう。力の入れ具合に強弱があっても、本質をないがしろに、損得だけで判断すべきではないと思う。

 法則28「スタッフの声を病院経営に生かさない」では、ESにの低下に関する内部コミュニケーションの欠如にもつながり「顧客から伝わってくる声も経営幹部に伝わらなくなり」、CSの低下に関する「形式的なリサーチを行うだけで、結局は患者や職員の声とは関係のない、理事長のワンマン決済で経営が展開されている」といった部分が、共感できた。

 大なり小なり、いくつもの項目があてはまるとしたら、やはり今の組織の進みむべき方向や進み方は不適切なのだろう 
 
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血液交換

2007-09-04 13:06:51 | 思いつくまま
オリックス低迷脱出へ「血の入れ替え」も 9月4日10時4分配信 日刊スポーツ

 オリックス宮内義彦オーナー(71=本社会長)が3日、最下位低迷チームへの血の入れ替え断行を予告した。今オフの粛清やトレードについて「変わろうとするんだからやらなくちゃ」。今季も1度も優勝争いすることなく8年連続Bクラスが濃厚となってきた現実を直視し、人心を一新する考えを示した。

 1番の補強課題に挙げたのは機動力だ。「足ですわ。足で勝つ試合はそんなにないけど、今のチームには足がないでしょう? 一昨日も足があれば勝ってた」。ローズ&ラロッカらの重量打線はリーグ最多の106本塁打を誇るが、盗塁数34は最少。1発頼みの攻撃がリーグ5位の446得点に止まっている要因として、走れるレギュラー選手の獲得を急務とした。

 「過去は強かったけど今は他球団から弱い印象さえ植え付けられている。そこを何とかしないかん」。イチローらを擁した2年連続優勝も今は昔。総帥は現チームが他球団から見下されるまで落ちぶれていると語気を強めた。オフは大改革で出直す。

 戦力の見直しは、直接的には選手の入れ替えかもしれないが、監督はじめコーチ陣やフロント、球団の問題かもしれない。走力重視などと専門外のところに口をはさんでいるようだが、オーナーの出番か? 
 構想に乗らなかった人は哀れだ。成績不振ならやむをえないのかもしれないが、中には不運としかいいようがない人もいるかもしれない。

 デパートでも、松坂屋が大丸と、三越が伊勢丹と合併する。合併するといっても、松坂屋や三越の運営の行き詰まりが根底にあり、大丸や伊勢丹の計画や目論見とどこまで合致していたのだろうか。

 いくら一生懸命やってきたといっても、やはり顧客に見放されていたのにはそれなりの理由があるから、その論理を振りかざしていた人を入れるのには抵抗がある。生まれ変わろうとしているのであれば、そういった悪い“血”を浄化することこそ、最重要項目のはずだ。

 合併しなくても、血液交換や血液浄化する方法もあったはず。それを嫌ったのは、自分たちの地位を守り、しがみつきたいだけではないのか。社員による引退勧告の声が聞こえないのか。引き際、往生際の悪さ。

 自己保身的合併。共倒れにならなきゃいいが。なんか釈然としない。
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