何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

情報起業

2008-11-29 22:33:10 | Book Reviews
「情報起業」 藤井孝一・著、フォレスト出版、2004年2月16日
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ジェネリック「変更不可」処方には疑義照会を

2008-11-28 23:58:43 | くすり雑感
 先日ある薬局で、これまで半年ほどジェネリックで調剤してきた患者さんの処方において、「変更不可」欄にサインが入れられて発行され、持ち込まれたという。

 患者さん曰く、ジェネリックを使用してきて、何か副作用らしき症状が見られたとか、体調に変化があったというわけではないという。また主治医からは、ジェネリックに関する説明は一切なかったという。

 「変更不可」になった理由はわからない。しかし、そこの薬剤師は「変更不可」欄にサインがあるからと、先発品で調剤し、交付したという。ジェネリックの在庫があるにもかかわらず、だ。

 これは疑義照会の対象ではないか。

 「変更不可」欄にサインがあるからと、その理由もわからないまま、処方せんに従って調剤する、ひいては患者にそれを受け入れさせる態度は、患者さんから見れば医者寄りに映ることだろう。何か裏切られたようでもあり、たいへん残念に思う。

 そうでなくても「変更不可」について、何の説明もないまま、組織的に変更を認めようとしない医療機関が多い。そこで薬局の窓口でジェネリックの希望が出される。こういう機会だって疑義照会だ。変更不可を撤回してもらえなくても、せめて部分的に一部の薬だけジェネリックにすることも可能だ。薬剤師はジェネリック変更の候補薬を選んで処方医に打診すべきだし、そのくらいの力量は持ち合わせていると思う。

 まったく薬効の異なる薬剤を処方するよう、疑義照会するのではない。ジェネリクだ。医者の僕のように、処方に従順すぎるのはいかがなものか。

 そもそも「変更不可」にサインが入って発行されたのは、単純な処方(発行)ミスということだってありうる。そういう可能性を含めて医療機関側に確認をとらないまま、処方せん通りに調剤することは薬剤師のすべきことではないと考える。
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再発の危険性は高いとみた

2008-11-26 23:44:08 | 薬害は人災だ
こんにゃくゼリー マンナンライフが製造再開、来月販売へ 11月26日12時2分配信 毎日新聞

 ミニカップ入りのこんにゃくゼリーをのどに詰まらせた幼児が窒息死した事故を受け、10月から製造を中止していた食品メーカー「マンナンライフ」(群馬県富岡市)は26日までに、事故防止策が整ったとして製造を再開した。12月5日から販売を再開する見通し。

 同社によると、事故防止策として(1)パッケージの正面に大きく「小さなお子様や高齢者の方は絶対に食べないでください」とのお願いを記載(2)裏面の警告文に「凍らせると硬さが増すので、凍らせないで」と追記(3)個別の包装にも「警告マーク」を記載(4)原料のこんにゃく粉を減らしてゼリーを少し柔らかくする--などの措置を取ったという。

 同社によると、一連の事故に関して農林水産省から通知を受け、業界3団体と協議した結果、「一口タイプのこんにゃく入りゼリーの事故防止策」をまとめるなどし、警告マークを拡大した商品の製造準備が整ったため、販売再開を決めたという。
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 新製品は、コンニャク粉の割合を減らして、前よりやわらかい食感なのだそうだ。その程度は食べてみないとわからないが、「食感が命」のようなものなので、柔らか過ぎては幻滅するだろう。
 
 サイズは従前のまま、ひとくちサイズのカップ入りであることは変わらないようだ。この経常である以上、すするように、吸引するように食べることには変わりないので、すすった瞬間にジュルジュルに崩れるような柔らかさでない限り、事件はかなりの確率で再発すると思われる。

 今は事件のことがホットだからそういうことはただちには起こらないだろうが、事件が風化しかかった頃、いくら個装に警告表示をしてあっても、子供が食べるときに大人がつきっきりで目を光らせていなければ、おやつにがっつく子供が空腹を満たそうと、いっきに吸い込むように口に入れたときに「こんにゃくゼリー」は牙を剥くのではないか。
 噛んで食べなさいよと注意して、いったい子供はその意味をどこまでわかるのか。スルッと口に入れてからもぐもぐしたいのではないか。それが噛むということだと。しかし噛む前の、スルッと口にいれることが危険なのだ。

 あのサイズ、形状に問題があると思えてならない。消費者が噛んで食べればいいとばかり、警告表示を強化するのは責任逃れのようではないか。消費者にゲタを預けるのは筋違いではないか。危険性のあるものを作っておいて、注意喚起してあるから、あとは食べる側の問題ですよ、というのだろうか。さまざまな消費者がいることを前提に、どうやっても安全な食品を作ることが、食品会社の基本的使命なのではないか。

 餅やパンを詰まらせることもあるから、こんにゃくゼリーだけの問題ではないと、サイズやカップ型には固執したのだと思う。繰り返すが、再発の可能性は高いとみた。
 賢明な消費者であれば、買ってはいけないし、食べてはいけない。避けて通りたい。
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変な人が書いた成功法則

2008-11-25 23:09:38 | Book Reviews
変な人が書いた成功法則」 斎藤一人・著、講談社+α文庫、2003年4月20日

p.17 あなたは、あなた自身のやり方で成功することになっているのです。

p.25 成功する方法というのは、成功したその人にだけ通用するものです。

p.31-3 人間は苦労するために生まれてきたのではないのです。それでも苦労ばかりしているとしたら、それは神様があなたに「やり方が間違っているんだよ」と教えてくれているのです。
 ただ、神様は言葉でそれを教えてくれません。
 あなたは「自分は間違っていない」と言うかもしれません。でも、同じ過ちを犯しているから、悲劇はどんどん大きくなり、続いていくのです。
 神様は、無料でそれを教えてくれているのです。

p.65 豊かさを育てるもの、その最初の一歩が「困ったことは起こらない」という考え方なのです。

p.67 本当はもらえるはずだった財産が、別の人のふところに行ってしまったのは、困ったことではないのです。別の人のところへ行ってしまったのは、もらう必要がなかったからなのです。

p.76 知恵は考え方から生まれます。意地の悪い人には意地の悪い考えだけしか出てきません。

p.78 神様は誰もいじめようとはしていません。でも、うまくいかないときは、それは神様が「やり方が間違っている」と教えてくれているだけなのです。やり方が間違っているのに、そのやり方を変えようとしない人は、自分の過ちを認めたくないのです。

p.112 この世で人間が一番求めているもの、それが自己重要感です。

p.127 心の伴わない方法論は通用しません。人は、評価してくれて、楽しくて、お祭り騒ぎができる会社で働きたいのです。そして、楽しさが募ったとき、人が集まって、そこで働く人たちがイキイキ働いて、優秀な人材も集まります。お客様も、そんな会社から物を買いたいのです。

p.129 嫌なことをしていたら、心が貧しくなるだけです。そんなことでは、悪い結果しか生まれません。楽しいことを考える、それが人の上に立つ者にとっての仕事です。

p.164 必要なものより、心を高めてくれるもののほうを求めるのです。心を高める商品。それはどういう商品か。
 それは「いいもので高いもの」。そうでなければ、「安くても品切れで待たなければ手に入らないもの」。

p.186-7 「せいぜいそんなもの」を実現するために、考える、行動する、心を豊かにしようとする人の心は、つねに上昇志向です。そんな人の心は下へ向かおうとはしません。
 つまり、きっかけは「せいぜいそんなもの」でも、気持ちが上へ、上へと向かうことによって、小さなきっかけが欲に変わり、欲が現在を変え、人を成功に導いていくのです。

p.226 魂の時代に、事業を成功させるには、社員同士の仲がいいこと、みんなの心が広いことが最大のポイントです。

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伝説の走塁

2008-11-24 21:35:31 | 心に残ること
西武“伝説の走塁”再現でアジア王者 11月17日9時40分配信 デイリースポーツ

 「アジアシリーズ・決勝、西武1-0統一」(16日、東京ドーム)

 お互い無得点の九回二死一塁。佐藤の打球は低いライナーで左中間を襲った。長打を警戒し深めに守っていたため、一気に生還は難しい状況。だが、慌てて捕球した中堅手の返球が緩く、清家三塁コーチがグルグル腕を回す。さらに、中継に入った遊撃手も本塁を全く気にしていない様子だったため、一走・石井義が長駆サヨナラのホームを踏んだ。

 試合後、清家コーチが「伝説のプレーが出たね」と振り返れば、渡辺監督も「あの時と似ているのかな」と充実感たっぷりに話した。巨人と対戦した87年の日本シリーズ第6戦。八回一死一塁から秋山の中前打で一走・辻が一気にホームインし、リードを広げた。シリーズ前から巨人の中堅・クロマティの緩慢守備を見抜き、スキを突いた走塁。西武はこの試合で日本一を決めた。

 激走した石井義は「スキあらばと思っていた」と笑顔。クライマックスシリーズ前にその伝説の場面が収録されているDVDを購入して見ていたという。チームでも大会前に統一のビデオを見て外野守備にスキがあることを確認し、ミーティングで話題にしていた。

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 もう今から20年以上も前のことなのに、めったに訪れるチャンスではないものの、そういう機会があればやってみようということが選手に引き継がれているということは素晴らしいことだ。
 
 外野手の肩が弱いと見るや、試合開始時から常に狙っていたのだろう。
 果たして、他のチームがやったことであれば、同じように出来たであろうか。ある特定の選手だけが思ってもダメだろう。走者もコーチもわかりあえている。3塁手前でいきなりコーチの手が回されてから、改めて気合いを入れて走るのでは遅い。そういうこともあるかもしれないと、1塁をスタートした時から想定済みで走っていなければできないことだろう。先輩の雄姿をビデオで見て、自分たちの武器として備えていた・・・、だからその場面で容易にベールを脱ぐことができたのだと思う。

 伝説が生きている。いまや受け継がれて、伝統になりつつある。さらに今後も次の世代に引き継がれてお家芸になるに違いない 
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10年後の自分が見えるヤツ、1年後の自分も見えないヤツ

2008-11-24 19:13:21 | Book Reviews
「10後の自分が見えるヤツ 1年後の自分も見えないヤツ」 落合信彦・著、青春文庫、2004年1月21日

p.30 20世紀の後半に生まれてきたキミたちは、過去の悪しき常識といったものはすべて捨て去らないといけないということだ。たとえば、会社に対する忠誠心とか協調性――こんなものは死語なんだ。

p.44 「自分で考える」ということから、すべてが始まるんだ。自分で考え、自分の道を探していこうと思った瞬間から、気力、活力、そして精神力が育まれていくのだから。

p.64-5 自分を知るというのは、まず自分を見つめることなんだ。いやな自分もいるだろうし、忘れたい自分もいるだろう。そういう自分に目をそむけずに、「それでいいのか」と問いただすことから、ほんとうにやりたいことが見つかるのかもしれない。

p.139 この短い人生をどうしてムダにできるものだろうか、と。生まれてきたときから、日々死に向かっていることを考えれば、1日どころか、1分、1秒だってムダにはできないはずなんだ。

p.177 あの“鉄の女”といわれたサッチャーさんが一番嫌いなことは、なんだったか? それはコンセンサスと妥協なんだ。「妥協するようになったら政治家はおしまいだ」と、つね日ごろからいっていたし、「コンセンサス――それは無責任の代名詞だ」と。

p.179 オレのところにも、仕事のことなんかで相談に来るやつが少なくない。ただ、そうやって来るやつの大半は、自分で答えを決めていて、「それでいいんじゃない」といってほしくて来るんだ。コンファーメーション――安心感がほしいために。逆に、用意している答えとちがうことをいわれると、「いや、それはできません」と。だったら、最初から「来るな!」といいたい。

p.180-1 (大リーグでは)よほどのことがないかぎり三番とか四番を打つ主力選手を替えたりしない。たとえ、その間、全然打てなくとも。なぜなら、「リズムさえ合ってくれば、こいつは打つ」と信じているからだ。これが加点主義なんだ。
 (日本のプロ野球では)ちょっとでも打てなくなると、三番でも四番でもすぐ替えてしまう。いうまでもなく減点主義の社会だから。そうなると、選手も個性を伸ばすよりも、「失敗をしなければいい」というサラリーマンみたいな選手になってしまうんだ。

p.244-5 やればできる。トライしないで失敗を恐れている人間って、僕は一番卑怯だと思う。それが評論家になっちゃう。社内評論家とか社会の評論家にはならないこと。
 この世は闘牛場なんだ。座席から見ているよりも、中に入って牛と闘わなければいけないんです。
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「鍛える」ということ

2008-11-23 16:44:22 | よくわからないこと
 ばったり大阪の知人と会ったとき、知人の元で働いているある若手について褒めたところ、「ありがとうございます、もっと鍛えてやってください」という返事が返ってきた。すれ違いざまでもあり、その場は「はぁ」と答えてしまったのだが、お愛想を含むとはいえ、その若手のとって鍛えられるというのはどういうことなのか、非常に気になった。

 「鍛える」というと、たとえばスポーツ選手が、コーチやベテランからもっと上を目指すよう言われて、自身を強化すべく、意図を含んだ練習を課せられたり、アドバイスを受けたりするような姿がイメージされる。鍛えられる側にとっては、そんな練習をすることなぞ予定も想像もしておらず、また往々にして逆らえず、どこがどう役立つのかもばくぜんとしたまま、与えられた通りに従うイメージだ。

 鍛えられるということは無視されるよりいいかもしれないから、良い意味で考えれば可愛がってもらったり、目をかけてもらう、期待されることと言えるかもしれない。その場で意味がわからなかくても、後から思い返してみたとき、あの時あのように“やらされた”のが今になって活きていると、結果論的に思えるのかもしれない。そう思えた人はいい。疑問が消え去らない場合はどうなるのか。
 
 鍛える意味や目的が理解できないまま、盲目的に従わされるのは、モチベーションも上がらないだろうし、納得もいきにくい。「鍛える」ことが円満に行われるには、事前説明が適切にあるかどうかの問題なのか。
 
 物を与えて済むのなら、お金で解決できる。しかし「鍛える」というのは体得してもらう技、技術があるから、どうしても知識を与えて済むようなわけにはいかない。

 鍛えられる人にとって、いくらその技術が必要であっても、技術はマニュアル通りに使うものでないので、臨機応変に、かつ応用的に用いるものである。そうなると教わる技術は、ある意味「基本」動作や知識であり、それを活用するかどうか、常に局面において自分の頭で考えて実行し、オプション的に追加テクニックも必要なら、試行錯誤して技術に幅を持たせていくことが必要だろう。

 であれば、そういう技術を授け、場面において応用的に使えるようにすることが重要なのだから、「鍛える」というのは基本は教えても、鍛えられる側が意図を理解して、考えながら身につけ、一緒になって取り組む必要がある。その時は既に、教えられている状態ではなく、自ら主体的になって自身を鍛えていく状態だろう。

 主体的にできるには、それが自分にとって必要であると、確かな動機が持てることが重要だ。言われたことをやるのと、考えながらやるのとでは、やり方も伸び方も雲泥の差になる。「鍛える」としたら、積極的に前向きに取り組もうとする環境や、多少の失敗は許される中で思い切って取り組める環境を与えてあげることこそ、重要なのではないかと思う。

 直接そのようにバックアップしてあげられない若手に対して、「鍛える」というのは遠隔操作や命令ではなく、行っていることを理解し、一生懸命やっていることは評価し、それがより良い状態につながるよう、忘れてはいけないことはアドバイスし、それによってより主体的に取り組む気持ちが湧き起こるようにしてあげることではないか。けっして指示命令、強制ではないのだと、ましてや生半可な知識や経験でコメントを述べるようなことではないと思った。
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本調子

2008-11-22 18:25:39 | Book Reviews
「本調子 強運の持ち主になる読書道 NPO読書普及協会・編、総合法令、2004年1月6日

p.205 (読書は)要するに、自分に関係のある本を読むんです。
 必ず自分の仕事に関係のある本。仕事に関係のある本をじっ~と読んでいくんだよ。

p.212-3 「人生、好きなことやってみな、成功するから」っていうのは、成功者が言うことなんだよ。
 自分の好きなことやって成功したんだよ。好きなことと必要なことが同じだから。ところが普通の人はそうじゃないの。役に立たねえことに興味があるんだよ、必ず。 
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服薬指導は誰に向けて

2008-11-22 09:49:43 | くすり雑感
 薬局で薬をもらう際の服薬指導が“軽い”。軽く感じられる。初めて飲む薬であれば、聞いておいて損はない内容には違いないのだが、それはその薬の知識があるかないかのことであって、単純に説明書を読むか、ネットで調べればわかる程度のことだ。内容よりも、読む・調べる手間が省けた程度の価値だ。

 その原因は、服薬指導として説明される内容が、その薬の一般的知識にすぎず、万人に対して共通のフレーズに過ぎないからではないか。
 たとえば「眠くなることがあるから車の運転にご注意ください」と言われても、車を運転しない生活の人には意味が乏しい。「胃を荒らすことがあるかもしれないので」と言われても、これまで多数の薬にお世話になってきても胃薬など不要という人にはたいして記憶にも残らないだろう。

 注意してくれるのは悪い話ではないが、患者を見て言ってくれているのか、広報しているようでは気持ちの伝わり方が違う。その薬を飲む人に一律に投げかける言葉なら、マニュアル的、義務的、お客さん扱いのようだ。
 同じ内容を口にしたとしても、薬剤師の眼前にいる自分を知ったうえで伝えてくれているのであれば、価値が高くなる。有益な情報になる。

 果たして、この薬局、薬剤師にお世話になったことで、どのような意味があったのか。薬をもらうことは別にして、服薬指導を受けたことで、受けなかったことと比較したら、その後の生活にどのような違いが見られるのだろうか。

 たまたま車を運転する人なのであれば、眠けに関する注意も「当たる」かもしれない。年齢や服装など、見かけだけでどのような注意をするか、推測で話しているのだろうか。
 眠くなるかもしれないことはわかった。それによって、患者がどうなってしまうことを心配してくれたのか、そこが伝わらないと、服薬指導もひとりごとを言っているのと変わらなくなってしまうのではないかと思った。

 薬局に行って良かった、この薬剤師が担当してくれて良かったかどうか、そのカギは患者を知っているのか、その患者を想った係わりができているかではないか。
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世界一やさしい会計の本です

2008-11-21 22:58:30 | Book Reviews
「世界一やさしい会計の本です」 山田真哉・著、日本実業出版社、2004年4月10日
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週末起業完全マニュアル

2008-11-20 22:35:57 | Book Reviews
会社を辞めずに起業する! 週末起業完全マニュアル」 藤井孝一+森英樹・著、明日香出版社、2003年10月31日
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お金と正義(上)

2008-11-19 21:42:00 | Book Reviews
「お金と正義(上)」 神田昌典・著、PHP研究所、2006年10月3日
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添付文書の書き方が悪いのか

2008-11-19 08:39:51 | 薬害は人災だ
 厚労省検討委 添付文書の問題点など議論(日刊薬業 H20.11.13、12637号、4面)

 厚生労働省の「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」(座長=寺野彰・獨協医科大学長)が11日開かれ、フィブリノゲン製剤の承認審査時や市販後対策における問題点を議論した。検討委では、当時の添付文書に適応外使用を防ぐための記述が十分でなかったことから、添付文書の望ましい記載の在り方についての意見や、フィブリノゲン製剤の承認・製造・販売などに医師、企業、行政などの関係者が、当時どのようにかかわり行動したのかなど、当時の状況を検証するよう求める意見が相次いだ。舛添要一厚生労働相は「当時の感覚を再現できれば」と感想を述べた。

 当時の添付文書については、①適応外使用を防ぐ記述の不十分さ、②原料血漿を国内献血に切り替える1993年以前は、売血由来の血液製剤であることが明確に記述されていなかった、③市販後調査を同封のアンケートはがきによる自発報告に頼り、アンケート結果を基に肝炎発生例が2例しかないと記載され、安全性が不当に強調された――などが問題点として挙げられた。

 検討委では、「添付文書は、『見逃しては困る』という視点で作成することが必要」(清水勝委員・西城病院理事)、「添付文書は患者のインフォームドコンセントに重要な資料。医師は読み込むべき」(大平勝美委員・はばたき福祉事業団理事長)などの意見が出された。

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 薬害の再発防止を図るにあたり、添付文書がどうであったのかを検証するのはいいとしても、書き方に問題があったとすれば、起きたことは残念であったにせよ、やむをえない側面もあった、というところに結論が向きかねないのではないかと懸念する。

 薬害肝炎の発症および拡大の原因はもっと他にある。使い方、販売や宣伝のされ方、海外の情報がすみやかに活かされなかったことなど、そちらが問われるべきであろう。

 添付文書さえもう少しわかりやすく記載されていれば・・・・・、というのはソリブジン事件の時と同様ではないか。確かに、きちんと読まないと気づきにくいともいえるが、だからといって見落とすのもやむをえないというのだとしたら、被害者からすれば、医療者は添付文書なんてその程度に見ていても許されるのかと、納得がいかないのではないだろうか。

 医療従事者は、すみずみまで目を通すことは最低限のことだ。「処方する」「調剤する」というのであれば、すみずみまで読んでから行うべきだ。日常診療の中で、さらっと流して読む時もあるだろうし、部分的にだけ見ることもあろう。しかし、それらも一度は「すみずみまで読んだ」うえでのことでありたい。

 一部分だけみて、ななめ読みをした程度で使用されて、被害が出たとしたら、それが医療の現実だと正当化されるのだとしたら、患者はどこにその悔しさ、やりきれなさを向ければいいのだろう。
 
 添付文書の記載がよりわかりやすく、安全確保が果たされるように改訂されることは歓迎するが、いかなる記載になろうとも、医療者は読み込んで、医療者は読み込んで、疑問があれば確認することは薬を扱ううえで基本的なことであると銘記したい。
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情報は1冊のノートにまとめなさい

2008-11-18 22:25:40 | Book Reviews
「情報は1冊のノートにまとめなさい 100円でつくる万能「情報整理ノート」 奥野宣之・著、Nanaブックス、2008年3月20日

 情報が1冊のノートで収まりきれるわけがないが、とはいえノートを情報管理のツールとして活用するというのは、昨今、情報機器等の小道具が流行っているご時世からすると、興味をそそられた。

 ただ100円で売っているノートだ。やはり限界があるのは目に見えている。コピーを貼る、なんていうのでは面白みも何もない。ページを並び替えることもできないし、情報が埋もれたらどうするのかと思っていたら、案の定、テキストエディタを併用するという。

 おいおい、ノートが基本じゃないのか。まるで紙媒体の情報を、100円ノートを一種のハードディスクとして保管し、いっぱいになったら次々と新しいノートに移り、それだけのことに思えた。

 紙による文字情報や各種記録の取扱いに、ノートで一元管理しましょうね、そういうことだ。結局、コンピュータを併用するのなら、100円ノートでなくてもシステム手帳でもいいし、A6サイズにこだわらる理由も、それほど強い理由ではないように思う。

 唯一、湿気に強い紙質のメモ帳があることを知り、それが収穫の一冊だった。
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コレステロールと中性脂肪で薬は飲むな

2008-11-17 22:42:47 | Book Reviews
「コレステロールと中性脂肪で薬は飲むな」 大櫛陽一・著、祥伝社新書131、2008年11月5日
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