追加というか、補足というか、「ヒヤリハットしているか」の続きである。ヒヤリとしたり、ハッとすることにより、プロセスの改善が動機づけられ、またリスクも予知できるようになると思われる、ということは述べた。
●その事例が、修正されずにそのままでいたとしても、多少の迷惑や不具合を生じるかもしれないが、大事に至ることは少ないのではないかといった、表現は不適切かもしれないが「たいしたことない」という思い。
けっして好ましいことではないとは思ってはいるものの、それを修正するには、業務を、「よりきめ細かく」と言えば聞こえはいいが、大きな重要性を感じないところに多大なエネルギーを注ぐようなことになりかねず、肝心なこと・本質的なことへのエネルギーが削がれてしまいかねないこと。
そもそも業務はそれなりにやっているつもりだし、調剤エラーといえども悪気はないし、どうしても「仕方ない」「つい、うっかり」という思いが拭い去れない。よってヒヤリともハッとする気が生まれない。
●また、本来ならもっとヒヤリとしたりハッとしてもよさそうな事例であるにもかかわらず、それほど重大事に受け止められない理由として、患者への関心を希薄にしてしまう背景の存在がある。
上司というか、組織(ときに会社ともいう)というか、そのような者の目を気にするあまり、事例に対し、たいしたことはないといった総括で済ませようとする。それはまた責任問題に発展しないための予防線であったり、万一そうなっても軽い処分で済ませようとする意識かもしれない。
どうして患者ではなく、内側に目が向いてしまうのか。事故ゼロだ、絶対正確な調剤をするんだ、などと言われているからではないか。
事故ゼロや「正確な(=処方せん通りの)」調剤は、薬局に対する患者のニーズではない。それは当然であり、薬の専門家の目によって処方内容や体調等に注意がはらわれ、安全が確保され、安心が提供されることが主眼であるのだから、そのための前提にすぎないものと考える。調剤や薬剤師業務の本質がそういった文言でかき消されてしまうことにもつながりかねないものだ。
そういった本質とはかけ離れたことが示されるのは、薬局に向けられたニーズを理解していないか、さもなければ別の思惑が絡んでいるからではないか。いずれにせよ、患者志向が根底にない状態を間接的に現している。
事故ゼロなどと口すっぱく言うことが、患者の健康問題から目を遠ざけることにになり、件数的な結果が求められることで、ヒヤリとしたりハッとする感性をも鈍らせてしまう。
ひいてはカタチばかりの調剤や質の低い調剤に向かう。プロセスは改まらないから、インシデントや調剤事故も発生し続けることになる。件数が増えれば、ますます事故ゼロなどが声高に叫ばれる。まさに悪循環を生むようだ。
●その事例が、修正されずにそのままでいたとしても、多少の迷惑や不具合を生じるかもしれないが、大事に至ることは少ないのではないかといった、表現は不適切かもしれないが「たいしたことない」という思い。
けっして好ましいことではないとは思ってはいるものの、それを修正するには、業務を、「よりきめ細かく」と言えば聞こえはいいが、大きな重要性を感じないところに多大なエネルギーを注ぐようなことになりかねず、肝心なこと・本質的なことへのエネルギーが削がれてしまいかねないこと。
そもそも業務はそれなりにやっているつもりだし、調剤エラーといえども悪気はないし、どうしても「仕方ない」「つい、うっかり」という思いが拭い去れない。よってヒヤリともハッとする気が生まれない。
●また、本来ならもっとヒヤリとしたりハッとしてもよさそうな事例であるにもかかわらず、それほど重大事に受け止められない理由として、患者への関心を希薄にしてしまう背景の存在がある。
上司というか、組織(ときに会社ともいう)というか、そのような者の目を気にするあまり、事例に対し、たいしたことはないといった総括で済ませようとする。それはまた責任問題に発展しないための予防線であったり、万一そうなっても軽い処分で済ませようとする意識かもしれない。
どうして患者ではなく、内側に目が向いてしまうのか。事故ゼロだ、絶対正確な調剤をするんだ、などと言われているからではないか。
事故ゼロや「正確な(=処方せん通りの)」調剤は、薬局に対する患者のニーズではない。それは当然であり、薬の専門家の目によって処方内容や体調等に注意がはらわれ、安全が確保され、安心が提供されることが主眼であるのだから、そのための前提にすぎないものと考える。調剤や薬剤師業務の本質がそういった文言でかき消されてしまうことにもつながりかねないものだ。
そういった本質とはかけ離れたことが示されるのは、薬局に向けられたニーズを理解していないか、さもなければ別の思惑が絡んでいるからではないか。いずれにせよ、患者志向が根底にない状態を間接的に現している。
事故ゼロなどと口すっぱく言うことが、患者の健康問題から目を遠ざけることにになり、件数的な結果が求められることで、ヒヤリとしたりハッとする感性をも鈍らせてしまう。
ひいてはカタチばかりの調剤や質の低い調剤に向かう。プロセスは改まらないから、インシデントや調剤事故も発生し続けることになる。件数が増えれば、ますます事故ゼロなどが声高に叫ばれる。まさに悪循環を生むようだ。