何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

技術屋たちのブレークスルー

2005-10-30 22:06:51 | Book Reviews
 『技術屋たちの熱き闘い』 永井隆・著 日経ビシネス人文庫 ISBN 4-532-19301-X

 『技術屋たちのブレークスルー』という書名で新刊で出ていたものに、加筆し、文庫化されたもの。新製品開発までの、技術屋たちが挑んだ新たなものの開発の経緯をまとめたもの・・・、と言うと、「プロジェクトXみたいな話なの?」と聞かれるが、まぁ、そんなものだろう。

 プロジェクトXが、TVという映像を通じてインパクトがあったのに対し、活字だけだとどうしても迫力には欠けるようだが、技術屋の熱き想いには、共通しているものがある。

・世の中に役立つものを作りたい。
・それまでの失敗を糧に、改良に改良を加えて、現在の製品がある。
・金儲けのためにいいものを作ろうとしたのではなく、とにかくいいものを作ろうとした。
・サポートしてくれたり、応援してくれる人が回りにいた。
・努力を続けるところに、運も味方するようだ。


 逆に言えば、いいものを開発するにあたり、その障害となるのは、目先の利益に走ることだ。ユーザーのことをよく考えず、自分たちの論理を中心に、売りたい気持ちが強すぎることだ。
 利益優先の風土には、利益は育たない。 『俺が、つくる!』の岡野さんも、同じようなことを言っていた。
 多くの人が気づくことを気づけない経営者は、若いときに熱心に開発を経験してこなかったか、バブル期に成りあがったにすぎないか、不勉強か、そんなところではないだろうか 
Comment

それでも私は戦争に反対します。

2005-10-29 22:19:06 | Book Reviews
それでも私は戦争に反対します 日本ペンクラブ・編 平凡社 ISBN 4-582-70509-X

 この本を是非読んでもらいたい。自国を守るのなら、「軍」など不要だ。

自衛軍を明記、戦争放棄は条項維持 自民が新憲法草

 恐ろしいというか、おぞましいというべきか、今朝の朝刊を読み、暗澹たる思いがした。朝食後、トイレで吐いてしまった。

 自衛「軍」を持ちながら、戦争放棄という自己矛盾。戦力不保持の放棄。さらには交戦権の否認。軍を持てば、持っているんだから、どこかで使いたくなるはずだ、使わないまま、使えなくなるのを待つなんて、考えにくい。どこかで使うチャンスを計るはずだ。つまり、軍の保持は、戦争放棄にはつながらない。たとえ、正当防衛だと言っても、相手を攻撃したら、直接の相手はもちろん、家族や関係者が納得するはずがない。そうならないためにこそ、自らの交戦権を否定してきたはずだ。

 最初から使わないのなら、軍などいらない。だから戦争放棄と言っているじゃないか、戦争はしないんだ、だからそのための軍隊だなんて、詭弁にもならない、寝ぼけた発言にしか聞こえない。国民自ら守る方法は、武力によるのではなく、武力の放棄が効果的なことが、どうして認識できないのだろう。

 今の自衛隊じゃ、抑止力にもならない。つまり「軍」さえ認めてしまえば、次にくるのは徴兵制や、軍備拡張だろう。さらには核保有かもしれない。最初からそこまでは言わないまでも、そう言いたくてうずうずしているようにさえ感じる。

 憲法は永久に変えないというものではないと思うが、9条は別だ。9条は日本の宝だ。第二次世界大戦という経験から得た、何ものにも変えがたい財産なはずだ。よりによってそれを変えるとは。平和を守るため、と言いながら、平和を守れない状態を提案する。支離滅裂なところを感じざるを得ない。

 いきつく先は「戦争放棄」の放棄だろう。今回の憲法改正は、その第一歩。改正は大間違いへの序章だろう。そうならないためにも、今回の改正は許してはならないと思う。自分の国が被害を受けるのはゴメンなのと同時に、他国へも被害を与えることはしない。それが、今の9条だと思う。平和を願うのなら、武力の不保持が最も有効だと考える。

 軍隊を持ち、弾丸の発射を認める人は、是非冒頭の書籍を読んで欲しい。
Comments (2)   Trackbacks (7)

薬局サービス向上は、医薬分業を守る

2005-10-25 14:02:39 | くすり雑感
 全国の保険薬局数が5万店舗を超え、医薬分業が50%を超えた昨今でも、ある時、院外処方せんの発行が停止される(処方せんを引き上げられる)という話を聞く。多くの場合、マンツーマン分業として、特定の医療機関(あるいは医院)と薬局とで始めたケースが多い印象だ。

 なぜ院外処方せんの発行をストップさせられてしまうのでしょうか。

 そりゃ強制分業じゃないからですが、医療機関あるいは医者の都合によるのが、大半でしょう。大義名分は違います。やはり院内でお薬を渡したほうが、患者さんのためだとか、自己負担金も安く、なんてことを言いますが、本音は、そのほうが自分たちにとって、都合がいいか、儲かるからにほかなりません。

 医薬分業の評価を、直接サービスを受ける国民が言うのではなく、医者が評価し、しかもそこに介入できる権利を有していること事態、おかしな話なんですが、ここで言いたいのはそんなことではない。

 なぜ薬局は院外処方せんの発行を停止されてしまったのか ということ。それを防ぐ手はなかったのか、何がまずかったのか、ということ。

 医薬分業がまだ進み始めた頃は、必要悪のようにマンツーマン薬局が雨後の筍のように乱立されてきた。出せば儲かるとばかりに、バブル分業に突入した。ポリシーもあやふやで、医者のご機嫌をとって関係を維持しながら、まるで処方せんという人質を握られているかのようだった。確かに強制分業じゃないから、制度上はそうかもしれない。

 しかし分業率が30、40、50%と増えるに従って、いつまでも門前の医者に小判ザメのようにくっつくのが薬局ではなくなった。オープン当初に取り交わした、様々な便宜や取り決めも、時代の推移とともに「破棄」してこなければいけなかった。そもそも、そんな裏取引きをして出店してきたことが、間違えだったのだけど。

 そして何より、医者との連携という建前のもと(つまり、医者の言うなりにしていれば、薬局の自助努力はさほどいらないということ)、たいして患者さんにサービスをしてこなかった。薬局としての使命、役割、責任を果たしてこなかったことが問題なのだ。薬剤師の魂を売ってしまったかのように。

 何もして来ないに等しいから、医者側がちょっと人や機械を導入すれば、容易に院内に処方せんを引っ込めることができるのだ。そこで患者さんが、院外でもらいたいと言っても、同じことが院内でもできるから、と言われれば、患者さんは「診察してもらわなければならない」という弱みも手伝って、あまり反論もできない。つまり、分業を守ってくれない。守ってあげられない。

 もうおわかりだろう。薬局を守ってくれるのは、制度ではない。患者さんなのだ。患者さんに、薬局ならではのサービスをして来なかったツケが、そうさせたのだ。院内に戻しても、とてもそこまではできないよな、というくらい活動をしていればそうならなかった。ヒトと機械を入れられたら、すぐ院内でも調剤ができる程度にしか、してこなかった。いくら服薬管理だの、情報提供だの言っても、機械に頼るような程度では、防御できないのである。

 処方せんを引っ込められようものなら、患者さんから、あれやこれやと困る、あの薬局でも薬をもらいたい、という大合唱が起きるほどでなければならないくらいにしておく必要があった。

 それでも力づくで強引なことをやる医者はいるが、薬局における患者志向のサービスとは、処方せん発行停止という側面からも、自らを守っていることを十分、心しておきたい 

Comment (1)   Trackback (1)

ホワイトバンド活動は説明不足

2005-10-24 13:12:36 | よくわからないこと
<ホワイトバンド>趣旨説明不足で購入者から批判

-----転載ここから
 世界的な貧困根絶キャンペーンに合わせて国内で300万個販売された腕輪「ホワイトバンド」に対し、購入者から批判が出ている。「売り上げの一部は貧困をなくすための活動資金となる」との触れ込みだったが、食料などを送るわけではなく、細かな使途も決まっていないため。事務局は「ホワイトバンドは『貧困をなくす政策をみんなで選択する』意思表示が狙い。分かりにくかったかもしれない」と説明し、店頭で、募金活動ではないことを強調する表示を始めた。
-----転載ここまで

 ホワイトバンド活動の意図するところを、安易に捉えすぎていたのかもしれないし、勝手な期待を抱いていたのかもしれないが、そんな紛らわしい呼びかけをしていたことは、団体の信用にもかかわるだろう。

 300円という小額だからいい、というものではない。人の善意を欺いたかのようなやりかたは、非難されるのもやむをえないのではないかと思う。
 白いものであれば何でも、身にまとうことでその意思表示になるのなら、わざわざホワイトバンドなんて購入しなかった、という人は少なくないのではないだろうか。

 有名人が災害の被災者に高額を寄付することがあるが、庶民はそんな真似はできない。限られた小遣いの中で、せめてもと思いを託そうとするのだから、そこにつけこむかのようなやりかたは、ヒトを救おうという者のやりかたではない。

 今ごろになって、その説明をするなんて、まるで言い訳だ。誤解を招くようなやりかたはまずかったかもしれないが、騙す意図もないし、真意はこうだ、なんて言うのは当然としても、現在までの募金額を公表し、その何割かを募金にしてはどうか。募金に当てる方針変更をもって、謝罪してはどうだろうか。

 難病の患者さんを救いましょう、その意思表示のために、●●バンドを嵌めて・・・、でもその費用は、けっして難病患者さん救済のための寄付ではありません!、なんて始めから明確にしていたら、なんと間の抜けた活動だろう。ホワイトバンドは、そういうFAQ対策を怠っていたのかもしれないし、隠していたと言われても仕方ないだろう。書き進めるほどに、改めて腹立たしくなってきた 
Comment

ジェネリックであれば、みな悪いのか

2005-10-21 16:25:46 | いいものはいい
 後発医薬品(ジェネリック医薬品)は、どうか評判が悪い。信用回復が見られない。ときに、後発品には未知物質すら含まれる、という発表すらある。

 先発品だって、添加物や賦形剤レベルまで広げて、すべて既知物質から成り立っているのか? 確かに未知物質と言われると不安は残る。何の成分であろうと、先発品の組成を基準とし、少しでも外れたらダメというのなら、先発メーカーに対して製造工程に関するすべてを公開せよ、となぜ言わないのか。

 医師会幹部は、「吸収率や溶け方、切れ味が、どうしても先発品のほうが優れている」といい、総じて、ジェネリック=粗悪 的な評価をしている(他にも、ジェネリックメーカーの情報不足も指摘している)。溶けずに、そのまま排泄されるものが見られる、という。確かに、昔はそういう報告もあったのは確かだ。

 しかし、一部のことをもって、総じて評価するのはいかがなものか。合格は合格、不合格は不合格ではないのだろうか。いいものとダメなものをはっきりさせればいいのではないか。

 もし溶け方が先発品より優れていた場合はどうなるのか。吸収率も当然、上回るくらいだとする。当然、切れ味が悪いはずがない。そういうものだって、あってもおかしくないのだろうか。

 先発品をたくさん製造しているメーカーが、ジェネリックを手がけたとする。製造工程は、自社の先発品に用いたノウハウを使って製造したとする。その製剤も、ダメだというのか。その工程は、新規物質には認めても、既存物質には認めないのか。
 後発品であればすべてダメなのか? またジェネリックメーカーで製造されただけで、粗悪品的なレッテルを貼られてしまうのか? それでは、まるで差別のようにも思われる。

 ジェネリックメーカーも、これまで本気でジェネリックをよくしようとしてきた動きが不足しているのかもしれないが、いささか言われる筋合いのないバッシングにも会っているような気がするのだが、さて・・・
Comments (2)

医薬品・医療機器等安全性情報

2005-10-20 13:25:53 | 薬害は人災だ
 ・・・って、少し専門家向けの話になるが・・・

 しばらく前から、ある医薬品について、それまで未報告の副作用(相互作用も含む)を、症例を1~2例紹介するだけで済ませている。
 昔はそうじゃなかった。多少の解説を伴って、注意喚起されていた。だから、わかるやすかったし、その情報への“とっつき”も良かった。
 症例だけ提示されるようになって、“言外に”何を、どのように理解しろ、というのだろう。

 それまでは薬との因果関係の明確ではなかった症状が、副作用として紹介されることにより、新たな注意が求められる。そこを注意せよ、という新たな行動か、行動の見直しが求められるわけだ。その後、その副作用の可能性が明らかになることで、症例報告も一歩前進する可能性もあるだろう。

 初めて注意喚起されてから、時間経過とともに症例も集まるだろう。それも、企業報告として、しばらくは先発メーカーだけだろうが、いずれ後発品も出されれば、情報は分散され、メーカーに聞いても詳細がわかりにくくなる。

 医薬品・医療機器等安全性情報が出されてから、何年か経ったころに、その後の症例を含めて、改めてその副作用の総括的情報を出してもらうことはできないか。その総括的情報の中で、副作用の見られている様子を明確にし(性差、年齢差、作用発現時期、投与量、併用薬など)、より事前回避に向けて現場が活用できるものとしてもらいたいと思う 

Comment   Trackback (1)

あしたの発想学

2005-10-17 22:40:57 | Book Reviews
 副題は、「いかにして痛くない注射針はできたのか?!」。
 『あしたの発想学』 岡野雅行・著(リヨン社) ISBN 4-576-03152-X

奇しくも、今日はその痛くない針が発売になった。

 テルモ、痛くない先細注射針を岡野工業と共同開発

-----転載ここから
 テルモは先端の直径を0.2mm(33G、33ゲージ)に細めたテーパー型注射針 「ナノパス33」(販売名マイクロテーパー針) を2005年7月1日から出荷する。根本より先端が細いテーバー形状にすることによって、注射時の痛みを軽減できる。
 外径だけでなく内径もテーパー形状にすることで、注入抵抗も従来並みに抑えた。糖尿病の治療で、インスリン製剤を患者自身が1日数回注射するインスリン自己注射療法に適用できる。従来の注射針のようにパイプを細くするのではなく、板金を巻いて造る新製法を岡野工業(本社東京)と共同開発した。(木崎 健太郎)
-----転載ここまで

 だが、当り前だが本書ではその技術的な部分はもちろん、開発の歴史にもたいして触れられていない。だから、注射針関係者がそれを期待して読んだらハズレる。

 ポイントはその発想だ。「あしたの発想」ならぬ、岡野さんの言葉で言えば、「アタシの発想」に秘密が隠されている。その秘密というのが、簡単に言えば、特別なことは何もないのだ。人のできないものを何としても作ってやるというそのエネルギー。

 そのエネルギーを生み、燃やし、絶やさない土壌。そこがミソ。大企業は、大きすぎるからか、売上げにこだわりすぎるからか、素質のある人材を多く抱えながらも、できない。「ザマアミロ」ということになる。

 技術を売る商売なら、技術の研鑚を怠ってはならない、なんて当り前のことを図星する。儲け志向の会社では、いかに安く製造しようとするから、技術を高める努力を敬遠する。手を抜き、製品を高めようとしないから、結局はすたれていく。

 不可能だというのは、いかにできない理由を並べているにすぎないか。大きいことはいいことだ、とか、スケールメリットを信じて疑わない者には、ゼッタイできない発想だ 

Comment   Trackbacks (4)

不良少年の夢 ヤンキー先生の熱き挑戦

2005-10-16 15:21:28 | Book Reviews
 人間、誰でも這い上がるのは簡単じゃないが、落ちるのは容易だ。「落ちる」と言っても、成績が落ちたり、夜遊びの度が過ぎるなんていうのはカワイイほうで、一生かかっても最低限のフツウになれるかどうか、っていうくらい、何から何まで腐るのも容易じゃない。多くの場合、“落ちかた”も中途半端なのだろう。

 『不良少年の夢 ヤンキー先生の熱き挑戦』 義家弘介・著 光文社・知恵の森文庫 ISBN 4-334-78391-0

 新刊が早く文庫になるのを待っていた。追って、著者の他書も次々と文庫化されることを望むのだが。

 この著者、確証はないのだが、どうも高校の後輩ではないか、と思えるフシがあった。だからいったい何を考えて過ごしていたのか、知りたかった。幼少時より、家庭内でも葛藤があったことはわかった。

 北星余市の生徒がみな、再生するわけじゃない。人間の中には、暴れなきゃ、荒れなきゃ、発散しなきゃ、身の置き所のない者は少なからずいる、ということか。やっていいことといけないことなんて、みなわかっている。そこを自制できるかどうか、意思の力だ、なんていうのはきれいごとだろう。単に勇気のなさだったりもする。小心者にすぎないのかもしれない。

 自分のようになっちゃいけない、そう言いたいのか。必ずしもそうではないようだ。そういう道も“ある程度”認めつつ、そういう人間にも光を当てることに、生きがいを見出したのだろう。

 著者にとって、いまでは長野市とはどういうものなんだろうか。捨てざるをえなかった田舎について、どう思っているのだろうか。歩きたくて歩いた道じゃなかったと思うけど、誰にもわかるまい。もう一度、生まれ変わることができるのなら、何になりたいと思うのだろうか。どのように少年期を過ごしたいと思うのだろうか 
Comment

俺が、つくる! 行列のできるスーパー町工場の秘密

2005-10-14 22:14:07 | Book Reviews
 金型とプレスという技術については全くの門外漢だが、その技術で誰もが“できない”ものを作ってきたというから驚きだ。でも何でこのオッサンが作り上げたかというと、そこには(技術の差もあるんだろうが)、桁外れの探究心と熱心さ、根性のようなものがそうさせたのではないか、というのだ。

 『俺が、つくる!』 岡野雅行・著(中経出版) ISBN 4-8061-1760-9

 探究心と熱心さがそうさせたとしたら、なんで他の人はできないのか? 一般の企業ではそこまでモノを作り上げるところまで、いくつもの失敗を許さないし、時間を与えない。もちろんカネも・・・。つまり、今の企業には、いいものを生み出す土壌がない、と言っているようなのだ。

 その気になれば、大企業だって、それらを与えることなんて容易なはずだ。いや、大企業ほど、できるはずだ。それが与えられた結果が、プロジェクトXだったのではないのか、とも思う。

 だから、岡野工業にしてみれば、苦労をいとわないから、失敗の積み重ねで、誰もが到達できなかった境地に達してしまう。企業は失敗を忌み嫌う。岡野さんは、失敗を、必ずしもいい気はしないのかもしれないけど、貴重な経験として、自らの肥やしにしてしまう。

 失敗は成功の元・・・ それは単なる気構えじゃなくて、本当にそうなのだ、と証明してみせたのである。企業の経営者は、少しくらいの失敗であっても、経費のムダ、損失などとすぐ責めるが、では逆にその経営者にどうしたらゼッタイ成功するのか、聞いてみたい。おそらく、こうすれば成功する、なんてものを話せないはずだ。

 本書の前半は、これまでのいきさつというか、開発歴を披露しているようであるが、後半になると、その姿勢、考え方、ポリシー、哲学、といったものを中心に解説している。
 技術は教えればできるだろうが、できそうでできないのは、この後半の部分だ。

 金だ、売上げだ、利益だ、と言う経営者ほど、民間企業は利益を上げることが最大の是だ、なんて言う経営者ほど、岡野“代表社員”の爪の垢でいいから飲んでもらいたい 

 「俺が、つくる!」とは、「アンタは心底、いい物を作りたいという気持ちがあるんかい?」という問いかけなのだ。
Comment   Trackbacks (2)

飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ

2005-10-12 22:45:04 | Book Reviews
 以前からある本だが、なぜか文庫になってから読もう、と思っていた本。1年以上前に文庫化されていたことを、最近になって知った。さっそく読む。

 『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』 井村和清・著(祥伝社黄金文庫) ISBN 4-396-31294-6

 若くして命を断たれることも残酷だが、小さい子どもと奥さんを置いてこの世を去ることも、そしてたとえ残した奥さんを支えて欲しくて残した・・・と言いつつも、何もしてあげられない、これから生まれてくる「まだ見ぬ子」に対する思い・・・

 でも何が人の心をうつか、って、生ある限り、人のために尽くそう、という生き方が読者の胸に響くんじゃないかと思った。
 一生懸命生きよう、精一杯難病と戦おう、そういうところに全力を使い、そこで得たものをまたその後の人生に還元する・・・、そんな人はいくらでもいる。それはそれで自分の経験を他人にも分けて活かしていることには違いないのだが、病魔と戦っている最中も、常に他人のことを思いやる姿勢があるかないか、優先しているかいないか、そこに感動するかどうかの差があるんだと思う。

 それが先に読んだ「片目を失って見えてきたもの」と「女医が乳がんになったとき」との大きな読後感の違いでもあったのだろう、と気づいた 
Comment

上場する集団の適性とメリット・デメリット

2005-10-12 13:14:15 | よくわからないこと
村上氏要求!!阪神球団上場でファン投票を (日刊スポーツ) - goo ニュース

 阪神タイガースのことを言いたいのではない。今の阪神タイガースの揺れ動く状態を見て、改めて株式上場するということについて、考えてみたいと思った。
 さらにもっと踏み込んでいえば、どういう集団、組織なら上場に向いていて、どういう場合は不向きなのか(あるいはすべきでないのか)、ということである。

 村上さんは、経営の透明性が高まり、市場から資金調達することでより強いチームをつくることが可能 とか、野球協約には、民意が反映されていないと指摘した。ファンクラブ会費程度の出資で株が持てれば、ファンの意見も経営に反映できる。ファンありきの球界改革の旗印こそ、上場 という。

 球団を私物化しているようにオーナー達が実権を握り、チームの若返りを叫ぶような姿に風穴を開けようとしているところに、わからなくでもないものも感じるのだが。

 資金調達が必要であるのなら、ファンクラブや会員獲得など他の方法があるだろうし、民意を反映させるのなら、金を出す者だけが意見を言えるようなハードルを設けなくてもいいだろう。強いチームといえども、ファンは「毎年優勝しかありえない」などと考えていないし、そもそもスポーツなんだから、勝敗より一生懸命ファイトすることのほうが重要だと思うのだ。よって、それらのために、わざわざ上場する必要性は、乏しいように思う。

 また上場とは株主の意見が反映される反面、村上さん自身がそうであるように、予期せず球団運営に外部の侵入を許し、利潤追求が至上命令とされて、スポーツとはかけ離れた論理で試合を余儀なくされることすらある、ということだ。そんな危険性すら孕む。

 ファンが何を望むのか、ユーザーが何を望むのか、タイガースを強化するために必要なのは、資金ばかりではあるまいし、その資金の集め方を考える余地もある。ある程度の資金が必要なこともわかるが、資金がすべてではない。

 なんかタイガースのことでなく、考えれば考えるほど、世の中の会社にもあてはまりそうなことにも思えてきた。今、上場しようとしている会社は、よーく考えたほうがいい。社会は多くの会社に上場して欲しいとなど思っていない。それぞれの組織が、社会の中で果たすべきことをして欲しいと思っているのだと思う。
Comment

東京女子医大事件

2005-10-11 22:48:56 | Book Reviews
 書店の中で、なにげなく立ち止まった棚を眺めていたら、ふと目に入ったのがこれ。

 『東京女子医大事件』 平柳利明・著 新風舎 ISBN 4-7974-4353-5

 著者は被害者の父親。6年生の娘を失った気持ちはいかばかりか。密室の出来事は、一通の“内部告発”で幕を開ける。本来なら失わずに済んだ命。
 組織ぐるみでの隠蔽工作。本丸の教授に、なかなか捜査のメスが届かない構図。気がついてみたら、なんと自分だけではなく、他にも似たような境遇の被害者がたくさんいる、という現実。リピーター医師ならぬ、リピーター病院。

 女子医大がそうなら、ましてや他も推して知るべし、ということに首肯できる思い。

 良心のある医者も、それを捨てなきゃ生きていけない世界。立派な建物の一群は、恐ろしい魔物が住んでいる館なのだろうか。

 身内のことだが、もう10年以上前に、本人のいないところで、家族に病状説明する様子を「あぁ、インフォームド・コンセントね・・・」と言って立ち去る某耳鼻科教授に、猛烈な違和感を覚えた記憶が蘇る。本人抜きに、何がICだっつうの! さも自分たちは責任を果たしているふうに軽く言い放ったようだが、ニセのきれいごとに騙されるものか、と思ったものだった。
Comment

青木選手の200本には価値がある

2005-10-11 19:21:27 | いいものはいい
ヤクルトの青木、史上2人目の200本安打達成 (読売新聞) - goo ニュース

 まずは、おめでとう!、青木選手。

ヤクルトの青木がシーズン200安打達成=イチロー以来、史上2人目の快挙

-----ここから引用
プロ野球ヤクルトの青木宣親外野手(23)は11日、横浜21回戦(神宮)で1回に門倉投手から右前打を放ち、史上2人目のシーズン通算200安打を達成した。1994年に210安打をマークしたイチロー(オリックス、現大リーグ・マリナーズ)以来の快挙。
 青木は6日にセ・リーグの最多記録を更新(193安打)。8日にはイチローに続く両リーグ歴代単独2位となり、9日の試合で199安打まで伸ばしていた。青木自身は今季143試合目、残り2試合の時点で大台に到達。イチローがプロ野球記録を樹立した94年は130試合制だった。
 プロ2年目の青木は今季、開幕からレギュラーに定着して、俊足と巧打で安打を量産。打率も8月9日以降はリーグトップを維持し、初の首位打者獲得は確実。新人王の資格もあり、これも選出が有力視されている。 
(時事通信) - 10月11日19時1分更新
-----引用ここまで

 まず、第一打席で達成した、というのがいい。打順が一番で、少しでも多く打席に立てるような配慮もあったとはいえ、第一打席でクリアしたのはあっぱれ。

 23歳の若さ、早稲田大卒、プロに入ってまだ日が浅いのがいい。鳥谷と同期らしい。

 ドラフト4位の選手だった、というのもイかす。逆指名したわけでもなく、1位指名でもなく、スカウトの目に触れて発掘された選手、というのがいい。

 今年から交流戦もあり、見ず知らずのピッチャーと対戦したうえでの実績というのがいい。幅広い投手と渡り合ったうえでの成績というところに、また一つ価値があると思う。

 残り2試合を残して達成というのもgood! 最終戦でやっとの想いで・・・ということでも立派な成績には違いないんだけど、まだ残り試合を余しているところがいい。

 とにかく、おめでとう 
 来年も今年に恥じない成績が続けられるよう、期待する。本人が一番良くわかっているだろうけど。
Comment   Trackback (1)

憲法九条、いまこそ旬

2005-10-10 23:55:36 | Book Reviews
 『薬害が消される』という本があったが、いま卒業してくる医者や薬剤師が、薬害についてほとんど知らずに、臨床の場に出ようとしていて、学ぶべきことを漏らして、ともすれば同じ過ちを起こしかねないことが危惧されている。

 戦争もそうなのかもしれない。次第に、戦争を語ることができる人が減っている。その愚を、その悲惨さを、日本で見られたことを、正しく受けとめることができなくなっているようだ。
 だから、憲法九条の意義やその成り立ち、九条が我々を、その後の日本をいかに守ってきたのか、正しく実感できにくくなっているのではないか。

 『憲法九条、いまこそ旬』(岩波ブックレットNo.639) ISBN 4-00-009339-8

 これは「九条の会」が発足したときの記念講演会のまとめである。戦争を、武力を、使わずにはいられない国の人々は、きっと九条の存在を何よりも羨ましく思っているのではないだろうか 

Comment   Trackback (1)

片目を失って見えてきたもの

2005-10-10 22:12:15 | Book Reviews
 そういえばなんとなく目がヘンだなぁ、とは思っていたが、義眼だとは思わなかった。

 『片目を失って見えてきたもの』 ピーコ・著(文春文庫)

 少し年月が経って書かれたものだから、いつもの語り口調を思わせるふうで、あっけらかん気味に書いているけど、本当はその何倍もいろいろな想いが頭の中を巡ったのであろう。やはり健常なときにいくら相手の気持ちをわかろうとしていても、それなりにわかったと思っていても、その時は気づかず、その場に置かれてみないとわからないもの、実感できないもの、頭でわかっているようで心で受け入れきれていないものなど、誰しもがあるようだ。これは仕方ないのかもしれない。だから、がんになっても、それまでと全く変わらずにいる人なんて、非常に稀な存在だと言える。

 タレントだから、人脈も一般人とは違う、それなりの人脈があるのは当然なのだが、それにしてもなんか幸せそうなのだ、ピーコは。がんに冒されて、常に再発や転移に怯える毎日だろうに、なぜか豊かな心でい続けるのだ。これは、医者ががんになった時には見られないように思える。病気に対して、知識も戦う力も持った人間と、医学とは別な世界に才能を備えた者との違いなのだろうか。

 誰しもができることならがんとはつきあいたくないと思っているだろうが、もしがんになってしまったとして、その後自分の心境があるレベルに到達できるのなら、ピーコのようにすらなりたいと思う。
 健康なときに悩んでいた問題が、肩の力が抜けたようにほぐれていって、解決・・・というんじゃないが、乗り越えられて小さな、過去の出来事に昇華していく、ある種の幸福感を感じさせる。

 闘病の手記、もっと多くの人のそれに触れてみる必要がありそうだ 
Comment