何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

お詫びの達人 基本のき

2007-12-29 23:11:19 | Book Reviews
「おびの達人 基本のき 堀井孝英・鹿島しのぶ・著、日東書院・発行、2006年11月20日

 クレームは、相手の言葉の裏にある(元になっている)怒りや不満が読めていないと、適切に対応しているつもりでも、相手の理解は得られないようだ。

 さまざまなクレームへ対応するにあたり、テクニックをマスターし、パターン化してマニュアル的に適応するようなアプローチでは、クレームを解決しきれないのではないか。
 対応するにしても、その根底となるスタンスが重要で、お詫びを進めるほど、立つ位置が誤っていればズレが生じてしまうだろう。
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失敗のメカニズム

2007-12-29 23:05:13 | Book Reviews
「失敗のメカニズム ●忘れ物から巨大事故まで● 芳賀繁・著、角川ソフィア文庫、2003年7月25日

p.15 ヒューマンエラーという言葉に注目する人たちの中には、「そうか、やっぱり本人がしっかりしていなきゃだめなんだよ」、「事故防止のためには設備はもう十分整っている。あとは人間の側にがんばってもらうしかない」などと考える経営者や安全担当者もいる。事故の原因を作業員の不注意や個人資質の問題と考えたい彼らは、ヒューマンエラーやヒューマンファクターという語が、機械設備、環境などの要因と対立する概念であるかのように誤解し、ヒューマンファクターを強調することによって、作業設備、作業環境に手をつけないことへの免罪符にしようとするのである。

 故意に誤解しているのか、不勉強なのか知らないが「人は誰で間違える」というのも、だからエラーを起こす人に問題があるとでも考えるのだろうか。

p.150 リスクを回避するかテイクするかを判断する意思決定は、リスクの大きさの評価結果だけからなされるのではない。危険をおかしてでも得られる目標の価値(経済学の用語を借りて「効用」と呼ぶ)が大きければ、少々リスクが大きくてもそれをテイクするだろう。リスクを回避するための行動が手間がかかったり、コストがかかったり、できれば避けたいものであったりすると、消極的選択の結果としてリスクをテイクしやすい。この要因を「危険回避(または安全行動)の不効用」とよぶ。脚立に乗ったほうが安全だと思っても、脚立が遠くに置いてあるとか、他の人が使用中でしばらく待たなければならない場合とかである。
 「いつもやっている」、「みんなもやっている」、「みつかっても叱られない(罰が小さい)」などの状況があると、不安全行動に限らず、いろいろな違反に対する心理的なブレーキがかかりにくくなる。

 いやぁ、まったくそのとおりで、偶然うまくいくと“味を占めて”しまう。それは幸運なのではなく、不幸の始まりなのかもしれない。面倒くさがりな性格のほどリスクをテイクしやすい心理をまさに衝いている。

p.188 ヒューマンエラー事故の対策は、次の三つのレベルのそれぞれで行われるべきだと言われている。すなわち、エラー発生の確率を下げること、エラーが事故・災害につながることを防ぐこと、そして、事故・災害の被害を最小限にくいとめることである。

p.194 ある組織、グループの構成員が総体として、安全の重要性を認識し、ヒューマンエラーや不安全行動に対して鋭い感受性をもち、事故予防に対する前向きの姿勢と友好なしくみをもつとき、そこには「安全文化」があるといえる。
 ジェームズ・リーズン博士は、組織がよき安全文化を獲得するために、四つの要素を取り入れなければならないという。すなわち、「報告する文化」、「正義の文化」、「柔軟な文化」、そして「学習する文化」である。

p.196-7 「柔軟な文化」とは、ピラミッド型指揮命令系統をもつ中央集権的な構造を、必要に応じて分権的組織に再編成できる柔軟性を組織がもつことである。異常時には情報をピラミッドの頂点に集めて意思決定したうえ、それをまた下まで順次伝達するだけの時間的余裕がなかったり、情報が混乱する。そんなとき、各フロントラインが専門性を発揮して最良と思われる判断を下し、いちいちお伺いを立てずに実施できる裁量を与えられていれば、難局を切り抜けることができるという。

 組織は“上”に判断能力があり(「下」はそれに乏しいとする)、当然権限もあり、決定に従わせて動かせることが正しいとするような文化があると、安全文化はいっきに消失するだろう。そういう能力のない者が「上」にたって、権限で人を動かすことに優越感を感じて満足しているようだとさらに危険だ。スタッフから考える力を削ぎ、育んでいないことなど気がつかない。そのくせ何らかの事態が起きると、「なぜ、そんなこともわからないのか」などと現場を責め、責任を負わせようとする。その上司がさらに上の上司から問われると、立場上、自らの教育不足を反省してみせ、実質的な責任は現場にあるとするが、実態は方針や考え方の誤りが招いたものであり、エラーの根源は現場にではなく、実質この上司にある。

p.200 工事現場や工場には「安全第一」とか「安全はすべてに優先する」というような標語が掲げられている。だからといって、働かないでじっとしていなさいというわけではない。働くことに伴う危険をうまく処理しなさい、その処理にかかる手間ひまを、他の問題の処理にかかる手間ひまよりも優先させなさいという意味だと理解すべきである。仕事や生産と安全とを天秤にかけて、安全のほうを第一に優先させると解釈すると、安全は邪魔者にされてしまう。
 「安全する」という言葉はない。だから、「安全する」ことと「働く」こと、「安全する」ことと「運転する」ことは秤にかけられないのである。「安全に働く」、「安全に運転する」しかしようがない。

 安全に仕事をするうえで、仕事と安全のための手間とを別に考えていると、安全のための手間がお荷物になる。安全に仕事が遂行できるよう、仕事に安全が働くようなやりかたを考えるとよいのではないかと思う。
 その例が調剤で、服薬指導や薬剤交付において適切な確認行為が組み込まれることによって、仕事をしながら同時に安全も確保されるようになることにあたる。ちょっとしたことなのだ。「今日のお薬は●種類で、1日●回で●日分だから、●●錠ずつお渡しします」と言い、示しながら袋に入れることで、計数ミスが防止されるのだ。これを惜しむと、ともすると足りないと申し出がくることになる。

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ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する

2007-12-29 21:26:59 | Book Reviews
「ご飯を大盛りにするオバチャンの店は必ず繁盛する 絶対に失敗しないビジネス経営哲学 島田紳助・著、幻冬舎新書・発行、2007年5月30日

 著者は芸能人という“ヤクザ”な業界に軸足を置きながら、一方で人間としてのバランスを取るように商売という“カタギ”な世界に生きる。それができるのも、芸能人として大成した経済的余裕からだという。だから商売は“遊び”の位置づけだともいう。
 だからといって、結果はどうあれ、楽しめたことでそれとよしとしない。遊びの商売だからといって真剣だ。商売でもそれなりに成功しなければ気がすまない。儲からなければ、経営が成り立たねば“楽しんだ”ことにはならないという。遊びと経営が両立しなければ達成感が得られないのだ。

p.9 人に何かを買ってもらうということは、人の心を動かすということだ。

 紳助自身が店に立つわけではない。店員が客に対応するのだが、紳助にとって、店は店員自身が自らを鍛え、伸ばす舞台になっていることが重要だ。店員にとってやりがいがなければ、活き活きと仕事ができなければ、客を喜ばせることができないのだ。

p.32-3 従業員がお客さんにいい笑顔を見せられるかどうかは、その人の精神状態にかなり左右される。マニュアルに書いてあれば、楽しくなくても笑顔を見せることはできるだろうが、やっぱりそれは本物の笑顔とは言えない。
 お客さんは笑顔が見たくて、店に来るわけではない。あくまで買い物をしたり、食事をするのが目的だ。だけど人間というのは不思議な生き物で、どういう状況でも、心のどこかで他人との心の触れ合いを求めている。笑顔がその心を素直に表すものなら、それはどんなサービスにも優るサービスになる。

 職員満足(従業員満足)を用意し、作るのは経営者の役割だとする。それが業績を伸ばすことになると考える。

p.38-9 社員をがんじがらめにしてひたすら働かせて、労働力を100%引き出すことができたとしても、そのかわり精神面での労働力を捨てることになるからだ。
 精神面の労働力というのは、たとえば創意工夫する能力だ。強制的に仕事をさせるやり方では、人の創意工夫の能力を引き出すことはできないのだ。人間の心は、自由なときにその本来の能力を発揮する。楽しんで、興味をもって何かを楽しんでいるとき、人はいろいろなアイデアを思いつく。

p.43 商売が成功すれば、従業員が幸せになる。従業員が幸せになれば、商売はさらに上手くいく。商売がさらに上手くいけば、従業員はさらに幸せになる・・・・・。
 どこまでも上昇を続けるスパイラル構造のように、この2つは絡み合って、互いに押し上げていく。つまり、どちらにしても同じことなのだ。
 それならば経営者はまず最初に、一緒に働く仲間の幸せを考えるべきだ。みんなが幸せなら、経営者である自分も絶対に幸せになれるのだから。

p.50 お客さんが自分の財布からお金を出すのだということを忘れないようにしている。タレントの店だろうがなんだろうが、その店で味わえる満足感がそのお金に見合ったものかどうかは、みんな無意識のうちに計算している。
 その計算に見合った店、つまりお金以上の満足をお客さんに与えられる店しか生き残れないと僕は思うのだ。

 目標と手段において、先人の成功を目標にその先人が行った手段をマスターしても、先人を超えることはけっしてできない。同じ手段を行う先に成功はない。自分を出して磨くしかない。

p.72 他人のようになろうとするのではなく、もっと自分になれと思う。成功している人を見ると、あの人みたいにすれば成功できると思うかもしれない。僕に言わせれば、それがいちばん成功から遠ざかる道だ。

p.142-3 経験からいっても、儲けようとして何かをするとたいてい失敗する。ビジネスももうけることを目的にしたら、上手くいかないのだ。目先の儲けばかりが気になって、視野が狭くなるからだ。目が狂う。判断が鈍る。
 ビジネスに勝つためにも、自分の楽しみのために、仲間の幸せのためにビジネスをするのだ。さらにいえば、ちょっとでも世のため人のためになればいいと考えながらビジネスができたらもっといい。

p.143-4 お金というお客さんのものと、料理やサービスという店のモノの交換を、いかにしてお客さんにとっても店にとっても満足のいくものにするか。そこに知恵を絞らなきゃいけない。欲に負けて儲けばかり考えていたら、間違いなく失敗するのだ。
 儲けばかり考えていると、お客さんだけでなく、従業員にも悪い影響を与える。そういう商売をしていると、お客さんの笑顔や、お客さんの感謝の気持ちに触れることができないからだ。仕事をするのはお金を稼ぐため。だけど、お金だけが仕事のやり甲斐ではない。
 どんな仕事でも、お金以外の喜びが必要だ。サービス業だったら、まず何よりもそれはお客さんの笑顔や感謝の気持ちなのだ。

 何よりも「お金」、まず第一に「お金」、とにかく「お金が先」という経営者が多い中、お金(儲け)とESあるいはCSの順序に迷うものがない。お金は結果なのだ。お金がどうでもいいということではない。ESやCSがあってお金がついてくることを確信している。ついてこなければ、成功したとはいえないと考えている。



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金の問題じゃないジェネリック

2007-12-21 19:05:10 | くすり雑感
「線引き」あくまで拒否 薬害肝炎原告団 「金の問題ではない」 「首相は裏切り」と涙 12月20日17時9分配信 西日本新聞

 託した望みは打ち砕かれた。「まだ闘いは続くのか」。薬害C型肝炎訴訟で、舛添要一厚生労働相が「線引きのない全員一律救済」を受け入れない政府案を発表した20日、原告側は和解協議打ち切りを宣言した。「この案が政治決断だ」と言い切り、逃げるように会見場を後にした舛添氏。「信じていたのに裏切られた」と涙が止まらない原告患者ら。福田康夫首相の「決断」は、両者の距離を遠ざけた。

 政府案は、原告が求めてきた「一律救済」の理念は受け入れず、未提訴患者への支払い金額を積み増す内容。「私たちはお金の問題を言ってるんじゃない」と、出田妙子さん(49)=熊本市=は肩を落とした。

薬害肝炎政府案拒否 「切り捨てられた」 原告、厚労相らに怒り 12月20日16時2分配信 産経新聞

 被害者救済のため、30億円を積み増す舛添厚労相の案について、弁護団代表の鈴木利広弁護士は「全員一律救済という理念を理解していない。一律救済を下げてくれるのであれば、いくらでも札束を立ててあげるという、原告の感情をさかなでする案。『要はお金の問題じゃないのか』という矮小(わいしょう)化した理解でしかない」と切って捨てた。

 健康は金で買えないが、償う方法はたくさんある。金銭もそのひとつだが、すべてではない。

 ジェネリック医薬品は、品質が同等であり、かつ安価な医薬品である。必ずしも安ければいいわけではない、という点で薬害C型肝炎原告の主張とちょっと重なる部分があるように思われた。

 先発品を用いる際と、治療レベルが変わらないことが優先だ。安価とはいえ、まさに「金の問題じゃない」。全く同じだとは言えないが、治療レベルが同じと期待できるものと考えていいのではないか。一部にそれにそぐわない薬剤が見つかっているのであれば、至急、是正を勧告すればいいのではないか。今の後発医薬品の承認レベルは、そこまで耐えられないものではないように思うのだが。

 原告団の叫びは最もである。後発品でも、経済性が前面に出て、判断基準までそれが優先する医療だとしたら、健康を委ねる側もうかうかできない。安心など遠のいてしまう。
 これはジェネリック医薬品の品質の問題だけにとどまらない。薬局における採用基準についてもだ。何らかの患者へもたらされる価値において意味が求められる。単に安いだけしか明確な違いがないようだとしたら、“金の問題”と化してしまうように思われるのだが。
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国側が変わらないと薬害は繰り返される

2007-12-21 14:26:37 | 薬害は人災だ
内閣支持率、危険水域近くに 首相、政権運営苦しく 朝日新聞 2007年12月21日06時01分

 内閣支持率が危険水域とされる30%ライン近くまで急落したことで、福田首相は苦しい政権運営を強いられることになった。

 福田総理ばかりでなく、薬害C型肝炎問題でも、他の政治家も問題の本質を見誤っているように思われる。意識的に足並みを揃えてずらしているのだろうか。

薬害肝炎 独法改革「官寄り、民に冷たく」 首相、満身創痍 見えぬ指導力
12月21日8時1分配信 産経新聞

 首相は20日夜、肝炎訴訟の和解協議で原告側が政府の修正案を拒否したことを受け「再び薬害が発生したことに被害者に申し訳ない。これで私どもは終わるとは思っていない。大阪高裁の判断であれば柔軟に対応する。原告にも応じてほしい」と記者団に語った。

 大阪高裁の和解案は、金銭面の額のどこで折り合うかを調整するよう、呼び掛けたものなのか。原告側が求める政治決断とは、お金を弾んでくれ、という意味だと理解しているのだろうか。

 町村信孝官房長官は20日の記者会見で「(政府案は)三権分立の観点から司法の判断を尊重し、骨子案と矛盾しないギリギリの案だ」と強調したが、「決断できぬ首相」の姿勢は自民、公明両党にきしみも生んだ。

 国側に求められているのは、単純に司法判断に従えということではないはず。お互いの主張を少しも譲り合わないことなく、司法サイド案をもとに、それ以上に歩み寄れるのであればそうしても構わないのではないか。そのための政治決断を原告側は求めていたのだと思う。

 伊吹文明幹事長は記者団に「国が被告として和解案に(金額を)プラスした方がいいと政治決断をした。司法のルールにのっとってやらないといけない」と述べた

 金額のプラスが歩み寄りや譲歩、さらには政治決断の要点だと思っているのなら裁判の争点の勘違いも甚だしい。さも十分なことをしたかのように、TVで“堂々と”コメントしておられたが、違和感を感じた。

 薬害が発生し、拡大し、治療が遅れた責任について、どう認識しているのか、その表現において、原告ばかりでなく、国民のほうを向いた政治が行われているかどうか、関係者にそういう認識があるかどうかがよくわかる。薬害を受けたことに原告側に必然性はない。頑なにルールに従うことを持ち出すのはいかがなものか。
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薬害を起こした企業と今後つきあうには

2007-12-20 23:08:52 | 薬害は人災だ
「一律救済」受け入れられない=薬害C型肝炎訴訟で田辺三菱
12月20日19時0分配信 時事通信

 薬害C型肝炎訴訟で、被告企業の田辺三菱製薬(大阪市)は20日、大阪高裁の和解骨子案や原告側が求める線引きのない一律救済について、「原告が和解骨子案の受け入れ拒否を発表しているので、諾否について正式な回答はしなかった。今後も骨子案を踏まえての協議を行うのはやぶさかではない。ただ、骨子案の枠を外れた『投与時期による線引きのない一律救済』を求める原告側修正案は、受け入れられないと高裁に伝えた」などとするコメントを発表した。

 薬害を繰り返してきたミドリ十字は、今では田辺三菱製薬としてその後を引き継いでいるが、合併を繰り返し、ミドリ十字のことまでいまさら面倒を見切れないとおもうのかどうか知らないが、そういう過去を背負っている以上、被害者の想いを十分汲むべきであろうし、司法がどういった判断をくだそうとも、自社としても判断できるようでなくてはならないと思う。

 その中で和解骨子案を踏まえてなどといった他人の判断の後ろからついて歩くような態度はいただけないのではないか。医療現場では、田辺三菱製薬のそのような判断能力や製薬企業としての姿勢を見て、どうしても同社の薬剤でなければ適切に医療を進められない事例を除いて、同社の製剤の使用を見合わせてはどうだろうか。薬局ならば、同社のジェネリックは少なくとも無条件で採用しないとか、である。病院も併売品なら他社に切り替えるとかだ。

 合併した他社には直接の責任はないとはいえ、健康に携わる企業として、内部でそういった判断を見直そうとする動きというものは期待するほうが甘いのだろうか。

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処分を受けた役人による特別講演

2007-12-20 13:34:04 | 薬害は人災だ
 厚労省の黒川さんが、新年早々の日本医薬品情報学会設立10周年記念特別フォーラム「医薬品情報と安全対策をめぐる課題」というテーマで特別講演をされる。

 これまで同氏はとくに薬剤師に対して熱いエールを送って来られ、卓見を示されてきたかただ。しかし一方で、

薬害肝炎:厚労省、リスト放置で3人処分
 血液製剤の投与でC型肝炎に感染した418人分のリストが放置されていた問題で、厚生労働省は3日、高橋直人・医薬食品局長▽黒川達夫・大臣官房審議官▽中沢一隆・同局総務課長--の3人を「行政への信用を失墜させた」として文書で厳重注意処分にした。この問題では厚労省の調査チームが、感染者の個人情報が書かれた資料の存在が地下倉庫に置かれたまま組織内で忘れられていたことについて「文書管理の大切さの意識が欠落していた」との報告書をまとめていた。【清水健二】 毎日新聞 2007年12月3日 19時08分

 と、いうこともあったばかりだ。文書管理の不適切さを問われているような報道であるが、本質はこのリストの持つ意味を考えれば、国としての安全対策の至らなさを批判されていたのである。この処分以前に、明年のフォーラムが既に予定されていたのであろうか。学会事務局は、急遽演者を交替するとか、他の適任者を探すことができなかったのだろうか。

 黒川さんの“すべて”が非難されるわけではないし、これまでの実績の中にはそれなりのものもあると思うが、このタイミングでこのテーマは再考の余地があるように思われる。

 今日、国は薬害C型肝炎患者の一律救済を拒否し、和解が決裂した。ここまでこじれた一部に黒川さんは係わっているのだ。

 「被害者の全員救済」という願いは、かなわなかった。国側が最後まで救済範囲を限定する姿勢を崩さなかったことに、薬害C型肝炎訴訟の原告たちは失望し、和解協議打ち切りを宣言した。

 全国弁護団の鈴木利広代表は「全員一律救済の理念を理解しておられないようだ。札束でほおをたたくような案で、『要は金だろう』と矮小(わいしょう)化している」と痛烈に批判した。

 二度と薬害が起きてほしくない、私たちと同じように苦しむ人を出したくないなどと、これまで何回も聞かされてきた薬害被害者の叫びをまたもや我々は聞かされている。そのたびに何らかの改善を図ってきたと厚労省は言うだろう。しかし、結果はどうか。まだまだ立ち位置が患者とはかなりの距離がありそうだ。
 
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最善の話し方

2007-12-20 13:01:03 | Book Reviews
クレーム対応のプロが教える 最善の話し方」 中村友妃子・著、青春出版社・発行、2007年2月15日

p.27 “~以上だった”と、満足していただくための小さなひと工夫をすることが「顧客感動」を得る活動です。

p.31 「調べた結果、問題はございませんでした」というお返事で、「あ、そうでしたか。わかりました」なんて言っていただける可能性なんてゼロ!ゼロですよ!

p.33 (クレームの)お申し出者に納得を得られない苦しさは、簡単に言えばあなたのスキル不足の表れなのですから、お申し出者のせいではありません。

p.56 製品の説明や、会社の事情や、「いつもならキチンとやっているんですが」なんていう言い訳は、お申し出者にとっては企業の論理の押し付けでしかありません。
 しかし、それが企業の論理の押し付けだと言われても、その説明で納得していただかなくてはならないのが企業の宿命でもあります。

p.68 クッショントーク

p.70 サントイッチトーク

p.78 クレーム担当者の目標は、一見「許してもらうこと」のように思えるかもしれませんが、本当は「わかってもらうこと」が正しい目標だろ思いませんか。

p.81 アクティブリスニング(積極的傾聴)

p.82 お申し出者の言い分のすべてがすべてではないのではないか。話の中に1ヵ所や2ヵ所、自分が不利にならないための虚言や、誇張や、詭弁が含まれているのではないかと思いながら会話を進めるようにしています。

p.84 『怒り』というのは2次感情です。1次感情が発生しない限り『怒り』は発生しないのです。『怒り』だけを鎮めることはできません。『怒り』を発生させた1次感情を鎮めない限りは『怒り』は鎮まらないのです。逆に言うと、そもそもの1次感情が鎮まれば『怒り』は自然に鎮まるものなのです。

p.86
①製品に対する不満の事実とお申し出者の事情から、
②発生したお困りごとを見出し、
③そのお困りごとを感情に置き換えたならどの1次感情が等しいのかを判断し、
④その1次感情を解消するには、どのようなことをして差し上げたらいいのかを見出し、
⑤お申し出者に「~をさせていただこうと思うのですが」と提案する

 という手順の遂行が「怒り」を鎮め、自動的に納得を得る結末を迎えるという幸運を招くのです。

p.92 「付加価値不満」に対しては、お申し出者にこの「価値不満」で損なった、期待や環境、関係への気持ちの重さに対して、担当者がお申し出者の立場にたって心を痛め、その痛みを修復できる対応を提案することが必要です。

p.93 問題は、対応担当者のあなたが、“なんとか損なった期待や環境や、関係を修復したいと思っている”というお申し出者と同じ思いにたったあなたの人柄を、お申し出者が感じてくださることに、お申し出者に「納得」の感情が生まれるのです。

p.113 お申し出者だって、勇気をもってあなたの会社に連絡をしてきたのです。どこかの時点でだまされ、結果、自分は損をするのではないかと不安と闘いながらあなたと接してきたのです。

p.185-6 クレーム処理は、最初さえきちんとできれば、たいていうまくいく。
 クレーム処理は小さくおさまるか、大事になるかは最初に決まってしまう。
 クレーム処理は最初の話し方で、成功するか失敗するかは決まってしまうので、そのことだけしっかりやれば大丈夫。

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失敗を活かす技術

2007-12-19 12:56:27 | Book Reviews
「失敗を活かす技術 ミスをどう防ぐか、ミスを次にどう活かすか―― 黒田勲・著、KAWADE夢新書、2001年12月1日

p.50 真面目で優秀な技術者集団は、かならずしも常に冷静で高い次元に立って価値判断を下せるとはかぎらない。かえって誤った管理者の意思決定に従って愚かな組織行動に陥りやすい特性をもっているものである。
 組織の安全文化とは、このような事態が発生した場合にでてくる危険性に対して、「その組織の全員が、安全に対してどのような価値判断、意思決定ができるか」ということがふだんから醸成されている素地をいうのである。

p.91 熟練者は、豊富な経験を積んでいるので、通常の操作はもちろん、異常事態にとるべき行動にも慣熟している。操作は見事にパターン化していて、いちいち情報処理のプロセスを踏む必要がなく、それらをバイパスして素早くスマートに処理できて、余裕をもって全体を眺めることができる。
 しかし、情報を得た瞬間に対応操作ができるということは、自動的に無意識に操作することになり、思い込みでまったくちがう操作をしてしまう危険性もある。

p.104 「懸命ミス」ならぬ「一所懸命ミス」。「一生懸命ミス」と言い換えてもよいかもしれない。
 日本人は、かつて滅私奉公などという文化があったためか今なお勤勉である。この勤勉さがときには懸命ミスを誘発することになる。
 たとえば、日本人は時間に忠実である。不意の事故で道路が渋滞でもしようものなら、時間に間に合わせようと迂回道路を探し、一分でも早く着こうとスピードをだす。焦燥ミスも重なりイライラが頂点に達したこと、「まさかの事故!」ということになる。

 一生懸命ミスについて、本書で出会うとは思わなかった。調剤エラーは、まさに誰しもが一生懸命、調剤をする中で発生している。起こそうと思って調剤エラーをする人などいない。それがゆえに同情したくもなるし、だからといって甘すぎてもいけない。

p.130 「犯人を見つけて一件落着」という意識構造のもとでは「根本的な再発防止策」は望めない。
 つまり、失敗を省みて次の人間を守る体制にはなっていないのである。むしろ、「人間の代わりはいるが、機械を替えると高くつく」とでも考えているのではないかと思われる。
 「安全」に対する意識が「人間を大事にする」という意識構造のならないのであれば、日本の将来は暗いというべきであろう。
 「安全」は「人」つまり「相手」に対する「思いやり」がなければ確保できない。「人」つまり「相手」に対する「思いやり」をいかに育てるか、それは教育のほかにはありえない。

 ここでいう「人」とは、調剤エラーでいえば、薬局スタッフではないだろうか。ESが調剤エラー発生防止にも関係するようでもある。

p.132-3 職場の効率化を優先して訓練ばかりに力を注げば、たしかに「仕事をこなせる」一見優秀な人材ができあがる。しかし、教育がなされないために、お客や周囲のことが考えられない。もちろん、企業全体の利益や自分の仕事が生む社会的な影響までは計算できるはずもない。この例として、社会を揺るがすような大きな失敗を生んできたことは、耳目に新しいことではない。
 「安全とは何か」「人類の幸福のために何をなさねばならないか」ということに対して、しっかりした考え方が培われていないと、いくら高度な技術を身につけていても、世界が体験したようなテロ事件や細菌事件などが起こって人類を滅亡に追いやることになりかねない。

p.144 「予防安全型」の追及のために何をすればよいのだろうか。一つは「リスクアセスメント」であり、もう一つは「ヒヤリハット報告制度」である。
 リスクアセスメントは職場の危険因子を常にウォッチし、もしリスクが許容できる範囲を超えるときは、許容範囲まで軽減する策を講じることである。職場の管理者や安全担当者は、常にリスクアセスメントの態勢になければならない。

 薬局において、どうか調剤エラーが発生しやすい状況、機会があるように思われる。一般的なことではなく、それは店舗ごとに特徴やクセを読まなければいけない。そして、その状況や機会に至るとき(それはしばしば訪れる)、意識して業務にあたる必要があるように思われる。
 
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だから、部下がついてこない!

2007-12-18 21:42:23 | Book Reviews
「だから、部下がついてこない! できるリーダーになるための上司の条件 嶋津良智・著、日本実業出版社・発行、2006年9月1日。

p.21 「自分の部下がなかなか思うように動いてくれないとき、あなたはどうしているのですか?」
 「そもそも人を動かそうと考えること自体チャンチャラおかしいですよ。上司というのは、部下が自ら動こうとする環境をつくることが大切なんです」

 組織として“こういうふうに動いて欲しい”ときもあるんだろうが、方針とは別に、その思いが高じ過ぎているのではないか。上司は部下を使って・・・、という部分の解釈を誤って、思い通りに指示命令で動かす権限があるとでも考えたのか。

p.22 上司のやり方や考え方がどんなに正しくても、部下が納得して、自ら動こうとしなければ、意味がありません。そんな状態で部下を無理矢理に動かそうとしても、短期的にはうまくいくことがあっても、長続きはせず、望む結果はなかなか得られないのです。

 その意味で理念は重要だ。上司は“間違っていても絶対”ではない。とくに経営者は要注意だ。黙って俺についてこい、ではなかろう。

p.27 職場の人間関係や仕事の内容に不満を感じているために、仕事へのモチベーションが下がり、優先順位もどんどん下がってしまったというケースもありました。職場の環境や仕事内容を改善してやることで、仕事のモチベーションが上がり、優先順位も上がっていくでしょう。

p.30 目的とは「何のために、なぜやるのか」という行動の理由であり、目標とは「いつまでに、何を、どうする」という手法のことです。

 目的と目標の違い。目的は達成すると次の目的にも波及するから、その先が見透かされることがある。その先がいかがわしいと思われる目的は支持されない。不適切な目的が掲げられると、やり方まで価値観が狂ってくるし、それに費やす時間も労力もムダとなる。

p.41 (計画を立てる手順の)ポイントは、目的から逆算することです。

 言われてみれば当たり前のようであるが、案外、これが忘れられているのではないか。逆算することで、取り組みがスケジュール化し、具体化できるようだ。

p.48 計画を立てるという作業には、まず「やらなければならないことを挙げる」、そして「それを整理し、順序よく並べる」という二つのフェーズがあるのです。

 順序が決まると、各ステップ毎に今やっていることが次のステップのためであることが意識付けられるだろう。

p.53 画期的な新商品を開発したり、斬新なビジネスモデルを構築するといったことだけが他社との差別化だと思われがちですが、実行率10パーセントという現実を突きつけられると、実行率を上げ、徹底すること自体が最大の差別化ではないかと思うのです。

 徹底するといっても、皆がただちに変化するのは難しい。ある程度の試行錯誤や不慣れによる時間は必要だ。それ以前に、なぜその取り組みをするのかといった、方針や目的が理解されることで、徹底が図られるように思う。

p.58 本当に恐れなければいけないのは、何かにトライして失敗するリスクよりも、チャレンジしないリスクなのです。

 かなりの確率で成功が見込めないと認めない判断は誤り。成功例がないと進まない判断も誤りだろう。

p.72 (車両故障で電車が遅れ、会社に遅刻してしまったとして)たしかに、車両故障を起こした責任は鉄道会社にあるでしょう。でも、その電車が遅れないだろうと勝手に決めつけて、乗車したのはあなた自身ではないですか。
 最終的には自分が選択したということです。
 自分の選択であり、最終的な責任は常に自分にあるという、「自己責任」の意識をもつことが大切なのです。

 このような観点で自己責任を意識するようになると、いままで以上に用意周到な取り組みができるだろう。

p.116 部下が失敗したときに、「どうして、うまくいかなかったのか?」と尋ねてしまう上司がいるのですが、これはまずいのです。
 なぜなら、うまくいかなかった理由を聞くと、部下はどうしても追及、詰問されているような印象を受けて、言い訳しか出てきません。
 上司は部下から言葉を引き出したいのではなく、どの程度現状分析ができていて、どんな改善策をイメージしているのかなど、部下の考えを知りたいはずです。
 そこで、「どうすれば、うまくいったと思う?」というポジティブな聞き方をします。そうすると、部下は言い訳をするのではなく、何かしらの方法を考えるようになり、発見、教訓につながっていきます。

 追求、詰問するつもりがなくても、なぜ・・・、と聞いてしまう。軽率というべきか。目標の達成、進捗に捉われすぎると、部下の育成や成長をないがしろにしてしまう。成果も大事だが、人がもっと大切ということだろう。

p.117 バーチャルプランとは、うまくいかなかった案件を過去にさかのぼって、改めて架空のプランを出させるという方法です。どのタイミングで、どんな処理をすれば、うまくいったかを考えさせ、その手順をまとめたプランを書面で提出させます。
 失敗から学ぶには、なぜ失敗したのかを分析し、どうすればうまくいったのかという点について考える必要があります。
 ところが部下が失敗した時に、上司がその答えを与えてしまうと、考える力が育たなくなりますし、部下自身のなかに強い印象として残りにくいのです。

 過去を反省して、改善策をブレーンストーミングしながら、次は同じ轍を踏まない計画をたてるのが、バーチャルプラン。それも実施後は検証するわけで、その繰り返しが力量を高める経験となる。

p.202 私が二度の上場から学んだことは、企業や人の心に根づいた目に見えない文化(風土)が大きく成長に起因しているということです。
 よく「経営者が変わって、会社が変わった」とか、「マネジャーが変わることで、部門がよみがえった」という話を聴きますが、本当に重要なのは、上司が変わることによって、その組織の文化(風土)が変わり、社員の意識が変わるということです。

 経営者は次の行き先がないから、その場にしがみつくのだろうか。引き際というものもあるだろう。自分たちがいなければ組織が倒れるという思いがあるとしたら、錯覚以外の何ものでもない。少なくとも部下はそう考えていない。文化、風土が変われば、部下はこれまで見せなかった・思いもしなかった力を発揮するものだ。ある程度の混乱や戸惑いがあろうと、落ち着くところには落ち着く。そこがどうあれ、居座られるよりははるかにマシなのだから。
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自民党の終焉

2007-12-14 17:40:20 | 薬害は人災だ
「自民党の終焉 民主党が政権をとる日」森田実・著、角川SSC新書、2007年10月30日
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今年の漢字はこれまでの漢字

2007-12-13 08:54:40 | 思いつくまま
 予想通り、本命の漢字が選ばれた。

たしかに、ミートホープの牛肉偽装発覚や、石屋製菓「白い恋人」賞味期限改ざん、名物菓子「赤福」の34年間にわたる消費期限不正表示、船場吉兆による菓子の偽装表示など、食品偽装の事件は枚挙にいとまがないという感がある。このほかにも、耐震偽装問題や人材派遣会社の偽装請負事件、英会話学校の偽装など多くの業界に偽りが見つかったほか、相撲やボクシングなどスポーツ選手にも偽りが発覚。中国には有名キャラクターを模倣した「偽」遊園地が堂々と開園していたことも理由に挙げられた。 マイコミジャーナル 2007.12.12

 これほどまでに誰もが知っている企業が「偽」に手を染めているということは、社会において常態としてもっと広く行われていると考えてよいだろう。食品のみならず、他の業界においても、見破られなければ、違法とはいえないと考えているのであれば、ささいなことと考えているのであれば、山ほどある。

 これらの大半は内部告発であり、社員の中にはモラルがあっても、経営者層にはそれが失われているということを反映しているのではないか。そして、これこそが多くの企業に蔓延していないかということこそ、懸念される。

森貫主は「このような字が選ばれることは恥ずかしく、悲憤にたえない。己の利ばかりを望むのではなく、分を知り、自分の心を律する気持ちを取り戻してほしい」と話していた。 読売新聞 2007.12.12(写真も)

 森貫主はテレビマイクを向けられて、企業が利益追求に走った結果がこれらを招いたことについて、嘆いておられた。世の中が大事なものを見失っている様子の根深さに、心を痛めておられるのだろう。

 「偽」、今年の漢字とはいえ、その土壌や実態は以前からあったもので、中には長年に及ぶものもある。それゆえに事態は一層深刻だ。今年の漢字ならぬ、これまでの社会事情を反映したものと言えるのではないか。

 このテのニュースは、来年こそは・・・ということで締められるのが恒例だが、辟易するくらい、これでもかというくらいの実態があり、大物も潜んでいるのではないだろうか。

 清水寺の森清範貫主、毎年出てきてカメラの前で一筆書くのだが、多少なりとも練習をしたのかどうか知らないが、「でもそんなのカンケイない」というほど、立派な字をお書きになる。書いている姿も鮮やかだ。私に褒められたところで少しもうれしくないだろうが、毎年感心させられる。
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優良顧客、大口顧客はとるな

2007-12-12 09:57:30 | 薬局経営
 薬局が処方せんの枚数を稼ぐために、老人保健施設や老人ホームの職員と話をつけて、入所者の処方せんを一手に引き受けようと、取り入る行為が目につく。
 困っている施設から相談を受けたり、歩いても行ける程度の近隣の施設に協力するならまだしも、離れたところにまで声かけしてかき集めるかのような行為は目に余る。

 「千円札は拾うな。」(安田佳生・著、サンマーク出版)では、大切すぎる顧客は作らない(p.45)として、優良顧客を作っても、優良すぎる顧客は作らないとしている。一社で売上げのかなりの割合を占めるほどの、サマサマとも言える顧客はある意味ありがたい顧客とはいえ、そうであるがゆえにさまざまな特例やわがままを受け入れることになり、それが組織の秩序に影響を及ぼすことを懸念している。さらにそういった顧客の存在に甘えて、開発などの企業努力を怠ってしまうおそれが生じかねないと心配する。そして何よりも、現在そのような顧客がいても永久にその関係が続く保証もない、と冷静だ。

 「日本で最高のサラリーを稼ぐ男たちの仕事術」(田口弘・著、三笠書房)では、「大口顧客、大量注文」はとるな!(p.38)として、そういうもたれあいの関係が、お互いにとって免疫力を落としていくようなもので、いざという時に体が動かなくなると、時代の変化に対応しにくくなる体質になってしまうことを懸念している。一社に依存し切ることほど恐ろしいことはない、と言う。

 薬局が施設に働きかけてまとまった枚数の処方せんを稼ごうとする。施設関係者との“関係”が生じ、あらぬ取引が発生したり、わがままを受け入れたり、薬局業務をなし崩しにする要素が入り込んでくる。

 お得意様の機嫌を損ねてはならぬと、チェックを入れることがはばかられたり、専門性を活かす場面も減れば、やりがいなど生まれない。もはや調剤でなく、交付のための作業に堕す。スタッフの成長や育成を阻む要因となることは、薬局にとって最も注意しなければならないことであろう。

 薬局を「会社」としての論理で運営しようとする者は、平気でそういった判断を下すだろう。薬局は薬局の論理で進めることが大切で、医療提供施設としてあるまじきことは避けなければならない。まず利益ありきの考えが目先のことに飛びつきさせ、ますます組織を疲弊させていくことは、疑いのないところだ。
 
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本質のつかみ方

2007-12-11 08:43:46 | Book Reviews
「鈴木敏文に学ぶ、本質のつかみ方」 国友隆一・著、経済界・発行、2007年7月5日

p.62 現状を起点に因果関係を考えてはならない。現状をある原因の結果ととらえるべきである。その原因を変えれば結果も変わるという思考法を身につけることが大切だ。

 現状がこうだから、どうしなきゃいけないという論法はよくあることだし、そうなった原因はここにあるから、それをどうにかしていこう、ということもしばしば聞かれる。しかし後者に当たる、これまでを振り返って、反省して、見直すべき点はどこかを分析して、同じ失敗を繰り返さないようにしていこう、といった動きは巷で聞かれるほど行われていないような印象がある。気のせいか。

 どこがまずかった、というところに、自分たちにまずさがあったと認めたくないからだろうか。まずかったのが自分たちではどうしようもなかった、不可抗力であった、外的なところにあるとすることが往々にしてないか。

 結局、周辺がそうならなきゃ、自分たちの描いた通りに進んでいけばそうならなかった、自分たちには基本的に非がなかった、としているから、現状がこうでなきゃ次にいかない、ということに陥ってしまうのではないか。


p.172 売上げは人間でいえば体格に当たり、利益は体力に当たる。そして、人間にとっても企業や店舗にとっても、活動するための活力は体力になる。どんなに体格がよくても体力がなくては活動できない。それどころか、体格がよくて体力がないと、体格のよさが体力の発揮を邪魔しかねない。

 体格に象徴される部分の拡大ばかりして、体力にあたる部分の成長が疎かになっていることはよくある。体質改善が叫ばれるのも、そんな理由からだろう。
 体格という見てくればかりを見て喜んでいると、いざ動こうとしたときに図体ばかりでかくて、それがかえってハンディになっていることもある。
 中身が大事、といったらありきたりか。
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日本で最高のサラリーを稼ぐ男たち

2007-12-07 22:47:15 | Book Reviews
「日本で最高のサラリーを稼ぐ男たちの仕事術」 田口弘・著、三笠書房・発行。

p.41 クレームがきたら「ありがたい」と思ったほうがいいと思う。
 クレームが来るということは、改善しなければならない問題点が明らかになることで、それを一つひとつクリアしていけば、そのビジネスはどんどんよくなっていく。
 従来型の仕事の流れ・・・(中略)・・・をビジネスの中心的な仕事と思うと、クレーム処理は余分な仕事に思えてくる。
 いまの時代は、クレームに代表されるお客さんの意見や要望に、素早く対応することこそが、メインの仕事なのだ。

 クレーム(らしきもの)が来ると、すぐさま自分は悪くない、といったことに終始する者がいる。個人でなく、部署や組織にそれが向けられていても、自分には非がない、ということを主張しようとする。それは自己保身もあるが、間接的に部署や組織を守るという“大義名分”にもなっている。

 クレームか、意見か、相談か知らないが、まずそのような申し出をして来てくれた人の背景や心の内を考えれば、アプローチの仕方は変わってくるだろう。誰が悪いかといった犯人探しを求めているのではないし、それは不毛の議論のように思う。

p.120 創造革新型の人材は、いくら教育しても簡単には作り出せない。そういう人材は「育てるのではなく育つのだ」というのが、われわれの考え方なのである。そのために会社ができることといったら、育つ環境を整備するくらいしかないのではないか。
 そこで私たちがやったのは「会社は場所と資金と設備、人材を提供しますから、あなたのやりたいことをやってみてください」というプラットホーム・カンパニーである。

p.130 企業の利益は「その市場が企業に認めてくれた必要経費だ」という考え方を持っている。

p.196 企業とは誰のためにあるか。
 私は市場(ユーザー)のためにあると思う。もう少し視点を広げれば、社会のためにあるといってよい。
 そのうえで株主、経営者、従業員のためにあると考える。
 この視点に立つと、これから勤めて発展する企業と危ない企業の見分けがある程度つくのではないか。金儲けに狂奔しているような会社は、今後衰退していく可能性が大きいということである。
 こういう考え方に対して「企業は存続していくために利益をあげなければならない」と主張する人がいる。それはまったく会社の都合であって、ユーザーは会社存続のために買ってくれるのではないことをしっかり認識しておく必要がある。

 会社は利益を得るためにあると考える人は、まず利益ありきになり、利益があるからこそ次も明日も始まると考える。
 しかし、著者は「最初にユーザーありき」である。私もそう思う。利益は、会社に与えられたご褒美か。会社が自分たちのために自由に使ってよいお小遣いのようなものか。そうではなかろう。更なる期待を込めて、その組織に投資をしているようなものだと思う。もちろん、その中から人件費(労務費)も賄うのであるが、よりユーザーに向けて要望に応えるアウトプットを出していかなければいけないのだと思う。
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