何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

ジェネリックを使用促進させる原動力は

2006-03-31 09:26:58 | 薬害は人災だ
 明日から新年度、とはいっても土曜日なので、本格的な新年度は来週からではあるが。
 ここにきて、急遽、医者側から新処方せん様式への変更によるジェネリック化を申し渡されている薬局があるようだ。それまで何も聞いていなかったから、もう少し世間の様子を見てから・・・などと緊張しつつも焦らずにいたところ、風雲急を告げられたかのようである。

 ジェネリックを、メーカーで選ぶというのはおかしいということは、これまでにもさんざん述べてきた。特定メーカーの後発品であれば、すべて患者にとってよし、ではない。
 それに加えて、ジェネリックの使用促進を、テクニックや話術などで、対応しよう、という意見を耳にすることがあり、ここにも違和感を覚える今日この頃である。

 確かに何もなければ困るだろうから、ポスターなどの掲示物やチラシ、勉強用資料などは必要だろう。しかし、それらをチラと読むだけでこの制度改革をカンタンに乗り切れるのだろうか。
 資材があれば、対応も手っ取り早い。Q&Aなども、自分の知りたいことだけに答えてくれれば、用は足りる。しかし最低限でいいから、ジェネリック使用促進について、なんらかの勉強をしてもらいたいと思う。

 資材さえあればできるとか、こう聞かれたらこう答えればよいとか、こういう時にこうすればいい、なんていうのは、基本も学ばずに、最低限の労力で、済ませたいという態度を垣間見る思いがして、残念な感が否めない。
 ましてや、そういう時にはこういうふうに対応してはどうですか・・・、なんてアドバイスすると、やはりテクニックや話術が必要だなぁ、といった感想も聞かれ、愕然とする。

 テクニックの問題だという考えは本質のするかえだと思う。制度改革だから適切に対応するのは当然であって、もともとその気は乏しいということを間接的に言っているようなものではないのか? 患者さんのニーズにどうやって応えていこうか、という気持ちが根底にあれば、ジェネリック使用促進の機会において、もっと早く準備に動けたのではないか。その気持ちさえあれば、テクニックなんて極めなくても、多少話し方がぎこちなくても、患者さんのニーズに向き合うという気持ちがあれば、行動や言葉は自ずと生まれて、伝わるのではないか、と思う。

 つまり、足りないのは、資材やテクニックではなくて、患者志向の考え方、文化、姿勢ではないかと思う。流れ作業のように処理していけばいいと思うから、資材やテクニックに走るのではないか。挙句の果ては、こうしろあーしろの指示、命令をすればよいとさえ思っている。そんな気持ちのこもらない対応に、はたして患者さんはありがたみを感じ、感謝の気持ちを持つのだろうか。

 さらにはテクニックの有無が成功の鍵を握っていると考えるところには、ジェネリック使用促進には薬剤師としての専門性を軽視しているのではないかと思うフシもある。変更したいというニーズが寄せられても、慎重にことを運ばなければいけないケースもある。そういう薬もある。体調もある。患者事情がある。経験も加味して臨まねばならないこともあろう。そこには総合判断能力が求められる。

 ジェネリックは先発品と同等の効果が期待できて、安いということさえ伝えれば済む・・・、というのは安易で、もう少し奥の深いものではないか。患者さんは、ジェネリックへの変更に際して一番知りたいのは、薬剤師が患者さんの思いを支えてくれようとする親身さなのではないか。それを何よりも心強く思うのではないか。
 その気持ちを薬剤師の個性、個人のセンスに頼るのではなく、薬局の文化、姿勢として発揮されて欲しいと思う 
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生まれ変わっても、もう一度この人と

2006-03-29 17:42:22 | 心に残ること
江村登美子さんが死去 夫が介護理由に市長辞任 (共同通信) - goo ニュース

-----転載ここから
 妻の介護に専念したいと大阪府高槻市長を辞任した江村利雄氏(81)の妻登美子(とみこ)さんが28日午後11時、呼吸不全のため大阪府高槻市の病院で死去した。82歳。大阪府出身。自宅は高槻市出丸町6ノ30。葬儀・告別式は31日午前11時から、高槻市出丸町1ノ2の高槻典礼会館で。喪主は夫利雄(としお)氏。

 1946年、23歳で利雄氏と結婚。パーキンソン病で寝たきりになり99年4月、市長4期目だった利雄氏は任期を約1年残して辞職。「市長の代わりはおっても、夫の代わりはおまへん」と介護に専念したいとする辞職理由は大きな反響を呼んだ。
-----転載ここまで

 そう、漠然とだが、覚えている。ついに奥さんが亡くなられたか・・・、幸せな奥さんだ。
 昨日、姉歯建築士の奥さんが、飛び降り自殺を図った。旦那のしたことは決してよくないが、その背景に自分の体調不良もあったと知り、さぞかし苦しんだことだろう。
 江村市長の奥さんも、自分の体調のせいで、市民に支持されて就いた市長の座を辞すると聞いて、申し訳ない気持ちとうれしい気持ちで、複雑だったろう。
 最期まで感謝し、生まれ変わっても、もう一度「この人と一緒になりたい」と思ったのではないか。
 でもな、夫婦のことは夫婦にしかわからない・・・、なんて言うかな。

 それに比べて、自分はカミさんや子どもたちに何を残してやれるのだろう・・・。情けないやら、はがゆいやら・・・。これまでの時間を反省しつつ、残された時間に託すしかない 
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後発品の在庫増を真っ先に心配しているが

2006-03-24 19:29:58 | くすり雑感
 ジェネリック使用促進に関連し、薬局が在庫増(ひいては経営的負担増)を心配してか、在庫メーカーを絞る動きが見られる。

-----転載ここから
クラフト “推奨”後発品を選定、優先調剤へ

 大手調剤薬局チェーン・クラフトの大塚敏常務は22日、ユート・ブレーン主催のセミナーで講演。同社の薬局で調剤する後発品について、患者への“推奨品”ラインナップを整備したことを明らかにした。この推奨後発品は、メーカーへの情報収集や自社の薬剤師による調査研究から選択。「先発品に近く、信頼性の高い」後発品を選定した。医師による処方薬の指定などの「アプローチがない限り」、推奨品を患者に勧め調剤する方針だ。(RISFAX No.4583 2006.3.23)
-----転載ここまで

 なんか勝ち誇っているかのような感じさえするが、異臭を感じるのは私だけだろうか。在庫圧縮ありきだから、過誤防止にもなるし、デッドストックも減らすことができ、効率的な経営だと言わんばかりである。確かに、過誤等はそうだろうが・・・。

 品目数は増えるので、一見資産も増えるようだが、ジェネリックが使われれば先発品の使用量は減るので、移行割合や先発品とジェネリックの価格差にもよるが、金額的には増えるとは言いがたい。
 たとえば、1錠100円の先発品が月間3000錠動いていたとして、そのうち4割が1錠80円のジェネリックに移行したとして算出すると、

 これまでは100円×3000錠=300000円
 移行後は、100円×1800錠+80×1200錠=276000円

 月間使用量の6割を繰越在庫にしたとすると、
 これまでは100円×3000錠×0.6=180000円
 移行後は、(100円×1800錠+80×1200錠)×0.6=165600円

 ・・・で、経費削減となる。ただし薬価差益は減るかもしれないが・・・。

 ジェネリックが何を目的として使用促進が図られているかというと、国の医療費削減のほか、患者さんの自己負担軽減だ。同時に、患者さんの医療への参加を促すことが重要だ。

 チェーン薬局がメーカー指定していると、その選択の観点は、薬局側がよかれと考える「売り手」志向の発想だ。場合によっては、押し付けだ。もちろん、言われるがままに、それでよい、とする患者さんもいることだろう。

 しかし、
・あらかじめお勧めを設定しておくのは、こちらでお選びしました、よろしいですか? という選択をカンタンに済ませたい、薬局側の都合が前面に出すぎているように思う。
・それに比べて、現在の選択肢を示して、その中でこういう観点で選ぶとこれ、この観点を重視するとこれ、どうなさいますか? と一緒に考えていくほうが、説明に対して、患者さんの納得が得られるのではないかと思う。

 在庫増は調剤の手間や過誤を増加させる原因となるとはいえ、いったい100品目増えたとして、何品目になるというのか。既に1500~2000品目あるところが悲鳴を上げるのならまだしも、たかだか数百品目で文句を言うのはいかがなものだろうか。

 説明するのがイヤ、忙しくなるのがイヤ、接するのがイヤ、制度が変わって手順が変わるのがイヤ、・・・なんかそういったワガママを棚にあげて、文句を言っているようにも感じる。

 説明は「作業」じゃない。専門家としての観点を含んだ「業務」だ。十分な知識を持たずにできるものじゃないし、機械的に済ませられるものではない。自分たちの存在意義をアピールできる絶好の機会じゃないか。それを避けていてどうするのか。ジェネリックとはどういうものかがわかれば、説明はやがて減っていく(しばらく時間はかかるだろうが)。

 説明が、かかりつけとしての評価を得るべく、患者さんから「自分たちのことを考えてくれる存在なんだ」と思われる、力量の見せ場ではないかと思う。
 在庫増をセーブするのが優秀か健全な経営者のように思う人は、薬局や薬剤師の役割のほうを“二の次”にしていまいか。技術料が下がることもあって、短期的な影響を最小限にとどめようとする思いが強すぎないか。もう少し長い目でみれば、薬局のファンを獲得することに尽力するほうが、得策かと思うのだが 
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利益重視の表現削除 JR西日本

2006-03-23 12:58:46 | JR西に学べ
利益重視の表現削除 JR西日本 神戸新聞ニュース 060323

-----転載ここから
 JR西日本は二十二日、尼崎脱線事故を教訓にした新しい企業理念と安全憲章を発表した。一九八七年の同社発足時の理念にあった「コスト意識」「総合サービス企業」といった言葉が消え、「安全第一」を掲げた鉄道中心の事業展開を強調した。また、安全憲章前文には脱線事故を記し、風化防止を誓った。山崎正夫社長は「新理念は企業風土を変えるツール(道具)。社員に徹底したい」と話している。

 定例会見で山崎社長が発表した。新しい理念は六項目で構成。安全第一を積み重ね、安心、信頼される鉄道を築く▽鉄道事業を核に、将来にわたり持続的な発展を図る▽利用者の視点で考え、満足される快適なサービスを提供する▽日々の研さんにより技術・技能を高める-といった内容が盛り込まれ、「鉄道と安全」を重視する姿勢を前面に打ち出した。

 旧国鉄から分割・民営化後にまとめた現行の理念には「同業他社をしのぐ強い体力づくりに、持てる力のすべてを発揮」などと利益追求を強調していたが、こうした表現はなくなった。

 安全憲章も全面的に刷新。前文で昨年四月二十五日の脱線事故に触れ、「安全の確保こそ最大の使命」とうたった。
-----転載ここまで

 ついに・・・というか、ようやくというか、事故を繰り返し、被害者を出し続け、世間の非難を浴び、ここまでたどり着いたような印象だ。
 でも、実態はわからない。渋々かもしれないし、やむをえず外した程度の認識かもしれないし、本音は別のところにある、理念と経営は別だ、なんていうことだってある(現に、そういう組織がある!)。これまで利益最優先でやってきた残党も、たくさん在籍しているだろう。

 新しい文化に進むには、これまでの方針や過去は誤りでした、と認めることに始まる。これが反省ということ。誤りであることに言及せず、単に表現から外しただけだとすれば、腹の中にはタンマリ持ち合わせているということだ。

 民間企業であると同時に、それ以前に、公共交通機関であり、公益性の高いことをよーく考えれば、コストや利益重視が最大の方針や理念にならないことは自然ではないか。もちろん、慈善事業をしろ、といっているのではない。使命を果たす中で、適正な収益を確保していけばいい。

 この宣言が最終ゴールじゃない。これからその実態を、活動を通じて利用者が見ていくことになるだろう   
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ジェネリックは「似て非なるもの」か?

2006-03-22 15:05:41 | くすり雑感
 4年前にジェネリック使用に経済誘導がなされた(処方や調剤時に2点加算)のに続き今春から処方せん様式が変更されて、ジェネリック使用促進が図られる。ここではジェネリック医薬品とは、品質再評価によって先発品と同等の効果が期待できるもの、という位置づけである。製剤毎に臨床試験まで行わず、承認という仕組みの中で同等性を担保していこうというものである。特許期間も終了し、再審査も済み、“社会的財産”的意味合いが強く有し、その中で存在を認め、育てていこうとするものだ。

 ブランド品というたとえもあるが、ニセモノであることを隠して、あたかもブランド品だと偽って売ろうとするものではないので、初めから成分、含量、剤形といった同等の範囲を規定して明らかにしているので、バッグ等の世界でいうニセモノには当たらない。騙すことを前提にしていない。医療費抑制、自己負担金額軽減のために、同等品の存在を認め、活用していこうというものだ。

 もともと先発メーカーではなく、別のメーカーが製造するのだから、原料や製法などで違いが見られる部分があることは当然だ。先発品と同じ工場の、同じラインで製造するのではない。

 しかし「溶けずに出てくるものがある」などと、別物であることを誇張する意見が散見される。「(ジェネリックは)似て非なるもの」と結論づけて、手を出すべきではない、と一括する論調もある。ジェネリックを使い出してから、みなやたらに排便時に便の中身をチェックするようになったのだろうか。便中の塊は、本当に薬剤なのか。どうも“別物”を基本的スタンスにする論調には違和感を覚える。

 不純物だといって、ガスクロや液クロで先発品にないピークを問題にするが、その量や作用において、薬効に影響を与えない成分として許可されているのではないか。どこかの健康食品のように、薬効成分が混入しているわけではないのだ。
 溶解性についても、品質再評価によって、生物学的同等性があるから、承認されてきたのではないか。それが信用がおけないとなると、現在の承認システム自体に異議あり、ということになる。
 添加物については、もともと効果を無視してよい成分だ。むしろ、ジェネリックのほうが、添加物の数が少ないものだってある。どんなことでも先発品と違ったらダメというには無理がないか。

 昨今、ジェネリック批判が多いけど、一般名処方や代替処方が導入されることに合わせてものものであって、これまで銘柄処方で用いられていたジェネリックは、いったい何だったのだろうか、ということにはならないか。
 安かろう、悪かろうで、品質が悪くても安いんだから少しくらいガマンしろ、ということだったのか。差益確保でジェネリックが使われている向きが多かったから、処方側が薬価差益を得るためには多少のことは目を瞑ってこさせたのだろうか。そもそも品質にたいして目が向けられていなかったのか。
 効き目が悪い、と言って「先発品を使おう」なんていう運動も聞いたことがない。有効性や安全性は“二の次”にされていたのだろうか。

 先発品だって、100%有効性を示すわけではない。効果不十分の人だっている。後発品でも同様だろう。先発品で問題のなかった人と、後発品での特別な事例とを比べていることはないだろうか。
 後発品を使用することへの精神的な抵抗感、ブランド(メーカー)志向、これまでのやり方を変えることへの抵抗感、・・・。

 「似て非なるもの」という言い方には、最初から「別物」の結論ありきで、製造上あって当たり前の違いを針小棒大に言い抵抗する現象のようにも思われる。

 確かに、本当に問題のある製剤なら、それは使うべきではないから、ジェネリックであれば“目を瞑って使っても大丈夫”とまでは言わない。基本的には、先に作ったのか、後から作ったのかの違いであって、製造メーカーの違いであって、価格の違いであって、同等の効果を期待してよいことを基本において、議論を進めるべきではないかと思うのだが、いかがだろうか 
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薬局は今がターニングポイント

2006-03-20 10:53:52 | 薬局経営
 調剤報酬改定の時期を迎え、今後の医薬分業がどうなるか、どのような方向に向かおうとしているのか。前から徐々に処方料と処方せん料の格差が減少傾向を見せており、診療報酬上、分業推進から“次の時代”への転換が求められていた。

 分業率も高まり、単純に推進する理由が減ってきたことも大きい。100%でなくても、もう分業が後戻りしないところまで引き上げれば、あとは国の後押しで生きていくのではなく、いいかげん薬局も自立しなさい、ということだ。

 量の拡大の先は、質の拡大しかない。量の拡大が始まったときに、質の拡大の時代が遅かれ早かれやってくると、薬剤師はどこまで気づいていたのだろうか。いまだに出店こそ命なんて言っているところは、まだぼんやりしているのではないか。

 今春の調剤報酬の改定は、例年になく改定項目の乏しいものだ。医療費削減をするといって、あちこち削っているので、マイナスを補填する項目などないと言ってもよい。マイナスを埋めるがごとく、とれるものをとろうとしても、業務内容は領収書によって「公開」されるのだから、気づかないうちに取ってしまったり、後から説明のつかない形で進めるわけにはいかない。

 フィー=単価×枚数 であることを思えば、国は単価を下げるといっているんだから、残るは枚数を増やさざるを得ない。中身を充実させて、患者さんの“奪い合い”にならざるをえないのではないか。中身を充実させる競争が激化するのではないか。国民からすれば、薬局同士が切磋琢磨して、質的平均レベルが底上げされるのは歓迎だろう。店舗数も今はオーバーストア状態だから、淘汰されて規模も適正化される。

 このことは「指導管理料」が、「薬学管理料」に文言が変わることにも関係する。単に診療報酬の「医学管理料」に呼応させただけではないだろう。ここに我々の進むべき道が隠れているのではないかと思う。薬学をベースにした、専門性を含む業務に今後、フィーがついていくことと思われる。

 今は、それが何かは具体的に示されていない。新年度になって、もがくのもいいが、医療の本質を外さずに、これまでの自分たちの行動を転換し、薬局の体質改善、土壌改革を含めて、医療機関、医療提供施設にふさわしい機能、資質を蓄える時期ではないかと思う。その猶予期間は、最長6年間(長いかな?)。6年制を経て、新しい時代の医療従事者が世の中に出てくるまでに、その環境を整えておくことで、将来が違ってくるのではないだろうか。

 くれぐれも枚数稼ぎも、あらぬ方向に行ってはならない。患者さんの意向を無視して、施設の意向を盾に患者さんの弱みにつけこんで処方せんを奪い取るような、施設調剤には、進んではならない。 
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薬局がジェネリックに積極的に取り組むという意味

2006-03-16 10:20:36 | くすり雑感
 世の中、ジェネリックに追い風が吹いている。処方せん様式も変わる。これからマスコミもあちこちで改定の目玉のように、解説し、促進を図るだろう。

 その煽りを受けてか、ジェネリック使用促進ということを、来局するすべての患者さんに説明して、ジェネリックへの変更を図るように誤解している向きがないか。先発品しかない品目を除き、まるで100%ジェネリックにすることが理想であるかのように。

 それが
・在庫を限りなく増やさなきゃいけない
・すべての患者さんに説明しなきゃいけない
 のような恐怖心になっているようにも見える。

 100%完全ジェネリックが理想だなんて、医療費削減効果のMAX値はそこかもしれないが、それが今回のジェネリック使用促進のゴールだとは思わない。

・先発品を希望する人には、先発品で対応することが必要だ。
・ジェネリックに変えることを不安に思っている人まで、無理矢理ジェネリックを勧めて変えることがすべきことではない。
・自己負担金額を減らしたいと思っている、そういう要望のある人に対して、ジェネリックへの変更が希望されたら、快くそれに対応することだ。


 薬代を安くしたい、支払いが安くならないか、というニーズが少なからずあることは前からわかっていることである。
 であるならば、薬局がジェネリックに積極的に取り組むという意味は、すべての患者さんにジェネリック化を促すという意味ではなくて、患者さんの要望を聞いて、個々に応じた適切な対応をとることを、積極的に行う という意味ではないかと考える。

 だから、要望を聞くことはもちろん、言いにくそうにしている人の意見を引き出したり、遠まわしに表現している人の意見を察知することが重要だ。

 何もしないで、言われるまで待っている、とか、言わなくちゃ動こうとしない、言ってくれないから今まで通りにした・・・、少なくてもそういう言い訳が通用する状態とは無縁の姿勢なんだろうと思う 
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二宮金次郎のエライところは

2006-03-15 23:05:07 | 思いつくまま
 二宮金次郎だなんて、小学校か近所のお宮にあった石像から受ける印象で、働きながら勉学も怠らないイメージであったが。勤勉はともかく、倹約という感じではなかった。

 二宮金次郎 天保の大飢饉を救う その時歴史が動いた(NHK)より・・・・・

 今の世の中、大飢饉が起こるとは思わないが、不況続きで出口も見えず、バブル崩壊後の苦しい生活を強いられているといえば、飢饉にも通じるところがあるようだ。

民が安定しなければ国は繁栄しない

 そうねぇ、社員をしいたげておいて、会社が良くなるなんてありえない。そういう会社はどこにでもあるのでは? そういう会社に限って、えてして「社員を大切にするのがわが社のモットー」のように言っていたりする。あぁ、大矛盾。

政治が行き届かず、飢饉に及んで民を死にいたらしめるとすれば、一体なんと言って天に謝罪するのか

 経営者が適切な手を打たず、チャンスをみすみす逃しておきながら、社員が疲れ果てているのを、いったいどう説明するのか。苦しい時代は、時が経てば春が必ず訪れるのとはワケが違う。苦しいからと、皆が余計に身を固くしているからこそ、動くことに意味があるのだ。

現場で苦しんでいるのを知らぬフリをして、自分の立場のことだけを守ろうとするヒラメ族、与えられた範囲の中でしか考えようとしない

 周りがどうあろうと、自分の職務を遂行することがミッションだと思っている。自分さえ良ければ、他は他の問題だと切り捨てる。縦割り行政か。

 結局、そういうダメ役員やダメ上司に惑わされず、冷静にやるべきことは、
・第一線で働く、現場から必要と思われること
・現場の苦しさを救う働きをすること
・苦しいながらも、現場に安心感を与えること

 危機に瀕して(どれだけ危機感を持っているかは、感性に差はあるだろうが)、何が必要かを説いてくれたのが、二宮尊徳翁だったということのようである 

 地縁や利益による共同体のほか、使命による共同体というのもあるのではないか、という考えも重要だと言う。今でいうNPO、NGO、協同組合のようなもの。狭い了見の戒めなのだろう。

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ジェネリック使用促進に臨むにあたり

2006-03-15 13:54:50 | くすり雑感
 薬局が、あるいは薬剤師が、今春のジェネリック使用促進の時代を迎え、何を“楽しみ”や“やりがい”、“使命”と思えばいいのか。

 ジェネリック化が進むほど、直接その恩恵を受けるのは国と患者さんである。医療費を下げたい国の思惑通り進み、患者さんも自己負担金額の軽減が期待できる。それは別に否定もしないし、それが根底に流れているのだから、それはいい。

 では薬局はどうジェネリック化を受け止めればいいのか。国が医療費を下げるって言っているんだから、黙って収入を下げられて、打たれるがままに打たれていればいいのか。単純にこれまでと同じことをしていたら、平行移動するがごとく、そのまま収入は下がる。

 1人の患者さんに「新たに」何らかのサービスを提供して、それがそのまま加算となってマイナス分を補填するものは何もない。何もないからといって、手をこまねいていればダメだし、だからといって薬剤師が薬剤師の専門性や領分を外れて、全く別の事に手を出すのも考えものだ。薬剤師をマットウするだけでもたいへんなのに、与えられた時間は1日24時間しかないのだから、新たなことに手を出して、本分を削ったら本来の責務手薄になり、質を下げざるをえなくなるからだ。

 すべきことは他の手を出すのではなく、薬剤師の仕事をもっと高めることだ。ただでさえ、十分できていないのだから。特指算定だって汲々としており、誤魔化して算定している向きさえあるのだから。

 ジェネリック化によって得られる自己負担金軽減は、患者ニーズでもあった。そのために在庫も増やさなきゃいけない、説明も増える、薬局はマイナス改定のうえやらなきゃいけないことが増えるという、いわば「泣きっ面にハチ」のようにとらえていることはないか。

 確かに準備も含めてしなければいけないことは増える。でも、先発品は時間の経過となって一種の「公共的財産」になったのが「後発医薬品」だと考えたら、そのような仕組みが社会の中にあるとしたら、マイナス改定だなんてわめいているのではなくて、いかにジェネリックを希望する患者さんに対して、薬の専門家として前向きに対応して、薬局を頼りにするといった評価を得るべく、かかりつけとして認めてもらうべく、ファンを増やすがごとく、ジェネリック化をそのネタとして、「これはチャンスなんだ」と受け止めてはどうだろうか。

 少しでもジェネリックに対して否定的な情報を与え、不安をかきたて、これまで通り先発品でやろうとか、うまいことを言って儲かるジェネリックを探して、それでマイナス分を抑えてやろう、なんて姑息なことを考えずに・・・。
 患者さんとの接点は増えるわけだし、これまで以上に薬局や薬剤師というものを理解してもらって、存在を認知してもらえるよう、ピンチをチャンスに変えてはどうかと思うが、いかがだろうか 
 
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ガッツ先輩の忠告に納得

2006-03-10 18:45:26 | 思いつくまま
ガッツ石松が亀田は「ジャブを浴びすぎ」 (日刊スポーツ) - goo ニュース

-----転載ここから
 元WBC世界ライト級王者のガッツ石松(56)が、亀田興毅(19)の課題を挙げた。9日、都内で韓国映画「クライング・フィスト」(4月15日公開)のPR会見にゲスト出席し、前日の試合について「初めて見たけど、気力も体力も充実してる。ただ、3回までにジャブを浴びすぎだね。世界クラスのジャブは効くから、今後は序盤をどうするかが大事」と指摘した。また、ガッツは11度の敗北を乗り越えて世界王座を獲得しただけに「彼も1度負けた方がいい。負けて得るものもある」と話していた。
-----転載ここまで

 高視聴率だったようだが、スポーツニュースで、KOシーンを見ただけだし、そもそもボクシングにはシロートなので、内容を本当に評価できるわけではないが、ガッツ石松の言には、妙に頷きたくなるものがある。

 亀田陣営にしてみれば、ジャブのもらいすぎは反省材料としてわかっていると言うかもしれないし、ワールドクラスのジャブの威力は承知済みだと言うかもしれない。
 いつか来る引退の時まで、1回もKOを受けずに、完全勝利を目指して、前人未到のボクシング生活を送ってやろう、と思っているかもしれない。

 選手は、誰だってKOはイヤだろう。しかし苦労を乗り越えるところに、また違った意味があり、ひとつ上の世界が待っているという先人のアドバイスは、観客にとっては腑に落ちる言葉だ。

 常識を超えた次元に挑戦している姿も、ある意味、ゾクゾクするところもあるが、1回くらい負けたって終わりじゃないんだ、といったほうが、凡人の胸には響く。

 TVでは、ぼけーっとしているように見えるガッツさん、ボクシングのこととなると、コメントの鋭さが違う。別次元、まさにプロ。認めちゃう   
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ゼロ戦は負けるべくして負けた

2006-03-08 23:13:26 | ISO9001奥が深いか浅いのか
 NHKその時歴史が動いた「ゼロ戦設計者は見た悲劇~マリアナ沖海戦への道~

昭和19(1944)年6月19日

ゼロ戦、マリアナ沖海戦で壊滅的な被害を受ける
 太平洋戦争の戦局を支え続けた零式艦上戦闘機、ゼロ戦。開戦当初、アメリカ軍戦闘機をも圧倒したゼロ戦は、戦前日本の技術力の結晶だった。しかし、昭和19年、空前の航空決戦となったマリアナ沖海戦において、壊滅的な打撃を受ける。

 なぜ、ゼロ戦は敗北したのか?設計者が残した開発記録から、ゼロ戦を窮地に追い込んだ欠陥の正体と日本海軍の組織的問題を読み解いていく。真珠湾攻撃から戦争末期の特攻まで、日本と運命を共にしたゼロ戦の悲劇を見つめる。

 ゼロ戦は、当時世界最高の戦闘機と期待されていたが、機体には欠陥があり、それがやがて歴史が動いたとされる敗北につながる。戦争への勝ち負けがどうのこうのではない。勝っていればよかったのか、そういう問題ではない。

 機体の欠陥とは、機械的、技術的なものであるが、なぜそれを生じてしまったのか、というと、そこには遠因があり、起こるべくして起こったというのである(つまり避けることが十分できたとも言える)。いつしか戦闘機として世界と戦うレベルではないところまで落ちてしまった。

 それはゼロ戦の性能を高めていくうえで、開発にあたった技術者の意見に耳を貸さず、戦闘に破れた際のパイロットの意見を聞かず、人命を大事にせず、精神論でひたすら攻撃精神だけを鼓舞し続けたところにある。そんな海軍の組織運営こそ、ゼロ戦を敗北に導き、尊い命を犠牲にしてしまった真の原因であったのだ。

 戦時中だから、内部コミュニケーションの不良は言うまでもない。権力者になると、自分の判断に酔って、真実を見失うのは、今でも身の回りで見られることで、人間の性か。「性」と言う言い方で許しているのではない。腐っているとしか言いようがない。

 失敗に学ばない。学ぼうとさえしない。無理な進路を訂正しない・・・、まるで不適合を無視して、是正処置はおろか、予防処置すらとろうとしなかったので、原因が解決しなければ、不適合を繰り返すのは明白なこと。

 技術者、開発者にしてみれば、パイロットは顧客かもしれない。しかし、機体を軽くすることにこだわり続け、操縦席や燃料タンク周辺の防備をしない。あくまでも攻撃重視。人命を尊重しない顧客軽視は、日本の文化ではないかとさえ言う。うーん、今も身辺であるなぁ・・・。優秀なパイロットが次々に戦死して減る中、若い経験も浅いパイロットが、その欠陥を抱えたままのゼロ戦を操縦する。機体も不良なら、運転の力量も不十分と言わざるをえなかった。

 5.5.3、8.3、8.5.2、8.5.3、5.2、8.2.1、6.2.2、うーん挙げればきりのないほどの不適合があるではないか。こうもあちこちの不適合なると、やはり根本は5.1、経営者の責任しか、根本原因はありえなくなってくる。海軍の体質こそ、最大の欠陥だった。

 もう60年以上前の話ではあるが、構造は今もそっくりな会社があることに、不気味な思いがする 



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処方せん受付を2通りにする?

2006-03-08 16:44:45 | くすり雑感
 来月(平成18年度)から、病院も薬局も明細の入った領収書の発行が課せられる。これまでも、比較的コンピュータ化の進んだ大病院では、既に行われていた。
 病院の受付では、「診察」と「薬だけ」といったふうに、慢性疾患における処方せん発行だけのための来院者のために、2通りで診察券の提出を求めている様子が散見されていた。「薬だけ」に診察券を入れると、無診察診療にもかかわらず、診察料を請求し、事務職員か看護職員がカルテを転記し、処方せんを発行するというものだ。患者さんからすれば、処方せん発行だけのために、受けもしない診察料を支払っていることになる。処方せん発行料は別途、支払っているにもかかわらず・・・。

 さて、明細の入った領収書は、これから薬局でも発行されるようになる。そうすると薬剤料のほかに、技術料に相当する部分の内訳が明らかになり、いったいそれらは何に対する請求なのか、という摩擦が生じることが予想される。

 とりわけ「特別指導加算」(いわゆる特指)にあたる部分が問題になるのではないかと思われる。そもそも薬局とは、薬をもらうこと以上に、いろいろ相談するところだ、という認識でいるのならいいが、無理矢理、根堀り葉掘り聞かれて、ときにプライバシーにも触れることに言及されて、薬局にイヤな印象を持っているようだと、厄介である。

 医者に話したことと同じことを薬局の窓口で聞かれて、2度も話すなんて不愉快という意見も少なくない。薬さえもらえばいい、なんて声もある。
 同じことを聞いても、医者は診断の是非や経過の確認、治療方針の選択や継続、変更の是非を念頭にしているのに対し、薬局では、服薬に関する安全性の確認や、適正な薬物療法が実施されているかどうか、副作用や相互作用の早期発見や未然防止などを念頭に尋ねているのである。

 薬局にかかるにあたり、窓口で薬をもらうにあたり、予めそのコンセンサスがとれていないことが発端で、領収書の明細に気づいて支払う必要のない額を請求された、とトラブルようなことは避けたいと思う。

 そこで、受付時に病院の受付と同様、「相談」と「薬だけ」に分けて、希望するサービスを選択させるというのはどうだろうか。「相談」とは、どのようなサービスが受けられるのか、明確にしておくのである。
 問題は、「薬だけ」にしておきながら、いろいろ相談されるケースへの対応と、「薬だけ」であっても、薬剤師の目で見ると、何らかの注意を促しておかねばならないケースへの対応ではないだろうか。

 多くのケースが「薬だけ」になって経営的な不安が生じたり、説明不要の多さに、それまでやってきた業務の評価がこれかと愕然としたり、そんなことにもなるのかもしれない。
 しかしそれからいかに這い上がって、説明を必要とされるようになるか。案外、大きな壁になるのかもしれない 
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ジェネリック医薬品の選び方

2006-03-07 23:41:37 | くすり雑感
 メーカーも卸も医療従事者も、戦々恐々としておそるおそる覗いているのが、今のジェネリックである。お互いに相手の動向を見てから、うまく立ち回ってやろうとしている感がある。
 どうすれば売れるか、どうすれば採用してくれるか、一般名処方や代替調剤において、どうすれば自社品を使ってくれるか、虎視眈々といったところか。

 さて薬局でどのメーカーのジェネリックを扱うか、悩んでいる薬局がある。悩んでいるだけなら害はないが、ある特定のメーカーのジェネリックを基本に使えと指示する上層部がいるというから、嘆かわしい。腹の中は見えている。建前は薬局の在庫スペースがない、現場ではどのジェネリックを扱ってよいか、選択が難しい。少し本音は、在庫圧縮、デッドストック防止。さらにホンネは、卸への協力とその見返りか。

 可哀想に、患者のことなど眼中にないらしい。一見、薬局思いと思いきや、メーカー指定なんて、品質に始まり、その他の選択の重要な観点を二の次にしている。そもそも、上層部こそ、ジェネリックを選択するだけの力量も知識もない。
 さらに哀れなのが、第一線で患者さんと接する薬剤師。どうやって上層部推奨のものを、患者に勧めるのか。当薬局ではこれを使うよう、上から指示されていまして・・・、なんて言えるはずもない。まったくもって迷惑な上層部だ。腐っているとしか、言いようがない。

 患者が自分の服薬する薬を選べる、こんな魅力的なものはない。いったいどのくらいの範囲の中から選ぶことができるのか、興味深いというか、楽しみなことだろう。どうせ選ぶのだったら、いいものを選ぼう、悔いのないものを選ぼうとするだろう。選択肢は少ないより多いほうがいい。それを薬局で勝手に決められてしまっていたら、せっかくのチャンスを台無しにされたようなもので、悲しみ、ときに怒るだろう。

 患者と薬剤師が、この機会に、患者は服薬する立場、薬剤師は選択を支援する立場で、何が最適か、一緒に選ぶといいのだ。同じ方向を向いてこそ、相談にもなるし、会話も盛り上がるのではないか。これが検討の余地が限定的で、事務的に終わるものだったら、素っ気無く、面白くも何ともない。

 薬局にとって、値引きの大きいメーカーがいい、小包装のあるメーカーがいい、なんて関係のない話だ。患者は薬局のために薬を飲んでいるのではないから。

 薬局も正直に言えばいいのだ。これこれこう言う理由で、たくさんあるジェネリックの中から、これを患者さんへ推薦する候補として考えている、と。20種類も同成分のものを在庫は難しいことは、患者さんも説明すればわかってもらえるのではないか。
 また薬局推薦のジェネリックは強制ではなく、少し観点を変えれば別のものもあって、そちらを選んでもいい。どのような薬を希望するのか、と。
 場合によっては、今日のところは渡すことはできないが、次回からはお渡しできるようにするから、今回はこれまで通りの薬を継続しておいてもらえないか、と。

 選択のポイントは、患者さんの価値観、品質、安定供給(確保)、先発品との価格差、これらが第一優先。その次が、使用感や付加価値、基幹病院での採用状況、など。イチバン最後が、薬局の都合。

 今決めても、4月に薬価改定で選択肢が変動することもある。7月に新たに後発医薬品に参入してくるものがあれば、さらには10月にオレンジブックで品質再評価結果が出れば、時とともに最適なジェネリックは変わる。薬局で責任を持って推薦するジェネリックの候補は、常に流動的である。

 結果として、多種のジェネリックの在庫が増えるようで、狭量の上層部は不安が尽きないだろう。薬局が自己都合でなく、患者志向で相談に乗ってくれれば、それが自ずと購入品目を収束させていくことにもつながるのではないか。何よりも、患者さんからも喜ばれ、薬剤師もやりがいを感じ、それは一石三鳥にもなることだと考える 
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ケアプランは事業者のため?

2006-03-05 11:01:36 | 薬局経営
 介護サービスの質を高めるカギはケアマネジャーが握っているというが・・・そのケアマネジャーの実態は・・・? 朝日新聞 2006.3.5 より抜粋して転載

-----転載ここから
 ケアマネには、利用者の立場に立って必要なサービスを考え、事業所を公平に比較することが求められている。しかし、そうでないケースも少なくない。

 04年度に東京都や東京都国民健康保険団体連合会などに寄せられた介護サービスへの苦情のうち、「一方的にサービスを決められた」「訪問してこない」などのケアマネ関連が4分の1を占めた。

 背景には、独立して仕事することが難しいという事情がある。

 ケアマネはケアマネジメント専門の事業所に所属することになっている。だが、9割以上の事業所は、ほかのサービスを行う事業所と事実上一緒になっている。このため、ケアマネが事業所の利益のために過剰なサービスを勧める例もある。ケアマネの協会による調査では、8%のケアマネが、「公平・中立」に反する指示を事業所から受けたことがある、と答えた。

 どうして一緒なのか。介護保険からケアマネに支払われる報酬は、利用者1人につき月8500円が基本だ。ケアマネジメントだけをする「独立」のケアマネ事業所は、「報酬が少ないため、運営費を考えると経営が成り立たない」(ある事業者)状態だ。

 ケアマネをやめた女性は「利用者からは希望通りにプランを作るように期待される。一方で、上司からは事業所の経営に貢献するよう求められる。現状はケアマネの理念とはほど遠い」と嘆く。
-----転載ここまで

 ケアプラン作成も、経営を考えると利用者のためを掲げていては成り立たないので、自分たちのために曲げるのもやむをえない、ということのようだ。公平・中立に反する指示を受けたことのあるケアマネは、8%どころか、80%、いやそれ以上だろう。明言して表沙汰になるのが8%で、間接的に、遠まわしに、何らかの圧力を大半のケアマネが受けていると思われる。まさに、利用者不在の居宅介護支援サービスか・・・。

-----転載ここから
質の向上に向けた国の取り組みも始まる。

4月から、ケアマネの報酬を利用者1人につき月1万円(要介護度3~5は1万3千円)に上げる。40人以上担当したり、利用者が使っているサービスの9割以上を一つの事業所が提供したりしている場合は、ケアマネの報酬を減らす。ケアマネの資格は5年ごとの更新制にし、取得時だけだった研修を更新時にも義務づける。

厚労省は、すべての事業所に苦情にどう対応したかや従業員の研修の記録、作業マニュアルなどの有無を公表するよう4月から義務づける。まとまったところから都道府県単位でホームページなどに載せるが、記録やマニュアルの内容は公表対象ではない。記録がないのに「ある」と公表した事業所には罰則を科す。

同省の担当者は「質向上に取り組んでいるかどうかを記録や文書の有無で証明してもらうのが狙い。利用者は自分で評価し、事業所を選んでほしい」と説明する。
-----転載ここまで

 これまでが事業所の経営優先に偏り、利用者不在で行ってきたから、新制度によって弱い立場の者がその影響を受けることになる。それは利用者や家族にとって現実問題になるから困る、と言う意見もあろう。新制度は、一部の悪徳事業所をけん制するために設けられたものではないはず。その仕組みの背後にある、介護保険の主旨を正しく理解して、適正に実施するよう、姿勢の見直しを求められているのだろう。

 経営サイドが必要以上の介入をして、その主旨を曲げることのないよう、厳しく自らを律してもらいたいと思う。でも、これまで利益優先でやってきたことを改めるということは、自分たちのこれまでの姿勢が誤りであることを認めなきゃできないので、そう容易なことではない。利用者が居宅介護支援事業所の力量を見抜いて、いい事業所を選ぶよう、利用を通じて監視することが重要だろう 
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「現場の声を聞く」ということ

2006-03-03 13:54:41 | ISO9001奥が深いか浅いのか
 今朝の朝日新聞にあった、私の視点『日航再建、経営陣は現場の声を聞け』、現職の国際線機長&組合副委員長の投稿記事。

 要旨は、運行トラブルの多さを改善すべく国交省に回答した内容が、その後も守られず、規制緩和による整備外注によるコスト削減がモチベーション低下に拍車をかけ、現場の声を聞く姿勢が全くみられない、といったもの。

 同日の社説『病んだ組織に明日はない』によると、「6月に就任する西松遥新社長は、再建策を発表する席で「組織間のパイプが詰まり、社員は内向き。率先して現場に足を運び、企業文化を変える」と語った」となっている。

 5.5.3の不適合のようにも見えるが、問われているのは5.6のマネジメントレビューからのアウトプット、5.2の顧客重視、7.2.1でコンプライアンスやなどだろうが、まとめていえば、経営者の責任である。

 社員の声を聞く、ということを、どう捉えているのだろう。聞く、そして言われたことを(無条件降伏のように)すべて受け入れて実施する、反論は許されない、そんなイメージなのだろうか。

 投稿記事は、それ以前に、国交省に経営サイドが回答した内容や、判決で確定したことでさえ遵守しようとしないから、見るにみかねてのことであり、おそらく水面下には数え切れない事例があるに違いない。

 時間の問題でトップが交代する。社員が求めたトップ交代の意味合いは、人が変わることであり、企業文化が変わることだ。もはや説明のできないところまできているのかもしれないが、社内にその必要性を適切に説明せず、相変わらず提言を無視した指示が継続している。トップが考える説明は、本音を抜いているか、核心を避けているから、最低限の満足すら与えていない説明でしかないのだと思う。そして、強権発動・・・。

 JALの職員でなくても、不安や心配がしばらく消えることがなさそうだ 

ISO9001の事例が満載

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