何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

自主検査をやめてしまったワケは

2011-05-02 22:02:50 | よくわからないこと
生肉検査2年間行わず=新たに1店舗で発症―焼き肉チェーン食中毒
時事通信 5月2日(月)18時46分配信

 富山、福井両県の焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」の店舗で、食事をした男児計2人が腸管出血性大腸菌O(オー)111に感染し死亡した集団食中毒で、経営するフーズ・フォーラス(金沢市)は2日会見し、卸業者から納品されたユッケ用生肉の衛生検査を約2年間行っていなかったと発表した。
 また、同社や富山県によると、富山山室店(富山市)で食事をした客1人も溶血性尿毒症症候群(HUS)で入院しているという。同社との関連が疑われる食中毒は、同日までに確認できただけで、死者2人を含め4店舗で49人となった。原因とみられる生肉は、ほぼ同じ日に卸業者から納品されていた。
 同社は2009年5月、東京都板橋区の食肉卸業者から「ユッケ用のサンプルができました」というメールとともに、肉のサンプルと衛生検査の結果を受け取ったという。フーズ社は生で食べるという認識はあったとしている。
 ただ同社は同7月の取引開始直後に自主検査をしただけで、それ以降は検査せず、食肉卸業者も行っていないという。
 同社の勘坂康弘社長は「以前は定期的に自主検査をしていたが、一度も菌が検出されなかったため怠ってしまった」と話した。
 卸業者は取材に対し「担当者が不在のため分からない」としている。

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 取り引き開始直後に自主検査をしていただけで、それ以降は検査をしない、ってあり得る話か。どうすると、そのような考えに至るのだろうか。またわれわれはそれを理解できるのだろうか。
 
 “自主”検査だから、必ずしも義務ではない、しなくても問われない、だから検査を止めることは何ら問題がない、肉の品質に問題があったのは、納品した卸側に問題があり、「えびす」も見方によっては“被害者”の一面もある、とでもいうのだろうか。

 品質を維持するには、過去の検査で異常が見つからなかったということは、現在を何ら保証するものではないことは明らかだ。
 この事件、まだ続きがありそうだ。


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刑事罰で再発防げぬ

2010-10-29 21:37:40 | よくわからないこと
 ニアミス有罪確定へ 「刑事罰で再発防げぬ」 管制官ら疑問の声 朝日新聞 2010.10.29 朝刊

 ヒューマンエラーは裁けるか――。この問題が焦点となった2001年の日航機ニアミス事故。最高裁は便名を言い間違えた管制官に刑事罰を科す判断を下した。トラブルが相次ぐ管制の現場は深刻に受け止める。一方、「処罰は再発防止につながらない」との声も強い。波紋は医療や製品事故の分野にも及ぶ。

 「あまりにもタイミングが悪い」。国土交通省の幹部は28日夕、最高裁決定を受け、肩を落とした。

 北海道で管制官が旅客機に誤った降下指示を出し、山肌に衝突しかねない危険を招いたばかり。今月上旬には福岡航空交通管制部(福岡市)でも職場体験の中学生に航空機と交信させ、「緊張感が足りない」と批判を浴びた。
 幹部は「単に『しっかりやれ』というだけでは済まされない」と焦りを見せる。

 航空会社の関係者も「管制官は安全の源で操縦以上に大事だ。その意識を末端まで持ってほしい」と厳しい。

 だが、管制官が刑事罰を科されることには、省内や現場の管制官から疑問の声が多い。「ミスをしたら裁かれる。ならば隠してしまおう、と考えることにならないか」

 当事者だけが裁かれることも問題視する。

 ニアミス事故でも山岳接近トラブルでも、管制官の「誤指示」に非難が集まる。だが、元全日空機長で航空評論家の前利明さんが「パイロットの協力でミスを補うことができたのでは」と指摘する。

 ニアミス事故では、上昇中の便に急きょ、降下の指示が出た。接近トラブルでは、最低高度の規定よりも低く飛べとの指示だった。「いずれも不自然な指示。『本当にそれでいいのか』と聞き直すことはできたはずだ」

 山岳接近のトラブルでは、管制官のミスを対地接近警報装置が救ったとも言える。日本ヒューマンファクター研究所の桑野偕紀所長は「安全は機会と複数の人間によるシステム全体で保たれるという考え方が大事だ」と指摘する。

 「被害者の感情も考えて」

 「国際的な流れに逆行する最高裁の判断だ」

 医療の現場でヒューマンエラーを研究している自治医科大学の河野龍太郎教授(医療安全学)は、「ちょっとしたミスは不注意で起こるという認識は誤り。人間はミスをおかす。だからミスを前提に安全なシステムを構築する、というのが国際的に主流な考え方で、医療の現場も同じだ」と話す。

 今回の決定が判例となり、うっかりミスをした医師らが刑事処罰を受けることで事態をおさめるという風潮が広がることを心配する。

 事故が起きた時に、刑事罰は面積してでも真実を語らせ、再発防止を目指すべきだとの考え方は、航空や鉄道の分野では以前から議論されてきた。前原誠司・前国交相は8月、原因究明のための調査を捜査より優先させると表明。製品事故などを扱う消費者庁も、個人の刑事責任を追及する警察などの捜査が優先されがちな現状を見直そうと、専門家らの検討組織を立ち上げた。昇降機や食品、製品といった幅広い分野をカバーする新しい調査組織も模索されている。

 だが、大切な家族を失った遺族や、深刻な傷を負わされた被害者の中には「誰かが処罰されなければ浮かばれない」との思いもある。

 首都大学東京の前田雅英教授(刑法)は「免責して再発防止をはかるという議論も理解できるが、被害者や遺族の感情も考える必要もある」と指摘する。今回の決定は、「ほかの過失犯と比べても妥当。管制官には業務上の注意義務があり、それに明らかに違反していれば処罰は当然だ」と話す。
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 日頃から最大限のミス防止の努力をしていたのであれば、刑事罰を課すのは適当ではないと思うが、ずさんな体制による出来事ならば、職種によって刑事罰を免れるというのは理解されにくいのではないか。

 絶対正確な業務をしろ、などというのは愚の骨頂。ミスをしてはならないとすることが、ミスではないと反省しなくなる傾向を生み出し、原因があいまいになり、再発防止につながらない。 

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チーム医療について考える

2010-03-03 11:35:22 | よくわからないこと
 「チーム医療 医師以外の専門職に評価を」  福原 麻希(医療ジャーナリスト)
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(朝日新聞 2010.3.3 「私の視点」より抜粋)

 チーム医療では、一人の患者に複数の医療専門職が連携して治療やケアに当たる。「患者中心の医療」をめざして、治療だけでなく生活の視点から療養を考えているからだ。病院では、医師以外に、医療ソーシャルワーカーや作業療法士など20余りの医療専門職が働く。

 つまり、チーム医療の本来の目的は「医師の業務負担削減」ではない。こういう表現が使われるのは、チーム医療を支える医療専門職が軽視されているからだ。すでに現場では、チーム医療に対して業務に負担を覚え敬遠する人もいると聞く。医療専門職も疲れており、医療従事者間の上下関係も残っている。「医師の業務負担削減」は、チームがうまく機能したときの結果に過ぎない。

 医療専門職は、かつて「医師の補助職」として専門学校で養成されていた。だが、現在は大学や大学院でもコースがあるほど高学歴になり、その専門性とスキルは高い。

 さらに患者と接する時間が長いため「医師と患者をつなぐ」「患者の心をケアする」という共通の役割がある。だが一般国民どころか、医療関係者でさえ、互いにその専門性や仕事内容を知らない。

 医師さえ増えれば、国民の医療への信頼は回復できるのか。そうではない。医療専門職が現場で専門性とスキルを発揮し、長年の経験やノウハウを生かせていれば、医師はこれほど疲弊しなかったのではないかと思う。医療専門職への再評価を強く期待する。
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 「医薬分業は、クライアントの利益を守る社会システム。そのため、医療機関からは金銭的に独立(非従属)がよい。しかし、利益を守るために共同で行うこともある。
 チーム医療は、本来は独自の視点で患者を見て意見をぶつけ合うのが目的。つまり多面的に患者を見れる良さがある。仲良しが集まるのは、グループ(群れ)。決してチーム医療ではない。違う(専門性を持った)人が集まり、目的を共有する、それがチームである」とは、友人の弁。

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調剤をさらにカスタマイズする

2009-12-20 11:39:47 | よくわからないこと
 調剤って、オプションが乏しくないか。

 処方が一人一人異なるので、服薬管理上はすべての人に「オーダーメイド」しているようにも感じられるが、薬剤調製面ではファストフードにも劣らぬパターン化の仕組みがあるのではないか。

 ラーメン屋が麺を固めにしたり背油を加減してくれたりするような、もっと言えば標準的な調剤に希望を「追加」できるような仕組みに乏しいのではないか。

 調剤報酬が、ある一定の枠を規定していることで、その上にオンするものであれば、フィーを算定した上でもっと自由にニーズに応えるのは問題がない、どころかそうすべきではないだろうか。

 決まった形で提供しなければいけないと考えていることが、思考を固定化しているような気がするのだが。

 もっと言えば、どのような希望に応じられるか、そのメニューを示してオーダーを受け付けるとよいのではないか。調剤報酬の枠を越えて、自費にはなるがサービスを提供してみるというのはどうだろうか。混合診療になってしまう?
 調剤報酬で規定された調剤に加えて、さらにカスタマイズすることに意味や価値があると思うのだがどうだろうか。
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何のために汗をかくか

2009-11-06 23:50:12 | よくわからないこと
 政権交代に伴い、新たな中医協の人事が発表された。薬剤師代表の委員も交代となった。
 来春の調剤報酬改定まで残された時間も限られているが、日薬のスタンスは、これまで展開してきた“汗をかいた薬剤師が評価される”方向を維持する、とされているという(薬局新聞 2009.11.4)。

 問題は、何を行い、誰のために、どのようなことで、汗をかいたかどうかではないだろうか。かいた汗に報いるのはいいとして、これからは単に汗さえかけばいいのではなく、汗をかく意義を明確にしてもらいたいと思う。どのようなことを果たすことに汗をかいたかどうかである。

 誰しもが評価されたい。少なくとも、自分は評価を得たい。それをフィーを得ることで実感したい、早い話が儲けたい薬剤師が多い。
 だから意義を果たさぬまま、あるいは果たしたような格好をしながら、形や外見だけ繕って中身が伴わないまま、フィーを算定することだけに「汗をかいて」きた者が多いように思えてならない。意義を満たさない汗が評価されるのは避けたいと思う。

 そういった自分のために、自身の儲けのために汗をかくのでは、国民が評価しない。薬剤師がいてくれて良かったという評価にならない。感謝されなければ、後押しされない。薬剤師はなくても困らない職業になってしまう。

 自身のために汗をかくようでは、その気はなくても、自分たちの足を引っ張ることになってしまう。

 だからもういい加減、調剤報酬改定のたびに算定項目を睨んだ取り組みをする、というのをやめようではないか。どの点数が高いからそれをやる、算定要件さえ満たすことに躍起となり、それ以上は無理をしない、あるいはそれは点数算定にならないことはやらない、そういう考えをやめようじゃないか。

 ぜひ日薬は「汗をかいた薬剤師を評価する」に加えて、どういう観点で汗をかくことに意味があるのか、あるいは同じ汗であってもどういう汗のかきかたを評価するのか、一歩つっこんだ汗のかき方について具体的に言及していただきたいと思う。
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薬剤情報提供文書のあり方

2009-10-15 22:31:45 | よくわからないこと
 薬剤情報提供文書(業界内通称、薬情)が生まれて、10年以上経過した。調剤に際し、あるのが当たり前のように定着した。しかしその中身たるや、どれほど進歩したのだろうか。少なくとも「今日お渡しする薬の詳しいことがこちらに書いてありますから・・・」などと言っているとしたら、あまりにも中身の貧弱さにそう言いいながら気恥かしい思いがする。

 薬情は、誕生してまもなくレセコン連動で出力されるようになり、さらに写真が入ったことでカラー化した。見栄えは進歩したが、薬情が処方された薬の説明文書であり注意文書であることを考えると、それらは本質的な部分ではない。用法を除き、薬の説明や使用上の注意こそ、その生命線だろう。

 いわゆる「何の薬?」かについては、効能効果に基づいて自動的に記載される。たまには適応外使用の処方や疾患名の表現等について、注意すべき部分もあるが、それでも概ね、実用性があると思う。

 問題は「使用上の注意」の部分だ。“説明書”でありながら、内容は貧弱だ。口頭での服薬指導を補完しているとも言い難い。せめて重篤な副作用(各種)について、早期発見を図ろうとしているふうでもない。
 頻度の多い副作用を挙げる様子でもない。なぜなら添付文書に、それをピックアップする項目がないので、何を取り上げてよいのか根拠に戸惑う。薬局に任されていながら、動きにくい状況に置かれている。

 薬局の裁量に委ねられているともいえる。しかし現実には積極的に使用上の注意を編集して掲載しようとしていることが感じられる薬情に出会う確率はたいへん低い。
 任されて自由な反面、薬剤間での整合性がとれにくくなる。この薬にはこの記載があるのに、なぜあの薬には載せないのか、といったストレスが急増する。

 かといってレセコンメーカーのデフォルト設定のまま使用しているのでは主体性がないばかりか、そもそも患者さんを守ろうとする意味からは遠ざかる。調剤報酬のほうを向いた免罪符にしているといってもいいだろう。

 注意事項は、薬によって考慮される側面もあれば、患者さんの状況に照らし合わせてきまるものもあるから一律な内容であるはずがないのであるが、現実には個に合わせる部分とともに、共通事項とする内容とで構成されようとしている。

 患者さんに対し、どのような内容の文書であり、どのような価値を有する文書であることが伝わらなければ、その意義はますます薄れていくおそれがある。
 10年前にも悩んで、関連書籍も出されたものの、現実においてその決着は見ていないように思われる。過去と同じ議論を蒸し返すだけでは進歩がない。過去の書籍の改訂版が出れば済むものではなかろう。

 一律に機械的に記載内容をセットアップできればラクなことはないが、各薬局で何らかの観点か基準をもとに、個々の医薬品毎に記載すべき注意事項を検討すべきだとしたら、労力のかかる作業だ。

 それにしても“しばしば見られる副作用”くらいは、その項目を設けて、IFに記載してもらえないだろうか。ある割合で見られたものという基準とともに、日常的に訴えの多い内容を、である。果たして、それが軽微であったとしても、メーカーは嫌がるだろうか。たったひとつの症状でも、掲載には慎重になりそうだ。
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中止せず減量にとどめる意図は

2009-10-08 12:12:42 | よくわからないこと
 先日、糖尿病治療に関する薬剤師向けの勉強会に参加した際、Q&A形式で主要な質問についてメーカーが紹介していた。

 その中で、浮腫やむくみの副作用が知られている薬剤のメーカーが、「半量に減量すると症状が軽減することがあります。異状が見られたら医師に相談を」と述べていた。

 薬剤師は概して大人しい。多くの者が胸の中で違和感を持ったと思うのだが、誰も疑問を呈さない。
 薬剤師であれば、その薬は

(2) 投与中は観察を十分に行い、浮腫、急激な体重増加、心不全症状等がみられた場合には投与中止、ループ利尿剤(フロセミド等)の投与等適切な処置を行うこと。

(3) 服用中の浮腫、急激な体重増加、症状の変化に注意し、異常がみられた場合には直ちに本剤の服用を中止し、受診するよう患者を指導すること。

 このことは熟知していたと思われるのだ。
 
 まさか、減量すればよいという対応方法を“刷り込もう”としていたことはないと思うが、そう思われても仕方がないだろう。医師に投与継続の可否を委ね、薬剤師は投与継続の処方が出ても、(減量すれば)そのようなこともあると、疑義照会を思い留まらせる効果を狙っていたとも受け取れなくもない。

 そのくらい、軽率というか、不適切な説明だと思う。安全確保のためには、まず中止しましょうよ、医者が使用したいと言っても、まずは見あ合わせましょうといった、安全に軸足を置くようなスタンスではないことは明白だ。

 いったん中止すると処方再開は容易ではない。営業上、中止だけは避けたいという思いが透けて見えるようであった。
 薬剤師はこのようなことに洗脳されることなく、患者さんの安全を中心に据え、慎重な使用、適正使用を進めるべきだと思う。

 それにしても、こういったメーカーの姿勢、大手といえども変わらないというか、ますますエスカレートしている感が否めず、落胆させられた。
 
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「マスク」「うがい」に科学的根拠なし

2009-10-04 06:04:56 | よくわからないこと
 新型インフルエンザで体調を崩す人が、身の周りに現れてきた。春先に、その地域にたった1人でも発症したとなると、大騒ぎしていたのが滑稽に思えるほど、今ではがたがた騒いだところでどうしようもない状態だろう。
 かといって、まだ10月になったばかり。これからますます寒くなるにつれて不安が全くないわけではない。

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「マスク」「うがい」に科学的根拠なし

――関西では「マスク騒動」も起きました。

外岡 欧米ではインフルエンザ予防に市民がマスクをする習慣はなく、マスクの予防効果については、WHOや米CDCだけでなく、英国やカナダの保健省も認めていません。ところが、日本のメディアはマスク姿の人々が急増する様を脅威のシンボルのように報じ続けました。そうなる前に、厚労相はマスク着用の意義や効果について説明をすべきでした。欧米では「咳やくしゃみをするときは、ティッシュまたは袖の内側でぬぐいなさい!」という、いわゆる「咳エチケット」を広報しています。また、欧米の医学書に「うがい」の効用は載っていません。単に習慣がないというより、医学的な根拠がないためです。頻繁な手洗いと集団に入ることを避けることが周知徹底されています。

――日本は何かが欠けていますね。

外岡 日本の対応を見ていると、関係省庁はそれなりに頑張っているのですが責任者が見えません。最終責任は厚労相、いや首相が負うべきかもしれませんが、対策プランを統括する実質的な責任者、すなわち公衆衛生の危機管理を担当する「専門家」がいません。新型インフルエンザの流行に備えて専門家を中心とした危機管理チームを作り、国民の生命を守る責務とともに強力な権限を与えるべきです。米大統領を補佐する米CDCがモデルになります。このチームが科学的な根拠に基づいた正確な情報を絶えず発表し、人々が不安心理やパニックに陥らないよう万全を期すべきです。必要なのは、Evidence-based Crisis Management(根拠に基づく危機管理)にほかなりません。
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「新型インフル」は空騒ぎ 根拠のある危機管理を! 【インタビュー】外岡立人氏(医学博士・前小樽市保健所長) FACTA 2009年10月3日(土)08:00 より抜粋)


 外出先から帰宅したらうがいを・・・、と言ったところで、既に感染が成立しているかもしれないし、自宅とて窓を開けることもあればけっして外出先と遮断されているわけではない。
 手洗いも、しないわけではないし、洗う前の手で触ったものを口にするわけではないが、発症者と手洗いの関係について、疫学調査をしてみると何かが見えてくるのかもしれない。そもそも手で(指先を使って)物を食べる習慣のある地域では、発症者が多いという話も聞かない。

 マスクや速乾性消毒薬も品薄であるが、果たしてどれくらいの効果があるのか。
 病院などハイリスク者が多いところならまだしも、職場で設置することがどれくらいの意味があるのか。

 マスクや手洗いの騒動(混乱といってもいいかもしれない)を見ていると、そこには何かしなければいけないと迫られて、立場上や世間体で動いている様子が見られる。真剣に防止しようというより、何かしようとしたといった気持ちがあるんだということを、たとえ根拠に乏しい手段であっても行動をしていることを見せて、あたかも責任を回避しようというふうでさえある。それではまるでパフォーマンスだ。

 そういう行動に、発症が見られたときに非難を浴びないための自己保身や責任逃れの意識が感じられるとさびしい気持ちになる。

 気休め的であろうとも、エチケットとしてできる範囲のことをするというのは、行動に思いが込められていることが感じられてのことであって、機械的・義務的になってくるようだとどこか違和感が感じられる。

 ところで欧米が「咳やくしゃみをするときは、ティッシュまたは袖の内側でぬぐいなさい!」というのは、どういう意味なのだろう。口元を覆いなさい、の意か。
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重症筋無力症に対して抗コリン剤は

2009-09-23 22:04:07 | よくわからないこと
 重症筋無力症の患者さんに、抗コリン作用のある薬剤が処方されたが、果たして大丈夫か。
 
 理論上は禁忌と思われるのだが、添付文書には関連記載が見当たらないため、古くからある代表的な抗コリン剤を発売している外資系B社に尋ねてみる。しかし、そのような文献や報告はないとほとんど“即答”。そして、どうするかは現場に委ねるとの“お決まり”の素っ気なさ。

 もちろん最終的な判断はこちらでするが、そのために参考になる情報を尋ねているというのに、矛盾した現場の状況に関心を示さず、文献と報告の実態を示すだけで見解を示さない。そう言えばB社は以前からそうだ。

 B社から親身な対応が得られないならばと、改めて自身で情報を探す。
 「医薬ジャーナル」誌、41巻4号1250-8頁2005年に「重症筋無力症と禁忌薬剤」の文献あり。
 『抗コリン作用薬は、アセチルコリンが受容体に作用するのを妨げ、重症筋無力症の症状を悪化する恐れがあると考えられているが、報告例はない。添付文書上、尿失禁、頻尿治療に使用する副交感神経遮断薬やパーキンソン病治療薬の副交感神経遮断薬は禁忌であるが、他の副交感神経遮断薬、三級アミン合成抗コリン薬、四級アンモニウム塩合成抗コリン薬は禁忌に含まれていない。』との記述あり。

 同じ抗コリン作用を有しながら、昨今の尿失禁・頻尿治療剤には禁忌とされているにもかかわらず、古くからある抗コリン剤は添付文書において禁忌とされていない矛盾。
 
 昨今、新薬では、報告がなくても薬理作用上、禁忌と考えられるものは最初から併用禁忌であると添付文書に記載される傾向にある。古くからある薬剤では、当時の承認状況がそうなっていなかったのではないか。
 しかし、近年の安全管理重視の考え方からすると、追記が検討されてよいと思うのに、そうなってはいない。
 抗コリン薬を用いて筋無力症悪化の報告がないのは、現実には大きな問題になった症例がないのか、理論上矛盾する作用の薬剤だから、そのような事例があってもあえて話題性がないと報告が挙げられないからなのか。

 添付文書を比較しただけでは方向性が見えてこない。「添付文書がそうなっている」ということだけで疑義照会しないでいるとしたら、薬剤師として問題があることはないか。代替薬があるのなら、そちらを提案すべきではないだろうか。
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安全な薬物療法はあるのか

2009-08-18 23:06:53 | よくわからないこと
 薬局をやっていてい、安全を意識しない日はない。たくさんの人に、たくさんの薬を渡していて、その錠数たるや相当なものである。それが全国の薬局で交付され、国民が服用する。合計を考えると、恐ろしくなる。

 それだけの薬が日夜、消費されている。「安全を確認して交付している」なんて、実は何事もありませんようにと祈りながら渡しているにすぎないのではないか。

 果たして、「安全な薬物療法」なんてあるのだろうか。安全を願いながら薬物療法に臨むことはあっても、安全を保証することなどできないはずだ。

 こんなことを思ったのは、「なぜ、かくも卑屈にならなければならないのか」のp.81、病院が「安全」だなんて誰が言い出したのだろう、の章を読んでからだ。

 設備を整え、スタッフを教育し、どの病院もより安全なところであろうと努力しているが、そういった努力の及ばぬところ――病院というものがどうしても内包する性質として、100%の安全はない。

 薬そのものが“危険なモノ”、“取り扱い要注意”であるはずだ。少しでも薬理作用が“暴走”してしまわない条件下で使用しても、患者に及ぼす強さまでは制御しきれないし、薬を使用する患者自身の体調が急変しないとも限らない。またゼッタイ誤服用しないという保証もない。

 薬局で提供することのできる「安全」なんて、しれたものかもしれない。安全を「提供する」というのも書いていてヘンな表現だとふと思った。提供できるものを持っているのなら、小出しにする必要などなく、惜しみなく与える必要や役割が薬剤師にはある。「惜しみなく」与えられるほどの量の安全を持つことに、すべては始まるのかもしれない。
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疑義照会の相手はだれ?

2009-07-24 22:43:44 | よくわからないこと
 次の事例で、同一患者で両処方を同時に受けつけた場合、どちらの医師に疑義照会をするとよいか。

〈事例1〉
 A医師 - 気管支喘息の治療薬を処方、呼吸器科
 B医師 - 緑内障のためβブロッカーの点眼薬を処方、眼科

〈事例2〉
 C医師 - 緑内障の点眼薬を処方、眼科
 D医師 - 抗コリン作用のある薬剤を処方、内科
 
 
 事例1ではA医師に、事例2ではC医師に照会するという薬剤師が案外いるというのだ。もう一方の診療科の薬剤を使用してよいかと尋ねるのだという。なぜに?
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コメントを避ける理事長に落胆

2009-05-29 22:16:21 | よくわからないこと
父、その瞬間 何度も涙 息子の無念思い体は悲鳴 力士暴行死 元親方実刑
5月29日15時29分配信 産経新聞

 最愛の息子を失ってから約2年。相撲界を揺るがした力士暴行死事件で29日、名古屋地裁は元時津風親方、山本順一被告(59)に懲役6年の実刑を言い渡した。判決が言い渡された直後、一瞬、表情をこわばらせた山本被告。一方、亡くなった時太山(ときたいざん)=当時(17)、本名・斉藤俊(たかし)さん、写真=の父、正人さん(52)は「本心では懲役何十年でも納得できない」とあらためて無念さをにじませた。

 日本相撲協会の武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)の話「日本相撲協会は既に山本順一を解雇しておりますので、判決に対し意見を申し上げる立場にありません。日本相撲協会としては、今後二度とこのような不幸な事件が起きないよう、協会員全員に対し、厳に注意を喚起しましたし、今後とも折あるごとに指導、教育を徹底していく決意を固めております」

 解雇しているのは当然で、だからといってコメントを避ける武蔵川理事長の姿勢は理解しにくい。直接問われているのは元時津風親方だが、「かわいがり」の文化は角界のものだ。
 時太山の父親が「このような思いをするのは自分たちで終わりにして欲しい」と言ったのは、時津風親方や時津風部屋に対して無念さを感じているだけにはとどまらないことをあらわしていることを、理解できなかったのか。

 それだけに元横綱三重の海には、あえてコメントを避けるのではなく、真正面から受けとめて欲しかった。逃げている姿勢を残念に思うのは、なにも土俵の上だけではない。引退後も、ましてや理事長という最高のポストにつく者が相撲界の将来を案じれば、ここはコメントをするのが本来の姿ではないだろうか。直接の被告ではないとはいえ、それだけの責任を強く感じているところを見せてほしいのだ。
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ジェネリックはノルマ、薬局は部下か

2009-05-22 23:16:07 | よくわからないこと
 厚労省 後発品促進へ医療機関に「指導」も(日刊薬業 2009.5.21)

 厚生労働省は20日の中医協総会で、医療機関や薬局に対し後発医薬品使用促進に関する療養担当規則を順守させる取り組みを新たに開始する方針を示した。2008年度診療報酬改定の影響調査で、使用に消極的な医療機関や薬局が一部あることが明らかになったためで、地方厚生局が行う「適時調査」や「集団指導」などの場を活用し、療担の順守状況の確認や周知徹底を行い、必要に応じて指導もする。近く地方厚生局に通知する。


 中医協 後発品の伸び悩み=医薬分業が問われる(リスファクス 2009.5.21)

 中央社会保険医療協議会総会は20日、診療報酬改定結果検証部会がまとめた08年度調査5項目について議論した。後発品使用状況調査で、検証部会は「後発品の使用に関するボトルネック(妨げ)が薬局にあると推測される」などと評価を書き込んだ。
 患者代表の勝村久司委員は「結果を深刻に受け止めて、薬剤師会は新たに対応を取ってどうなったかを言うべき。医薬分業が問われている」と指摘。



 これまでの調査から、薬局がジェネリックへの変更に消極的であるとされている。調査の在り方や数字の評価に疑問もあるが、そこは考慮されそうにない。

 確かに、積極的であるとは反論しにくい。努力している、というのが関のヤマかもしれない。
 ただ、説明すればかなりの確率で国民はジェネリックを選択するはずと決めつけていないか。ジェネリックへ変更する理解が得られなければ、説明が不十分である(不足しているか、適切ではない)とされていないか。

 とにかくジェネリックが増えなければ、薬局そのものが“役立たず”とされてしまいそうな勢いだ。それは将来、ジェネリックについてはダメだったけれど、他のことなら期待できる・・・というものではなく、他のことについても「薬局に任せていてはダメだ」と烙印を押されそうな気配がある。

 もうこれまでの成績はひどすぎるから、呼び出して個別に注意をするゾ、それができなければ来春の調剤報酬改定では減額査定をするゾ、ということだ。その構図は、成果主義のもと、上司から営業成績を突きつけられて、ノルマを達成しなければ昇給やボーナスの査定は厳しいものと思え、と言われているかのようだ。それがイヤなら、もっと売って来いと。

 これが一般の営業なら、泣きついたり、説得を重ねたり、場合によっては半ば強引な手法もあるのかもしれないが、医療において健康を管理することが優先する中で、ジェネリックに変えろというのだから、果たしてどうなることやら。

 薬局にいると、ジェネリックに対する医者の中傷が目に余るケースが気になる。薬とは無関係な訴えにまで、ジェネリックのせいだとか、俺はジェネリックなんて効かないと思っているとか、ジェネリックは元に戻してもらえとか、患者を誘惑するのだ。そういうのは処方には現れないから表だって来ないが、それは看過できない問題だ。そういう医者を敵に回すことが薬局で出来るかどうか。泣き寝入りをするのか、方針転回するか。
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地域振興券で小規模店は報われない

2009-05-21 22:54:56 | よくわからないこと
 先週、地域振興券が売り出された。昼過ぎに買いにいったが、はや売り切れかと思いきや、呼びこみが出ている始末。案外、出足は鈍い。

 1枚500円、20枚綴りで1万円、そこに1000円のプレミアがつく。うち5000円は指定の大規模店舗でのみ有効。お釣りは出ない。

 地域振興券は、昨秋に次いで2回目。その時は1枚が50円券だった。しかもお釣りが出た。いやぁ、使った。少額なので数えるのは多少面倒だったが、お釣りも出るし、毎週末は必ずといっていいほど商店街を利用した。

 商店街には、1軒の大規模店(スーパー)があるが、あとは零細小売店ばかり。八百屋に魚屋、豆腐屋に肉屋、パン屋にクリーニング店、飲食店、自転車屋など。
 常態として、1回に500円以上必ず使いそうな店の少ないこと。ある程度まとめて買わないと500円以上にならない店が大半だ。それでお釣りも出なければ、いったいどうするのか。

 多少、遠方の小売店に行って、消費するしかない。1丁100円前後の豆腐を何丁も買ったり、パンだけで500円以上も買うこともまれだ。普段買わないようなものまで、そこで買うことはしない。どんなに安いものでも、それぞれをリーズナブルな店で買う。1000円プレミアがついても、消費者はそれを無駄遣いには回すことはしないだろう。最大限、自身の徳になるよう、工夫する。

 であれば使いきれないと思ったからだろうか、住民が地域振興券に飛ぶように売れていなかったのは。せめて1枚を200円券にするとか、最低使用額を下げれば状況はおおいにかわるだろう。なぜ500円なのか。枚数が増えることで、行政が事後処理するのがタイヘンと考えたことはないか。

 地域振興券をやったことで、行政が評価されるどころか、かえって気の利かなさでマイナス評価になっているようだ。せっかくやるなら、消費者も店側も、双方にとって最適な方法にすべきだろう。いや基本は消費者だ。いかに地元の店、それも零細店で買う機会を増やすかで、経済に影響する。地元の商店街で買ったことがないから、1枚500円などにしてしまったのではないだろうか。
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世間の動向に敏感のはずではなかったか

2009-05-06 12:52:16 | よくわからないこと
コンビニ店主「見切り販売」の動き 販売期限前に値引き 朝日新聞 2009年5月6日(水)03:01

売れ残りによる廃棄を減らすため、販売期限前に弁当などを値下げして売る「見切り販売」を導入するコンビニエンスストア加盟店が各地で出始めた。公正取引委員会によるセブン―イレブン・ジャパンへの調査が判明した今年2月以降、見切りを始めた複数のオーナーが「廃棄が半分に減って利益が増えた」と話している。すでに国会でも取り上げられており波紋が広がっている。

西日本のセブンオーナーは、3月から弁当や総菜などの見切り販売を始めた。本部指導員からは「全店に広がったらセブンはつぶれる」と言われた。1カ月間に出る廃棄の量は「半分以上も減った」。値下げをするため、売り上げは5%減(前年同月比)だったが、店が負担する廃棄代が減ったため利益は逆に3割以上増えた。「特に主婦のアルバイトは、食品を捨てることに後ろめたさを感じていたようで、喜んでいます」

昨年末から度々、本部側に見切り販売を提案していた東日本のオーナーも3月から踏み切った。これまで「契約解除になりますよ」と高圧的だった本部指導員の態度が、ややおとなしくなったためだ。

今回の公取委の調査の趣旨は「本部の優越的地位の乱用があったかどうか」だが、環境への影響を訴える声もオーナーらの間で多かった。

一方、セブン―イレブンも対策をしていないわけではない。同社の発注精度は高く、「他社がまねできないほど」(業界関係者)の低廃棄率を達成しているとされる。


 近隣にセブンイレブンが4軒あったが、うち2軒が閉鎖された。コンビニではダントツの売り上げとされるセブンイレブンが、だ。うち1軒はオーナーが変わったのか、リニューアルされたが、もう1軒はその気配がない。内部の者にしかわからない何かがセブンイレブンで起きているのではないかと、天下のセブンイレブンでさえも、とうとう不況の波に飲み込まれたのか、と思った。

 いくら在庫調整をしても、機会損失を防ぎ、単品管理をしても、期限切迫品が出るのはやむをえない。精度を上げる努力も必要だが、一方で期限切れ間近の商品に対するケアも必要ではないかと、個人的には考える。完璧過ぎることへの弊害はないか。

 そこを鈴木敏文氏はどう考えるのか。例外を認めると、基本遵守が甘くなり、ひいては崩れてしまうことを懸念しているのだろうか。“そこをうまく”という漠然とした言い方では、指示したこと、解決策を示したことにはならないと考えてのことか。宿題を先送りにしてきて、これまでと逆の方針を示すことへの抵抗感なのか。いや、そうではなかろう。変化の重要性は誰よりもわかっているのがIYグループだと思うからだ。

 期限切れ●時間前より値引きをすることが既知となったら、その時間帯を狙って来客する。結果としては、安売りしたことと同義になる。こまめに配送してきた努力が報われない・・・、などなど波及するものが多いのかもしれない。

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