何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

イッキ飲み「お断りコースター」

2008-03-27 23:52:31 | 思いつくまま
イッキ飲み 「お断りコースター」作成 3月27日16時40分配信 毎日新聞

 新入生や新入社員の歓迎会シーズンを前に、急性アルコール中毒で子供を亡くした家族らで作る「イッキ飲み防止連絡協議会」(東京都中央区)が、宴席の雰囲気を壊さずに酒の強要を拒否できる「お断りコースター」を作った。先着で2000セットを無料送付する。

 鳴き声(ゲコ)を「下戸(げこ)」にかけたカエルのキャラクターを図案化。「アルハラ(アルコール・ハラスメント)・ヤダピョン」と名付けられ、「イッキ飲めません!」「車なので飲めません!」などと訴える4種類をセットにした。グラスのふた代わりにしたり、背広の胸ポケットからのぞかせたりして使うと効果的という。

 同会の調査では、大学や会社の宴会で急性アルコール中毒などにより死亡した人は、83年以降で78人。最近は「イッキ、イッキ」という掛け声は減ったものの、遊びの延長で罰ゲーム的に飲ませる例が目立つという。「アルコールは薬物で、場の盛り上げに利用するのは危険」と訴えている。

 無料送付は1人3セットまで。注文は事務局のASK(アルコール薬物問題全国市民協会)の電話(03・3249・2551)かホームページ(http://www.ask.or.jp)へ。

 夕方、アクセスしてみたらすでに受付終了だった(残念!)。
 下戸とカエルの鳴き声をリンクさせるとか、飲めない4つのパターンに対応するとか、この企画、クールだと思った  図柄も愛嬌があるというか、可愛らしい 

 本当にそういう人が使うのにはいいが、かけひきやずる賢く使われるとしたら、そういうニーズに合わせて、腹「黒い」蛙も用意すればもっと真剣にシャレているかもしれない。

 全国の大学にバラまくか、マスコミでもっと話題にするか、実際に浸透すると面白い。

 逆に「まだまだいけます」、「次の店にいきましょう」、「二人きりで飲みたいナ」、等のキャラもできないだろうか。同じことやっても、オヤジがやれば単に飲みすぎシールを貼られてオシマイなんだろうが 

 彼女のポケットからチラと見せられたら、元気100倍かも 
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医療事故自衛BOOK

2008-03-27 23:38:08 | Book Reviews
「医療事故自衛BOOK わかりやすい対策11か条と役立つ320の医療情報 和田努・著、小学館文庫、2001年11月1日

 第4章が「薬と患者の履歴書」。

 第1条 処方箋を発行してくれる医師を選ぼう。
 第2条 「かかりつけ薬局」を持とう。
 第3条 ゲット・ジ・アンサーズを実行しよう。
 第4条 医師や薬剤師にこれだけは伝えよう。

 この通りにコトが運べば、薬局にとってはたいへんやりがいのある話だと思うが、果たして今の薬局はこれに応える活動ができているだろうか・・・、と思うと、ちょっぴり情けなくもなる。

 このようなことに応えきれていないのではないか。「かかりつけ薬局」などと頼って来られても、たいした力になってやれていないことが多くないか。

 それが気のせいだったり、とり越し苦労だったり、現実の誤認であるのならいい。どうかそういう社会の要請に応える空気よりも、商売だとか、(もう少しカッコ良く)経営だとか、そういった側面に偏りすぎているのではないだろうか。

 このような提言をしてくれている本は、他にもあったような気がする。本書が出て、7年が経過しているが、まだまだ時間がかかりそうな現実に、たいへん申し訳ないと思わざるをえない。
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インターネットが薬局の標準装備に

2008-03-26 22:50:45 | くすり雑感
 今春の調剤報酬改定に関連する「基準調剤加算の算定留意事項の見直し」のひとつとして、

薬局内にコンピュータを設置し、インターネットを通じて定期的に医薬品・医療機器安全性情報等の医薬品情報の収集を行い保険薬剤師に周知していること

 が盛り込まれた。何を今さらの感もあるが、もはやこれを無理な算定要件だというご時世ではなかろう。

 コンピュータがあってもダメだ。インターネットと接続されている必要がある。そして、安全性情報のみならず、「・・・等」の情報収集のためのツールとして、活かされることが必要だ。

 「・・・等」の範囲は決める必要もない。使い方次第で薬局の活動に差がつく。職員一人一台とまでいかなくとも、使いたいときに使える程度の台数は不可欠だ。薬剤師が20人もいて、1~2台しか使えない環境にいるとしたら、開設者や管理者のセンスを疑ったほうがいい。

 とくに安全性情報については、ネットを通じて薬局が“取りに”いき、入手したものは薬局の職員で共有することが求められる。
 医療安全管理指針によって設けられた業務手順書において設置された医薬品情報の担当者でなくても、少人数の施設であれば、誰しもが使えて、皆で共有して、患者に還元していくことが求められる。その第一歩が、スタッフへの周知というわけだ。

 安全性情報だけのためにネット環境を設けるということなどありえないから、使い方においてその技術やノウハウも今後、学んでいく対象になっていくだろう。

 インターネットに繋がったコンピューターが算定要件だなんて、おそらく大半の薬局が苦もなくクリアできることだ。要は、いかに使いこなすかどうかが問われているも同然だと受け止めていいのかもしれない。
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いらっしゃいませ

2008-03-26 22:08:51 | Book Reviews
「いらっしゃいませ」 夏石鈴子・著、角川文庫、2006年3月25日

 出版社の新入社員。受付に配属された鈴木みのり。社会人として未知の世界に戸惑いながらも、素直に溶け込んでいく。思うことは多々あれど、必要以上に感情も出さない。

 ちびまるこちゃんがそのまま大人になったら、こんなふうに素朴に、力まず、等身大で生きていけるんじゃないかと思った。緊張もストレスもありながら、かといって自分をひたすら殺しているわけじゃない。

 心の機微の描写が、感情や表情の微妙さをよく表している。すぐに割り切って次々と進んでしまうようになったら、新人は卒業だ。ひとつのことに目を白黒させるういういしさもよく描かれている。
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再生が期待できない経営

2008-03-25 22:40:28 | 思いつくまま
成果至上主義が原因 ラ・パルレ社長 3月25日4時36分配信 産経新聞

 「誰でもやせる」などの虚偽説明などで東京都から業務の一部停止を命じられったエステティックサロン会社「ラ・パルレ」の羽田雅弘社長(54)は24日夜、都内で会見を開き、「売り上げ目標のハードルが高かったと反省している」と述べ、成果至上主義が原因だったとの認識を示した。

 羽田社長は冒頭、「弊社関係者の皆様にご迷惑、ご心配をおかけしたことを深く反省する」と陳謝。「これまでもコンプライアンス教育をしてきたが、(社員は)わかっていなかった。日常で陥りやすい違法業務を示したコンプライアンスマニュアルを2月に作り直した。繰り返し教育する」と述べ、再発防止すると強調した。

 これしか真相を知る手がかりがないが、社長のコメントの随所に問題があるように感じた。

売り上げ目標のハードルが高かった
 計画の失敗だというのであれば、計画を立てたのは経営陣であるので、経営に関与する者の力量不足を反省すべきではないか。ハードルを下げればいいというのなら誰でもできることであり、そういう決定を強く進めた者はその地位から退くことが求められていることはないか。

 成果主義という言葉は会見の中で出たものかどうか。売上至上主義と言ってもいいのではないか。成果至上主義の文化では、従業員の評価や処遇が適切に行われないのが通例だ。成果至上主義をしてきた以上、社内の雰囲気は殺伐としているのではないかと思われる。

これまでもコンプライアンス教育をしてきたが、(社員は)わかっていなかった。
 おいおい、社員のせいにするのか。社員が法令違反をしたために業務停止をくらったというのか。社員がなぜコンプライアンス違反をするのかといえば、やむをえず手を染めるか、間接的な言葉や外堀を埋められた形でそうせざるをえないからだ。そういう状況に追い込んだのは誰か。実際に手を下したのは社員でも、背後でそうさせた者はもっと罪が重いのではないか。

 問題があれば社員のせいにし、監督者は“いい子”になり、売上が上がれば、それを指揮した上司の手柄にするのが成果主義の姿だ。成果は単純に公平に訪れるのではなく、複雑に絡み合って得られるものだから、成果が上がったかどうかで評価すること自体、ナンセンスなところが多い。

繰り返し教育する」と述べ、再発防止すると強調した。
 社員教育を求めるのは、まるでJR西日本が結果が出せなかったときに行った日勤教育を彷彿させる。教育が必要なのは、経営陣だと思うが。そこが改めることが再発防止に最も効果的だろう。そういう見識のない経営者に引き立てられた中間管理職も、似たDNAを持っている可能性があり、その社風というか感性が残されている以上、立ち直りは期待できないように思われる。

 再生を願うのであれば、まず経営陣を入れ替えることから始まると確信する。
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上司の品格

2008-03-24 22:33:42 | Book Reviews
「上司の品格」 人の上に立つ者の心得 今泉正顕・著、PHP文庫、2007年6月18日

 見開き2ページごとに小テーマを解説する形式で書かれているので、読みやすいと言えば読みやすいが、言わんとすることは消化不良というか、説明不足の感が否めない。だから、あまり印象に残る訴えがないまま終わってしまったような気のする本だった。

 タイトルからして、上に立つ者、最終的には組織のトップの品格を論じたものかと思いきや、ミドルの品格、中間管理職に当たる者を対象にしたというから、それもやや期待外れ。
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くたばれ成果主義

2008-03-22 19:28:54 | 薬害は人災だ
「くたばれ成果主義」江波戸哲夫・著、飛鳥新社・発行、2007年4月9日
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事故にも負けず

2008-03-22 19:22:13 | 心に残ること
JR脱線事故で両脚切断の同志社大生が卒業 3月21日11時36分配信 産経新聞

 平成17年4月のJR福知山線脱線事故で両脚を失った同志社大経済学部4年、林浩輝さん(22)が21日、同大学を卒業した。周囲の励ましに支えられて絶望感を乗り越え、友人と一緒に卒業したいという念願をかなえた。4月からは東京で広告代理店に勤務し、新たな生活を始める。

 この日、濃紺のスーツにグレーのネクタイ姿の林さんは車いすに乗って、卒業式会場となった京都市上京区の今出川キャンパスを訪れた。午前10時からの式では、壇上から下りた八田英二学長が直接、車いすの林さんに学位記を手渡した。

 復学後も辛い日々は続いた。義足と松葉づえを使う生活で、友人が自分の歩調に合わせて歩くことにさえ重荷を感じた。車いすを使うようになったが、迷惑をかけているという思いは拭(ぬぐ)えなかった。

 転機は、友人との会話だった。悩みを正直にぶつけ、「おれといて楽しい?」と尋ねた。友人は「同情で付き合っているわけじゃない。お前といて楽しいのは当たり前だろ」。涙がこみ上げた。一生付き合える友に出会えたと感じた。

 困っている人に手を貸すのも、「人間として」常識的にかかわることもあるだろうし、そんなものを超えて当然のこととして、義務的でなく、それを苦に思うものではなく、係わることのできる関係。

 相手も、不自由な生活になりたくてなったわけじゃない。そりゃ、健康で満足な体ならとんではねて、より行動範囲も広がっただろうから、全くその後に影響がないというわけではないだろう。

 ハンディを抱えたとしても受け入れられる関係があるということに感動した。
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プロ論

2008-03-20 16:37:59 | Book Reviews
「プロ論」 徳間書店・発行、2004年12月31日

 本書の文庫が出版されたようだ。

p.33 仕事をするうえで若いころから僕がきをつけてきたのは、だれのために仕事をするのかという点です。上司のための仕事や会社のための仕事では、やっぱりいい仕事はできない。仕事はお客様のためであり、社会のためであり、もっといえば神のためにするべきもの。僕はそう思ってきました。この点を間違えると、会社も社員もおかしくなってしまう。

 自分のため、自分たちのためだけの仕事では、たとえ成功しても小さな勝ち方しかできないんです。たくさんの人のための仕事だから大きな成功が待っている。大事なことは、正しい仕事をきちんとやることです。
 藤巻幸夫氏

p.258 僕は、仕事の適性とは、「人にどのくらい喜んでもらえるか」で、考えるべきだと思っているんです。人に、より喜んでもらえる仕事こそ適性。そう心掛けて仕事を選び、取り組めば必ずチャンスはくると思う。ところが、「先にチャンスだけよこせ」「オレだけによこせ」という人が少なくない。それじゃ、チャンスはこない。自分のためじゃない。まずは人のために頑張ってみてほしい。 高橋がなり氏

 自分では、それなりにがんばっているつもりでいる。しかも続けているつもりでいる。しかし現実はなかなか変わらない。むしろ、悪化しているようにさえ思えるときがある。

 それは頑張り方が悪いのか、方法は決して悪くないのであれば、まだ変わるまでに時間がかかるのか、取り組む量が足りないのか。
 もう諦めようか、もうダメだ、方法は悪くないと思うのだが、どこか修正点があるのだろうか。悩み、苦しみ、もはやこれまでか・・・、と思ったときに、ふと何がどうなったのかわからないが、活路が開けてくるときがある。

 そこまで努力を続けていけるか。まだ神様が活路をお示しにならないのは、まだ取り組みが足りないのではないか。もっと工夫やプラスアルファが必要なのではないか。そう思って、前に進むしかないような気がする。
Comments (3)
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眼力(がんりき)

2008-03-20 15:42:51 | Book Reviews
「眼力(がんりき)」 齋藤孝・著、三笠書房(知的生きかた文庫)、2008年3月10日

 最近、“めぢから”トレーニングというのが流行っているようだが、それとは別物。

p.151 御手洗(※)が真のリーダーに求めるのは、「その体力、気力、見識、人格もさることながら」、それ以上に、「社会や企業に対する自己犠牲と奉仕という崇高な人生観と価値観を持っている」かどうかだ。「自分の仕事は、公共的な利益にもつながっていく大事なものだ」というイメージを持っていると、それがスケールの大きさとして表に表れてくるというのだ。 ※御手洗冨士夫・キャノン会長

 会社のために働け、それで会社から給料をもらっているんじゃないか、社長がやるといったらそれに従うのが当然だ、このようなことを信じて疑わない者がいることが、自分には信じられない。

 給与明細は「組織」が発行するかもしれないが、社長の見識が正しいか正しくないか、自己本位か、それとも社会に対する責務を果たし貢献するものかどうか、いくらなんでも子供でなければわかろうというものだ。

 会社が経営的に潤うことがその組織にとって、職員にとっての喜びなのか。そのために一致団結、一丸となって臨むのか。

 組織が進むべき本質を見抜く「眼力」を持ちたいと願ってやまない。自分自身のみならず、社会人であれば遠からず、そういった視点で世間を、また自身の状況を客観的に見ることができるようになってほしいとも思う。
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重篤副作用疾患別対応マニュアル

2008-03-19 22:45:44 | くすり雑感
 今春の調剤報酬改定関連通知を見て注目されることに一つに、「重篤副作用疾患別対応マニュアル」が十分活用されるべく、その存在が明記されていることがある。「薬剤服用歴管理指導料」と「服薬指導情報提供加算」の項目だ。

薬剤服用歴管理指導料(9)
 服薬指導は、処方せんの受付の都度、患者の服薬状況、服薬期間中の体調変化(特に重大な副作用が発現するおそれがある医薬品については、当該副作用に係る自覚症状の有無及び当該症状の状況)を確認し、新たに収集した患者の情報を踏まえた上で行うものであり、その都度過去の薬歴を参照した上で、必要に応じて確認・指導内容を見直すこと。また、確認した内容及び行った指導の要点を、薬剤服用歴の記録に記載すること。なお、副作用に係る自覚症状の有無の確認に当たっては、「重篤副作用疾患別対応マニュアル」(厚生労働省)等を参考とすること。

服薬指導情報提供加算
 服薬指導情報提供加算は、患者の同意を得て、服薬状況に併せて現に患者が受診している保険医療機関に対して、当該患者に対する服薬指導の要点、患者の状態等を示す文書に添えて薬剤の適正使用に必要な情報を提供したときに算定する。この場合において、患者に自覚症状がある場合には、当該自覚症状が薬剤の副作用によるものか否かに関する分析結果も含めて情報提供することとし、また、患者に対する服薬指導は、当該分析結果を踏まえたものとする。なお、患者の自覚症状の分析に当たっては、「重篤副作用疾患別対応マニュアル」(厚生労働省)等を参考とすることが望ましい。


 それぞれの目的が果たされることが眼目であって、それが達成できるのであれば何をどう参照しようと関係ないのに、わざわざ具体的なテキストを示すところに、ただならぬものを感じる。

 そもそもその前に重篤な副作用(添付文書では「重大な副作用」)の防止について、薬剤師が積極的に係るように求めていることも感じとれる。それによって、早期発見し、重篤化するのを防ぐうえで、薬剤師にその役割を強く求めているのだ。

 疑わしい症状に気づいたのであれば、それは主治医に情報提供される。副作用かどうかの診断は医師の領分であっても、状況を分析し、進言することを薬剤師は期待されているのだ。

 そして、これらのいずれもに「重篤副作用疾患別対応マニュアル等」を参考にすることが望ましいと明記しているのである。あえて固有名詞を挙げず、“重大な副作用の判別に参考とされる資料”としても十分であろうし、具体的な技量の使い方にまで言及しなくてもいいのに、あえて具体的にこのマニュアルの名を示し、“売り出して”いるようにさえ思われる。

 現在19項目のマニュアルから成るが、やがて100疾患ほどにまで増える予定とされる。添付文書でしばしばお目にかかる「重大な副作用」は、比較的偏っているようにも思われ、100種類にまでは及ばないような気がする。それでも、あれこれ勘定していくとそのくらいになるのだろうか。

 マニュアルもまず読むことに始まるが、「読む」だけじゃダメだ。初期症状等から早期発見するための力量をつけることが求められるだろうし、リスク因子をもとに、発現しやすい状況にある人ではプロブレムとして常に監視し、できれば処方変更を進言し、未然防止につなげていくことが求められる。そういった意識で、このマニュアルを自分たちのものにしていくことが大切になってくる。

 長丁場になるが、毎回1マニュアルずつ、薬局内勉強会のテーマとして読み合わせをするとか、医薬品医療機器等安全性情報が出された際に、関連するマニュアルと照合していくような使い方も一法だと考えている。
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メール道

2008-03-18 23:09:21 | Book Reviews
「メール道」 久米信行・著、NTT出版・発行、2004年5月21日

p.28 メールの良し悪しを判断する一番単純でわかりやすい方法は、「そのメールを自分自身が受け取ったら嬉しいかどうか?」だからです。

p.52-3 「無財の七施=七つのお布施」
一 やさしい眼差し
 メールを出す相手の顔、あるいは名前を思い浮かべながら
二 和やかな笑顔
 にこやかな気持ちになって、実際に笑顔を浮かべて
三 優しい言葉
 親しみやすいあいさつや、話しことばをおりまぜながら
四 身体を使って奉仕
 思い立ったらすぐメールし、来たメールにはすぐ返信する
五 感謝のこころ
 メールをくださったことに、まず感謝し、これまでのご愛顧を思い起こして感謝し、それを言葉にする
六 譲り合いのこころ
 メールの上では決して争わず、誉めあい、譲り合う
七 あたたかなおもてなし
 どんな質問、リクエストにも最善の努力を尽くし、お会いする時には最大限の歓待をする

p.74 無用の争いに巻き込まれないための一番の知恵は、人の悪口を言わないよう心がけることです。
 最初は、かなりの自制心が必要かもしれませんが、嫌なことがあってもメールでは書かないことです。悪口を言えば、一瞬は心が晴れるかもしれません。同じ気持ちの人たちと話がはずむかもしれません。しかし、誰かの悪口を言いたい時は、実は、嫉妬や羨望、過大な自尊心など、自分の弱い心に起因することも多いのです。できれば、自分の内面を見つめる好機にしたいものです。

p.85 メールの世界で不思議に思うことのひとつは、情報をオープンに出そうという人は好かれ、出さずに取ろうとする人は嫌われるということです。しかもGive & Takeをさらに一歩進めた、Give & Gibe & Given の精神をもって情報発信とお役立ちをする人に、情報と人と信頼が集まるようです。
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お薬手帳は健康管理ツール

2008-03-17 23:21:38 | 薬局経営
 以前、お薬手帳を持参忘れた患者さんに対し、シールを渡して貼っておいてもらえばいいのに、それでは薬局が薬剤情報提供料を算定できなくなってしまうとばかり、1回分だけをB6版用紙を二つ折りにした台紙に張った「簡易お薬手帳」を渡して、算定に走っている薬局はいかがなものか、と述べた。

 その後、北関東の某県薬のお偉いさんが経営する薬局でも、それは算定してよいとの解釈をしているとのことで、そこの職員がたいへん嘆かわしいと憂いているという話も聞いた。

 しかし、ようやくここに来て2008年度の調剤報酬改定で、それが明確に否定された。これまでの通知文では、いまひとつ否定できるように読みにくいという意見があった。だからといって、これまで認められていたのではなく、それは患者のためというよりも算定を睨んだ手口として、倫理性すら問われていたものだ。

 「簡易お薬手帳」とか「仮手帳」などというのは俗称で、今回の通知文でもズバリそれを指し示す名称はないのだが、改定説明会では「臨時の手帳などは発行しないこと」という言い方で、スライドに明記されていた。

 お薬手帳に、その記録を積み重ねて残せるよう、シールを渡せばいいのだ。ただし、若年者(後期高齢者を除く)では算定できないが。利益優先の薬局では算定ありきに加えて、シール代すら問題視する向きもあるという。タダで渡すのは、経営的に持ち出しになるというものだ。なんかケチすぎないか。

 簡易版であろうとなかろうと、患者さんの手元が複数の手帳で混乱しないよう、1冊の手帳にまとめることが重要だ。だから、「新たに手帳を交付して」算定することは避けるとされた。お薬手帳を忘れた際にはシール等を交付して、その後のケアが求められているのも、医療提供施設とすれば当然のことだろう。

 算定できるからする、できなければしない、そういった観点で議論していては、この問題は意見の一致に向かわないように思われる。算定できるかどうかということとは離れて、患者さんの治療履歴を確実に記録として残してあげられるかどうかという、患者さんの健康管理に薬剤師が関与していくことに意義があるという視点で捉えていくべきではないかと思う。

 頻繁にお薬手帳を忘れるようでは、診察時にも支障をきたす。医者も、後期高齢者だから手帳を確認し、若年者だから関心を示さない、というわけでもなかろう。

 算定条件は算定条件、医療提供施設における薬剤師の責務は責務。毎回持参を忘れるわけでもなかろうから、たまの持参忘れくらい、気持ち良くタダでシールを渡してあげようではないか。

 シールだけもらえば支払いが安くなると考え、あえて手帳を出さない患者もいるかもしれない。それでは手帳の内容が確認できず、服薬管理が正確にかつ適切にできないほうがマイナスではないだろうか。それが疎かになったままでいることのほうを、もっと危惧すべきではないかと考える。

 もはや、薬剤情報提供料を算定したいから処方せん応需時にお薬手帳の提出を求める時代ではない。服薬管理ひいては安全確保のために不可欠だから、お薬手帳の持参~提出を求めるのだと、国民に理解を求めていくとよいのではないだろうか
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マインドマップ読書術

2008-03-16 22:44:06 | Book Reviews
「マインドマップ読書術」 松山真之助・著、ダイヤモンド社・発行、2005年1月7日

 昨今、マインドマップが秘かな?ブームだ。自分が知ったのは、勝間和代さんの著書が最初だったように思う。講演やセミナーを聞きながら、よくあんな樹形図のようなメモをとれるな、と思うが、書籍を読んでマインドマップでまとめるのであれば、まだなんとかできそうだと思う。

 しかし、誰に教わるわけでもないので、自分で試行してみないことには始まらない。専用ソフトもあるらしいが、自分ではA4用紙1枚にコンパクトにまとめられればとりあえず十分なような気がしている。

 そんなマインドマップと読書術が合体した本を見つけた。しかも著者はWebookの松山真之介氏だ。
 そうかぁ、マインドマップってこうやって書くのかぁ、正解があるというのではなく、本を読んで自分なりきにまとめてみればいいだけじゃんか、そういった気楽さを感じた。敷居が一気に低くなったような気がした。

 しかも10冊程度の本をマインドマップにまとめながらメルマガとともにお手本を見せてくれる。この10冊の本、いずれも読んでみたいと思う。書評としても参考になる。
 あぁー、マインドマップについて、頭の中でもやもやしていたものが、ほぐれて解けた感じがした。レバレッジ・リーディングで紹介されている本のまとめかたが、システマティックでないのに対し、マインドマップは書籍の内容を簡単にまとめて、消化しやすくさせる。同時に、頭にしみ込ませてくれるようだ。これから、本のまとめは、マインドマップも使ってみようと思う。
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敵は我に在り

2008-03-15 21:18:14 | Book Reviews
「敵は我に在り」〈新装版〉下巻 野村克也・著、KKベストセラーズ、2008年3月5日

 20年以上に及ぶ選手生活を終え、解説者や指導者になってみると、野球について改めて新鮮に見えるものがあったようである。
 バッターとして、捕手として、配球を読み、化かし合い、騙し・騙され、頭を使って野球をやってきた。それは野村「ID野球」に象徴される。

 IDと評されるのも、それだけ考えてやってきた、ということだ。「考える」ことの重要性を説いているともいえる。
 教えるのは簡単だ(選手が、すぐにそれを受け入れて、出来るようになるかは別にして)。しかし、本当は選手が悩み、考え、自分の頭で進むべき道をみつけて、切り開いていけるようになることではないか。試行錯誤しながら、ダメなら別の方法を考えながら、自らを鍛えることが、本人の成長にもなる。決して「教える」手間や労力を省こう、楽をしよう、などというのではない。

 必要があれば教える用意はある。しかし、それが本人にとって、納得もできるだろうし、一番必要なことだと考えるからだろう。今ぶつかっている壁を乗り越えられても、また次の壁に当たったとき、同様のことが起こる。自分でもがき、打開することを重要視しているように思われる。

 そのもっとも基本になっているのが「考える」こと。それがあって、選手は成長ができるようにもなれば、コーチも育てることもできるのだろう。選手だけでも必ずしも十分ではないだろうし、もちろんコーチだけが考えても始まらない。
 それぞれに、考えて進むのは自分自身だ。一方、怠けて、くじけて、諦めるのも自分自身だ。だから「敵は我に在り」なのだろう。
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