何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

JAL内紛のゆくえ

2006-02-27 13:04:57 | 思いつくまま
「派閥抗争いつまで」40代の危機感、背景に 日航内紛

-----転載ここから
 日本航空グループの取締役4人による新町敏行社長(63)への辞任要求署名の中心は、40代の管理職だ。賛同署名は当初の約50人から全管理職の1割の400人近くに拡大。辞任要求が広がる背景には、日航ブランドにあぐらをかいて派閥抗争を繰り返し、経営改革を進めない上司に対する40代の危機感がある。

 きっかけは、昨年11月に日航が発表した再生ビジョンだ。相次ぐ運航トラブルによる客離れなどで、06年3月期連結決算は470億円の当期赤字になる見通し。しかし、再生ビジョンを議論する部門長会議で、新町社長は来年度に黒字にするための明確な計画を説明できなかった。

 「手厚く年金をもらえる団塊の世代はうまく逃げ切り、本当に経営改革を進めようという危機感が薄い。だが、40代はまだまだ会社人生が続くし、後輩には良い会社にして引き継ぐ責任がある」。署名をした部長は取締役や執行役員に名を連ねる世代への不信感が強い。

 人事への不信感も大きい。約7年間トップを務めた兼子勲前会長(昨年5月辞任)や新町社長の下では、事業計画修正などを役員に直言した部長らが関連会社や海外に異動させられる例が多かった。前会長や社長と親しい社員が露骨に取り立てられ、執行役員の一人は人事や経営方針に影響を持つとも言われる。

 「人望や能力がある人が出世せず、上司に意見を言う人が飛ばされる。本当に競争にさらされている民間企業と言えるのか」。40代のある部長はそう考えて賛同の署名をした。
-----転載ここまで

 給与カットが火を付けたとも聞く。
 これと似た構図は、他の企業にもあるのではないか。再生ビジョンの出せない経営者層。自分の周りにイエスマンや提灯持ちを配し、耳障りのいいことだけを聞いて安らいで、それが世間の声だと思いたがっている。
 現場で嵐が吹いて、槍が飛ぼうと、そんなのはたまたまか、レアケースだと耳を貸さない。

 社会の中で役割を課せられていると、そういった意識に乏しいのだろうか。JALがカネ儲けの道具なのか。
 こういう悪人ほど、社内の風通しを良くしようだとか、何かあったら何でも言ってきて欲しい、などと言うのが口癖だったりする。
 もう騙されないぞ!、社員はそう思っているに違いない。陰で利益至上主義があり、ブランドがあればたいしたことをしなくても生きていけると、その向上心は至って貧困。改善のエネルギーに乏しく、新提案は時期尚早などと、ことごとく否定する。そのクセして「霞を喰っちゃ生きていけないんだ」などと、ビジョンを出せない自分たちの実態を棚に挙げて、意見を求め、社員にその責任を負わせようとする。

 こう書いてくると、かなりの部分で自らにも当てはまる境遇の人はいると見た。JALが墜落してから目覚めたのでは遅い。こういう経営者は、墜落の原因は、自分たちの運営体制が背後にあるなどと、夢にも思わないだろう。
 悲しいかな、大事件は弱いところに起こる。被害者を出してはいけないが、被害者がでないことには解決できないところまで、来ているかのように思われる 

 JALの「Jシート」って、気に入っていたんだけど、もうしばらくJALには乗ることもないだろう。
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迷惑電話クシスのコマツ、コバヤシ

2006-02-25 11:52:56 | よくわからないこと
 またもや迷惑電話、クシスという会社の、コマツだという。
 資産がどうのこうのと言い出すので、そのテの話は結構、興味がないと言って電話を切ると、立て続けにかかってくる。
 どうしてきるのか、これまでも迷惑電話で困ったことがあるのか、話を詳しく聞かないのか、用件を言わず、くどくどくどくど。
 どこにある会社かと聞くと、東京だという。東京のどこかと聞くと、言えないという。クシスのコマツかと名前を確認すれば、コバヤシだと言い変える。二重三重に怪しい。

電話番号も言えない、ホームページもあるが教えられないという。もともとこちらに話を聞きたいニーズがあったのではないし、そんな会社の用件は聞けないというと、案の定、なぜ聞けないのだ、聞きもしないのにわかるのかと、くどくどくどくど。
 しまいには電話がダメなら自宅にまで行ってもいいが、などと脅してくる始末。電話がイヤなら外せばいいだろ、とまで言う。
 当然、ネットで探してもクシスなんていう会社はなかった。イクシスかとも思ったが、何回聞きなおしてもイクシスには聞こえなかった。そういうあいまいな会社名も怪しい。アシがつかないように、身の内を隠しているのは見え見えだ。

 撃退の方法はないものか、この張本人を懲らしめる逆襲の方法はないものか 
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勝っても喜べないインド戦

2006-02-23 08:56:29 | よくわからないこと
 先日、不届きな若者によってウサギが蹴り殺された事件があった。
-----転載ここから
 東京都江東区の小学校で児童が飼育していたウサギをけり殺し、運河に捨てたとして、警視庁少年事件課は動物愛護法違反などの疑いで、同区の無職少年(18)を逮捕、別の窃盗事件で逮捕されたいずれも十八歳の無職少年二人を追送検した。三人は「ゲームのつもりで面白半分にやった」と供述。一緒にいたグループの少年一人が「かわいそうだからやめてくれ」と泣きながら訴えたが聞き入れず、けり続けたという。

 公園では約十五分間、ウサギを取り囲み、逃げようとするとけって虐待を加えていた。三人はオートバイ盗やひったくりを繰り返していたグループの一員で、うち二人は同校の卒業生だった。けるのをやめるように訴えた少年は別の小学校で動物の飼育係だったという。少年三人は「最初は面白半分だったがエスカレートしてしまった。サッカーのインサイドキックやボレーシュートのようにけった」と供述しているという。

 死んだウサギはオスで名前は「ゆきのすけ」。辰巳小で約四年前から飼われ、命の大切さの教育にも活用されていた。「ゆきのすけ」がいなくなってから、児童たちは手作りポスターを周辺に張るなどして必死に捜した。並木明校長は「子供たちには『いつかは帰ってくる』『どこかで飼われている』と話していた。非常に残念。それ以上何も言えない」と話した。 (産経新聞) - 2月16日
-----転載ここまで

 命の大切さを学ぶのに、動物を飼育するということは、とても重要なことのように思う。

 さて、昨夜のサッカーのアジアカップ予選のインド戦。戦前の予想では、2桁得点も期待していいのでは、などと景気のよすぎる話も出ていた。確かにFIFAランキングに100位くらいの差もあると、そんな思いが出てくるのも現実なのだろう。

 しかし力の差が歴然としている相手に対して、そこまでボコボコにしてうれしいかというと、いまひとつ私は喜べない。手を抜け、とは言わない。それはそれで相手に失礼だろう。6対0で大勝しても、満足感というものにどこか欠ける。単に順当勝ちしたからにすぎないのだろうか。ラグビーでも野球でも、大差の試合ってある。スポーツって、そんなものだろうか。課題を持って取り組んだことだろうが、ワールドカップを目前にチームの整備を図る意味では、物足りなさが残った。

 弱いものイジメをして喜んでいる、とは言わないが、戦う前から楽勝ムードで、見下していたような感があり、消化試合にすぎないような思いでいたのであれば恥ずかしさのようなものも残る 
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駐車場の管理人の一言

2006-02-22 13:01:33 | 心に残ること
 過日、夕方6時頃、あるスーパーに車でいく。もうあたりはだいぶ暗くなっている。スーパー自体は夜9時頃までやっているが、その駐車場は8時で終了なのだという。

 管理人いわく「せっかくお買い物にお越しいただいたところたいへん申し訳ないのですが、当駐車場は8時までになっています。それでもよろしいでしょうか」。

 その低姿勢な言葉遣い、来店への感謝、客への思いやり、とても感動した。予定では1時間程度で済むとは思っていたのだが、つい成り行きで遅くなってしまうことだってないとはいえない。そのときに不便でもかけてはいけないと、予め伝えること。もし買い物時間が足りないようであれば、他店を利用されても仕方ないわけで、来店に敬意を表するところ、・・・。

 60才くらいのオジサンのように見えたが、そうまで言われると、逆にこちらがそのオジサンのために協力してあげようとまで思ってしまうくらいだった。
 スーパー利用のための愛想ではないだろう。また、おそらくそのように言うような、教育ではないと思う。オジサンの人柄がそのまま出たような、物腰の低い、落ち着いた言い方に、元気をもらったわけじゃないけど、楽しく買い物ができた 

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調剤報酬引き下げに思う

2006-02-21 12:54:48 | 薬局経営
 4月からの調剤報酬改定内容が示され、引き下げ基調は覚悟していたものの、いったいどのくらいマイナスになるか、試算して今後の経営戦略などと、ソロバンをはじいている薬局があると思う。マイナス分をどこで取り返すのか、どうやって埋めるのか、そんな金勘定が経営だと思っている経営者が多いのではないか。

 しかし、これまでにも行われてきたそんな表面的な損得計算が、経営戦略じゃないと思うのが今改定だ。その大枠にあるのが、「医療制度改革大綱」。ここで今後医療が向かうべきベクトルが示されている。点数増減なんてメじゃなくて、その背後にある考え方、スタンスが重要だ。受け取りようによってはヒントが示されているのだと思えばいい。

 ひと言でいえば、患者の視点を重視し、患者にとって必要な質の高い医療を進めようということで、ムダをなくし、医療費の適正化(削減)を図るものだ。

 すなわち患者志向で薬局の質を維持、向上させることは、薬局の生き残りにおいて不可欠だと解釈できる。たとえば薬局機能評価(現在はVer.2)に示されている薬局の基本的部分は、ある程度のレベルでもって整備が求められていると思っていていいだろう。

 医療の質の維持、向上を図ろうとしたら、それなりの整備や投資が必要なのだ。いわゆる維持費もかかってくる。そこに経費をかけなければ、容易に質の低下を招き、患者さんからの評価に影響し、経営は悪化する。つまり、点数引き下げと同時に、患者さんからの評価を受けたければ、それなりの投資をしろ、ということだ。そこに本当の経営的難しさが秘められていると思うのだ。

 投資するなら、患者さんの評価を受けるように効率の良い投資をしろ、ということが考えられる。患者さんの要望って何だ?、どうすれば患者さんが喜んでくれるのか、そこに関心を向ける必要がある。

 台風が過ぎるのを待つかのように、厳冬でも時間が経てばやがて春が訪れるかのように、身を固くしていても、“お許し”など出ずに、ジリ貧になっていくだけのこと。競合するところが何かをしたら、追随するしかないし、できることなら先駆けてやることだろう。その代表例がジェネリックだろう。

 このような患者重視の先行投資体質に、薬局がなれるかどうか、投資額の多少を云々するのではなく、いかに薬局の文化が患者重視で自分たちの役割を適切に果たせるかどうかに関心が向くことではないか。奇抜なことや裏技を模索するのではなく、本来すべきことをいかに強化して薬局として、薬剤師としてレベルアップしていけるかどうか、そこが本当に点数引き下げが問う核心ではないか、大きな影響を及ぼす部分ではないかと思う。

 残業などの労務費を惜しみ、設備や物品の設備費を惜しんで、保身だけで中身のない役員を庇い、ソロバン勘定している薬局に未来はない。プラスを生み出そうとする活動を積極的に行えるかどうか、そこにエネルギーの大半を注ぎ、失敗を恐れずに活動ができる薬局こそ、社会から評価を受けることができるのだと思う 

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自転車屋は安全を売る

2006-02-20 22:58:28 | いいものはいい
 春から中学生になる娘の自転車を買いに行ったときのこと。

 娘は背が低いほうなので、26インチの自転車ではチト不安定である。ところが、自転車といったら、26インチもしくは27インチが主流であり、24インチは店頭に置いてあるとはいえ、ごくわずかだ。
 今が伸びざかりだから、そう遠からず26インチだっていいときがすぐそこまで来ているとはいえ、やはりとっさのときにハンドルをきったり、交差点で止まったり、万一、事故が起きては困る。

 店頭はもちろん、カタログだって24インチは種類も限定的だ。困った。娘は、新しい自転車での通学を夢見て、お気に入りの自転車が欲しくなる。まったく、せめて平均身長くらいあればいいものを・・・。

 店員いわく、「 われわれ自転車屋は、安全を売る商売だって教わっているんです 」だという。

 娘の願いに弱い親の懐につけこんで、儲かるものなぞ、勧めようとしない店員。カタログの中から、候補を2つ見つけて、提案してくる。そんな姿に娘も何かを感じたのか、車体の色だとか、当初の自分の希望を変更して、提案の2車種の一方で納得する。たった1台の自転車のために30分もつきあってくれた、その店員。
 久々に気持ちのいい買い物ができて、満足して自転車屋を後にした 
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インフルエンザだと脅かし過ぎ

2006-02-10 22:23:28 | 薬害は人災だ
 どうかインフルエンザが流行だの猛威だの、その類のニュースが目立つ。多すぎる。騒ぎすぎる。うるさすぎる。ガタガタ言い過ぎる。

 インフルエンザなんて、たかがカゼだ。ただのカゼ。カゼのひとつ。

 煽りに煽って、何が言いたいのだろう。すぐ医者にかかれよ、タミフル飲めよ。今シーズンは遅いけど、来年はインフルエンザワクチンを打てよ。

 インフルエンザワクチンについては、かかる人はかかるし、かからない人はかからない。この違いを冷静に見てはどうだろうか。この冬、かかった人とかからない人とで、接種状況を比べてみてはどうだろうか。打たずに平気な人のいかに多いことか。打ってもかかる人が少なくないことか。

 タミフル飲んで、休まずに出勤、通学した人はいるか? 結局休んだのではないか。

 ワクチンはますます増産されている。タミフルも国内生産がはじまるそうだ。作って売れなきゃ困る。国民の健康を守るフリをした、販売拡大政策だとしたら、困ったものだ。マスコミは流行報道を控えて、効果検証キャンペーンをしてはどうだろうか。医療費抑制にもなるのではないだろうか 
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薬局は「調剤を実施する薬局」

2006-02-10 13:41:10 | 薬局経営
 医療法改正で、薬局が「調剤を実施する薬局」という文言で、規定される。薬局関係者にすれば、薬局とは、薬店と異なり、調剤をするところだから、“調剤を実施する”と形容されることはいささかくどい表現だ。
 薬局の指定を受けていても、外観上、物品販売に注力するドラッグストアの中にも、ささやかに調剤をしていたり、その設備を設けて、薬店の顔をしながら、おれは薬局だ、という2面性を持っていたりする。

 社会に薬を供給する側面があることで、薬局も薬店も共通しているが、どちらで生計を立てているか、活動の軸足をどちらに置いているかで、性格は全くことなる。別の業種と言ってもいい。

 まぁ、そんなわけで、街の中で、どれが薬局で、どれが薬店かは、見分けがつきにくい。とくに「薬局でありながら、薬店といっても過言ではない」ところが問題だ。そんなところが「医療提供施設」になんて、なれない・なりえない。

 医師会が「調剤を実施する」という文言にこだわった理由は何か。株式会社の医療への参入を懸念して、ということだが。換言すれば、医療の分野で「営利優先」がまかり通って、人々の健康が営利優先、利益確保の文化の中で行われることだけは許されない、ということではないだろうか。

 医療機関にしてみれば当たり前のことだ。薬局の中には、物品販売が、セルフメディケーションのサポート程度にしか、行われていないことも多い。OTC等の販売額など、経営全体からしたら微々たる“調剤薬局”も少なくない。それは、逆手に考え、物販も医療機関として営利非優先、売上げ無関係で行うことだ。それは、消費者から見れば、大歓迎ではないか。薬は(サプリメントや健康食品もそうだが)飲めば飲むほどいいものではないのだから。

 規制緩和も進む中(是非は別に)、薬局たるもの、限りなく医療機関であるべきだ。
 たまたま、調剤と物販が半々くらいで、経営的に2面性を持たざるを得ないところもあろう。あるときは医療従事者、あるときは営業、その使いわけは倫理感に委ねるしかないと思われ、苦しい立場に立たされているように思う。
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ジェネリックについて、添加物や不純物を気にし過ぎ?

2006-02-07 14:19:17 | よくわからないこと
 一般名処方や代替調剤が整備、拡大するにあたり、先発品にするか、ジェネリックを選ぶかについて、検討が行われる。あらゆる側面でカンペキに同じとはいえないが、目的遂行上、同じと考えて差し支えないのがジェネリックだ。
 しかし、大雑把に「同じ」と言ってしまうと、やれ含まれる添加物が違うとか、微量の(未知の)不純物が含まれるなどという意見が湧いてくる。不純物というが、どっちが先に上市されたかだけのことで、“不純”であるというのは、適切な表現ではないと思う。不一致のもの、という程度ではないかと思う。

 それにしても、これらをひどく問題視する一方、身の回りでは全く無頓着な側面がかなりあることに気づかされる。

●野菜において、無農薬であるとか、有機野菜であるということと、せいぜい産地しかわからないものがある。
 肉でも、せいぜい国産かどうか、国レベルの違いの表示で購買活動が行われている。
●日清のカップヌードルが出て、そのあとに出された類似品は、早い話カップ麺の後発品だ。そこでは、添加物だとか、不純物など、問われない。せいぜい、うまいかまずいか、口に合うかどうかだ。
●お菓子でもそうだ。亀屋万年堂のナボナや、赤福(伊勢名物)に似たものがあるが、そこでも、同様だ。

●OTCでも、後発品はたくさんあるのに、添加物だとか、微量不純物が問われるなんていう話を聞いたことがない。
 マキロンに対する●ッキンZ、ケラチナミンコーワに対する各種尿素配合軟膏、イソジンガーグルに関するもの、安いかどうかが中心で、いくらか塗り心地(使用感)は気にすることがある程度か。
●そもそも、OTCは配合剤が多く、配合成分への気遣いは希薄だ。必ずしもその配合が必要なケースばかりではないだろう。総合感冒剤なんて、自分の症状に合わない成分は、不要成分だ。でも、そういうところは気にしていない。
●漢方は、品種や産地や年度が違えば、微妙な違いがいくらでも出る可能性があるのに、そこを気にして使用の可否を強く言うことはない。
●医家向けでもそうだが、「・・・エキス」と呼ばれる得体の知れない成分は、ほったらかしだ。薬理の本を見ても、そんなものの解説など見られない。メーカーの主張がすべての情報のようだ。
●ブルフェン(科研)に対して、イブ(エスエス)を使うことには、イブプロフェンの含有量を気にすることはあっても、添加物やそれ以上の違いは問題にしていない。
●ブルフェンは、なんと14種もの添加物が入っている。他の医薬品の添加物の多少を気にしながら、ブルフェン1錠飲めば、14種の添加物をとっている。これはアンバランスな感覚だ。


 また、これまで医者が後発品を銘柄で処方していたとする。にもかかわらず、今後、一般名処方になったとしたら、みな添加物の違いとか、未知の不純物があるかもしれないなどと言って、先発品指向をするのだろうか。処方されれば、文句ひとつ言わず飲んでいるのに、選択できるようになると、不安感が煽られて、どうしよう・・・、と言っているのにすぎないのではないか。

 であれば、この際、乱暴に聞こえるかもしれないが、市販されているジェネリックであれば、安さ優先でどんどん切り替えても構わないのではないだろうか。
 もう、どこがどう違うなどということを、いちいち考えるのではなく、製造承認を受け、品質再評価を経ているものであれば、安さと安定確保(安定供給)を基準に決めてしまう。情報は、書籍やネット、先発メーカーを使ってしまう・・・

 ジェネリックはどういう根拠で先発品と同等と考えてよいか、わずかな差異とは、どのようなものか、それを調べていく過程で、疲れが出たかのように、こんな疑問が湧いた。

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こんなジェネリックはいらない?

2006-02-06 22:29:38 | よくわからないこと
 ニュージェネリックとか、ニュータイプジェネリックと呼ばれる、単なる後発医薬品でなく、先発品にない付加価値をもたせたジェネリックがある。たとえば、小型化しているとか、味を改良したなどというもの。

 この中のひとつの形態として分類されているもので、「倍量規格」と呼ばれるものがある。はたしてこれは、評価すべきものかどうか・・・。

 確かに国の製造承認上は、ジェネリックである。成分も剤形も用途も、先発品以上のものはないので、先発品には属さない。しかし、どこかおかしい。 一般名処方でも代替調剤でも、調剤に供されることはない。 わざわざ先発品にはない、倍量規格の製剤を指定した処方せんの書き方にしないといけない。これでは、ジェネリックメーカーが、少しでも自社品を使ってもらおうとする戦略ではないか。

 1回に2個飲むところを、1個で済ませることができるという利用価値はあるが、先発品を意識して一般名処方を書いても、現行の調剤ルールではこの倍量規格のものが使えることにはならない。代替処方でも同様だ。倍量規格の存在を知っているものだけが、調剤できるというシロモノだ。利用価値があっても、調剤面で特定メーカーの製品を強制させるようなものは、どこか商売優先の、あくどい感じがして、なんか好きになれない。

 ジェネリックは、先発品から容易に移行できて、医療の質を下げずにコストを下げるものだ。 一般名処方や代替調剤は、先発品も選択できる余地を持っているのであるが、この倍量規格はそれができない。 ジェネリックメーカーのものを使わざるをえない。

 果たしてこのような存在はいかがなものであろうか 
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違法行為の影に、利益追求は常識か

2006-02-06 22:08:38 | 思いつくまま
東横イン社長謝罪「全部私の責任」 改造経緯、言葉濁す (朝日新聞) - goo ニュース

 なぁーにが「 利益追求でした 」っつうの。そんなことわかっていただろうに。
 金儲けのためには、検査後の改造は日常茶飯事、身障者への配慮は無視、職員は低賃金で使い、自分は改造した豪邸にいるとは、いい気なもんだ。
 社長という権限に、誰も異を唱えることはできないのだろうか。専務や常務や取締役はいったい何なのか。ご機嫌取りか、無能の集まりか、と言いたくなる。それとも、何かを握られているのか。取り巻きたるものの使命とは何か。

 この社長、時間の問題で辞任することだろう。しかし、役員とて無罪じゃない。悪事を知っていながら防ぐことはできなかったのだから、後追いで退任することが強く望まれる 
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