何かをすれば何かが変わる

すぐに結論なんて出なくていい、でも考え続ける。流され続けていくのではなくて。
そして行動を起こし、何かを生み出す。

著者と議論する読書が発想を生む

2009-06-30 23:06:31 | 思いつくまま
著者と議論する読者が発想を生む  「失敗学」提唱者 畑村洋太郎(68) (朝日新聞 2009.6.30 夕刊)

――「失敗学」は失敗を生かして創造につなげる斬新な分野です。読書法も独創的だそうですね。

 本を読むとき、著者とディベートしています。重要なところに赤線を引き、コメントを書き込む。1度読むと、次に赤線を引いたところだけ読みます。読み終える時間は20分の1ですみ、1回目より深い読み方ができます。それを2回繰り返して、全部で3回は読む。最後は著者との議論が終わり、考え尽くしている。1冊にものすごく時間がかかりますが、著者もぼくも及ばなかった考えにたどりつくことがある。読書は知識を身につけるという面がありますが、ぼくは、どれだけのことを考えるかだと思っています。


 ふーむ、そういう読み方もあったか・・・。しかし、ディベートとはなぁ。対話くらいにしてくれればいいのに・・・。
 これは!と思った本は、少し間をおいて2回読むことがある。そうすることで、新たな発見があったり、その時は見過ごしていたものを拾ってみたりすることがある。しかし、それは絞りに絞る読み方かもしれない。
 考え尽くすことで何かが生まれたり、極みにたどりつく読み方ではないかもしれない。
 まだまだ読み方は改善の余地がありそうだ。


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治療をためらうあなたは案外正しい

2009-06-30 22:33:33 | Book Reviews
「治療をためらうあなたは案外正しい EBMに学ぶ医者にかかる決断、かからない決断 名郷直樹・著、日経BP社、2008年10月27日

p.64 (薬を)飲むか飲まないかを迷う、それはよくよく考えれば、どちらでもいいということです。どちらでもいいということは、選択の余地があるということです。このどちらにすればよいか決められないという状況を、迷って途方にくれた状態と考えるか、選択の余地があると前向きにとらえるか、どちらがいいかは明らかだと思います。患者さん自身が好きに決める、それでOKです。

p.98 かぜの患者さんを診断するときに重要なことは、かぜかどうか確実に診断することではなくて、かぜに似たかぜでない恐ろしい病気を見逃さないことです。

p.104 「この薬はその場の症状を抑えますが、かぜを早く治すわけではありません」、それがかぜ薬の効果の普通の説明ですが、そんな説明をしているコマーシャルは皆無です。

p.131 花粉症では、特有な治療法があり、確定診断が可能です。逆に除外診断に対しては、それほど重要なものはなく、ここがかぜの診断のときとの大きな違いです。

p.136 (抗ヒスタミン薬には)古くからある値段が安く眠気が出やすい第一世代の抗ヒスタミン薬と、値段が高くやや眠気の少ない第二世代のものとがあります。後者は抗アレルギー薬と呼ばれることが多いのですが、これは敗戦を終戦と言い換えるようなもので、実は同じ薬です。

p.144 アトピーとは、わけのわからないという意味です。アトピーとはアレルギー性の素因のことを言います。

p.145 アレルギー体質がベースにあるという意味では、喘息もアトピー性喘息ですし、花粉症もアトピー性花粉症です。喘息はアトピー性喘息と言わなくてよかったし、花粉症も同様です。でもなぜか湿疹だけは、アトピーです。だから、喘息や花粉症と同様、アトピー性皮膚炎も、アトピーと呼ばず、単に湿疹、皮膚炎と言えばいいのではないか。

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「誰が悪い?」より創造を生む道へ

2009-06-29 23:00:40 | JR西に学べ
 「誰が悪い?」より創造を生む道へ  「失敗学」提唱者 畑村洋太郎(68)(朝日新聞 2009.6.29 夕刊)

――107人が死亡した2005年のJR福知山線の脱線事故から丸4年の4月25日、「失敗学」を提唱した立場から、被害者や遺族、市民らに講演されました。

 ぼくは、安全性より定時運行を運転士に強く求める組織運営によって起きた事故と考えています。運転士と同じ景色を見るために運転席に乗せてもらい、運行管理を行う新大阪総合指令所で当日勤務していた担当者や上司らから話を聞いたり、運転士の引き継ぎに立ち会ったりして、運転士や車掌がどのように考え、何をおこなったかを調査してきました。JR西日本の新安全計画を議論する「安全推進有識者会議」のメンバーでもあります。

 事故の時、車掌は緊急時に近くの列車を停止させる防護無線機のスイッチを入れましたが、スイッチが利く仕組みに不備があった。ほかの安全策も講じることがマニュアルに記されているけれど、大事故に遭遇したら実際には出来ないことを、形式を整えるためにマニュアルに盛り込んだことの方が問題なんです。あの事故は、起こるべくして起きた組織事故なんです。

――事故では責任追及を求めることも大事では?

 確かに「だれが悪い?」という話になります。だが、事故を起こした組織の文化は、乗客を含めて、それぞれが担っていたと思う。「乗客はまったく関係ない」と思う人がいるかもしれませんが、わずかな遅れでもクレームをつける人がいた。失敗から学び、再発防止や創造に生かす失敗学からすると、原因は運転士だけにあったというのは、おかしな話ではないでしょうか。

 事故防止には、責任追及による抑止力よりも、原因究明と知識の共有の方が効果があるんです。原因究明は必須ですが、責任追及は必ず、しなければいけないものではない。検察や警察は、悪いヤツをしょっぴくのが役目です。だが、鉄道事故が起きたら、明確に悪いヤツでなくとも罪として追及する法律は、直さないといけない気がする。

 後からの調査によって、「起こるべくして起きた組織事故」だと言われるJR福知山線の脱線事故。必然性があり、組織的関与があったとされることの意味。
 亡くなった人は帰らないが、この事故に学び、再発防止に全力を上げることが何よりの供養。どうすれば起きないようにできるか。起きなきゃいいんでしょ、ではなくて、起きないために何をすべきなのか。その後の事故件数や被害の程度だけを見て、結果オーライで済ませているとしたら、喉元過ぎたあたりが危ない。
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いい会社をつくりましょう

2009-06-29 22:34:36 | Book Reviews
「いい会社をつくりましょう」 塚越寛・著、文屋、2004年7月28日

p.32 会社は社員の労苦に報いるために、発展し、利益を生まなければならない。会社の発展を通して、社員がみな、幸せになり、社員の幸せを通して社会に貢献するべきだ。

p.47 私は、運はだれにも同じように、天から降ってきているものだと思います。運をつかまえる人は、行動力があって、先見性がある人だと確信しています。

p.48-9 運を呼び込む経営というものがあるような気がします。目先の欲望や、自分だけの幸せのために、あるいは自分だけの発展や物欲のために、社員や仕入れ先を犠牲にしていては、運は開けないと思います。

p.50-1 企業経営で一番大切なのは「本来あるべき姿」を追求することだと思います。企業が第一に考えるべきことは、働く人の幸福です。企業ぼ目的は、社員を幸せにすることを通じて、いい会社をつくり、社会に貢献することです。
 従業員を幸せにするという会社の目的を忘れてしまうと、目先の数字、目先の理系を優先する経営になり、幸せは二の次、三の次となってしまうのです。
 会社にとって、利益も成長も手段です。目的と手段の取り違えが、大きな混乱のもとになります。

p.52 人件費は、幸せを求めて働く社員たちの労働への対価であり、この支払いは企業活動の目的そのものです。

p.58 健康な事業活動をやったあとに残るのが利益です。利益は結果であり、「社員の幸福と、社員の幸福を通じての社会貢献」という目的のための手段にすぎません。

p.60 流行を見つめるトレンド軸を使いながら、会社の目的に向かう進歩軸を歩む。

p.67 資本の論理のもとで、急激な成長を追いもとめます。とくに現代のように、モノが豊富で満ちたりた社会においては、成長をひたすら善と考えて追及するのは、間違っていると思います。

p.69 企業の成長率は、企業の年齢や業界の状況などによって異なり、一定の理想的な数字はありません。ただし、会社の成長と社員の成長とが連動していることが肝心です。社員の能力や会社の体制が整わないまま急に大きくなって、あげくのはてに急降下する会社が、いかに多いことでしょう。

p.70 多くの経営者がいまだに、成長率は高いほどいいと決めてかかっています。業種を問わず、時代を問わず、社歴も何も問わずに、急な成長曲線を求めることは、間違いのもと。

p.71-2 ある会社のシェアが高まると、その分、他社のシェアは低下します。

p.72 不況とは、自然現象ではありません。人間が勝手につくった好景気の反動として出現したものです。好況期に企業が急成長すれば、設備投資や人員の増大が必要になります。好況はいずれ必ず不況を呼びます。

p.83 「成長の限界」ということをいつも念頭においています。パイの限界に至るまでの時間を長くするために、成長を限りなく抑えて、低成長でいくべきだと考え、実行してきました。いつでも適正な成長度を見きわめながら進むことが、企業永続の原点だと思います。

p.85 景気が上向いて、受注が増えてきたときこそ、冷静に考えなければなりません。「待てよ、この上向きの状況は、自分の会社の実力によるものか」と。
 えてして好況感は実力によるものではなく、トレンドという追い風を受けているにすぎないことが多いのです。

p.103-4 筋肉質型をめざす経営では、伸びている部門をあえて抑えることがあります。いま売れている商品だけに力を注ぐことによって、将来への備えが欠けてしまうようでは、均衡のとれた経営とはいえません。会社全体の理念に合わない部門はあえて伸ばさない。内部留保が多いことは、安心館によるモラールの低下などを招きかねません。

p.108 対前年比率を重視する経済指標から、成長の絶対額を重視するような世の中になるべきだと思います。

p.109 私は、成長の数値目標を掲げません。売上や利益の数値は、自然体の年輪経営の結果であり、前年を下回らないという歯止めさえあれば、あえて数値目標を掲げる必要はないと思うからです。売上高を伸ばすことをめざす代わりに、社員がそれぞれの能力を十分に発揮できる環境づくりを心がけ、社員にはできる範囲のベストを尽くすことを求めています。

p.115 新しい用途の開発は、そのまま自社のシェア・アップにつながります。やや時間はかかっても、「取った、取られた」のシェア争いではない。真のシェア・アップなのです。

p.148 働かされているとか、だまされたとか思いながら働いていては、幸福を感じられず、成果も上がりません。自発的に働くことによって、仕事は一段と楽しくなるのです。

p.151 経営者は、給料さえ払えば責任を果たしたと思いがちです。私は、会社は教育機関であるべきだと思っています。

p.153 個人の働くの成果を個別に評価する成果主義を導入して、賃金や昇進を決める会社が増えています。人はこれで、気持ち良くついてきてくれるのでしょうか。
 成果主義や効率主義のもとで評価される、管理されたギスギスした関係のなかで働きたいとは願っていないのです。

p.154 拡大だ、成長だ、利益だと言う前に、いつでも世のため、人のためを考えて、経営する姿勢こそ、若い人たちの共感を呼び、真の協力が得られるものと思います。

p.170 経営者が、社員みんなの幸せを考えて経営しているのならば、「労使」ではなく、会社にあるべきは「同志」の間柄ではないでしょうか。

p.172 社員が考え、語り合い、汗を流して頑張ったことが、自分たちの快適さや楽しみ、幸せというかたちで返ってくるならば、人は会社をわが家と同じように大切に思い、会社の発展を懸命に考えるにちがいありません。

p.179 社会人として立派かどうか。そのものさしは、「いかに人の役に立っているか」です。人をどれだけ幸せにしたかです。

p.190 お客様は、会社の人間が儲けたい一心でやっているか、お客様のお役に立ちたいと思っているかを、敏感に、瞬間的に見抜く力をもています。その力はこわいほどで、決して小手先のテクニックではだまされません。

p.208 モノがあまり、サービスの質が向上している現代では、CS(顧客満足度)を高めることこそもっとも大切な戦略です。しかし一方で、表面的な業績を上げるために効率や生産性を追いかける傾向が目につきます。この両者は本来矛盾しています。正反対の要求です。
 生産性というのは企業側の都合であり、生産性を考えないサービスのほうが心地よいものです。ほとんどの企業はCSを言いながら、頭には「効率」の二文字があります。
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人を幸せにする話し方

2009-06-28 18:49:30 | Book Reviews
「人を幸せにする話し方 仕事と人生を感動に変える言葉の魔法 平野秀典・著、実業之日本社、2009年4月22日

p.33-4 私は、営業職向けのセミナーをするときに、受講者に向かって、
「いまよりもっと説得力を身につけたいですか?」
「身につけたい人は手を上げてください」
と質問してみます。もちろん大勢の人が手をあげます。
 次に、別の質問を投げかけます。
「では、自分が買い手側になったとして、誰かに説得されてモノを買いたい人はいますか? 手を上げてください」と。
 当然、誰も手をあげません・・・・・。
 社会が成熟した時代に、人がモノを買う(動く)理由は、納得して自ら動きたくなったときです。

p.35 ビジネスの場面で、お客さまに感動が伝わったときには、説得しなくとも、人が自ら動きだす確率は圧倒的に高まります。
 この場合の動きだすとは、購買するという行動と、誰かに体験した素晴らしさを伝えたくなる(口コミ)という二つの行動のことを表します。

p.43 厳しく聞こえるかもしれませんが、人前で話すということは、聞いていただく人たちと「人生の時間」を共有するということでもあります。

p.57 どのような場面でも、話し始めの目的は、ただ一つ。それは相手とつながること。つながる要素の一つに「共感」という感情があります。

p.59-60 つながった後、必要な要素は、「好奇心」です。「好奇心」は、つながった後の「ひっぱる」役目です。
 聞き手に、映画の予告映像のように、この先どうなるのだろう? と思ってもらえれば、好奇心という感情でつながることができたことになります。

p.69 自分が知っている素晴らしいことを講演で人に話せる幸せを、心底自覚することです。

p.76 長所だけが才能ではなく、短所もまた才能である。他人と違う面、なじまない面こそ、自分をユニークにするもの。世にささげるべき真の才能である。
 才能の種とは、ユニークさの発見であり、それが開花へのステップなのです。

p.87-8 誰かと比べるのではなく、あなたが、唯一無二の存在であることを自覚すること。

p.95 「ぼた餅が落ちてくる棚の下にいないとぼた餅は受け取れない」という、私が「新棚からぼた餅」と名付けた法則があります。

p.122 半端な同情ではなく、真剣に共感したからこそ、決断し、一歩踏み出して、公園まで行きバルーンを買い求め、搭乗者名簿から女の子の住所を見つけ出し、届けることができたのです。

p.131-2 すごい講演というのは、聞いた人が、「自分でもやってみたい」「すごく元気になった」「自分はできるかもしれない」と、「自分が主語になる感想」を持てるような講演です。

p.136 変化そのものを、基本的な状態(つまり安定した習慣)にしてしまえばいいのです。
 大きな変化は、習慣として続けることが難しいですが、小さな変化は、続けないことの方が難しいですから、脳の中に習慣として確立しやすくなります。

p.137 おもてなしとは、「感動を与える」行為ではなく、結果的に「感動が生まれる」行為なのです。

p.189 シャンプーしてもらってるとさぁ・・・・・、やってくれてる人の心の中の声って聞こえちゃうんだよね。今カンベンしてよって思ってんでしょう。聞こえちゃったもんね。
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上司の器

2009-06-27 21:14:06 | Book Reviews
上司の器 城山三郎・監、光文社、2002年3月1日

 上司たるものかくあるべきと説かれるよりも、実例を持って語られるほうが心に沁み込む。論理的に説明されると、上司の在り方をテクニックに置き換えてしまいそうだ。計算のもとに示されたものよりも、自然に行動として実際に行われたことのほうが、師として受け入れられる気がする。

p.4 自らが発明家社長になることよりも、いかに多くの発明家を育て、抱えこんでいけるかということが大事で、その意味では、現代の発明家社長とは、自らが発明家かどうかは別にして、「次々に発明家を育て、彼等を成長させていくことのできる社長」というのが、正解になる。

p.49 人にはその時々にかかえている、たまたまの立場がある。永久ではないし絶対でもないけれど、そのときの自分にとってはとても大事なたまたまの立場。それを守るために、ちょっと人を傷つけるかもしれないが、それは仕方のないことだ。

p.67 人間の器は、役職では測れない。

p.114 管理者とは管理人ではない。育成する指導者である。

p.138 いや、三年生を持ってもらいます。先生は横山中学校で三年生を二回卒業させているのに星野中学校では出来ないことはないでしょう。一年生から持たなければ、生徒を理解できないというのは甘えです。逃げです。一級の教員免許状を持っているプロですよ。

p.148 深夜勤務はしんどいけど、朝が来るから嬉しいやろ。

p.156 土光さんは常に「尊敬される人になるな、信頼される人になれ」と言われた。人望があることは大切だが、尊敬されていると信じている人は、世評を気にしてその思いが足枷となり、決断が出来ず危機を招く。
 信頼される人は的確な見通しの下、ある時は「泣いて馬謖を斬る」決意で危機を救い、部下は信頼してついてくるのだと説かれた。

p.168 一年間非常に厳しく指導しましたが、私ほどに厳しく言う者はどこに行ってもいないと思うので、大丈夫です。ちぢんだバネは必ずのびる。がんばれ。

p.174 外来診療は病棟での診療とは異なり、即決裁判といわれる。その時を逃したら患者さんと二度と会えないかも知れないからである。

p.179 上に立つ者が何故必要かといえば、何かあった時に責任をとるために存在するのである。その責任は二つしかない。一つは、いつも全体を見てトラブルの起こらぬようにし、起こりそうな時は早めに誠実に対応して、未然に防ぐようにする事である。もう一つは、トラブル発生の際の処置を誤らぬ事と責任のとり方および、その時期を誤らぬことである。

p.188 何より「責任を取る上司」。これが私にとっては、「上司としての器」の最大の条件のように考えられるからである。

p.233 失敗は誰にでもあう。ただ、それを教訓とするか否かでこれからの君の人生は変わるのだ。モノの見方も変わってくる。変わらなければ人生の意義などないじゃないか。俺は今後の君の成長に期待する。

p.235 T課長は盆暮れにも必ず部下の家を一軒一軒廻って挨拶をしてくれたが、課長の決まり文句は「皆さんのお陰で私は課長面をしておられる。だから皆さんに感謝をするのは当たり前である」というものだった。

【感動度:★★★★★】
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なぜこの店で買ってしまうのか

2009-06-26 22:39:18 | 薬害は人災だ
「なぜこの店で買ってしまうのか」パコ・アンダーヒル・著、早川書房、2001年2月20日
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人を見抜く技術

2009-06-25 22:06:24 | Book Reviews
『人を見抜く技術 20年間無敗、伝説の雀鬼の「人間観察力」 桜井章一・著、講談社+α新書、2009年1月20日

p.27 癖と性格、本当に直すのなら、性格より癖のほうが直しやすいと思う。だから昔、「性格を直したいんです」といってきた道場生に、「自分の性格の嫌な部分んを癖だと思え。癖だったら直るかもしれないよ」と返したことがある。癖は出てきたときに意識できるものだから、性格もそのように意識すれば直しやすいと思ったのだ。

p.88 とにかく媚だけは売るな。媚売って銭もらおうなんて、こんな格好悪いことはない。それはやめろ。その代わり、客一人を人間として大切にする気持ちを忘れるな。

p.101-2 「いや、俺、人のために生きているんだよ」という言い方をしていては、絶対に救われない。どこかで自虐的に「自己満足かもしれない」といっていたほうが、救われる。

p.102 この“勝ち組”は、ビジネス以外の部分ではたいそう“欠けている”人が多い。商売、企業、政治など、仕事で大成するには、正義感があったらまず無理だ。本当の正義感だけを追っていたら、大成などできっこないのだ。

p.118 “無茶”はいいが“苦茶”はダメだということだ。“無茶”と“無茶苦茶”は違うのだ。
 “無茶”が“無茶苦茶”になってしまうと、人に迷惑をかけたりとか、独りよがりとかいったことが多くなってしまう。

p.122 私を含め、雀鬼流を成し遂げられる者はきっといないだろう。でもやる。それがおもしろい。できないとわかっていながらも、努力を積み重ねていく。よくなるのか、悪くなるのか、それすらもわからない中で続けていく。

p.143 結果至上主義の能力社会でもがき苦しむ人の数は増え続けている。そんな人たちを、私は救うことができない。しかしあなたが、結果の前に必ず存在する過程を評価できるようになれば、もしかしたら、それによって救われる人があなたの身の回りで出てくるかもしれない。

p.156 素直になるということは、なんにでも従順に従えということではない。よいところ、悪いところを含め、素直にすべてをさらけ出すことだ。もちろん、それには勇気も必要だ。
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医療ミス

2009-06-24 21:48:30 | Book Reviews
「医療ミス 被害者から学ぶ解決策 近藤誠・清水とよ子・著、講談社、2003年4月23日

p.71 手術や検査中に生じる事故にも、一見、うっかり型にみえて、じつは能力欠落型のものがあります。
 が未熟な者が事故を発生させた場合には、その結論(不注意を原因とするうっかり型)は不当です。かりに初心者がプラモデルをつくって失敗した場合、だれもうっかり型のミスとは思いません。たんに下手なだけだと評価します。医療行為の場合も同じで、一定の診療レベルに達している医療者が事故を起こした場合だけ、うっかり型と評価すべきです。

p.72 能力欠落型の事故はなぜ起きるのか。そのポストにある医療者なら当然達していなければならない診療レベルに達していない理由は、①教育システムが悪い、②本人の努力が足りない、③どう教育・努力しても一定レベルに達する素質がない、のいずれかでしょう。

p.85 死亡原因はしばしば、「患者の特異体質」や「不可抗力」で終わりにするのが病院の慣例のようです。

p.120 うっかり型の自己の大きな原因は、一つの医療行為に複数の医療者が関与するからです。たとえば、むかし医者が「薬師(くすし)」と呼ばれていた頃は、医者はみずから薬を調合し、それをすぐ患者に手渡しました。それゆえ処方のし忘れは起きようがなく、薬を間違えることもなかったでしょう。
 これに対し現代では、病院には薬剤師がおり、医者が書いた処方箋にもとづいて調剤しています。また入院患者では、薬を届けるのはナースの役目です。このように薬が患者に手渡されるまでに複数の人間がかかわるので、処方がらみの事故が発生しやすくなったのです。

p.121 情報伝達ミスを減らすためには、ちょっとした疑問でも、担当医に気軽に尋ねることができる雰囲気をつくらねばなりません。ナースや薬剤師に威圧的な態度をとる医者は、この意味で危険人物です。

p.122-3 ナースの忙しさと、看護の質については実証的な研究もあります。英国のある病院で調査したところ、集中治療室(ICU)で収容患者が増えるなどしてナースが忙しい時期には、患者の死亡率が二倍にもなったのです。
 米国の調査で、患者一人あたりの正看による看護時間が多いほど、尿路感染症、肺炎、消化管出血、ショックなどの頻度が低いことがしめされました。

p.151 対策を立て管理すべきは「安全」ではなく、「危険」であるからです。元気な人をそれ以上元気にできないのと同じように、安全なものはそれ以上安全にできないし、安全を管理することはできません。

p.221-2 温厚な人が病院で人を助ける仕事をしながら、患者にこんな治療をするわけがありません。人格的にマイナーな人だからこそ、平気でこんなことができたのです。

p.258-9 これからどんどん高齢化するので、医療事故もどんどん増えていくと思う。だから、「安全な病院選び」のような方法は本質的じゃない。つまり医療をうけることを前提にすると、安全な方法なんてありえない。
 
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【ジェネリック】 どれくらい安くなるの?(3)

2009-06-23 22:27:39 | ジェネリック de リ・スタート!
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃ ★ ジェネリック de リ・スタート!
┃  -治療レベルを下げずに、支払いはリーズナブルに-
┠────────────────────────────
┃ 2009.5.31 通巻11号
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 みたキタ企画、薬剤師のsukeです。

 このメールマガジンは、ジェネリック医薬品(後発医薬品)が
適切に使用されることを目的とするものです。


 ジェネリック医薬品は、当初厚生労働省が目論んだほど普及が
進んでいません。もっとジェネリック医薬品が使われるよう、
薬剤師は熱心に働きかけをしなさーい! と矢面に立たされています。

 もともと、ジェネリック医薬品が導入された際に、「治療効果が
同じで安価な薬剤があれば、国民は安価なほうを選ぶ」と言われて
いました。だから、同等の治療効果が期待できることを説明すれば、
もっと容易に進展するはずと思われていたのです。

 なぜ使用が進まないのでしょうか。
 厚生労働省でも、安いだけでは使用が増えないのはなぜだろうと、
頭をかかえています。

 家電なら、同じ製品であれば、消費者は他店より安く販売している
店で買います。むしろ量販店のほうが、「他店のほうが安ければ、
その価格まで下げます」と、価格競争は熾烈なくらいです。

 家電は、メーカーが同じで型番が同じなら、どこの店で買っても
同じ機能が見込めます。

 しかし、ジェネリック医薬品はそうではありません。
 「同等の効果が期待できる」にとどまっており、使ってみないと
わからない部分が残されています。
 しかも多くの患者さんで問題がなくても、自身がそうでなければ
ダメなのです。

 そこで、使ってみて無事薬物療法が継続できるとわかって初めて、
ひと安心です。

 そこが家電とは違うのです!
 家電は、モノは同じという保証があるから、少しでも安く買おう
とするのです。

 薬は、モノを買っているようで、実は「健康」を買っている
のです。健康を回復する、維持する道具、それが薬なのです。
だから見た目は「薬」というモノを買っているようで、
その本質はモノを買っているのではない・・・。
 だから、安さというインセンティブをつけたのに、
しかも製造承認条件において同等の品質であるにもかかわらず、
スピーディに進展しないのではないかと考えています。

 健康の回復、維持という本来の安心を、身体を張りながら受け入れ
ようとしているのですから、慎重になるのも当然でしょう。

 説明して受け入れてくれたとしても、それは期待にすぎず、安心
には至っていない・・・、それを安心に変える・・・、薬剤師には
ジェネリック医薬品の安全確認も必要なのだと思います。


★★★ さて今回のテーマは、
──────────────────────────────
 ジェネリック医薬品にすると、どのくらい安くなるの?(3)
──────────────────────────────

 胃潰瘍や胃炎の治療に広く使用されている「ムコスタ錠」、
5月中旬にそのジェネリックが新発売されました!

 1日3錠服用するとして計算すると、先発品とジェネリックの
薬価の差は約20円です。

 30日分服用するとすると、約600円の差。
 自己負担は3割ですから、ジェネリックにすることで約180円
安くなることがわかります。
 ペットボトルのお茶1本が買える程度です。


 ニューキノロン系抗菌剤の代表格でもある「クラビット錠」、
これも5月中旬にそのジェネリックが新発売されました。
 1日3錠服用するとして、先発品とジェネリックの薬価の差は
約156円です。

 7日分で約1090円の差。同様に、自己負担割合3割として、
ジェネリックを用いることで、約330円安くなります。


 両薬剤が同時に処方されていれば、7日分で
(20+156)×7×0.3 --> 約370円安くなります。
牛丼か、サンドイッチ+飲み物が買えるくらいの額です(笑)。


 もし私(suke)が両薬剤を同時に処方されたとしたら、
おそらくジェネリックに変更するでしょう。
両薬剤のジェネリックに対して、けっして不安は感じません。


 1週間分で約370円・・・、その内訳をみてみると、
その9割がクラビット錠をジェネリックに変更したことが関係
しているわけです。


 何種類かの薬が同時に処方されている場合、どの薬剤を
ジェネリックに変更することで支払いが大きく変わってくるのか、
逆にジェネリックに変えてもたいして支払いが変わらないのは
どれか・・・、それは薬局でお聞きになられるとよいでしょう。

 1剤でもジェネリックに変更すると自己負担(支払い)が大きく
異なる薬剤の代表例として、コレステロール低下剤があります。
 コレステロール低下剤は、長期にわたって服用するため、
ジェネリックに変更することで、安くなったことを実感します。

 たとえばメバロチン錠(先発品)の場合ですと
1日の服用量にもよりますが、通常の服用量で試算してみると、
1カ月で数百円から1500円程度安くなるでしょう
(3割負担の場合)。

 何種類かの薬剤が処方されている場合、先発品との価格差の
大きい薬剤をジェネリックに変更することで、違いはてきめんです。
ましてやそれが1年間分になるとすると・・・、相当の額になるの
ではないでしょうか。
 欲しかったものが手に入るかもしれません (^^)v


 みなさんは、ジェネリックに変更してみて、自己負担金について
気になった、あるいは興味深い経験をしたことはありませんか?

 みなさんがご経験されたエピソードがあれば、お知らせください。
 お送り先は、 tamsuke@gmail.com です。
(@は小文字の「@」に変えてお送りください)

 お待ちしています!
 それではまた次回! (^^)/

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 お知らせください(下記参照)。
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メルマガで取り上げられるのではなく、直接相談したいという場合
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「くすり」全般についても触れることにします。
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ひと味ちがう販促企画アイデア集

2009-06-23 22:19:47 | Book Reviews
「ひと味ちがう販促企画アイデア集 売れない時代にガンガン売るための100の知恵 米満和彦・著、同文舘出版、2003年4月25日

p.16 一組の平均使用時間を二時間とすると、複数の人間が二時間もの間、その広告ポスターを目にするチャンスが生まれることになる。なぜ、カラオケボックスに遊園地のポスターかというと、両者には“遊び・娯楽”という共通項がある。複数の人間で“遊ぶ”ためにカラオケボックスに来るわけだから、「次は、この遊園地に行こうよ」というように話が展開していってもおかしくない。広告の場所選びとしては最高だ。

p.90 たとえば靴屋から「靴ずれなどありませんか?」という手書きDMが届けばうれしいもの。

p.163 法人相手の商売の場合、有効な手段として担当者の悩みや仕事上の問題点を聞き出すという方法がある。仕事という日常の中では、困っていることの一つや二つは誰にだってあるはず。よい商品やすばらしい作品を持ってきましたというフレーズより、困っている点を全力で解消する方法を持っていくほうが、より効果的だろう。まずは、人間関係をどう築くことができるかという視点で作戦を練ってみよう。

p.180 このサービスを採用した会社の社員が他部署へ異動したとたん、売り場が劣化することがあるという。それほど情熱を持って販売しなければ、すぐに品質は落ちてしまう。お客に本当に喜んでもらうには、人一倍の情熱が必要なのだと、改めて気づかされる。

p.253 これからの少子高齢化も、逆の見方をすれば、小売りのビッグチャンスじゃ! 老人が増えるということは、すなわち、子供や孫への消費が増えることを意味するのじゃ。
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指揮官たちの特攻

2009-06-22 23:08:13 | Book Reviews
「指揮官たちの特攻 幸福は花びらのごとく 城山三郎・著、新潮文庫、2004年8月1日
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心温まる一言

2009-06-21 22:03:39 | 心に残ること
 先日、家族が傘を忘れて、代わりに取りに行く。

 JR荻窪駅・南口、すずらん通り入口のすぐ左手にある、フュッセン(Fussen)本店

 自動ドアを開けて入ると、3名の店員が。黒縁のメガネをかけた女性店員が気づいて、目が合う。

F「いらっしゃいませ」
私「あの、○○と申しますが・・・」
F「はい、(1秒弱)あっ、傘の・・・」
私「そうなんです、ありますでしょうか」
F「少々お待ちください」

 奥へ取りに行く(約10秒程度)

F「これでしょうか?」
私「あーそれです、どうもありがとうございました」と受け取る。
F「いえ、こちらも気づきませんで」
私「本当に助かりました、ありがとうございました」

 1分もかからない。

 無事に戻ってくるだけで十分。しかも、忘れたのはこちらだ。
 にもかかわらず、「こちらも気づきませんで」とは!

 そのひと言が自然と返されて、なんと清々しいことか。自分でも、そのひと言はそう出せないなぁ、と思った。
 何か買って帰ってくれば良かったのにと、気の利かないことったら。反省しきり。

 事務的にしか対応しない人が多い中、20才前後の女性だと思う。あまりにも気持ちよく対応してもらって、気分も晴々!
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リストラなしの「年輪経営」

2009-06-21 07:30:49 | Book Reviews
『リストラなしの「年輪経営」 いい会社は「遠きをはかり」ゆっくり成長 塚越寛・著、光文社、2009年2月25日

 伊那は中央道でときどき通過しているし、かんてんぱぱも何回か食べたことがあるが、その伊那食品がこのような経営をされているとは。

p.3 私は「数字をもてあそんで生きているような人たち」を決して認めませんが、それにしても今は「本来あるべき姿」を見失った経営者、会社が多すぎると思います。

p.16-7 売上げや利益が増えることを目的にすると、社員の幸せが二の次にされてしまいます。早い話が、利益を増やすためには、人件費や福利厚生費、さらには地域貢献やメセナ活動などを減らすことが有効と考えられてしまうわけです。

p.20-1 「遠きをはかる」は言うに易く、行うに難しです。短期の利益を追い求めるあまり、「遠きをはかる」経営ができなくなります。また数字至上主義に陥り、「数字が良ければすべてよし」という風土ができてしまいがちです。

p.29・31 ブームとは追い風のようなものです。追い風を自分の実力と勘違いすると、取り返しのつかない事態を招きます。
 ではブームに巻き込まれたら、どうしたらよいのでしょうか。私は「ブームで得た利益は、自分の力で儲けたものではないから、人様から一時的に預かっているもの」と考えました。一時預かっているものですから、将来必ず出て行くものというわけです。

p.32 「売上げの伸び=会社の成長」と見るから、売上げを増やすことが会社の第一目的になってしまうのです。売上げが大きく増えたから、会社も大きく成長したと思うことは、錯覚でしょう。

p.33 私は、会社が成長するということは、社員が「あっ、前より快適になったな、前より幸せになったな」と実感できることだと考えています。

p.36-7 利益そのものを目的にしてしまうと、「いい会社」からは離れていくことになりかねません。利益は「いい会社」をつくるための手段とわきまえなければ、経営は間違った方法に向かってしまいます。
 利益は多ければ多いほどいい、という考えには賛成できません。利益至上主義に陥ると、利益を生むためには何をやってもいい、利益を確保するためには必要なお金も使わないということになりがちだからです。利益は、その生み出し方と使い方が大事なのです。

p.39 企業内では、利益を出すために、人件費を削減する、福利厚生費の質を落とす、職場環境を悪いままに放置するなどの「合理化」が盛んに行われています。無駄を省く努力は必要ですが、最近では利益のために社員が犠牲になっているような会社を多く目にします。
 なぜ、社員を幸せにしない目先の「合理化」が行われるのか。それは目先の「利益」を目的にするところから始まるのではないでしょうか。

p.45 戦後教育では、個人の尊重、個人の自由が訴えられ過ぎたために、「世のため、人のため」という道徳心が消えてしまいました。最近では、「自分さえ良ければいい」「人に見つからなければ悪さをしてもいい」と考えているような人たちが増えてきました。こうした風潮が「利益至上主義」に結びついているように思えて仕方ありません。

p.54-5 私が言うブランドとは、「信頼ある企業が、信頼ある製品をつくって、ファンを持つ」ということに他なりません。
 ブランド化を目指すことは適正な利益を確保することにつながります。そして、企業永続の鍵にもなります。言い換えれば、ブランド化つまり「信頼される商品を提供して、ファンをつくる」ことが、企業経営そのものなのです。

p.60 私は、人件費がコストとは考えません。人件費は目的なのです。

p.61 利益を上げようとするならば、まず商品やサービスの付加価値を上げることを考えるべきです。そして、適正な価格で売れる仕組みをつくることです。
 残念なことに最近は、付加価値を高めるという大変な労力のかかる仕事をおろそかにして、コスト削減という手っ取り早い方法に走っているように思えます。リストラなどは、その最たるものでしょう。

p.63 自分の会社だけ(経費を)ケチっても全体に影響はなく、他社が使ってくれるとみんな思っていることが、問題なのです。

p.64 気を付けなければいけないのは、研究開発への投資です。経営が苦しくなってくると、「明日のメシの種より、今日のメシ」とばかりに、研究開発費を抑えようとするものです。これは「遠きをはかる」経営からすれば、自殺行為と言えます。

p.70-1 ギスギスと管理されて、尻を叩かれている気分に陥る人が多いと思います。これからの若い人はもっとそうなるでしょうが、彼らが望んでいるのは、穏やかな人間関係の中で、自由にのびのびと仕事ができる職場です。

p.73 自分たち(経営者)のやっていることが、「世のため、人のため」になると確信できれば、どんなに苦しくても頑張って働こうと思うものなのです。「間違った世の中に棹差してやろう」くらいの気概を持った経営者に、社員たちは付いてくるのです。

p.76 人の犠牲による利益は利益ではありません。

p.76-7 幾つもの尊敬できる老舗企業から、真の老舗となるための条件を、私なりに五つ導き出させてもらいました。
 一 無理な成長はしない。
 二 安いというだけで仕入れ先を変えない。
 三 人員整理をしない。
 四 新しくより良い生産方法や材料を常に取り入れていく
 五 どうしたらお客様に喜んで頂けるかという思いを常に持ち続ける。

p.81 文化に目を向けない会社は、経済効率だけを物差しにして、社員や地域や社会の豊かさや快適さを気にかけないと言っているのと同じです。

p.88 「買ってあげるんだから、俺たちの方が偉いんだ」というような態度は間違っています。自戒も込めて繰り返しますが、商売は売り手と買い手が対等なものです。ともに繁栄していくのが、正しいあり方だと思います。買い手がばいいんぐパワーにものを言わせるような取引きは、長い目で見れば上手くいきません。

p.96 伊那食品工業は性善説に基づいた経営をしています。人は信頼されると、それに応えようとする気持ちが湧いてくるものです。逆に、疑うと、「なんだ、俺を信用してないのか」と嫌な気持ちになります。

p.98-9 (株式上場をすれば)私は莫大な資産や多額の資金を得られる反面、まことに不自由な、もう少し言わせてもらえれば意思に反した経営を行わなければならなくなると感じました。
 最近の傾向を見ると、あまりにアメリカ的な「株主の利益最優先」の考え方が、株式市場を覆っています。社員の幸せより、株主の利益を優先させるために、社員の給料よりも、株主への配当を重視することになりがちです。
 株式市場関係者や投資家たちと話をしていても、誰も「社員の幸せ」なんてことは口にしませんでした。代わりに、株価の評価のために、できるだけ期近の経営数字を出すように求められます。

p.104 マーケット・リサーチというのは、既に過去になったものを調査しているわけです。数字自体が過去のものと言えます。まさに、数字を負っている人は、過去の方ばかりを見ている人なのです。

p.105 「いい商品」とは、「これは人びとの役に立つな」「これは人びとを幸せにするな」と感じられるものです。ちょっと分かりにくいかもしれませんが、「人間のあるべき姿」を追っている商品だと、私は理解しています。
 会社も余裕がなくなると目先に走り、どうしても今すぐ売れる商品を求めざるをえなくなります。なぜ、そうなるのでしょうか。それは過去に種まきをしてこなかったからです。

p.116 私は、商売は「信用」がないと成立しないと考えています。

p.124 会社経営の要諦は「ファンづくり」にあると言えます。いかにして、ファンを増やしていくか。経営者は、そのことに腐心しなければなりません。

p.126 どんなに大きなビジネスでも、最後は一人対一人です。この一人を大切にできないようでは、いずれその会社は衰退していくことでしょう。

p.137 機械や装置に頼ろうとしている限り、本当の効率化、合理化はできません。もっと、根本的な対策に目を向ける必要があります。それは、人間のやる気を向上させるということです。社員のやる気をアップさせる以上の効率化策、合理化策はありません。
 資金が乏しい時期を過ごしたお陰で、私は「最大の生産性向上策は、社員のやる気アップだ」という確信を得ました。

p.147 動機が善であれば上手くいく

p.150 私は、経営はいかにしてみんなの結束力を高めるかというゲームだ、と考えています。

p.156 人が幸せになる一番の方法は、大きな会社をつくることではありません。お金を儲けることでもありません。それは、人から感謝されることです。人のために何かをして喜ばれると、すごく幸せな気分になるでしょう。
 そのことを仏教では「利他」と言います。幸せになりたかったら人に感謝をされることをしなさい、ということです。

p.180 物事は継続することが大切です。ここで勘違いしてはいけないのは、継続とは同じ事の繰り返しではないということです。


 あまりにも多くの経営者の経営観と異なる部分があり、話題になったが、すぐ「そういう考えも一部にある」とばかり、本書の主張を脇に追いやってしまった、追いやらざるをえなかった経営者も多いのではないだろうか。
 伊那食品があえて上場しないことについて、上場することが不向きな組織においては、本書で説く経営観がそのまま当てはまるのではなかろうか。自身の存在を、営利企業であると誤解している組織において、現状がうまく進行していない理由を解き明かされたように思うだろうし、そのように転換を図るとよいだろう。

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アイデアをいただいてしまえ!

2009-06-20 13:18:57 | Book Reviews
「アイデアをいただいてしまえ! 模倣はこんなにクリエイティブだ スチーブ・リブキン/フレイザー・サイテル・著、ダイヤモンド社、2003年3月

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