穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

ミルクを切らしちゃったのよ

2017-08-22 07:54:51 | チャンドラー

 前にも何回も書いたがミステリーで一番つまらないのは結末の謎解きの部分である。もちろん文章としてはという意味だが。チャンドラーの場合はちょっと違って筋が通らなくて戸惑うという結末が多い。もっとも、圧倒的な文章力のおかげで気にはあまりならないのだが。

 その意味ではロンググッドバイの謎解き(42章)はチャンドラーのものとしてはなかなかいいと書いた記憶がある。今回読み返したところ、印象を訂正するほどのことはないが、すこしごたごたしたところがある。例えばアイリーンが身に着けているイギリス陸軍の袖章のイミテイションのくどい描写など。ま、トリヴィアルなことだ。

 ところで、アイリーンが告白の遺書を残して自殺した後始末の相談が警察である44章であるが、ヘルナンデス警部のセリフに

If she hadn’t been fresh out of guns she might have made it a perfect score.

というのがある。英文でもよくわからないが、村上訳では「もし手持ちの拳銃を切らせていなかったら、彼女は涼しい顔でそのまま罪を逃れていたかもしれないんだぞ」となっている。ほぼ直訳で間違いはないのだろうが意味はあいかわらず通じない。

 Fresh out of somethingまでを成句としてとると、確かの訳のようになる。しかしこれじゃまるきり意味が通じない。ちなみに清水訳でもほぼ同趣旨の訳である。

 これを警察内部のスラングとしてこう取れないかな。freshをきれいなとか、シロ(無罪)とすると、Out of gunsは二つの拳銃つまりシルヴィアとウェイドを射殺した拳銃ということか。もっともそうするとhadn‘tと否定形なのが引っかかる。ミスタイプかな。ここまでくると相当強引な解釈だが。

 伏線として、何章か前にマーロウがウェイドの狂言自殺未遂のあとで拳銃を仮にここにしまった、とアイリーンに教えたが、彼女は事件後そんなことを聞いたことがないとシラを切っている場面がある。これもトリヴィアルであるが、トリヴィアルに読むことがミステリーの楽しみかもしれないので書いてみました。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ロンググッドバイ第34章の... | トップ | 二十世紀哲学界の二人の天一坊 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

チャンドラー」カテゴリの最新記事