穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

19の夢(2) 

2021-11-27 10:57:29 | 小説みたいなもの

 彼の前にうずたかく積まれたチップの山は照ノ富士の履く草履のような何枚かのバカでかい高額のチップに変換された。下駄チップを回収していると、クルピエが話しかけた。「二階の特別室ならリミットがありませんからご案内しましょうか」というのである。
「特別室って、メンバーじゃないとだめだろう?」
「いや、厳しいのはフランス人にたいしてだけですよ。外国人、とくに日本の方には制限はありません」。日本人の客は信用があるらしい。もっとも露州が両手で抱えていた下駄チップに眼を遣って、どうにかしてそれを回収しようという魂胆だったのだろう。ここで踏みとどまればよかったものの、まだツキは落ちていないという欲目と特別室とはどんなところだろうという好奇心で彼は特別室に案内させた。
 さすがに特別室は広く閑散としていた。特別室だから高額の金をかける客は富裕で上品な客ばかりだろうと思っていたがそうでもない。なんか一癖あるような危ない連中がやっている。金は唸るほど持っているが、どうやって儲けているのか分からないその筋の風体の客である。雰囲気は、思ったよりよくない。
 ま、とにかくテーブルにつくと賭けを続けた。どうも階下では200ワットで彼の博才を照らしていた照明は20ワットに急速に落ち込んだらしい。ツキは戻らない。一時間もするとすっからかんになってしまった。「すこしご用立てしましょうか」と玉ふりがうすく笑ってお愛想をいったが、さすがにそれに飛びつくほど逆上はしていなかった。かれは手ぶらで立ち上がると部屋を出た。ほとんど茫然自失状態でこのままホテルには帰れそうもない。彼はカジノのそとにある海の見える軽食レストランに入ると一番安いスパゲッテイを食べた。
 ナイフでスパゲッテイを切り刻み、フォークで口元に掬い上げながら、かれは考えた。これからどうしたものだろう、会議はまだ十日も続く。現金は全くない。出張の日当旅費も使い果たしてしまった。二階で借金を思いとどまったので、クレジットカードには手を付けていない。これからは食事もすべてクレジットカードでチェックアウトの時の支払いもクレジットで済ませはなんとかなるだろうと算段を付けると彼は無理やりに気持ちを落ち着かせたのである。 おわり