化粧品の広告なんかで使用前と使用後といって写真を並べてのせている広告がある。ダイエット用の商品の広告なんかにもそんなのがある。彼の写真をその前後にとって並べたらまさにそのような印象を与えるだろう。しかし順番は逆になるのだが。つまり使用後は薬の副作用で状態が悪化するのである。
彼は記憶がはっきりしないと言っていたが、たしか中学三年の時であった。夏休みが終わって新学期で再会した時の彼は全くの別人になっていた。魂の抜けた幽霊みたいだった。体全体もぐにゃりとした感じを受けて驚いた。
それまでの彼は自信が溢れていて、生気溌剌として何事においてもクラスのリーダーであり、中心的存在であった。再会後の彼は外見のみではなく、成績や行動でもそれ以前と一変していた。それまで、あらゆる学科において彼は試験のたびにトップの成績をおさめていた。試験では答案用紙が配られて1時間以内に答案を提出しなければいけないが、彼はいつも試験会場に十分以上いたことがない。あっという間に答案を書くと、それを提出してさっさと部屋を出てしまう。そしていつも百点満点なのである。授業中でも彼は質問をしたことがない。予習もしていないようだったが、教科書をちらっと眺めるだけで、教師の授業をすこし聞いただけでもうすべて理解してしまう。一般に授業中よく質問する生徒が優秀と言われ、また実際そうなのだが彼は質問をしたことが一度もない。
授業だけではない。スポーツでもずば抜けていた。特に走るのが早かった。徒競走ではいつもぶっちぎりでゴールに入った。また印象に残っているのは走り高跳びが得意だったことだ。誰よりも高く飛んだ。特に三年生になった年には身長が前の年に比べて二十センチも一気に伸びて運動能力も一段と高くなった。
それだけに新学期の彼を見た時にはショックを受けた。身体能力も急降下した。第一全然スポーツに参加しなくなった。成績は急降下して、試験ごとに上位の生徒が発表される掲示にも名前がのることもなくなった。
たしかに、そんなときに、「いったい何があったんだ」と聞いたことがあったような記憶はある。彼の答えを覚えていないから、きっと彼の言うように返事をもらえなかったのだろう。外見のわりには特に病気とかどこか体の具合が悪いというようなことはなかったようである。とにかく、そんな状態でも登校していたし、成績も惨憺たるものだったらしいが、落第もせずに卒業した。しかしその後志望する高等学校の受験には合格せずに、何年か浪人して私立大学の予科に入った。大学時代に偶然一、二度会ったことはあるが、それ以降会うこともなく、彼のことは忘れていた。後年一度彼のことを思い出したことがあった。
陶淵明の詩を読んでいたら、こんな詩に出くわしたことがある。
憶う 我れ少壮の時
***
猛志 四海に逸せ(ハセ)
翼をあげて遠く飛ばんと思えり
注:一部原文と字が違います。当用漢字を当てたところあり
これだ、とその時彼を思い出した。夏休み前の彼の雄姿を彷彿とさせた。その翼が折れてしまったのだろうか。連想はギリシャ神話のイカロスに向かう。イカロスは翼を得て、父の忠告も聞かずに高く高く飛翔する。そうして太陽に嫉妬されて翼を焼かれてしまう。イカロスは墜死したという神話である。この連想に必然性はない。ぴかりと私の脳裏に一瞬ひらめいただけである。彼は太陽に嫉妬されたのだろうか。彼にとって太陽とはだれなのだろうかと、私は手紙を読むのをやめて目を閉じ座っていた椅子の背もたれにからだをあずけてしばし回想に耽ったのである。