Soulful Bigover

「自由」と「ロマン」を求めて、creativeなアウトドアライフをめざす。

トリビアと山行報告

2005年05月23日 | outdoor&sport
2005.521(土) 晴れ
横山岳ハイキング(木ノ本町・余呉町)
メンバー かみさんと二人

7:00 自宅発
8:45 登山口 駐車場より白谷 入山
10:00 経ガ滝
12:15 横山岳西峰(1132m)
14:30 鳥越峠
15:15 駐車場 下山

よく晴れた中での山行だった。
途中二つの大きな滝を見ての、景観良のコースだった。
石灰岩の岩越えもあり急登もありで、なかなか登りごたえのある良い山だ。

頂上はたくさんの登山者で、食事しながら各々くつろいでおられた。
我々もお楽しみのみつ豆などを食べて、初夏の山頂を楽しんだ。
下山は、三高尾根を下降。
ここからの北近江の眺めは、まさに絶景だった。

下山後アイス(チョコジャンボモナカ)を食べて、木之本地蔵に参拝しそのあと余呉湖を車で周遊した。
ここは、静かな湖面と隣接する賎ガ岳との景観がたいへん美しく、また羽衣伝説とあわせて、知る人ぞ知る穴場的観光スポットである。
湖周道路沿いには、ここにまつわる伝説が記された看板が随所にある。
そのなかのひとつに、なんと菅原道真はここに舞い降りた天女の子供だ、と記されているではないか。

これは知らなかった。
天才とうたわれた菅原道真は、やはり人間ではなかったのだ。

そればかりか不遇の扱いを受けた彼は、その死後「鬼」となる。
そして、恨みをはらさんがために長く京の都を呪ったと伝えられる。

もともと天女の子だけに、場合によっては鬼にもなれてしまうという話しか。
ウーン、なんだか悲しい話しだが、かなり筋は通っている、納得。

「ヘイヘイヘイ‥‥」
マイ フェイバリット トリビア であった。

朝の体操のすすめ

2005年05月20日 | climb
スポーツする者にとって、ケガや故障は最大の敵であり恐怖である。
でもスポーツする以上、こうした傷害を恐れていてはいけない、また上手くつき合っても行かなければならない。
今まで、そう信じてきた。

しかし、これは大きな間違いであると云うことに、自分が故障した今ようやく気付いた。
思い返せば、体のケアをほとんどしてこなかった。
加齢による衰えとそのツケは、知らずうちに体にほころびを作り、痛みで僕に間違いを警告してきた。

故障で、この半年クライミングが出来ていない。
クライミングを始めて10年以上経つが、こんな長い期間クライミング出来ないと云うのは初めてである。
つらく、堪え難い日々が続く。
怪我してから治療や身体のことを考えても、空白の時間をつくることに違いはない。
今言えることは理由はなんであれ、スポーツする者はプレー出来ない期間をつくってはいけないんだ、ということ。
そして、こうした悲劇を最小限に防ぐ方法は、老若問わず普段からのボディケアしかないんだと知る。

この反省から僕は今、ボディケアの一環として起床後のアップ体操を毎朝行っている。
それはストレッチとまでいかない、ごく軽い簡単な体操である。(トレーニングではない)
首、肩(肩甲骨)、腰、膝、股関節の筋肉をほぐし、そして腹式呼吸を伴った横隔膜を動かす運動である。
さらにこの後、パワーヨーガの基本的な動き(太陽礼拝)をプラスして行っている。
こんな15分ほどの簡単な体操ではあるが、冬の寒い朝であっても知らずうちに手足の末端まで暖かくなり、血流のめぐりを感じることができる。
体内の循環機能が活性するこの感覚はケアとしても効果十分で、復帰に向けて今からでも遅くないと確信できる手ごたえである。

信じる者は救われる。
毎朝ボディケアは、今日の体調をチェックし身体を調律する。
と同時に、自分の内面を見つめ直すことができる。

まだまだ続けてさらなる上昇を目指したい自分のクライミング、そのために日々欠かさず行う。
そしてその積重ねこそが、こころに根付いた大きなモチベーションにつながるんだと云うことを知った。
「クライマ−としての自覚を持つ」とは、そういうことなのかもしれない。
今回僕はこの痛みある故障を負うことで、最も大切なことを学んだような気がする

アナログな山登り

2005年05月16日 | outdoor&sport
最近、自分の中で地形図が面白い。
世の中GPSだって云うのになんで今さらと思いつつも、地形図を眺めているとなんだか楽しい気分になる。
理由は、腰に故障を抱えてからクライミングに行けないので、暇ができると山行計画を練るようになったからだろう。

目的とする山が決まると、国土地理院のサイトから地形図を頂いて、ドローソフトに張りつなげて広域地形図をつくる。
地形図を読んで現地を想像し、できるだけ入手する情報を少なくして山行をシュミレーションする。
よく知っているつもりの地元の山域でも、こうして改めて眺めてみると新しい発見があったりして、これまたいい。

デジタルや最新器機を使って確実な情報を掴んで行くのも成功率が上がっていいが、アナログな資料で勘を働かせての山行も、小さいながら勝負どころもありドキドキ感があって、なかなか捨てたもんじゃないなと思う。
こんなことして浮かれていると、山登り一年生に戻ったのような、なんだか新鮮な心持ちにもなる。

あいまいな部分を残して行く山登りには、ちょっとしたアドベンチャーがあるのだ。
今度の週末は、湖北にある横山岳に行く計画なんだが、さてどんな山行になるんだろうか、今から楽しみである。

未来を創造することは、こころときめいてホントにおもしろい。

半分コの幸福

2005年05月12日 | life
基本的に我が家は、なんでも半分コである。

厳しい我が家の台所事情からしても、この半分コ政策はなかなかの有効手段だと思っている。
アウトドア活動と仕事の二足ワラジで楽な生活ができる程、世間は甘くないのである。
制約の多い生活の中で互いに満足できる(あきらめの)環境をつくるうえでも、半分コはますますいいと思う。

山の道具にしろ部屋の占有権にしろ、だいたいが均等割りである。
そのなかでも、食べるものに関しては特に厳格である。
皿に盛られたおかずは、ふたりで最後の最後まで半分わけされ食される。

そういう意味で写真で紹介している「チョコモナカ ジャンボ」(森永製菓)は、我が家御用達のアイスである。
クライミングを愛好する我々二人にとって、アイスはカロリーが多いためしょっちゅう口には出来ない。
でもやっぱり、冷たいアイスがどうしても欲しい時がある。
そこで、この「チョコモナカ ジャンボ」である。

まず何と云っても安い。
一個105円/2=ひとり52.5円也。

味の方も、オーソドックスなバニラクリームと、中にサンドされたチョコのハーモニーが絶妙である。
ザクッとした外皮のウエハウスと、パリッとしたチョコの食感も魅力である。
そしてなによりもこのアイス、ブロック状に成形されているので、実に簡単にかつ正確に半分コできるのである。
均等に配給されたこの「チョコモナカ ジャンボ1/2」を、ふたりでいつも幸せ気分で頂いている。
(ちなみに「パピコ」(グリコ)も我が家御推薦の一品である)

なんと安上がりな幸せであろうか。
しかし我が家にとって半分コは、経済的な効果とカロリーコントロールが期待できると同時に、うまいものを食したという幸福感を得る為の大切な決め事である。
そのうえ同じものを半分にして食べる行為が、貧乏生活に挑む同志としての一体感を生む相乗効果があることも確かである。

僕は、食べることは人が生きて行く上で、幸福を掴むための第一歩であると思っている。
飽食の現代社会は、このことを忘れてしまっている気がする。
食材はスーパーで多すぎるほど陳列され、店では食べきれない量が出され、知らずうちに濃い味付けでないと満足出来ないように慣らされ、そして食べ残し売れ残りが大量処分されている。

本来幸福を掴むための食に、こうしたものが必要であろうか。
食べて幸せになると云うことは、量や質ではないはず。
ごちそうでも粗食でも、要はどう食べるかなんだと思う。

3時のおやつに「チョコモナカ ジャンボ1/2」をふたりで食べつつ、「半分コ」はその方法の一つであるんだと再認識できた今日あった。


はじめと終わりはポツリ雨で(連休前半報告)

2005年05月06日 | outdoor&sport
ゴールデンウィークは計画していた通り、北アルプス山スキー山行を実施した。
メンバーは、かみさんと二人。
場所は、針ノ木雪渓の大沢小屋ベースで3泊4日の計画だった。
このルートは、我々の兼ねてからの目標ルートでもある。
連休前の27.28日で仕事をパタパタ片付けて装備を準備、明けて29日の早朝自宅を発った。

車を停める扇沢には9時頃到着、残念ながら雨がポツポツ降り出した。
待っていてもしょうがないので、カッパを着て行動を開始、幸い駅横より河床におりてシール登高出来、少し楽した気分だった。
時折雨風がきつくなったりしたが、今日はどのみち大沢小屋までだ。
重荷だが2時間も歩けばビールが飲める、それを楽しみにちょっとがんばる。

12時過ぎに小屋に到着しさっそくテント設営、小屋に挨拶を済ませストーブに火を付け濡れもの乾かす。
このとき、ちょっとトラブル発生
ニューガソリンストーブの着火に失敗、テントのポールスリーブを溶かしてしまう。
テント内で発火した時はかなり慌てたが、なんとかストーブ本体を外に放り投げて消火に成功。
幸いテント本体は無傷で、スリーブの補修でことなきを得る。

その後はストーブは、着火は外で行い火が安定してからテント内で使用した。
この日の夕食は、スパム(加工豚肉缶詰め)汁。
あまりの旨さに、かみさんからも賞賛を受ける。

明けて30日は快晴、目標の針ノ木岳へ向う。
途中大きなデブリもあったが、雪渓のど真ん中をひたすら登る。
マヤクボ沢との出合付近で、休息中のS氏と遭遇。
以前世話になった山岳会の先輩である。
S氏は、冬の南八ヶ岳をスキー履いて縦走するほどで、山スキーでは神に近い上手さを持っておられる方だ。
しばらく談笑した後、氏は僕らと分かれ蓮華岳に向われた。
そのS氏のトレースは、僕らより緩傾斜でのジグ登高で、その切れ目のないゆったりとした登りは、僕らの大きな教示となった。

マヤクボ沢に入ると傾斜も増し、2380mで壺足アイゼンに切り替え、ハァハァ云いながら雪壁を登る。
バテ気味のかみさんは、少し遅れて後から行くと云う。
一緒に針ノ木のピークに立ちたかったが、残りの時間と体力を考えて自分一人で頂上に向う。
2820mのピークからは、碧の水をたたえる高瀬ダムの向う側に、北アルプスの主峰槍ヶ岳の北鎌尾根が見える。
かつて自分が厳冬の北鎌に挑んだ時のことを思い出し、胸が熱くなる。
立山、剣もよく見え、昨年滑ったタンボ平は白く美しく輝いていた。

かみさんとは、ピークから少し下がったコルで合流した。
彼女、もともと山屋でないことを思うと、ピークにこそ立てなかったが、ここまでホントよくがんばったと思う。
でもがんばった分だけ、滑降の褒美がもらえる山スキー。
これがあるから、登りがつらくてもやめられないのだ。
登りの疲れはとりきれないが時間も2時になるので、いよいよ二人で褒美を頂くとする。

しかし油断はできず、これより一番の心配は、自分のヘルニアの再発。
慎重かつ無理厳禁で降りなければと、肝に命ずる。
最初の急斜面はキックステップで慎重に切り返し、すこし緩んだ中間部よりターンで滑降。
ここはノーシュプールで、最高の気分で滑り降りることが出来た。
雪は、少し水分が多いが上々のシャーベットで、下手なスキーでも上手くターンできる。

次の斜面も大胆に滑降し、心より山スキーを堪能する。
デブリのある箇所まで降りてくると二人はもうヘロヘロで、最後は流して滑降した。
テントのあるベースには4時ごろ到着、高低差1100mの大滑降を無事終えることが出来た。
今回の山行、この日だけで☆☆☆の100点満点を頂いた気分だ。

次の日は、昨日の疲れもありゆっくりした朝を迎える。
今日は偵察もかねて、蓮華岳大沢右俣に入る。
この沢、蓮華岳の北面にあり雪の状態も良いようである。
最初広い雪渓をシール登高し、左俣との出合で少し休憩した後、狭く急斜面の続く右俣に入る。
今回は傾斜が増す最初のノドの手前で打ち切りとし、ここから滑降することにした。

適度な傾斜のバーンを、二人でおもい思いのシュプールを描く。
あっと云う間の滑りだったが、今日は楽しみながら滑降できた。
谷を振り返って、来年はあの斜面を上から攻められるよう、スキー技術を磨くべしと心に誓った。

ベースに戻り至福のビールを痛飲し、作っておいた杏仁豆腐を食べる。
これも春山のたのしみ、ベースでしばらくのんびり過ごす。

今回の山行、予定ではもう一泊だが、どうも空模様があやしい。
かみさんと協議の結果、雨で濡れる前に今日撤収して下山することとする。
逃げ足早いのもいい山屋であることの必須条件、早々に撤収して小屋を後にする。
案の定、扇沢の駐車場に着くと同時に、雨がポツリポツリ。

はじめも終わりもポツリ雨で、なんだかキリのいい山行となった。
かみさんと山行の成功を祝してハイタッチ、その後大町温泉で汗を流し、帰りはのんびり安全運転で帰宅した。

29日 3:30 自宅〜9:00 扇沢〜10:00 入山〜12:30 大沢小屋(ベース設営)
30日 2:30 起床〜5:30 ベース発〜8:40 2200m〜13:00 針ノ木岳ピーク〜16:00 ベース着
1日 5:00 起床〜7:30 ベース発〜10:40 2090m〜12:00 ベース着〜14:00 ベース撤収〜15:00 扇沢〜23:00 帰宅