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min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

川上 健一著『渾身』

2011-01-11 22:11:59 | 「カ行」の作家
川上 健一著『渾身』集英社文庫 2010.5.24 第2刷 

オススメ度:★★★☆☆

坂本英明は壱岐島の老舗旅館の長男で、親が決めた婚約者がいた。その結婚式を2ヶ月前にして麻里と出会い、恋に落ちた。
麻里にも交際相手がいた。しかし、坂本英明は婚約者を捨て麻里を選んだのだ。
英明は親から勘当され、麻里も家出同然で二人は一緒になった。古い因習の残る壱岐島では二人に対する世間の風当たりは強かったが、二人は壱岐島を愛するが故に島に残った。
英明は移り住んだ地都万地区に何とか溶け込むために、壱岐島伝来の古典相撲に取り組んだ。
彼のひたむきな相撲への取り組みと不断の練習の姿に、地都万区の古老を初め住民も彼らを徐々に受け入れ始めた。
そんな矢先、麻里は進行性が極めて速いガンに侵され、5才になる愛娘、琴世を残したまま死んでしまう。
残された琴世の世話をかいがいしくやいたのは、麻里の親友多美子であった。
幼い琴世の世話を続ける多美子と英明の間に互いに惹かれあうものが生じ、なくなった前妻麻里への遠慮もあったが、結果的に二人は結ばれる。
そんな二人が世間に受け入られる唯一の手段は、この壱岐島に伝わる古典相撲であった。
英明は次のように考えた。
「古典相撲は地区内の強い連帯感を抜きにしては成立しない。役力士になれなくても、積極的に参加し続けることで、風評とは違う本当の二人が分かってもらえて、地区の仲間として認められる望みも出てくるのだ」と。

隠岐古典相撲というものについての説明が必要であろう。隠岐島は相撲が盛んな土地で、島をあげての祝い事には古典相撲大会がつきものである。
その最大の相撲大会が、20年に一度、水若酢神社で行われる。同社は出雲大社に次ぐ格式を誇る神社で、およそ二十年に一度、社殿の屋根の葺き替え工事が行われる。
その完成を祝って奉納相撲が夜を徹して行われるわけだ。いわば相撲の原型が残っている土地柄と言えよう。
各地区の代表が競り合うわけで、勝った力士は個人的にももちろんだが、所属する地区にとっても最大の名誉となる。力士の最高位は大関。横綱はない。
英明は事前に大関の中でも更に最高の位置にある「正三役大関」の位を都万地区の古老から授かったばかりであった。
相手は五箇地区(神社のある地区)の正三役大関、田中敏夫。島一番の強者である。
英明にとってこの勝負は、自らの属する地区の名誉と家族への思いを賭けた乾坤一擲の大勝負であった。
百ページを越える二人の白熱の勝負は読むものを圧倒する。果たして勝負の行方はどうなるのか!?

大勝負にからめた英明と勘当された両親との和解、後妻となった多美子と親友が残した娘琴世との絆、そして3人の家族と地区住民との関係、全てがドラマチックに展開されていく。

さて、本作も我が息子の蔵書から拝借したものだ。そもそも川上健一なる作家には全く馴染がない。
ましてや内容が内容である。本来ならけっして手に取ることがないであろうジャンルの作品であるが、解説があの冒険小説の書評で有名を馳せた北上次郎氏である。
彼が絶賛しているので迷うことなく読み始めた経緯があったことを付記しておく。





熊谷達也著『銀狼王』

2010-08-28 09:02:57 | 「カ行」の作家
熊谷達也著『銀狼王』集英社 2010.06.10 第一刷 1,400円+tax

オススメ度:★★★★☆

本の帯から
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「銀狼、お前は確かにたいした狼だぜ」

明治二十年、開拓期の北海道に齢五十を越える猟師がいた。
初冬のある夜、彼は知己であるアイヌの古老から、「銀色の毛並みの巨大な体躯の狼が生き残っている」
という噂を聞く。老猟師は、その幻の狼を「銀狼王」と名、是非とも自らの手で仕留めたいと、山に分け入るが・・・・。

銀狼王と老猟師のしたたかな駆け引き、そして雪の舞う大自然の中で対峙した、彼らの闘いの行方は・・・・・!?
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熊谷達也氏は最近、「オール讀物」の中でピアノの「調律師」なる新シリーズを書き始めて、その内容を読んで驚いたものだが、ここへ本作の登場をみて一安心?したものである。
やはりこの作家はマタギの世界に象徴される大自然の中での人間と動物を対峙させる内容が一番しっくりする。
作家たるものいろいろな分野に挑戦したくなるのもわかるが、人間には向き不向きがあるのも厳然たる事実だ。
日本を代表する動物作家、戸川幸夫氏の跡を継ぐのはこの作家しかいないだろう、と私は信じるのだが。

さて、本作の感想であるが、老獪な猟師と、絶滅しつつある中生き抜いてきた巨大な体躯でしかも銀色の毛並みを持った狼との息詰まる一騎打ちに固唾を飲んでしまう。
何故か狼に声援を送りたくなったのは私一人であろうか。最後の決着に納得がいかないので星ひとつ削ってしまったが、最近珍しい感動的な動物ものである。

垣根涼介著『張り込み姫 君たちに明日はない3』

2010-06-20 12:10:49 | 「カ行」の作家
垣根涼介著『張り込み姫 君たちに明日はない3』 2010.1.15 初版 1,500円
+tax
オススメ度:★★★★☆

「君たちに明日はない」シリーズも本作で3作目となった。当初、この作家にしてはジャンルが今までとはあまりにも違うので同作家のファンのひとりとして戸惑いを覚えたものだ。
だが、予想に反して第一作、第二作とも非常に面白かった。
ひとえに垣根さんの着眼点が独創的であるとともに、人間観察眼が極めて秀逸なことによるものと確信する次第。
また、世の中が“大リストラ時代”の真只中にあることが、このシリーズが時代を先取りしてヒットした理由であろう。

さて、今回真介が担当したリストラ対象となった業界は、英会話学校、旅行会社、自動車業界、そして出版社。
確か垣根さんは作家になる以前は旅行業界に就職したはず。なかなかこの業界を知悉していることが伺われる。
更に自動車業界、なかでも修理関係においては著者自身をも物語で登場させるくらい入れ込んだ作品であり、シリーズを通しても一番ほろりとさせる内容となっていることを特筆したい。
世の中の不況は自民党から民主党に移っても相変わらず続き、この先景気が上向きになる気配をみせないまま、同シリーズの真介がまだまだ活躍するであろうことを想像すると、何か複雑な心境になってしまう。
同シリーズは極めて面白いのでこの先も続いてほしいのだが、こんな物語が「過去の思い出」となる日が早く来てほしいものだ。


垣根涼介著『ボーダー ヒートアイランド4』

2010-06-13 15:02:08 | 「カ行」の作家
垣根涼介著『ボーダー ヒートアイランド4』 2010.4.24 初版 1,700円

オススメ度:★★★☆☆

かって、渋谷でストリート・ファイトのイベントを行い、渋谷を中心とするちょっとワルな若者たちを熱狂させたグループ“雅”はある事件を境にグループを解散した。
グループを率いた若きリーダー、アキとNO.2のカオルの姿も忽然と渋谷の街から消えた。

アキはその後本作のシリーズでその活躍を知ることが出来たのだが、カオルは一体どうしているのであろうか?と、多くの読者が思っていたことであろう。
そのカオルは何と東大生になっていた・・・・
カオルはある種退屈で孤独な学生生活を送っていたのであるが、ある筋から今、“雅”をかたるグループが再び渋谷の街でストリート・ファイトの興行を行っていることを知る。
友人のつてでチケットを入手したカオルはニセ“雅”が主催するイベント会場に足を踏み入れて愕然とする。
ニセモノのアキとカオルがイベントを取り仕切り、会場に集まった若者達に向かって当時のヤクザを潰したのは我々“雅”であったことをとくとくと自慢しているのだった。
これは決して看過できる事態ではないと思ったカオルは何とか音信不通のアキに知らせねばと行動を開始する。

今回はさほど派手なアクションがあるわけでもなく、正直シリーズ第一作『ヒートアイランド』、『ギャングスター・レッスン』そして『サウダージ』を読んでいなければ物語の展開がピンとこないだろう。
それと特筆すべきことは、今回、あの垣根涼介のデビュー作となった『午前三時のルースター』の主役、長瀬慎一郎がカオルの同級生として登場すること。
もちろん、「裏金強奪」グループのプロ犯罪者である柿沢と桃井も登場し、かっての“雅”の中心メンバーたちも登場する。
いわば“オールスター・キャスト”のファンサービスの様相を呈しているわけだ。
したがって、本シリーズを読みついできた読者にはたまらない魅力となるが、そうでなく初めてこのシリーズに触れる読者にはさっぱりワケがわからないかもしれない。
垣根涼介の大ファンである私にとっては、かのデビュー作『午前三時のルースター』を思い起こし(かなり詳細に著者はこの作品内容を本作で描いている)、この作家がたどった作品群のことへも思いをめぐらすことが出来て幸せであった。
本「ヒートアイランド」シリーズは垣根作品の中でも徹底的にエンタメ性を狙ったものであり、軽く読み流して楽しめるシリーズである。
続編もあることを期待している。


垣根 涼介著『借金取りの王子 君たちに明日はない2』

2009-11-18 07:12:31 | 「カ行」の作家
垣根 涼介著『借金取りの王子 君たちに明日はない2』 新潮文庫 2009.11.1 第1刷 590円+tax
オススメ度:★★★★★
* 2007 年9月新潮社から出された単行本の文庫化

このシリーズ(まだ2作しかないのに。でもシリーズ化を強く期待してこう表現させてもらおう)の第一作「君たちに明日はない」が山本周五郎賞を受賞していたとは知らなかった。
でもそう聞くと「さもありなん!」と納得出来る作品の質である。今回の村上真介が取り組むリストラ企業はデパート、生保、サラ金業者そして旅館業界である。
どの業界も外から眺める印象と実態の間には大きな差異があり、こうしたある意味知られざる業界の裏側事情を作者垣根涼介氏は本当によく調べ上げているなと感心させられる。
裏事情を調べて書くだけなら単なるルポライターであるが、本書はそこで働く主に女性たちの群像を、彼独自の鋭い感覚と視点から掬い取って創造した珠玉の物語を我々読者に語ってくれる。

バブル経済がはじけて10年を越える“今時”であればこそ、同氏が表現する物語が具体的な説得力を持って我々に訴えかけてくるのだろう。
高度成長経済の時代、一体誰がこの日本で「リストラ代行業」を思いつこうか。
そもそも垣根涼介という作家はデビュー作から一貫して骨太な冒険小説を書く数少ないひとりの作家と思われていた。
そんな作者が作風というかジャンルを一変させ前作「君たちに明日はない」を上梓した時は本当に驚いたものであるが、本作を読み、同氏の人間観察眼は更に深化され、特に女性心理をここまで探れるのか?と舌を巻く思いがした。
ただその真偽は幾人かの女性に聞いてみたいところだが。

とにかく良く出来た短編集である。どこかの映画会社が映画化を企てるであろうが今しばらく止めて欲しい。今映画化されると登場人物のせっかくの素晴らしいキャラが壊されかねないから。

今野敏著『隠蔽捜査3疑心』

2009-10-11 00:07:41 | 「カ行」の作家
今野敏著『隠蔽捜査3疑心』 新潮社 2009.3.20第1刷 1,500円+tax

オススメ度★★★★☆+α

警察小説「隠蔽捜査」シリーズの第三作目である。
正直、このシリーズの主人公竜崎伸也なるキャリア警官は好きではなかった。
あまりの原則主義者であるところが、全く面白みがなかったからだ。むしろ幼馴染でイジメにあったこともあるキャリア同期の伊丹のほうが親しみやすい存在であった。
だが、この異常なまでに真面目?なキャリア官僚が回を追う毎に好ましい存在に変わりつつあり、本作ではなんと想像だにしなかった“部下への恋慕”という事態に陥ったわけで、思わず微笑んでしまったではなないか。
一歩誤れば致命傷となりかねない女性とのスキャンダルを妻から「唐変木」と呼ばれるこの男がどのように対処するかが見ものである。

物語の荒筋は大森署の署長である竜崎にある日、来日予定の米国大統領を警護する方面警備本部長を任命されたことから始まる。
どうみても異例な発令で、竜崎は何かの手違いによる発令かと思い警察庁の上層部へ問いただすのであったが事実であった。
更に警察庁の広報課長を務めていた時の女性キャリア研修生が、竜崎の秘書官として任命され配属される。この女性キャリアが竜崎の心をかき乱すことになる。
一方、米国の警護チームの先遣隊として二人の米人警護官が来日し、そのひとりハックマンが竜崎の下にはりつくことになった。
彼は大統領を襲うテロ計画があり、背後に日本人協力者の存在を明らかにした。
ハックマンは膨大な監視カメラの映像記録から不審な動きをするひとりの日本人を羽田空港の監視カメラ記録から発見する。
この不審者のために羽田空港を一時閉鎖しろと日本側警備陣に激しく迫り、竜崎はその要求と日本側の狭間に身を置くことになり対応に苦慮するのであった。

ストーリーそのものには斬新なものはなく容易に結末が読めるような内容で特筆には価しない。
唐変木・竜崎がどのように“不倫”を回避できるのか、が最大のテーマ?であり、そこに登場するのが禅問答ともいわれる「公案」には意表を突かれた。
それは『婆子焼庵』というもの。これはどういう意味かをここで明かすわけにはいかない。

昨今、警察小説と言えば佐々木譲か今野敏かといわれるほど、人気を二分する両作家であるが、二人とも北海道出身であるという共通項がある。
ま、これはどうでも良いがエンタメ性から言えばこの今野敏氏に軍配を上げたい。


熊谷 達也著『ゆうとりあ』

2009-07-07 07:27:15 | 「カ行」の作家
熊谷 達也著『ゆうとりあ』 文藝春秋 2009.3第1刷 1,714円+tax

オススメ度★★★★☆

あなたは定年後どうしますか?
と、定年を迎えた者は尋ねられるまでもなく誰しも考えることだろう。
本作のタイトル「ゆうとりあ」と題名をみただけで、「ああ、ゆとり、とユートピアをかけたのね」と考えるだろう。そう、実際のネーミングはその通りの陳腐なもの。したがって、内容もその名の通り陳腐なのであろう、と思うのはちょっと待て!と言いたい。

確かに主人公やその同期が歩み始める内容は特筆すべきものは何もない。
とりわけ主人公の場合は、なんとか同じ会社でリストラを免れ定年まで勤め上げることが出来た。二人の子供達もそれぞれ独立して家を出て、その家のローンも終えて今は借金もない。そこそこの退職金ももらって蓄えはある。
さて、老後は好きな蕎麦打ちの趣味を生かして蕎麦屋でもやろうか。
など思っているときに妻が聞き込んできた「移住」の先が富山県にある「ゆうとりあ」であった。

読者はここで、この物語の先行きがある程度見えた気がしてくる。そんな展開になりかけるのは確かであるが、そこは作者が熊谷 達也氏であることを忘れてはいけない。
移住者の中に、ほとんどが同年配の年寄り連中なのであるが、若い夫婦者を登場させる。その嫁さんがなんと東北のマタギの娘の設定である。
したがって、富山の里山にある「ゆうとりあ」にクマやらイノシシ、更にサルの群れが登場しても、そんじょそこらの安物小説の顛末とはひと味もふた味も違った展開をみせるのだ。

団塊世代の老後の課題、東京ほかの大都会に住む人々と地方に住む人々との考え方、生活様式の相違、自然(特に野生動物)と人間の共生の問題、等々。
考えさせられる中味はいろいろあるのだが、熊谷達也流のストーリー展開は思わぬかたちの結末を迎える。

今野 敏著『果断 隠蔽捜査2』

2009-05-10 11:53:51 | 「カ行」の作家
今野 敏著『果断 隠蔽捜査2』 新潮社 2007.4.25第1刷1,500円+tax

オススメ度★★☆☆☆

シリーズ第一作『隠蔽捜査』で、極めて風変わりなキャリア警察官ぶりを見せた竜崎は、息子が覚せい剤を使用していた、ということを自ら公表し息子を自主させたのであった。
このことによって竜崎自身は職を辞することはなかったが、やはり左遷人事で警察庁総務課長から一介の署長へとの降格人事に甘んじたのであった。
彼は都内の大森署の署長として新たな警察官としての人生を歩み始めたのであるが周囲からはやはり“変人”と見られたようである。
ある日、管内で武装強盗事件が発生し「緊急配備」が行われたのであるが、凶悪犯3人を取り逃がしてしまった。そのうち2人は他の場所で本署の手により検挙され大森署の面目はまるつぶれとなった。
その間、本件とは全く別件と思われていた管内の小さな事件が実は行方不明の
もう一人による人質立てこもり事件へと発展したのであった。
竜崎は現場で指揮をとることになったが、そこへ本庁の捜査一課のSIT、さらにSATが加わることによって思わぬ展開を見せることになった。
犯人射殺という事態が発生したものの一応事案は解決ということになったのだが・・・

読後感としては何かちまちまと纏まったスケールの小さい作品に仕上がった感が否めない。前作の竜崎は従来のキャリア官僚にはけっしてないある種の“魅力”があったのであるが、今回はそれがあまり感じなかった。
この男にはもっともっとびっくりさせて欲しいのだ。第三作に期待したい。

神坂次郎著『熊野風濤歌』 

2008-10-22 20:12:28 | 「カ行」の作家
神坂次郎著『熊野風濤歌』徳間文庫 1991.11.15第一刷 447円+tax 


神坂次郎という作家は和歌山在住の方で、フィクション、ノンフィクション作家である。
ノンフィクションの方は読んだことがないのだけれども、時代小説で雑賀鉄砲衆や根来鉄砲衆を描いた作品がある。

本編は第一部が「黒鯨記」という時代小説と第二部「熊野灘賛歌」と題して、いくつかのエッセイが盛り込まれている。
「黒鯨記」は紀州における沿岸捕鯨の発祥の地である太地を舞台に、和田一族が銛を使って捕鯨を始めたいきさつに、ひとりの関ヶ原合戦の落人がかかわったという極めて興味深いストーリー展開となっている。
わずか120ページの短編にするには惜しい作品で是非とも長編にして欲しかった感がある。

エッセイの多くは筆者が愛してやまぬ熊野灘賛歌で、熊野、特に黒潮がぶつかる串本付近の歴史と景色には大いに惹かれるものがある。
「熊野とは地の涯の、隈野であり、隠国(こもりく)、隠野(こもりぬ)の意味であり、古来から落人のくにでもあった」と作中にも記されており、「熊野」と聞いただけで何故か強く惹かれる者にとっては必読の書であろう。


ここで参考までに先に述べた雑賀鉄砲衆の物語をご紹介したい。


*以下、過去の読書録より引用

24.『海の伽[イ耶]琴』・雑賀鉄砲衆がゆく(上・下) 神坂次郎著 講談社文庫 2000.1.15 1刷
★★★☆☆

このところ雑賀の鉄砲衆に魅せられたように関連小説を漁ってしまった。本編は孫市の息子孫市郎の物語。時代背景は先に読んだ『雑賀六字の城』と同じであり、一向宗の石山本山をめぐる織田信長との凄まじい攻防戦を描く。さらに雑賀の里を追われ、形の上では天下統一を成した秀吉の人質として生き延びる。
本編の最大の特徴は、かの秀吉が行なった「朝鮮出兵」に雑賀の鉄砲衆を連れ参戦することであり、【ある特別な理由】でこの秀吉の軍勢に叛旗を翻すことである。海を渡った雑賀鉄砲衆の信念と反骨を貫く熱き物語の結末や如何に?

懐郷

2008-04-19 07:54:37 | 「カ行」の作家
熊谷達也著『懐郷』新潮文庫 2008.3.1初版 476円+tax

オススメ度★★★★☆

著者である熊谷達也氏は今更紹介するまでもないが、明治から昭和にかけての東北地方を中心にした数々の作品を生み出してきた。
本編は昭和30年代に生きた7人の女性の物語を綴った短編集である。昭和30年代は戦後の動乱期をやっと脱したものの、まだまだ日本の社会は貧しかった。
特に東北地方の田舎は古い慣習が依然として残り、経済的には農家の多くの男たちが都会へ“出稼ぎ”として出なければ食えなくなった時代である。政治的には日米安保条約締結を前にし、騒然たる世相を呈していた。
「貧乏人は麦を食え」と当時のひとりの首相の言動に多くの国民が憤りを感じたであろうが、一方「所得倍増計画」というニンジンを国民の鼻先にぶら下げることも怠らなかった。
国民はただひたすら貧困から裕福な生活の幻想を抱き、がむしゃらに働くしか方法がなかった時代である。
登場する女性の年齢や職業もさまざまであるが、今日の豊かな日本が築かれる以前の日本女性が通り抜けたであろう苦難の人生の一断面が活写される。

7編の物語に登場する女性たちはそれぞれ、
『磯笛の島』 妙子(30代中頃)海女
『オヨネン婆の島』 オヨネン婆(70代)無職
『お狐さま』 小夜子(20代中頃か)教師の妻
『銀嶺にさよなら』 敦子(20代中頃)高校教師
『夜行列車の女』 昭子(20代後半?)農家の主婦
『X橋にガール』 淑子(20代後半)売春婦
『鈍色の卵たち』 貴子(20代前半)中学教師

昭和30年代の世相を知る上でもなかなか興味深い短編集である。