min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

深緑野分著『戦場のコックたち』

2016-10-08 10:48:05 | 「ハ行」の作家
深緑野分著『戦場のコックたち』東京創元社2015.8.28 第1刷1,900円+tax

おススメ度: 星4つ

欧米を舞台にした小説で日本生まれの日本人作家で、登場人物が全て外国人というか日本人が一人も登場しないという小説は、僕が知る限りヨーロッパの中世を中心に描く作品群で知られる佐藤賢一氏を思い起こす。
それも年齢は不詳ながらまだ30代と思われる女性が描く題材が第二次世界大戦での米軍内の青春群像というのも驚きだ。
そして主人公コールの軍隊での職務はコックなのである。米英を中心とした連合国軍のノルマンディー上陸からベルリン陥落まで描いているのであるが、戦場におけるコックという立場でどのような物語展開をするのであろうか?と読む前から想像してわくわくしたものだ。だが良い意味で大いに予想を裏切られた。
この作家の感性と創造力には感服した。
戦争小説としては題名から推して激しい戦闘場面など想像できないが、戦争を通しての戦友との友情、人類愛、敵兵への憎しみ、内輪の裏切り、などなどあらゆる事柄が主人公の周りで起き、彼を翻弄する。
しかしそれらを一つ一つ乗り越えながら主人公は成長して行く。そして最後に彼を迎える運命とは。戦争小説である以上過酷な戦闘場面も登場するし、残虐行為も描かれるのであるが、やはり主人公そして周囲の人々の心理描写の中から女性としての優しさが伝わりそれが心地よかった。望外に感動した一作となった。

樋口明雄著『ブロッケンの悪魔』

2016-08-06 15:29:07 | 「ハ行」の作家
樋口明雄著『ブロッケンの悪魔』 角川春樹事務所 2016.2.8第1刷 1,800円+tax


.おすすめ度: 星4つ


著者が最も得意とする山岳冒険小説である。加えて主人公は山梨県警の女性山岳救助隊員とその相棒ボーダーコリー犬。そして退役現役の自衛隊員によるテロによっって東京都民1300万人がその人質とされるというスリリングな物語展開となる。
テロの首謀者鷲尾元一等陸佐が経験したカンボジアPKOでの部下の死また3.11大地震による福島原発での息子の死。どれをとっても自衛隊上層部そして政府の対応の酷さは鷲尾をして「復讐するは我にあり」という思いに至ったのは無理もない。そして作中でも述べられるのであるがこうした政府だけではなく彼らを影で支え続けた国民にも大いに責任の一端があることをしてきする。ちょっと引用させていただくと「無気力でむかんしんqで刹那的に生きてきて、自分で未来を選ぼうとしない愚かな日本人に、われわれが見てきたものをわからせたかった。無責任という逃げ道を作りながら開く事なき暴走を続ける政府と、それをなし崩し的に容認する無自覚な日本人そのものが、われわれの標的だった。」
誠に共感する一節である。日本の現行政治そのもの、それを支える愚民そのもの現状。いつも思うのだが、小説世界の中ではかまわず殺戮してほしいw。綺麗事の物語展開よりも作者が真に臨む方向で突き進んでほしい。日本人は多大な犠牲者が出ない限り真剣に受け止めやしないのだから。

ジョン・ハート著『アイアン・ハウス 上・下』

2016-02-12 15:32:04 | 「ハ行」の作家
ジョン・ハート著『アイアン・ハウス 上・下』ハヤカワ文庫 2012.1.20  第一刷 

おススメ度:★★★☆☆

マイケルは凄腕の殺し屋としてこのギャング組織のボスオットー・ケイトリンに彼の実の息子以上に可愛がられていた。そのボスは今不治の病で床に伏していた。マイケルは彼女が出来そして彼女が妊娠したことをきっかけにギャング組織から足を洗おうと決意した。ボスは理解してくれたがそのNO2である息子ステヴァンとマイケルを殺し屋として訓練したジミーは組織への裏切りだとして頑として認めなかった。
ギャング組織から抜けようとして戦う殺し屋の話はよくある話で、最近もキアヌ・リーブス主演の「ジョン・ウィック」をみたばかりで、似たストーリーかと一瞬思ったが、さすがジョン・ハート、あの映画の物語ほど単純おバカなものを書くはずがない。
ボスが死に先述の組織の二人の制止を振り切ってマイケルは彼女を連れて逃走を図るのであるが、組織のボスの息子ステヴァンの一言、マイケルの弟の身にきおつけろ、という言葉で急遽分かれて暮らすことになっていた弟の元へ赴く。
実は二人の兄弟は幼い頃捨て子になり、とあるノース・カロライナの山中にある施設に預けられた。そしてある日里子に欲しいという人物が現れ二人とももらわれて行くはずが・・・ここから運命は二人の兄弟を引き裂き、兄は前述のギャングのボスの元へ、弟は富裕な上院議員宅へもらわれていったのだが・・・
この間逃げるマイケルと彼女を追うギャング一味との壮絶なバトルが展開され、更にマイケルの弟の住む上院議員宅へ舞台がうつり更に激しい攻防戦が繰り広げられるのか!?と思いきや物語は思わぬ方向へ向かいだす。
マイケルと弟の出自を巡るミステリアスな展開は止まる所を知らないかのように読者を振り回す。下巻はあまりにもこの点に深くハマリ、一種中だるみ感を覚えたほどであったが、最後事態は一挙に走り出し、結末はかなり意外な結果となる。
作者ジョン・ハートと言えば「川は静かに流れ」そして「ラスト・チャイルド」で読ませた重厚なタッチを今回も期待したのであるが、ちょっとばかし期待が外れた気がする。

古川日出男著『アラビアの夜の種族 Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』

2015-05-05 11:07:45 | 「ハ行」の作家
古川日出男著『アラビアの夜の種族 Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ』角川文庫 2006.7.25 第1刷 



古川日出男氏の著作で読んだ作品は以前「ベルカ吠えないのか」ただ一作のみであった。実はこの時点で本来読むべき作品はまさしく本書「アラビアの夜の種族」であるべきものと確信していた。
だが、おそるおそる手にした「ベルカ吠えないのか」を読んでぶったまげてのけぞったものであった。以来、本書を読むべく機会を探っていたのであるついに時期到来と相成った次第。
ところが読み始めてから時間のかかることかかること。実に3巻を読むのに一か月以上を要したのでは。したがってこの間の本ブログも更新されることは無かったわけだ。
この「アラビアの夜の種族」であるがきっと元本があるのではないかと思っていたがあとがきで作者が語っている。サウジアラビアの古本屋で見つけたとのこと。英語版で著者名はない。
皆さんは「千一夜物語」(アラビアンナイト)はよくご存じだと思う。女性不信に陥った王様から命を守るためにシエラザードが夜ごと語る世にも奇妙な面白い話を語って命拾いしただけではなく、夜伽の女性を朝には殺すという王様の悪習を見事に断った有名な物語だ。
今回の「アラビアの夜の種族」はその執筆目的が格段に意義が高く設定されている。それはこの本が「災厄の書」と呼ばれ、一国の運命をも決定づけるものと言われた。
時はヒジュラ暦の1213年。西暦の1798年、ナポレオン・ボナパルトは3万の兵士を艦船に乗せエジプトのカイロを目指していた。厄災を与え滅ぼさんとする相手はナポレオンであったのだ。
ここでエジプト側が取った手段というのが、ボナパルトがカイロを蹂躙する以前にこの「厄災の書」をなんとか作り上げボナパルトに届けるという計画であった。
エジプトを司る統治者の一人の支配階級奴隷であったアイユーブは一人のアラビア語書家とその助手を用意し、語り部であるズームルッドを夜ごと招き、ここに世にも稀なる物語が18夜に渡って語られたのであった。
第一部に登場する主人公は醜悪な面をしたアーダム。読者はいきなり彼の行動に振り回され最後には驚愕のあまりのけぞるほど。蛇神のジンニーアに魅せられたアーダムは自身が黄泉の国の魔王となる。
第二部は見目麗しい王様の嫡男として生まれたサフィアーンの数奇な運命の物語。さらに第三部に登場するのはアルビノとして生まれた美貌の快男児ファラー。
この三者が地下帝国の魔宮で時空を超えて邂逅することになる。この戦いは18世紀の「幻魔大戦」ともいえる人類の想像を超えた戦いが繰り広げられる。その壮絶な戦いの果てにどのような結末が待っているのか!?

ところでナポレオンはアラビア語を理解したのであろうか?

いつもだと冒頭部でおすすめ度を期すのであるが、これはちょっとさすがに記しがたい。この稀代の書は自分にとってはとてつもなく面白いと思うのだがけっして他人様におすすめしたい作品とは言えない。

星川 淳著『タマサイ 魂彩』

2014-12-24 10:45:10 | 「ハ行」の作家
星川 淳著『タマサイ 魂彩』南方新社 2013.11.11第1刷 1,800円+税

おススメ度:★★★★☆

1545年3月、種子島のリュウタは訳あってひとり琉球へ向かって船を出した。だが途中酷い嵐にあって船は流されどこを漂っているかも分からなかった。更に飢餓のため生死の境をさまよっていた。
その時薄れゆく意識の底に耳慣れぬ掛け声のような音を聞いた気がした。気付いた時には女の膝枕。たどたどしいが和人の言葉をかけられた。女は松前藩にいたアイヌのチマキナであった。
船は双胴船のカヌーでかこ達(漕ぎ手)は顔や体じゅうに入れ墨を施した異形の民であった。着いた先はなんとカナダの東岸であった。

2013年、ユキは親友のアメリカ人考古学者パメラの招きでカナダのクィーンシャーロット島に向かった。そこでパメラが示した物は男女と思われる白骨2対であった。白骨体はカヌーらしき中にあったと思われる。その木質と思われる部分を後日炭素年代測定法で調べたら約7,000年前のものと測定された。

1,500年代のカナダに向かったアイヌのチマキナの胸と現代のユキの胸には全く同じようなターコイズ(トルコ石)がかかっていた。実はチマキナには姉がおり彼女も同じターコイズを持っていた。
物語は時空を超え、数千キロの距離も厭わず二つのターコイズが惹かれあうように会うべき二人を結びつける。

著者いわく誰かがこの物語はSF(ソウル・フィクション)ですねと言ったそうであるが、確かにその類の物語である。
著者は15年前にモンゴロイドたちが氷河期のベーリング海を渡って北米大陸に移動したことを描いた「ベーリンジアの記憶」を上梓した。
だがその後南北アメリカの先住民を調査するにつれ、モンゴロイドの拡散は陸路だけではなく海路にこそあったのだという確信に到った。
物語は上述の二つの異なった年代の主人公たちがやがて7,000年前の男女の物語に収斂されていく様をファンタジックに描いたものである。
しかし、別の見方をすると各章の初めに著者の調査資料や見解が載せられており、それらはある意味著者の調査のフィールドノート的存在となっている。
環太平洋をめぐる壮大な人類の移動、いわゆる“グレート・ジャーニー”に興味ある方は大いに楽しめるはずだ。

さて、本書にも述べられている幾つかの証拠事例に私自身の意見も含め、モンゴロイドの一員である日本人の祖先たちの旅について記したい。

1.3.11の東日本大地震で500万トンにも及ぶ東北沿岸部から流出した建物や船の残骸が、その内150万トンほどがアラスカ、カナダ及び米国の西海岸に漂着し我が国はその補償を余儀なくされた。このことは明確に日本から北米大陸に向かって強い海流があることを証明している。

2.アイヌ民族は松前藩によって禁止される以前は自ら刳り舟を操り、カムチャック半島は勿論、対岸のロシアまで航海し、アムール河上流域まで進出し交易を盛んに行っていた
海洋民であった。
縄文時代は紀元前15,000 年から2,000年まであったと言われるが、彼らはこんな長期に渡って原始人のような狩猟採取の生活を続けたのか?否!近年の三内丸山遺跡の発掘で明らかになったように大規模な集落を持ち畑作なども行っていた。
そして、明らかに彼らは船出した。
何故バヌアツ共和国のエファテ島に5,000年前の縄文土器があるのか。何故南米エクアドルから縄文土器が出て来たのか?

3.3,500年前のインディオのミイラからズビニこう虫の卵が発見された。この虫は寒さに弱くもしもこのインディオの祖先がベーリング陸橋を渡ってやって来たとしたら、この虫が生き残る可能性はない。

その他まだまだあるのだが、我々は学校の教科書では決して習わなかった事項・事例がたくさん出てきている。今後もっと多角的に、統合的に調査を行ってもらいたいものだ。

ブライアン・フリーマン著『インモラル』 

2014-10-23 09:40:55 | 「ハ行」の作家
ブライアン・フリーマン著『インモラル』 ハヤカワ文庫 2007.3.10第1刷 

おススメ度:★★★★☆

米国ミネソタ州の小さな町ダルース。この町の男であれば誰もが振り向くほどの美貌を持った女子高生レイチェルがいた。その彼女がある日忽然と姿を消した。
この一年ほど前に同じ高校の女子生徒ケリーがいなくなり、未だに消息が絶たれていることを踏まえ、警察も住民も連続殺人事件か!と騒然となった。
レイチェルの失踪事件を担当したのがダルース警察の刑事ジョナサン・ストライドと相棒のマギーであった。ストライドはケリーの失踪事件の担当者でもあった。
事件を捜査する過程で、レイチェルの家庭環境に重大な問題がある事がわかってくる。それは義父ストーナーとレイチェルの間に性的関係があったのではないか?という疑念。
その他の状況証拠を含めストーナーの自宅の家宅捜査を行った際、助手のマギーがストーナーのPCから一枚の画像を探り当てた。作中の表現を引用すると、

『雨が降っていて、彼女のあらわな肌を包み、銀色の細い流れになって彼女の身体を流れていく。その写真は、乳房についた水滴と、彼女の湿った股に走り地面に落ちていく細い水の流れを捉えていた。レイチェルは両膝を立てている。片手を両脚のあいだにはさみ、指二本が・・・・(中略)口は快感で半開きになっているが、輝くエメラルドグリーンの目は大きく開いて、カメラをしっかりと見ている』

マギーの後ろからPCを覗き込んだ男性捜査員が思わず叫んだ『ああ、この娘が死んでなきゃいいのに。この娘とやるためなら何でもくれてやる』と。
義理の父親とはいえ、自分の娘のこんな画像を何故隠し持っているのか!?心証としては義父ストーナーが殺ったものと思われた。
警察と検察はレイチェルの遺体が見つからない現状でも被疑者を有罪に持っていけると踏み、裁判に臨んだのであったが、ここで弁護側の老獪なゲール弁護士によってあわや全てが覆される場面に追い込まれる。この辺りの検察と弁護側の丁々発止のやり取りが見ものだ。
物語は陰鬱な冬のミネソタから一転し灼熱のラスベガスに舞台を移す。そして誰れしもが想像出来なかった展開となるのだが、一体あの嵐の夜、レイチェルの身に何が起こったのか?謎は最後の最後まで尾を引くのであった。
そして最終的に用意されたビッグサプライズ。あのドンデン返しの名手?ジェフリー・ディーヴァーをも驚かす結末が用意されているのだ。

無名な新人作家のデビュー作品としては異例の出来具合で、「本書には、サスペンス/スリラーを好む読者の誰しもが求める要素が備わっている」と作者が自負しているが、その通りである。
が、しかし、主人公ストライドの性的行動場面に一言。あまりにもお脳と下半身が短絡的に結合してないか!?
ま、極めてアメリカ人的と言えば言えるのだが、と苦笑せざるを得ない。僕は嫌いじゃないけどもね・・・・・


藤田宜永著『鋼鉄の騎士 上・下』

2014-02-25 18:52:27 | 「ハ行」の作家
藤田宜永著『鋼鉄の騎士 上・下』新潮社 1998.2.1 第1刷 

おススメ度:★★★★☆

これぞ藤田宜永氏の代表作と言わずして何と言おうか!まず本のボリュームがハンパない。四百字づめ原稿用紙で2,500枚という長編大作である。ただページ数が多くて中味がスカスカなのか?とんでもない!基本は一級の“冒険小説”と呼べるものだが、その他“スパイ小説”“恋愛小説”“青春小説”“モーター・スポーツ小説”などのエッセンスがぎっしりと盛り込まれている。
物語の時代背景が1931年から1935年にかけての日本そして欧州。なかんずくフランスのパリが舞台である。
主人公の青年千代延義正は父親が子爵の大日本帝国軍人であり、学生時代兄の影響を受け左翼運動に走った。兄の官憲スパイ事件に巻き込まれ、大いなる挫折を味わう。虚無的な殻の中に閉じこもった義正を父はフランスへ連れていくことにした。父はフランスへ駐在武官として赴任したのであった。
だが義正は学業には一切の興味を示さず、日本以来の虚無的生活は変わらなかった。そんな彼がトリポリで開催されたGPレースを観戦したとたん、このGPレースの虜となり自らもレーサーを目指す。
だが、義正の行く手には父とも絡むソ連のスパイ諜報戦が待っていた。義正のレーサーへと成長して行く過程を縦軸とすると、数々の入り乱れた諜報戦が横軸となり物語が織り込まれ、最後には全てが見事に織り上がる筋立てとなっている。
主人公の生い立ちやら、当時の小国に過ぎない日本の名もない青年が、欧州のGPレースに参戦し活躍するなど通常の常識では考えられない物語設定であるが藤田宜永氏の手によって実に読み応えのある冒険小説となった。




藤田 宜永著『虜』

2013-08-20 18:47:33 | 「ハ行」の作家
藤田 宜永著『虜』新潮文庫 2002.5.1 第一刷 
オススメ度 ★★★☆☆

藤田 宜永という作家の作品に出合ったのは確か90年代の中ごろ「巴里からの遺言」であったと記憶する。この作品はパリを舞台にしたサスペンス調の短編集で作者のパリ在住歴を如実に示した傑作であった。その後同作家の本は2,3編読んだと思うがあまり記憶にない。いずれにしてもちょっと経歴の変わった作家で、ミステリーもしくは冒険小説を書く人だと思っていた。
しばらくぶりに本作を読んで、僕の記憶する作風とは大いに異なることに驚いた。

本編の主人公倉沢逸平は一見順風満帆な銀行員生活を送っていたが、ある時魔が刺したように顧客の預金に手を出してそれが発覚。彼の人生はその時点で暗転し逃亡犯となったのであった。数か月幾つかの場所に潜伏した後、彼が目指したのは逗子にある亡き義父が所有した別荘であった。だが、そこには何と妻が移り住んでいた。更に時折新しい愛人が出入りしていた。妻との約束で、一時納戸に匿ってくれることになったのであるが・・・

納戸の壁に空いた小さな穴を通して覗き見る妻の知られざる姿や、出入りする妻の母親、兄嫁などの言動を通して、かって自分が気付かなかった真実の姿が見えてくる。
特に新たな恋人との妻の姿、態度には大いに動揺する。妻とは女とは?ますます逸平は分からなくなるのであった。
伊豆のはずれに位置する一軒の別荘を舞台とした完全なる密室で繰り広げられる男女の憎愛劇。せまりくる官憲の足音を聞きながら、この別荘にしがみつくように留まる逸平の未来は見えている。はたしてこの結末は?
冒頭と最後に使われる知恵遅れの少年が飛ばすタコ。電線にからまるタコ。この小道具の使い方が本当に上手であった。藤田 宜永氏の作家としての奥行きのある成長に唸らされた一編である。



サリー・ビッセル著『人狩りの森』(

2013-03-26 16:44:06 | 「ハ行」の作家
サリー・ビッセル著『人狩りの森』(原題:In the Forest of Harm)二見書房 2001.10.25 第一刷 829円+tax

オススメ度 ★★★★☆

米国のノースカロライナとテネシー州境に広がるナンタハラ国有林で繰り広げられる“人狩り・サバイバルゲーム”。と聞くと何か安っぽいB級スプラッター映画のような内容かと思ってしまう。
だが原題にある通り、禍々しくも神秘的な深い森の中で人間の本性みたいなものが丸裸に剥かれていく物語である。
著者はサリー・ビッセルというチェロキー族の血を引く一介の主婦であった。そんな普通の主婦が同じくチェロキー出身の女性地区検事補を主役にして、彼女の知的職場環境から遠く離れた森林山岳地帯を舞台にした戦慄のサバイバル・ゲームを描いたところに一番興味を惹かれたのだ。

主人公メアリー・クローはアトランタの法廷でいまアトランタの資産家の放蕩息子を第一級の殺人罪で有罪を勝ち取った。父親はその財力にものを言わせて彼の幼少時代からかばって来たのであるが、メアリーの鋭い追及の結果あえなく敗訴した。
メアリーは大学時代の旧友ふたりを誘ってかの地、生まれ育ったナンタハラ国有林へキャンプに出かけた。かの地は12年前に母を何者かに殺害された曰く因縁の地であったのだ。彼女の母が眠る墓地へそして母が殺された家を訪れる鎮魂の旅でもあった。
だが3人を待ち受けていたものは凶悪な殺人鬼とメアリーを狙う裁判で負けた放蕩息子の兄という追手であった。

普通の主婦が描くデビュー作とは思えない傑作であるのだが、最後のクライマックスとも言える場面展開にもう少しページをさいて欲しかった。クライマックスに到る過程の描写とのバランスが取れないほどあっさりとエンディングしてしまったのは残念だ。

百田尚樹著『海賊とよばれた男 下』

2013-03-03 13:16:59 | 「ハ行」の作家
百田尚樹著『海賊とよばれた男 下』講談社 2012.7.11 第一刷 1600円+tax

オススメ度 ★★★★★


下巻のハイライトは何と言っても自前のタンカー日章丸によるイランからの原油買い付け強行であろう。
戦後、GHQの配給統制に耐え、石油の輸入自由化を切に望んだ鐡造の前に立ちはだかったのは石油メジャーのセブンシスターズであった。
彼らは日本の石油業界のほとんどを傘下に収め(株式の半数以上を入手し外資系子会社化を図った)唯一の独立系民族資本会社である国岡商店の外油輸入を阻んだのだ。
そこで鐡造は彼らの全世界規模のネットワークから外れたイランの原油入手を狙ったのであった。しかし英国は英国のアングロ・イラニアンがイラン政府によって同社の所有した石油施設を国有化されたことに抗議し、イラン産原油の所有権を主張し国際裁判にかけていた。
この間イランの原油をタンカーで運び出そうとしたイタリアのタンカーは英国海軍によって拿捕され積み荷の原油は没収されるという事件が起きていた。
国岡商店のタンカーがイランの原油を持ち出そうとすればイタリアと同じ目にあうことが予想された。
しかし鐡造は自社のタンカーをペルシャ湾に向けたのだ。この間の鐡造の戦略と読みは見事と言えた。セブンシスターズの妨害をはねのけ、英国海軍を向こうに回し見事に裏をかいた鐡造の快挙は日本国民の喝采を浴び世界を驚愕させた。
こんサムライがまだ日本にいたとは!と世界の耳目を一身に集めた鐡造であったが、彼は自社の為のみに行ったのではなく日本の将来の為を思って成し遂げた。このことは特筆すべき事である。
20代の学生の時、秋田で出合った石油に魅せられ、以来70年間を石油に捧げた国岡鐡造という稀有な巨人の英雄的人生を綴った本書は、今混迷の中にある現代日本人の多くの方々に読んで欲しい作品である。本書は百田氏の『永遠の0』と並んで彼の金字塔作品となったことを確信する。