min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

クライム

2007-03-31 00:44:03 | 「ハ行」の作家
樋口明雄著『クライム』角川春樹事務所刊 2006.8.8第一刷 1900円+tax

本の帯の謳い文句がいやがうえにも読者の購買意欲をそそる【鮮やかな自然描写と、迫真の人間ドラマに、心が昂ぶる!!  現金20億円をめぐる、男たちの苛烈なる争奪戦。前作「光の山脈」のスケールを凌ぐ、ダークノワール長編小説】と。

本編の冒頭部分からしばらく新宿歌舞伎町の中国マフィアの抗争が描かれ、非情な殺し屋や悪徳刑事の登場など、まるで馳星周の「不夜城」か大沢在昌の新宿鮫シリーズ「毒猿」を読んでいるのかと思わせるノワールな世界が展開される。

日中混血の帰国子女の黒道(極道)、台湾の殺し屋ふたり、心臓移植しか助かる道はない病気の娘をかかえる悪徳刑事、密輸出で経営危機を乗り越えた飛行機輸送会社の経営者そしてパイロット、その周辺の女たち、全てのワルな連中の目の前に降って湧いた「20億円の現金」。
だが降って湧いたのは話であって、現存するのは南アルプスの深きかつ高き山中であった。

物語の舞台は喧騒渦巻く新宿から春とはいえまだ極寒の冬と変わりない標高3千メートルの南アルプスの山岳地帯へと移行する。
ワルな連中のそれぞれの20億円への欲望が三つ巴、四つ巴となって、生死をかけた争奪戦が繰り広げられる。
南アルプスは著者が現在山麓に移り住む御馴染の場所。この場所を知る者だけが描くことが出来るシーンが読むものに強烈な臨場感を与える。更に山登りの技術を知悉した著者ならではのディテールに我々は堪能できるのだ。

ノワールと謳われるが最後の最後に現出するカタルシスは著者の一貫して止まない「人間賛歌」の所産であろうか、思わず感動に涙してしまう。

『狼は瞑(ねむ)らない』、『光の山脈』に続く著者の渾身の山岳冒険小説となっている。


閑話休題

2007-03-25 19:39:28 | ノンジャンル
どうも今まで「閑話休題」という意味を取り違えていたようだ。

「ちょっと疲れたので、ここらで一服」程度の意味合いであろうなどと勝手に思い込んでいたのだが本当は「余談はさておき」とか「ところで話を本題に戻して」の意味であることに今更気がついた。
したがってこれから書こうという内容のタイトルとしてはふさわしくない。なぜなら本読みの余談をしようというのだから。

最近はかなり仕事がハードで読書時間がどんどん削られている。東京でサラリーマン生活を送っていた時は約1時間の通勤時間、そして土日が休みの週休二日制度を利用してかなりの読書時間を確保できた感じがする。
だが忙しいときほど読書がしたくなり、こんな時の読書こそより感動が深くなるとも言える。
最近ちょっと趣向を変えて今まで読んだことがない作家、作品をかじってみよう、ということでかの有名なジェイムズ・エルロイに挑戦した。
エルロイに影響を受けた日本の作家は数多くいると聞き先ずは「LAコンフィデンシャル」にとりかっかった。
だがこれは大きな誤算であった。一言で言えば「肌が合わない」とでもいうのか読み進めるのに苦痛を感じるほどだ。
2週間かけてやっと文庫本の上巻を読み終えたのであるが、もうLAのくそったれ警官とクソッタレ犯罪者の物語などどうでもいいわい!という感じ。
そもそも「ノワール」といわれる作品は好きではないのだ。誰がなんとエルロイを絶賛しようが知ったこっちゃない。こちとら余命が短いのだ!もっと楽しめる作品に移ろうじゃないないの。
で、西村健の「劫火1ビンゴR」にとりかかったのだがこれまた失敗。かっての「ビンゴ」や「脱出」、「突破」をリメイクして4作連作したものらしいのだが基本的にハチャメチャ本に変わりはなく読んでいてあほらしくなってくる。
でも彼のノリは嫌いではないので「劫火2大脱出」にも読み進みとうとう第三作目「劫火3突破再び」まで購入してしまった。
この作品はいちいち感想を書くような代物ではなく、最後にまとめて書いてやれと思うもののホントに書くだろうか?と自分でも疑問。
そもそもこの一連の「劫火」シリーズが昨年の“日本冒険小説協会大賞”を受賞したというのだから驚き桃の木だ。
やっぱりあの「協会」はイカレているんじゃなかろうか!
そんな中先週になって先にブログにアップした熊谷達也著『氷結の森』と樋口明雄著『クライム』そして笹本稜平著『マングースの尻尾』を入手してしまったのだからたまらない。先に読んでいたくそエルロイや眉唾健さんはみんな退場とあいなった。
ああ、こんなことグダグダ書いている暇は無い。「クライム」が面白すぎるのでそちらに戻ります、サヨナラ・・・・

氷結の森

2007-03-24 13:28:44 | 「カ行」の作家
熊谷達也著『氷結の森』集英社 2007.1.30 1,900円+tax

阿仁のマタギが樺太で群来(鰊の群れ)を追う!なぜマタギがそんなところで何をしている?
もう、この設定だけで本書に飛びついてしまった。

主人公、柴田矢一郎は秋田県の山間阿仁出身のマタギである。徴兵されロシアへ送り出される直前に見合い結婚させられた。
戦場は矢一郎のマタギとしての狩猟の腕が狙撃手としての才能を全面的に開花させた。
だが、矢一郎は人間をゲーム(獲物)として捉える自分の内なる冷酷なハンターとしての悦びの潜在意識に深い絶望感を抱いたのであった。
上官の強い慰留の勧めを押しのけ除隊し帰郷したのであったが、故郷で待ち受けていたいたのは許しがたい妻の不貞であった。
あろうことか妻は生まれてまもない赤ん坊を抱いていたのだ。不貞の相手が無二の親友であったことが彼を絶望の淵に追いやり離縁をせまったのだが、親友と妻は赤ん坊を道連れにし無理心中してしまった。
そのことを逆恨みした妻の弟は復讐を矢一郎に宣言する。そんな状況に心底うんざりした矢一郎は故郷をそして国をも捨てる覚悟ではるばる樺太の果てまで逃れてきたのであった。
矢一郎は定職にもつかず定住もしようとしなかった。上述の鰊漁や樵となって自らの肉体を敢えて酷使することに自虐的な満足を得ていた。
ある意味自分にふさわしい“死に場所”を求めて流離っていたとも言える。そんな北の果ての樺太まで義弟の追跡の影が見えた。
からくも義弟の放った散弾銃から逃れた矢一郎であったが更なる過酷な運命が待っていた。命の恩人ともいえる先住民ギリヤークの酋長の娘が矢一郎との関係で拉致され、凍結した海峡を渡って対岸のロシアの大陸まで連れ去られたらしい。
その後を追う矢一郎、そして更に彼を待ち受けていたのは「軍靴の響」であった。
果たして矢一郎は先住民の娘を連れ戻すことが出来るのであろうか?

ひさしぶりの一気読みとなった本編であるが、冒険小説好きな男性には非の打ち所の無い作品となっているが女性読者に言わしめるとある不満が残るのではないだろうか。
それは矢一郎を慕うふたりの女性の取り扱いだ。矢一郎がロシアの大陸まで渡ろうとした理由は先に述べた先住民の娘のためだけではない。
その前に強盗に襲われ瀕死の重傷を負った彼を献身的に介抱して世話をし更に金を貸してくれた鰊場のさる女性に借金を返す、というのがもうひとつの目的であった。
両方の女性から求められた矢一郎の判断、対応はいまひとつ釈然としないものがある。これはあくまでも男性の視点から描かれた嫌いがある。
だが、そんなツッコミを蹴散らすような緊迫感に満ちたストーリー展開で読者をぐいぐい引っ張ってラストへと突入する。

本編は先に上梓された『邂逅の森』『相克の森』に続く森三部作だそうであるが、『相克の森』をジャンプして本編を読んでしまった。
内容的には連続しているわけではなさそうだが、唯一今回『邂逅の森』で重要な役割を果たした“富山の薬売り”が再登場している。
機会があれば『相克の森』も読むつもりだ。
久々の冒険小説らしい冒険小説を読了した満足感と余韻を味わっている。

信長を撃(はじ)いた男

2007-03-13 20:32:40 | 時代小説
南原幹雄著『信長を撃(はじ)いた男』新潮文庫 H17.8.1 590円+tax

信長狙撃に関しては諸説があるようだが真相は謎だ。今回信長を狙撃して失敗した暗殺者として登場するのは甲賀忍者にして甲賀随一の鉄砲の名手、杉谷善住坊という男。
信長に反目する近江の六角承禎に請われ信長暗殺を画策する。
時は元亀元年=1570年、信長は全軍を引き連れて越前朝倉攻めのため敦賀を目指した。だが途中で同盟を結んでいたはずの浅井勢の裏切りを察し急遽京に逃げ戻った。両家への反撃準備のため一旦京都から岐阜へ戻ろうと信長はわずかな手勢を連れ近江付近の峠道を進んだ。
この機を千載一遇の好機として捉えた善住坊と朋友の太郎坊。だが、狙撃には失敗する。その失敗の理由はなかなか考えたものだがもちろんここでは明かせない。
信長は善住坊が放った弾で浅手を負うが命には別状がなかった。九死に一生を得た感の信長は岐阜に戻るなり憤怒にかられ狙撃犯の割り出しを部下に命じる。
ここで起用されたのが蒲生典膳という男。武芸百般に通じた剛の者であった。
かくして蒲生典膳とその部下による執拗な杉谷善住坊の追跡劇が展開される。追われる杉谷善住坊もただ逃げ回るわけではない。機をみて再三信長を狙おうと待ち構える。
だが天下の情勢は急速に信長の天下取りに傾いていき、六角勢も凋落の道を辿り始める。そしてその庇護をうけるべく杉谷善住坊の立場は弱くなり、彼の首に懸けられた懸賞金の額が千両にも及び、いつ味方の裏切りにあうか分からない不安定な状況に追い込まれたのであった。
そしてついに杉谷善住坊の命運も尽きようとしていた・・・・・

なかなか巧みなプロットの構成と軽快なストーリー展開で一気に読ませる力を持った作品である。
作者の南原幹雄はお初の作家である。

雨を見たか

2007-03-11 14:52:44 | 時代小説
宇江左真理著『雨を見たか』 文芸春秋社 2006.11.30 1600円

本の題名が『雨を見たか』とくれば僕らの世代はほぼ自動的にCCRの往年の大ヒット作『雨を見たかい』を思い起こす。前回の表題『黒く塗れ』がストーンズの『Paint it black』からつけたように、宇江左真理さんの頭には当然CCRの曲がイメージされたに相違ない。
日本語の使い方としては「雨を見たか」というのはあまり一般的とは思われなく、やはり英語の直訳からきた感じはする。本編の中でも使われているが特に違和感はない。むしろ時代小説にこんな感覚を持ち込んだほうが面白いと僕は思うのだがいかが?
ま、これは余談ではあるが。

さて、本編であるが伊三次とお文の息子伊与太と不破といなみの娘茜はすくすくと成長し、特に茜のやんちゃぶり(かなり破天荒ではあるが)が描かれて時が確実に経過していることが分かる。
子供が成長するということは親がそのぶん年を取るということで、いまだにお座敷に出ているお文には“年増芸者”と客からあからさまに言われて腐ることもある。
そんなお文をからかう伊三次ではあるが彼自身も性格的には円熟味を増してきたようだ。ふたりの関係は互いを思いやる好ましいものになっている。

成長したといえば不破の息子龍之進で、見習い期間も終えていっぱしの同心になろうという気概に燃えている。
例の「本所無頼派」との対決もあり、本編での重きは完全に龍之進におかれている。前作の「君を乗せる船」の感想でも述べたが、これでは「龍之進捕物余話」になりかねないので今後はまだまだ伊三次や不破の活躍を見たいものだ。


チベットの薔薇

2007-03-05 01:40:25 | 「タ行」の作家
ライオネル・デヴィッドスン著『チベットの薔薇』 扶桑社ミステリー 2006,10.30 1,050円

ストーリーをごくごく簡潔に書くと、「名も無い英国の中学の美術教師がチベットに行き、片腕を失う大怪我をして大金持ちになって帰国した」というもの。
がしかし、この中に作者がちりばめた冒険小説のエッセンスと冒険小説の冒険小説たる仕掛けをほどこした様は、多少古臭い時代背景ではあるが在りし日の英国冒険小説の伝統、格調の高さがうかがわれ「ああ、これぞ冒険小説の王道だぁ!」と叫びたくなる出来ばえとなっている。

シッキムという過去実在したものの今やインドの属州となったヒマラヤの奥地の小国を舞台に、チベットに伝わる古来の予言をたくみに取り入れたプロットを用意した作者の膂力は並の作家のものではない。
登場人物がこれまた多彩であるが、ひときわメイ・ファというミステリアスかつ美貌の尼僧院長(時に大母、羅刹女とも呼ばれる)と主人公を献身的に助けるチベット人(インド系か)の少年の存在が大きく、この少年の活躍は感動的ですらある。

冒頭から中盤にかけややかったるい進行ではあるが、ひとたび逃避行に移ってからのくだりは読者をして息つく暇も与えない迫力に富んでいる。
もはやこの手の冒険小説の出現は望むべくもなく、極めて希少本といえる価値ある冒険小説だ。

巻末の解説によれば本書は同作家の「モルダウの黒い流れ」に次ぐ二作目の長編で1962年に英米で同時に出版され日本語訳にされたのが今回初めてで44年ぶりという。また同作家の「極北が呼ぶ」が本邦で出されて以来10年ぶりとも書かれている。
ほとんど日本では知られていない作家なのである。
本の帯にゴールド・ダガー3度受賞の巨匠、とあるのだがこの賞はCWA(イギリスミステリ作家協会)賞のその年の最優秀長編に贈られるもの。
どのくらいすごい賞なのかさっぱり分からないのであるが、自分で読んだことがある作家でこの賞を取ったひとはそうそういなくて、次にあげるこの作家のこの作品でもなかなか取れなかったのを知ればその凄さが分かろうというもの。
ちょっと古い受賞例なのであるが以下の如し。
1963年 ゴ賞   「寒い国から帰ってきたスパイ」 ル・カレ
1964年 次点   「もっとも危険なゲーム」 G.ライアル
1965年 次点   「興奮」 D.フランシス

・中略

1979年 次点   「利腕」 D.フランシス

尚、本編は北海道の地元紙にて冒険小説の批評家、北上次郎氏が紹介していたもので
、彼の推挙がなければまず手にしなかったであろうことを記しておく。