min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

墜落

2006-07-17 21:05:12 | 「ア行」の作家
東 直己 (著) 単行本 (2006/06) 角川春樹事務所 税込み1,995円

★ネタバレ★警報!

本文の中にネタバレが含まれております。


東氏の作品をかなり続けて読んできた読者のひとりとして、最近の東氏に対し何かしらの不満を感じる。

ススキノ便利屋シリーズの「俺」と畝原探偵シリーズの「畝原」。
東直己という作家は自分自身の投影として二人の主人公を描き分けている。どちらが実際の東氏本人に近いのか、というよりもそれぞれが東氏の分身である気がする、その割合は分からないが。

「俺」はある意味かなり社会からドロップアウトした人間として描かれ、お世辞にもまっとうな社会人とは言えない。職業そのものが「便利屋」と称し、その仕事の中身もあやふやなものが多い。時に探偵らしき人探しやら調査もするが時には借金取りまがいのこともする。
家庭人としても失格で、確かクライアントの先生と結婚するがすぐ破綻し別れてしまう。別れたというよりも相手に見捨てられた、というのが実状であろう。とにかく何をするにもチャランポランで中途半端なのだ。またそこが彼の自由気侭な生き方の魅力であるのも事実だ。
そんな「俺」も「探偵は吹雪の中で」で判る通り、すっかり中年の域を通り過ぎようとしている。彼に一体老後の生活など有りうるのであろうか。物語としてはこれ以上進展のしようもないし読者としても彼が最終的にホームレスに落ちる姿など見たくない。このシリーズは終わった、とみなして良いのではなかろうか。

一方の畝原探偵。もともとは道内を代表する地方紙の記者であったのであるが、警察機構の腐敗を暴くことに熱中するあまりその警察から逆襲を受けフレームアップをでっち上げられた結果記者としての命を絶たれてしまう。
路頭に迷う寸前のところで友人の横山に助けられ、彼が経営する調査会社で探偵のノウハウを教えてもらいその後独立する。
同じく社会からドロップアウトしたのであるがかろうじて踏みとどまったのが畝原である。元々北大出の地方ではエリート記者であったことから芯の部分はかなりまともな男である。
家庭的には警察から「冤罪」で嵌められた時に妻に逃げられたものの、残された娘ひとりを男手ひとつでけなげに育て上げる。
このような経歴から最近の道警の腐敗に対しては限りなく義憤を感じるし、世の悪に対する正義感は他人より強く持っている。

こうした二人の異なるキャラクターを使い、巨悪な存在-最も性質の悪いのは警察組織であるのだが-やら、極道、街のチンピラ、不良青少年、わけがわからない変態どもの様々な犯罪に対峙してきたがそれらもほとんど出尽くした感がある。
ここ地方都市の札幌にはこれ以上の「悪」「巨悪」は存在しないのである。したがって東氏が描く対象がなくなったことを意味する。

そのせいか最近は「英雄先生」の例のように、主人公は「内地」に出ることになる。確か彼が行った先は鳥取県ではなかったか。
だがそんな地方で「大事件」が起きようもない。それで地の利?を生かして「巨悪」の相手として北朝鮮を登場させたのには唖然とした。やはり東氏は現在手詰まりの状態なのではなかろうか。

かくして表題の『墜落』に関しても東氏が考えうる“悪”の存在が何とも新鮮味がなくなった感じだ。またも無軌道な若者たちであり、その生態に関してもありきたりのステレオタイプな描き方に終始する。無軌道な若者たちの対極に老人を設定してみたもののやはり難がある。この老人たちの思考、行動に共鳴するものは何もない。
本編の唯一の関心事は前作『熾火』で登場した虐待され尽くした幼児を養子にしたことと、そのためだけではないが姉川と結婚したことであった。
畝原はここに養子と姉川そしてその娘真由を入れて3人の家族を加え5人家族を形成するに至った。
陰惨な事件が終えた後最後のカタルシスはこの畝原の家族愛、なかでも幼児に対する無償の愛ではなかろうか。このシリーズも後は続かない幕引きであった感じがする。

かくして東氏の作品群でも両軸をなしていた二つのシリーズが終焉した気がしてならない。ゆめゆめ万策尽きて二人の共演など考えないでもらいたいものだ。


愛と悔恨のカーニバル

2006-07-15 16:43:01 | 「ア行」の作家
打海 文三著『愛と悔恨のカーニバル』出版:徳間書店 発行:2003.3月 価格:1,785

「されど修羅ゆく君は」で鮮烈な印象を残した13才の姫子が6年後に再登場。もちろんウメ子さんやアーバンリサーチの面々も顔を揃える。
19才の姫子は13才時のあの少女が成長すればきっとこうなるだろう、と想像される通りの利発で勝ち気そして若々しく瑞々しい肉体を持って登場する。
かの事件後に出会いそして疎遠になった姉弟の弟にばったり渋谷で出会ったことから物語は始まる。
姫子は姉弟の弟、翼に対し瞬時に「恋に落ちた」自分を発見する。これは単なる恋愛物語か?と思いきや、その後の展開はまさに重々しい「打海流ノワール」の世界に突入するのだ。

世に「殺してしまいたいほどいとおしい」、「食べてしまいたいほど可愛らしい」という表現があるが、実際にこのような表現が現実化した時、ひとは果たして正気を保つことができようか!?
ましてや自分が愛する恋人がその容疑者として浮かんだとしたらどう対処するであろうか。19才の姫子に降りかかる未曾有の試練が彼女を追いつめる!。

打海文三はこの作品で「狂気と正気」の境を彷徨し、ついには狂気の領域まで足を踏み入れた。しかしその狂気の世界にも尚「凛とした世界」が垣間見えることが一片の救いと言えよう。
打海作品を語る上で回避できない一遍であることは間違いない。


電子の星

2006-07-10 00:14:18 | 「ア行」の作家
石田衣良著『池袋ウエストゲートパークⅣ 電子の星』文春文庫 2005.9.10 514円+tax

「東口ラーメンライン」
「ワルツ・フォー・ベビー」
「黒いフードの夜」
「電子の星」
以上4編からなる。

「東口ラーメンライン」はかってGボーイズのキングの用心棒をしていた双子の巨漢、ツインタワーがGボーイズを卒業しラーメン店を開業したのだが何者かがネット上で嫌がらせを始めた。その犯人探しをキングに頼まれたマコトだが・・・

「ワルツ・フォー・ベビー」と「黒いフードの夜」はある意味マコトのおせっかい性癖が出ている、ともとれるが内容はけっして甘い状況ではない。読後感はほのぼのとした感情につつまれる。

そして本編のタイトルともなっている「電子の星」。
池袋に店を出しているSM倶楽部が裏ネットで「人体損壊ショー」のDVDを売っている、というかなりキワモノっぽい内容だ。「電子の星」を読みながら東直己氏の小説で確か似たようなショーを売り物にしている内容を思い出した。確か性転換手術のライブショーを開き更にその模様を撮影してビデオも売る、といった内容で到底正視に耐えうる代物ではない。
広い世界にはこうしたビジネスが存在するのであろうが、これはあまりにも悪趣味ではある。マコトならずともこんなものは叩き潰さねばならない。
さて、マコトはいつも無報酬で事に臨むのであるがさすがGボーイズのキング。こんなショーを潰すことに係わるにもちゃんと“対価”を求めてそしてメリットを得る確証を得てから引き受けるところに僕は思わず納得したのであった。だってGボーイズはヴォランティアー団体ではなくってストリート・ギャングなのだから。基本的に金にならないことはしないのが原則のはず。

酔っ払いは二度ベルを鳴らす

2006-07-04 07:21:06 | ノンフィクション
東直己著『酔っ払いは二度ベルを鳴らす』光文社文庫 2005.6.20

本書は既に刊行された「すすきのバトルロイヤル」と「ススキノハードボイルドナイト」から特に“酔っ払い”にまつわる楽しくも哀しいエピソードを抜粋した作品である。

酒飲みであれば誰しも本書で語られるいくつかの酔っ払いの失態について思い当たるふしがあるだろう。巷でよく「酒は飲んでも飲まれるな」というがどうしてもこの教訓から逸脱してしまう。
前述の2作は既に読んだことがあるのだがこうして数々の“酔っ払い”たちの奇行、失態、を改めて読むとまた笑えてくる。笑ったあとにちょっぴり自省の念にかられる絶妙な東氏の筆力に感心するとともに彼の人間観察眼とセンスに喝采を送りたくなる。

スタンレーの犬

2006-07-02 13:52:41 | 「ア行」の作家
東直己著『スタンレーの犬』角川春樹事務所 2005.8.8 1,900円+tax

不思議な小説だ。同氏の「俺シリーズ」や「畝原シリーズ」とは明らかにテイストが違う。

19才のユビと呼ばれる青年がいる。彼の過去は彼が中学生の時に両親がそろって死んだということから何やら決定的に不幸な状況にあったことが伺い知れる。
そんな彼を雇っているこれまたわけのわからない「事務所」があり、ある日ユビはこの事務所の責任者である折井から仕事をうける。
それは札幌のある大手の食品会社の女社長を一週間札幌から遠ざけろ、というものであった。
遠ざける手段は“暴力的”なものではけっしてない。ユビには暴力を使わずに人間をその気にさせる“ある能力”があるようだ。
女社長を札幌から遠ざけ電話もさせない理由とは女社長が不在の間に取締役会で彼女を解任しようというものだ。
ユビは巧みな計画の下彼女をオホーツク海に臨む僻地に誘うことに成功したかに思えるのであるが、そんな彼らの後をもうひとり“ある能力”を持った男が追うのであった。

「スタンレーの犬」という表題からどこか犬を主人公にした東直己初の「動物小説」か?と思って読み始めたのだがまるで内容は違った。
「スタンレーの犬」のスタンレーとは?ま、ネタバレにならない程度に述べるがスタンレーとは人名ではなく地名だ。それも香港の。
主人公は19才のユビであることは間違いないが、僕にとっては女社長である58才になる香奈の心の移ろい、描写のほうが興味深かった。

彼女が札幌を蒸発するように離れ、はるか香港のスタンレーで出合った犬とは?
その犬の存在は彼女の人生で一体何を感じさせたのか?ひとつのミステリーではある。