min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

ライト・グットバイ

2005-12-28 21:12:34 | 「ア行」の作家
東直己著 早川書房 2005.12.15 1,700+tax

もう書かないのと思っていた「俺シリーズ」の最新号が出た。主人公の俺、ススキノの便利屋も既に50代直前の齢を重ねている。学生時代からのダチである高田も健在で、レストランを経営する傍ら深夜2時からは趣味的なDJに精を出している。さて、そんな年になった俺もいつしかPCメールを使うようになったのが笑える。俺にある日道警を定年退職した元刑事からヘンなメールが届く。

札幌の北部の郊外にある花屋でバイトしていた女子高生が行方不明となり、雇っていた花屋の主人が容疑者最右翼だという。
種々の理由が有って家宅捜査に踏み切れないという。そこで容疑者に何とかして近づいて友人となり、家の中に入る機会を探れ、という依頼を受けたのであった。

俺はなんとかしてその容疑者に近づくことが出来、交流が始まるのであるが、本人にとってはなんとも嫌気がさす状況と相成る。とにかくこの容疑者は尋常ではない。性格や行動がとにかくおかしいのだ。俺がだんだん精神的に参ってくるのと同様、読んでいる読者もまたすっかり疲労し参ってきてしまう。
東は先の「畝原シリーズ」でも得体の知れない不気味な連中を好んで取り上げているが、今回登場する容疑者は更に尋常ならざる世界へ入り込んで行く。
世の中確かに異常者が増えたとはいえ、かくもえげつない趣味、性癖を持った人間には正直会いたくない。またここまで来てしまうとなかなか戻りようがなくなるのでは?東さん。
人間の“暗黒面”を描きたい気持ちは分かるのであるが、ちょとここまで描くと救いようが無い。
また今回の終わりようは何ともスッキリしないものだ。せめてアンジェラ嬢あたりがスッキリさせてくれると思ったのだが…。
これ以上老いていく「俺」はもう読みたくない気がする“最新作”であった。
これで「俺シリーズ」にライト・グットバイかな?はてこの場合はL、Rのどちらのライトになるのでしょ?

亡命者 ザ・ジョーカー

2005-12-24 16:10:25 | 「ア行」の作家
大沢在昌著 講談社 2005.10.25 1,700+tax

「ザ・ジョーカー」シリーズの第二弾。2003年~2005年にかけ「小説現代」にて連載されたもので6編からなる短編集。

着手金100万円で“殺し”以外のトラブル解決ならなんでも請ける、というあのジョーカーの物語である。
第一弾がけっこう斬新なイメージだったので第二弾を期待した分ちょっとアテが外れた感が否めない。
どういったらいいのか、要は“切れ味に欠ける”のである。6編の中で『ジョーカーの命拾い』がまぁまぁであるが、後はいただけない。
これは作者の力量云々というよりもこの種の物語はそうそうネタがあるものじゃないから、という気がする。

輓馬

2005-12-10 13:41:00 | 「ナ行」の作家
鳴海章著 文春文庫 2005.11.10 文庫化 単行本:2000年3月文芸春秋刊

鳴海章については前回このブログにて「もう一度、逢いたい」という作品の感想を書いた際紹介している。
http://blog.goo.ne.jp/snapshot8823/e/9c9092099526aded6139a5351138201a
「もう一度、逢いたい」で北海道の帯広を描いたおり、作中人物ばかりではなく鳴海章本人が故郷である帯広に戻った背景があることを述べた。

本作品は更に鳴海章の“原点回帰”の心象風景が描かれているような気がする。物語は、
極貧とも言える家庭環境で帯広時代を過ごした主人公矢崎が、兄の支援でかろうじて東京の大学を卒業。中堅商社で死に物狂いに働き、上司の死を機に独立。一時かなりの羽振りを見せたものの放漫経営がたたりあえなく破綻。妻とも離婚し、連日の借金取りから逃れるため東京を離れる。気がついた時には故郷帯広のばんえい競馬場でわずかな残額を全て失った矢崎。
当人の結婚式で大喧嘩して以来音信を途絶えていた兄に頼るしか方法はなかった。そこで初めて知った輓馬の世界。兄と、兄が経営する厩舎で働くそれぞれ濃いキャラクターの連中そして何よりも特別に巨大な輓馬の馬たちとの交流を通して、矢崎が破綻から再生への希望を持ち始める物語だ。

本作品は題名を「雪に願うこと」で映画化され、昨年の東京国際映画祭において最優秀作品賞ほか4冠を達成した作品である。きっと小説では表現しきれない輓馬のレースの迫力と北海道十勝地方の雄大な自然そして冬季の極寒の世界をあますところなく描いていることだろう。

さて、余談だが僕が学生時代、作品の舞台となった帯広市営ばんえい競馬で短期間ではあるがバイトしたことがある。
作中で矢崎が最初にさせられた「ボロの掃除」=馬糞の片付けをしたり、敷き藁の交換を行うのが主たる仕事であった。また、レース後のドーピング検査で馬の検尿の監視をするため、レース後の馬の側を離れなかったことを記憶している。
その時主人公矢崎と同様驚いたことは、レースに出場するペルシュロン種の巨大さであったり、そしてその捻り出す馬糞の大きさと膨大な小水の量であった。
作中交わされる北海道弁、そして厩舎の様子などなど、我が青春時代の記憶の断片が鮮明に思い起こされ感慨深い読書となったことを述べておく。

ロビンソンの家

2005-12-03 15:53:55 | 「ア行」の作家
打海文三著 中公文庫 2005.10.25文庫化 2001年「Rの家」を改題。

今までこの作家の軌跡をたどるような読書を続けてきたが、本作品を読んでますますこの作家の深さ、多様さに戸惑いを感じてしまう。
本編は17歳になった少年が、自分が4歳のとき入水自殺したと思われる母親が実は自殺ではなく失踪して今もどこかで生きているのではないか?
という疑問を父や母方の親族そして母が関わった人々の話からその真相を探る、という一種ミステリー仕立ての謎解きの物語ではあるのだが、そう単純な構成にはなっていない。
この17歳の少年と深くかかわる従姉、叔父、そして父親などなどごく普通の人々ではない。なんと説明したら良いのかこの作品ほど語彙が探せない作品もめずらしい。
とにかく、家族とは、愛とは、性とは何かを限りなく打海文三的特有の語りで満たされた一編。一度打海文三的世界に足を踏み入れると抜け出すことは出来ない!そんな彼の代表作ではなかろうか。