志水辰夫著『青に候』 新潮社 2007.2.25 1700円+tax
志水辰夫氏は齢70に近くなり唐突ともいえるほど初期作品の世界に近いものを、「時代小説」のカタチをとって舞い戻ってきた。
氏はどちらかと言えば他の作家よりも遅く作家としてのスタートを切ったのではなかろうか。
何が氏をして原点回帰へのベクトルに向かわしたのかは知らない。が、私個人の最近の傾向から察するに特に奇妙な心境でもないような気がする。
人間だれしも齢を重ねるにつれ自らの出発点に一度戻りたくなるものだから。
本編の主人公神山佐平は他の初期作品でたびたび登場したと記憶する主人公にその姿が重なる。とにかく生き様がヘタ、他人との接し方に不器用な青年なのである。特に愛しく思う女性に対する接し方をみると歯がゆさを通り過ぎ、いらいら感を覚え、更には怒りほど覚えるほどぎこちないのだ。
そして愚直とも言える正義感、いらぬ他人への気遣い、義理ともいえない義理感、無意味な負い目、そんな多くの「こだわり」を抱えた多感な青年である。
だがひとたび不正への怒りを覚えたり、愛するひとが窮地に陥ったりすると我が身の不利、危険を顧みることなく敢然と突き進むのである。
相手がどんなに強くとも、事態がどんなに深刻であろうと自らが定めたルールに従って死をもいとわず立ち向かう様は正にハードボイルドの主人公といえそうだ。
時は幕末、黒船がちらほら来航し江戸幕府も俄然動揺し始めた時代。封建制度の端っこにかろうじて生き延びてきた播州の小藩にあるきっかけで仕官できた佐平であるが、同じ時期に仕官した縫之助とともに殿の交代によりあっさりと首にされてしまう。
先に首切られた縫之助の後、佐平もまた脱藩するようなかたちで江戸へ戻ってきた。彼はやむをえない理由で小藩の武士を斬り殺してしまったのだ。
物語は縫之助が江戸に戻ったものの行方不明となっており、その理由がどうも殿の死をめぐる陰謀らしきものをネタにこの小藩の江戸屋敷を脅していたせいらしいことが分かってくる。
しつように小藩の手のものに追われながら事の真相を探るサスペンス仕立てでストーリーは展開される。
普通の時代小説であれば諸悪の根源を突き止めそれを懲らしめめでたしめでたし、と終わるところであろうが、今や熟達した作家志水辰夫氏はそんな通りいっぺんのストーリーでは終わらせない。
確かに神山佐平の一途な生き方に照準を合わせて書いてはいるのであるが、ここに登場する播州の小藩、山代家の目付け役の六郎太の存在を忘れるわけにはいかない。
この六郎太の体制を影で支える苦しみ、現実から逃避しない、出来ない境遇で苦悩しながらも己の役目を全うする姿が時代を超えて共感できるのだ。
神山佐平に向かい「おまえが羨ましい!」と叫ぶ六郎太にも作者の万感の思いが込められている気がした。
それは江戸時代の封建国家体制の下懸命に己が藩、家族、郎党を守ろうとする姿が、時空を超えて同じような閉塞感に覆われた現代を生き抜くサラリーマンの姿に重なる気がするのだ。
「青に候」。題名の通り時代を変えていくのは青き青年である。その未来がよりよい時代であるのかより暗い時代であるのかは不明であるが・・・・
志水辰夫氏は齢70に近くなり唐突ともいえるほど初期作品の世界に近いものを、「時代小説」のカタチをとって舞い戻ってきた。
氏はどちらかと言えば他の作家よりも遅く作家としてのスタートを切ったのではなかろうか。
何が氏をして原点回帰へのベクトルに向かわしたのかは知らない。が、私個人の最近の傾向から察するに特に奇妙な心境でもないような気がする。
人間だれしも齢を重ねるにつれ自らの出発点に一度戻りたくなるものだから。
本編の主人公神山佐平は他の初期作品でたびたび登場したと記憶する主人公にその姿が重なる。とにかく生き様がヘタ、他人との接し方に不器用な青年なのである。特に愛しく思う女性に対する接し方をみると歯がゆさを通り過ぎ、いらいら感を覚え、更には怒りほど覚えるほどぎこちないのだ。
そして愚直とも言える正義感、いらぬ他人への気遣い、義理ともいえない義理感、無意味な負い目、そんな多くの「こだわり」を抱えた多感な青年である。
だがひとたび不正への怒りを覚えたり、愛するひとが窮地に陥ったりすると我が身の不利、危険を顧みることなく敢然と突き進むのである。
相手がどんなに強くとも、事態がどんなに深刻であろうと自らが定めたルールに従って死をもいとわず立ち向かう様は正にハードボイルドの主人公といえそうだ。
時は幕末、黒船がちらほら来航し江戸幕府も俄然動揺し始めた時代。封建制度の端っこにかろうじて生き延びてきた播州の小藩にあるきっかけで仕官できた佐平であるが、同じ時期に仕官した縫之助とともに殿の交代によりあっさりと首にされてしまう。
先に首切られた縫之助の後、佐平もまた脱藩するようなかたちで江戸へ戻ってきた。彼はやむをえない理由で小藩の武士を斬り殺してしまったのだ。
物語は縫之助が江戸に戻ったものの行方不明となっており、その理由がどうも殿の死をめぐる陰謀らしきものをネタにこの小藩の江戸屋敷を脅していたせいらしいことが分かってくる。
しつように小藩の手のものに追われながら事の真相を探るサスペンス仕立てでストーリーは展開される。
普通の時代小説であれば諸悪の根源を突き止めそれを懲らしめめでたしめでたし、と終わるところであろうが、今や熟達した作家志水辰夫氏はそんな通りいっぺんのストーリーでは終わらせない。
確かに神山佐平の一途な生き方に照準を合わせて書いてはいるのであるが、ここに登場する播州の小藩、山代家の目付け役の六郎太の存在を忘れるわけにはいかない。
この六郎太の体制を影で支える苦しみ、現実から逃避しない、出来ない境遇で苦悩しながらも己の役目を全うする姿が時代を超えて共感できるのだ。
神山佐平に向かい「おまえが羨ましい!」と叫ぶ六郎太にも作者の万感の思いが込められている気がした。
それは江戸時代の封建国家体制の下懸命に己が藩、家族、郎党を守ろうとする姿が、時空を超えて同じような閉塞感に覆われた現代を生き抜くサラリーマンの姿に重なる気がするのだ。
「青に候」。題名の通り時代を変えていくのは青き青年である。その未来がよりよい時代であるのかより暗い時代であるのかは不明であるが・・・・