min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

微熱の街

2007-05-28 20:46:58 | 「ナ行」の作家
鳴海章著『微熱の街』小学館 2007.05.11発行 1,700円+tax

寺多政道、通称テラマサは40歳を過ぎて「関東粋星会」の若頭心得をしているが、早い話“使いばしり”だ。
組が手を下した“死体の始末”や借金の取立てやらを、南米からやってきて帰化した扶利夫と組んでやらされているしがないヤクザだ。過去に離婚暦を持つ。
いつか一家を構えるのを夢想するものの到底実現するとは思えない。
そんなテラマサのぼろアパートの戸口にひとりの少年が猫を抱いて立っていた。その子をなんとなく家に泊めてやってから彼の身辺は一挙にきな臭くなる。
夜中にいきなり黒ずくめの暗殺者たちに襲われたのだ。からくも逃れた二人だが、子供を預けた先の一家が惨殺され、少年は行方不明に。
更に警視庁公安局テロ対策準備室なるものがまとわりつき、テラマサは何がなんだか分からなくなる。
全ての鍵はあの少年が握っているようだが、その背景は思いも寄らぬものであった。

「テロ活動の請負はこれから良いシノギになる」という極道の業態のリストラクチャーに対し、テラマサの大先輩である老ヤクザは晒しにダイナマイトを差し込んで出入りに向かう。そしてテラマサもまた古風な流儀の“落とし前”をつけようとする。
前編に渡り血なまぐさい世界が繰り広げられるのであるが、最後は何故かカタルシスを感じる作品だ。
鳴海章の多岐に渡る作品分野の拡がりを感じる一作である。

6ステイン

2007-05-16 23:17:56 | 「ワ行」の作家
福井晴敏著『6ステイン』講談社文庫 2007.4.13文庫化 781円+tax

6篇からなる短編集。
1. いまできる最善のこと(The best thing for now)
2. 畳算( She said “Don’t fail for me”)
3. サクラ(SAKURA)
4. 媽媽( A mother heads into the wilderness)
5. 断ち切る( An old man also heads into the wilderness)
6. 920を待ちながら( Waiting for 920)

単に「市ヶ谷」と呼ばれる“防衛庁情報局”。全ての作品がこの関係者である。つくづく福井晴敏という作家はこの「市ヶ谷」がお好きのようだ。
「市ヶ谷」に属し本編に登場する主人公、または相手方には次のような立場の男女がいる。
APと呼ばれる“警察補助官”。日頃はなんらかの“正業”に就き、呼び出しを受ければ直ちに連絡を取り正局員である担当仕官の指揮下に入る。
SOFと略称される“特殊要撃部隊”はレンジャー隊員以上の厳しい選考基準で猛訓練
を通過した戦闘のプロ。
そして“防衛庁情報局”の正規職員。

それぞれ短編ながらもより凝縮されたストーリー展開で読者をして息もつかせずに読ませるのであるが、なかでも印象的な場面は「媽媽」での夜遅く帰宅した主人公(正局員)が母親として台所の床を油で汚した息子を叱りつけていた時のシーン。
本部からの呼び出しが入るやいなや帰宅した途端のまだ温もりがある靴をひっかけながらハンドバックの中の“グロック19自動拳銃”を確かめ初弾を装填し安全装置をかけるくだり。日常ありえない光景だ。
そんな彼女の職務と家庭の狭間で揺れ動く心の葛藤が生々しく描かれ、それがなんとも痛ましい。
彼女は次の「断ち切る」にも登場し、自ら定めた規範(というよりも“情念”と言ったほうがよいかも)にあくまでも忠実に自己を従わせる姿に感動する。

圧巻は最後の「920を待ちながら」だ。のっけから市ヶ谷内部のゴタゴタが丁々発止の諜報戦の様相を呈し、何が真実で誰が裏切るのか全く分からない状況が作り出される。
そして驚愕の終焉が待っている。更なるサプライズが用意されているのだが、これは福井晴敏ファンならば「あっ!」と驚き、かつ瞬間的に思わず頬が緩む仕掛けになっている。
福井晴敏は長編で圧倒的な筆力でもってして、読者をぐいぐい引っ張って行くタイプだと先入観を持っていたのだが、短編においてもキラリと光った才能を十分見せてくれた。
「市ヶ谷」ファンは必読の短編集だ。

(蛇足)
タイトルの英語版がなかなか冴えているのでは。


薩摩組幕末秘録

2007-05-12 09:03:58 | 時代小説
鳴海章著『薩摩組幕末秘録』集英社 2006.9.30初版 2,500円+tax

題名から推して薩摩藩内のありきたりな倒幕モノの一種か、と想像したが違った。薩摩組とは、富山の薬売りの薩摩藩担当を意味した。その薩摩への売薬が禁止された。
農民が自らの蓄財を富山の薬売りにほんの少しでも流失するのを防ぐためであった。薩摩藩はその頃膨大な借金を背負い、藩の財政は逼迫していたのであった。
財政の窮状を脱する為に薩摩藩は清国へ北海道、特に利尻昆布を密輸して稼ぐことを考えた。
その意向を密かに知った富山の薬売りの元締めは利尻の昆布を薩摩藩に貢ぐことによって販路の再開を画した。
利尻昆布の収集の任にあたったのが売薬元締の息子、於莵屋藤次という男であった。
藤次は単に薬売りではない。この薬売りの起源は白山の修験道の行者たちであった。同じ根から
乱波(忍者)が派生した。藤次はこの乱波の血を継ぐもので幼少の頃から父に鍛えられた。
伊賀や甲賀の忍法とも趣を異とする不思議な忍法を使う。
一方、富山は加賀藩の支藩であったわけだがこれを富山藩の独立運動として捉え、阻止する手立てを打った。白羽の矢をたてられたのは加賀藩の食えない剣術師範である胡蝶剣の使い手馬渕洋之助であった。
更にこの企みを阻止しようと江戸幕府の隠密、柳生の手のもの達がいた。ここに北海の昆布をめぐる三つ巴、四つ巴の抗争が繰り広げられることになったのだ。

藤次が蝦夷地へ向かう途中の航海は彼がこの世の生き地獄と思われるほど、嵐による酷い船酔いに苦しめられた。そして着いた蝦夷地はアイヌの人々にとっては彼らに対する和人による悪辣な収奪と虐待が横行する北の地獄であった。
そんな和人の中で唯一の救いは雲平という謎に満ちた青年で、彼だけはアイヌに対し人間としての暖かい視線を送っていた。
雲平の本名は松浦武四郎(実在の蝦夷地探検家、後に開拓判官となる)といった。雲平の導きで無事利尻から昆布を得た藤次は一路長崎へ向かった。
物語はここから九州へと舞台を移すのであるが藤次と昆布の薩摩入りを阻止すべく他の手勢も九州へ向かうのであった。もちろんその中に胡蝶剣の使い手馬渕洋之助も入っていた。
互いにそれぞれの使命を背負わされた二人が最後に運命の対決をせまられるのであった。これはもうどちらも生き抜いてほしいと願うのであるが・・・

上質な冒険小説の書き手が時代小説においても優れた作品を描いてくれることは、先に読んだ志水辰夫の『青に候』でも実証済みであるが、同じことが鳴海章の場合にも言えるのではないだろうか。
他の時代小説とは一味も二味も違う面白い作品に仕上がっており、今後もより視点を変えた時代小説の創出を期待したい。


劫火1~4

2007-05-06 08:43:51 | 「ナ行」の作家
西村健著『劫火1,2,3,4』講談社文庫

劫火1 ビンゴR(リターンズ)
劫火2 大脱出
劫火3 突破再び
劫火4 激突

ストーリーは我が国の国政の深部で、ある極右の人物が率いる「日本再生」計画が練られていた。
東京に携帯型核爆弾を持ち込み爆発(金融機関のコンピュータがダウンする程度の制御された核爆発か?)させ日本転覆を企てる、というものである。そのために全ての金融機関のコンピュータのデータを沖縄に移しておこうというものだ。
一方、日本の「再生計画」のほかに米国による「伐採計画」(あるいは黄色い枝落とし)なるものも進行していた。
これは「再生計画」が始動すると同時に日本の富の全てを横取りしてやろうという米国のトップの陰謀である。
作中でも語られているが、現在日本国民の個人貯蓄の総額が1400兆円。この金でアメリカの国債の三分の一を買っているというのだから、アメリカならずともなんとかチャラにしたいところではある。
とにかく話のスケールはでかいのであるが内容はかなりハチャメチャである。ハチャメチャとはいえ、我が国が確実に右傾化していることは事実で、前首相の靖国参拝への固執(現首相の今夏の動向に注目!)、憲法改正への加速(特に第九条の撤廃)、更に武器輸出三原則の見直し論議などなど、こうした一連の動きの影に誰か秩父日照のような極右の黒幕がいるんではなかろうか?と思うほど。

4ヶ月に渡って刊行された文庫本。正直言って、過去の作品を読んでいなければピンとこない代物。オダケン、銀次、一徹の物語が各冊ごとに記され、それが最後の「激突」で3人が合流し日米双方の野望を粉砕しよう、ということになる。

日本人の“傷(ラーナ”と呼ばれる傭兵に率いられたロシアの「13人の兵士」という最強のクローン兵士?と対峙する3人は常人離れして強い、強すぎる。
敵の首領“傷”はもっと常人離れして強いのだが・・・・

著者渾身の2800枚に及ぶ大長編!
確かにご苦労さんではあるけど、なんかなぁ。全部読んでしまった素直な感想としては金と時間がモッタイナイって気もしないではない。
「日本冒険小説協会大賞」受賞作!とあるが、著者のバックグランドを考えると同協会の“身びいき”という側面はないだろうか。


君たちに明日はない

2007-05-05 09:29:12 | 「カ行」の作家
垣根涼介著『君たちに明日はない』新潮社 2005.3.30初版

なんとも因果な商売ではないか「リストラ首切り屋」とは。バブル崩壊後の日本の会社は未曾有のリストラに狂奔したのは記憶に新しい。自らの会社の人事部門が直接手を下すのではなく、リストラの通達、説得工作をアウトソーシングで「専門会社」に委託する。
こんな事が実際にあるのかどうか定かではないが、あるのかも知れない。
指名され呼び出されるリストラ社員もたまらないが、これを遂行する側だって相当なハードな職務である。
一日に5,6人の面接をびっしりこなさなければならない。本編の主人公はまだ30代初めの独身男であるが、その手腕はなかなかのものである。
リストラ対象の会社は多岐に渡る。主人公の真介が凄腕であることは間違いないものの、単なる非情な首切り人かと言えばそうではない。いくつかのエピソードの中でなかなかしゃれた人情味を発揮させる。
一方、やたら年上好みの男であることがこの作品の隠し味?となっており、冒頭の一遍でなかなか味なことをしてくれるが、最後の最後にほろりとさせる算段となっている。
垣根涼介氏といえば数々の犯罪小説で真骨頂を発揮してきた作家であるが、こうした軽妙な作品も上手にこなす作家であることがわかる。
派手なアクションシーンがなくとも作者一流の「人間を見る眼」に一本筋が通っており、それぞれの登場人物がものの見事に魅力的に描かれている。
今まで読まなかったのは本編の題にちょっと躊躇いがあったのだが、作者の今まで思っていたものとは違う側面、魅力を発見した気がする。オススメの一作だ。


フェイク

2007-05-04 20:49:47 | 「ナ行」の作家
楡周平著『フェイク』角川文庫

読み終わって二週間くらい経ってからあまり気が進まないまま感想を書こうと思ったら、何と作品内容を忘れてしまった。
そのくらいインパクトが無い作品とも言える。『Cの福音』でみせた著者のあの切れ味はどこへ行ってしまったのであろうか?
もう数年前からこの著者を見限ってしまった私であるが、たまたま友人から借りて本編を読んだ次第。
正直、心を揺さぶるシーンが出てこない。三流私大を出て銀座の高級クラブでボーイをする主人公がひょんなことから犯罪に組しのし上がって行く様をあまり深刻ではなく軽妙なタッチで描く“コン・ゲーム”小説である。
一箇所だけ感心したのは脅迫した金を「競輪」に賭けさせる下り。ああ、競輪ってこんな仕組みで掛け金が決まっているんだぁ、とそんな仕組みを巧妙に利用した著者のアイデアに感心。ま、そのくらいか。
後はなんかあまりに小説的すぎて何の現実感も緊迫感も湧かない凡庸な作品となっている。