min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

吉村龍一著『焔火』

2013-04-24 15:07:04 | 「ヤ行」の作家
吉村龍一著『焔火』講談社 2012.1.5 第一刷 1,575円+tax

オススメ度 ★★★★☆

第6回小説現代長編新人賞受賞作。この作者の経歴が面白い。陸上自衛隊で橋の爆破なんかをやっていたそうだ。そのお方のデビュー作ということだが、最新作『光る牙』(人とヒグマとの壮絶な戦いを描く)の情報を聞きつけて、それじゃその前にデビュー作を読んでみよう、となったもの。

著者自身による本作の紹介は次に通り。

「ストーリーはですね、昭和初期の東北の寒村が舞台になっておりまして、そこで差別される青年がひとり登場してきます。その青年が、恋人と仲良く村で暮らしているんですが、ある日、その恋人が村の有力者に殺されてしまいまして、復讐のために相手を殺して彷徨するという、ロードノベル形式になっております。その逃亡の中で色んな人と関わり合いながら人間の尊厳を取り戻していくんですが、運命が次々に襲ってきて、安住の地を得られないまま、最後に悪と対決するという、400枚ちょっとの長編になっています。」


ある種マタギ的な生活に“サンカ”の“せぶり”なんかが語られる。鉄はそんな中、自然への畏怖、野生動物への慈しみを持った青年として育った。だが鉄にふりかかる運命はあまりにも過酷であり、時にすざまじいまでの憎悪と暴力が彼を襲う。その度に鉄の“生への渇望”が湧きあがり生き延びてゆく。
著者の、ぬるま湯につかった現代人に「生きるとは何か」を問いかける衝撃的な一編だ。



西木正明著『梟の朝』

2013-04-14 12:58:30 | 「ナ行」の作家
西木正明著『梟の朝』文春文庫 2000.8.10 第一刷 552円+tax

オススメ度 ★★★★★

副題に“山本五十六と欧州諜報戦網作戦”とある通り、第二次世界大戦下の欧州で“TO”と呼ばれた大日本帝国の秘密諜報網を構築せんとした者たちがいた。
その実態は戦後もわが国ではほとんど明かされた事はない。
1944 年6月、アメリカを主軸とした連合国軍がイタリアのローマを陥落し、ノルマンディー上陸作戦が敢行された直後の7日、アペニン山中で在イタリー大使館付武官光延東洋大佐が乗った乗用車が何者かによって襲撃され同大佐が爆殺された。
一体何者が何の目的で光延大佐を殺害したのかは今も謎とされている。西木正行氏は綿密な取材を元に、氏の類まれなる創造力を持って光延大佐暗殺の真相を追究したドキュメント風ノベルを書きあげた。
そもそも主人公であるフリーランス・ライターの“わたし”が光延大佐の死に興味を抱いたきっかけは、別件取材で英国人クライマーで後に冒険旅行家となったティルマンとの出会いであった。
長い船上での同行取材の最終場面でティルマンはスイスの氷河でミツノブに命を救ってもらった経緯があった。その後ティルマンは英国情報部MI5の情報員として第二次ロンドン会議にて山本五十六提督とその随員を世話する事となり、提督の副官として渡英したミツノブがかって自分を氷河で救ってくれた恩人であることに気がつぃた。しかしミツノブはティルマンの事を覚えてはいなかった。そして何年か後、イタリアのパルチザン支援のため乗り込んだアペニン山中で、パルチザンが殺害した日本の将校があのミツノブ大佐であったことを後になって知ることとなる。
数奇な運命で結ばれたふたりではあったが、ティルマンの最後の望みはミツノブ大佐の御遺族がまだ存命しているかどうか知りたいということであった。その依頼を受けた形の“わたし”であったがその約束を果たす以前に依頼したティルマンが南極へ向かう途中消息を絶ってしまうことによって断念された。
その“ミツノブ”という名前がある人物の口述から出てきたのは十年以上経ってからであった。この人物とは須磨弥吉郎といい、当時在スペイン日本大使館の公使であった。この男こそ山本五十六に欧州における諜報機関をつくるべきと意見具申した張本人であったのだ。実質的な“TO機関”の責任者として戦後、須磨はA級戦犯に問われたのであった。
本作品はこうした戦時中に諜報機関に携わったものたち及び関連人物たちからの口述記録や存命者へのインタビューという形で進められ、あたかもドキュメンタリーかと思われる作風となっている。登場する人物はほぼ実存した方々でそれも実名で登場する。

特筆すべきは日本の諜報機関を語る上で、いままで陸軍中野学校及びそれから派生した中国における「児玉機関」の活動しか知らなかった僕にとっても驚きの内容であった。
現在の日本でも今さかんに国家の安全危機管理をどのようにすべきか論議され始めた今日的課題であり、その一つが「情報機関」の設立なのである。
当時同じような考えを持った須磨及び山本提督が受けた既存勢力からの抵抗があまりにも日本的なもので、時代が変わっても事態は変わらないのだなぁ、という妙な感心をしてしまった。
陸軍内部からはもちろん、山本提督が属した海軍内部からも反対意見がなされた事に対して彼はこう嘆いたという「ふだんあまり仕事をしない奴らが、なにか新しい物が出来て、仕事を少しでも減らされそうになると、死に物狂いになって自分の仕事を守ろうとする」と。
これらは軍人も官僚たちも皆一様だったという。かくして全軍を統合するような情報機関の設立は困難を極め、逆に内部から足を引っ張られる形でこの“TO機関”の活動は停止を余儀なくされる。
だが一方、彼らはとてつもない情報をアメリカで握ったのだ。何とかこの情報を内地に送ろうとした須磨公使は光延東洋にその使命を宅したのであった。その情報の内容とは?

ドキュメンタリータッチの作品にミステリー小説としての作者の想像力を加味して出来あがった本作品はなかなか読み応え有るものとなっていると思う。特に光延東洋大佐が抱えていた内容が事実だとすれば、日本の歴史も変わっていたことであろう。