min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

強行偵察

2006-12-30 00:15:30 | 「ナ行」の作家
鳴海章著『強行偵察』 JOI NOVELS(実業之日本社)2006.10.25
838円+tax

鳴海章といえば最近何かと話題となった、北海道特有の競馬を描いた「輓馬」を思い起こす読者の方々が多いと思うが、そもそも「原子力空母信濃」とか「ナイトダンサー」に代表される海・空の軍事モノとして活躍してきた。一方「死の谷の狙撃手」などスナイパーものの著作も多く、本編はこのスナイパーもののひとつである。

物語は2歳の長女の臓器移植手術のため早急に1億円を必要とする現役の自衛官(北海道で強行偵察部隊に所属する海外訓練も受けたプロ)である澤崎を、元警察官僚で自衛隊の諜報分野に出向した経験を持つ古橋が“ある目的”のためリクルートしようとする。
古橋は官僚を辞め独立したのであるが闇金融に手を出し今や借金総額が2億5千万円にも膨れ上がり返済を迫られていた。
かって日米政府がからんだ謀略の中で死んだはずの元CIA工作員「ラックスマン」が生きており、ゴールデンクレセントと呼ばれるアフガニスタンの山中で莫大なヘロインを栽培、精製するクンサーとなっている。
この男を取り除くことで日本政府の“その筋”から相当の金をせしめることができる、と判断した古橋は澤崎とともにパキスタンに乗り込んだ。「ラックスマン」を暗殺するために。

ストーリーにはまるで現実感を伴わないし、主人公を含めた登場人物に肩入れする気持ちにもなれないのであるが、テンポある展開で気軽に読める娯楽作品ではある。

天下城(上・下)

2006-12-29 16:22:30 | 時代小説
佐々木譲著『天下城(上・下)』新潮文庫 H18.10.01  上巻590 円、下巻629円+tax

戦国時代、甲斐の武田軍に攻められ滅亡した佐久の地侍で従弟同士である中尾市郎太と辰四郎の数奇な運命を描いた時代小説である。
辰四郎は生涯、武田軍に抗しいつか佐久に戻ることに執念を燃やし、市郎太はひょんなことから穴太の石積職人となる。
物語は主に市郎太の石積職人として数々の戦国武将の城の石垣を築く場面が描かれる。
本編で興味深い点は単なる石工としてではなく、軍師の視点から「城造り」を行いたい、という市郎太の想いにある。
市郎太は穴太衆と出会う前に漂白の軍師三浦雪幹に師事し全国の城を見て回った。雪幹は墨子の思想を崇め機会あるごとに市郎太にもその考えを教えた。
「城造り」という観点から戦国時代を描いた貴重な作品となっている。石積工という技術者からみた戦国武将の描写もなかなか面白く、小説上ということばかりではなく「中立性」を持った技術者という設定から多くの戦国武将に出会うことが可能となった。
本編に登場する主な戦国武将は織田信長を始め武田晴信、長尾景虎、松永久秀、木下藤吉朗、明智光秀、徳川家康などなどそうそうたるメンバーである。
おまけにフランシスコ・サビエルまで登場させ市郎太に引き合わせている。

さていろんな内外の事情で波乱万丈の生涯を送ることとなった市郎太であるが、晩年数々の城造りを果たした後、堺で愛する人と過ごしながら造った庭園が結局自ら創造したものの中で一番心に安らぎを与えてくれ、また、故郷は自らの内にある、というくだりで感銘深いものがあった。

最後に「穴太衆」というのは実在の石積集団だそうで、古くは6.7世紀に造られた「石棺」の石を積んだ渡来の人々とも言われ興味深いものがある。
また甲斐の「金山衆」といえばこちらはコミックではあるが森秀樹作『ムカデ戦記』を懐かしく思い出した。もちろん『墨攻』も。

損料屋喜八朗始末控え

2006-12-17 20:30:36 | 時代小説
山本一力著『損料屋喜八朗始末控え』文春文庫

「損料屋」という言葉は時代劇でも聞いた事が無い。作者の説明によれば「夏の蚊帳、冬場の炬燵から鍋、釜、布団までを賃貸するのが損料屋だ。所帯道具に事欠く連中の相手の小商いは、威勢の失せた年寄りの生業であった」とある。
だが本編の主人公、損料屋・喜八郎はまだ30前の若さで眼窩が落ち窪んだ眼光するどく身のこなしが機敏な男であった。
実はこの喜八郎、損料屋というのは“表の顔”であって“裏の顔”は札差である「米屋」の二代目を守る私設調査探偵機関?ともいうべき存在なのであった。
さて、この「札差」というのは何かというと、「武家の切米売りさばきの仲介であったものが後には武家相手の金貸し業が本業となった金融機関」のことを意味する。
「米屋」の先代はいかにも頼りない2代目を案じ、生前から喜八郎にお守り役を頼んだわけだ。これはある意味この業界が弱肉強食の世界であることを示すのだが、実際にこの当時の札差たるや相当にあくどい連中が悪知恵の限りを尽くし陰謀を張り巡らす。
その陰謀から米屋を救うため喜八郎はかって理由あって職を辞した与力のコネクションを使って対抗する。
時代小説でありながらハードボイルドのテイストが濃厚な一風変わった時代小説である。当初この主人公に何か馴染めない、キャラに肩入れできない印象を持ったのだが、難事件を解決してゆくごとにその魅力に惹かれていく。

山本一力は「あかね空」に次ぐ2作目であるが、なかなかどうして奥の深い作家とみた。


日輪の遺産

2006-12-12 22:13:53 | 「ア行」の作家
浅田次郎著『日輪の遺産』講談社文庫 752円+tax

マッカーサーがフィリピン独立のために蓄えた時価2百兆円という金塊を奪った日本軍部は密かに大蔵省に一時預けた。敗戦の色が濃くなりいよいよポツダム宣言受諾がなされる寸前5人の将軍たちは2人の軍人に命じて大蔵省からある場所に秘匿するよう命じた。この財宝は後に日本の復興のための財産であることを意味した。

破産寸前の不動産屋である丹羽は持ち金すべてを賭けて競馬場に臨んだ。大穴狙いである。
馬券を購入しようとした時ひとりの老人と出会い彼のモタつきのせいで自らの馬券を買いそびれてしまう。そんな丹羽に対し老人は責任を果たすといい居酒屋に誘う。
老人はあびるように飲み始め制止したにもかかわらず一冊の黒い手帳を残したまま急死してしまった。
死体安置所にまで付き合うはめになった丹羽であるが彼の元へ市のヴォランティアと称する海老沢と老人が住んでいた家主だという金原という老人が加わる。
残された黒い手帳を読み出した丹羽はそこに書かれた内容に驚愕した。なんと死んだ老人はマッカーサーの財宝を秘匿した元軍人のひとりであり、詳細をびっしりと手帳に書き込んでいたのだ。この事実はどうもココへやってきた海老沢と金原も知っているらしい。
ここから丹羽と海老沢そして金原との膨大な財宝の行方をめぐる攻防が始まるのであった。

浅田次郎特有の途方も無い物語であるのだがそこは浅田ワールド、読者をどんどんその世界に引きずり込む。その力量は他の作家の及ぶところではない。
特にこの財宝をある場所で最終的に運び込むことを手伝わされた35人の女学校の生徒たちの結末はどうなるのか。その驚愕の結末がわかるまで読者は気を抜けなくなる。
最後は浅田節で泣かされるのはいつもの通りだ。わかっていても泣かされる浅田氏には脱帽する。

出生地

2006-12-10 16:27:54 | 「ラ行」の作家
ドン・リー著『出生地』(原題:Country of Origin)ハヤカワ文庫 2006.10.15
760円+tax

東京でアメリカ国籍のリサ・カントリーマンという白人女性が失踪、行方不明となった。実はこの女性外見は白人に見えるのであるが日本人と黒人のハーフらしい。彼女の訪日目的は大学院の博士論文を書くためのリサーチということであったが真の目的は自分の生みの母親探しであった。
米国に住む彼女の姉から妹の失踪が知らされ捜査を依頼された米大使館職員のトム・ハーリーは麻布警察署のオオタ警部補に捜査の依頼を連絡した。
彼女の失踪の原因を探るうちに生前彼女が働いていた銀座のバーで彼女を幾度も指名した3人の謎の男たちが浮上する。彼女はまだ生きているのかあるいは殺されてしまったのか?
1980年の東京を舞台にしたサスペンスであるが、この著者は在米コリアン3世で外交官であった父によって自らも東京に滞在していたせいか恐ろしいほど日本の裏事情に詳しい。また外国人としての視点から描かれる東京も面白い。
ただ自らが人種的なマイノリティの米国人ということもあって登場するリサ・カントリーマンとトム・ハーリーがハーフである設定から人種的偏見にまつわる記述が多すぎるのにはちょっと辟易した。
また麻布署のオオタ警部補の描き方が「こんなデカは日本には絶対に存在しない」と思われるもので、違和感というか笑いがこみ上げてきた。
本書は2005年の「アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞」を獲得したということから米国ではそこそこ評価された作品であるのだろう。しかし僕にはちょっと不満が残る作品ではあった。