min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

笹本稜平著『グリズリー』

2011-08-29 17:02:05 | 「サ行」の作家
笹本稜平著『グリズリー』 徳間書店 2004.8.31 第1刷 1,900円+tax
ススメ度:★★★★★

敵はアメリカ合衆国。元エリート自衛官が牙を剥く、たった独りの闘い!
首都東京でたった独り、日本の警察を翻弄し、アメリカの在京CIAを手玉に取り、本国合衆国からの刺客シールズの分隊をも屠った男の最終的な戦闘の場は今や世界遺産となった北海道知床半島の突端に設定された。

詳細ストーリィはアマゾンの紹介文を参照されたい。↓

「元北海道警SAT狙撃班の城戸口は、今では斜里警察署の山岳救助隊員だ。ある日、知床連山最高峰の羅臼岳に登山をしていた城戸口は、中肉中背で顔じゅうに髭を生やし、縮れた長めの髪をバンダナでまとめている男と出遭った。髭や髪に白髪が混じっていないことから、さほど年配でもなさそうなその男は言った。「城戸口通彦。五年前は道警SATに所属していた。俺の心の友を射殺した男だ」薄ら笑いを浮かべるその顔にはたしかに見覚えがあった…。SAT狙撃班時代、札幌市の消費者金融に二人組の男が侵入した。そのうちのひとりは城戸口が射殺。そして、今ここにいるのが、生き残った元エリート自衛官・折本敬一だったのだ―。城戸口と折本ふたりの邂逅は、極限の知床で始まる壮絶な闘いの序章に過ぎなかった。」



常軌を逸したと思われる思考と行動をとるテロリスト“グリズリー”の犯行理由及び実行の方法論に関して、読者側から賛否両論が出るのは当然であろう。
現実の世界情勢、社会状況からすれば非現実的と思われがちだが、冒険小説世界においてはこのくらいのプロットを展開しなければ面白くも何ともないではないか。
たった独りの闘いが世界を変えることなど決してないのは分かりきっているが、このような“熱い男”を描くには必要なプロットなのである。
たとえそれらが“青臭い”とか“非現実的”だとか、フィービとの恋愛描写が甘々すぎるとかの謗りを受けようが「冒険小説」には必要な要素なのである。

ところで、作中に出てくる「Nプラン」であるが、この計画を実行する物語のほうが現実味があるかも知れない。
日本の国家もマスコミも大方知っていて、知らないふりをしている「米軍による核の日本持込」の事実を白日の下に晒す絶好の“プラン”であろう。
今般、「原子力発電」の政府並びに電力会社の絶対安全神話が崩壊したように、日本における核兵器の存在についても、実在する事実を満天下に知らしめ、日米両政府による欺瞞をあばいてほしい。
作中、横田米軍基地内に秘蔵されている戦術核の一発も国会議事堂に打ち込んでくれれば、いかに多くの無知蒙昧な日本国民にも現実がわかろうというものだ。
アメリカ合衆国以上に戦前・戦中・戦後の日本の政治家は全てが万死に値するほど腐り切っている。

ところで本作品も実は今回再読したものであるが、またもディテールはすっかり忘却の彼方。よって改めて新鮮な思いで読むことが出来た次第。
笹本稜平氏の作品では『太平洋の薔薇』に次ぐ傑作であるが、現在警察小説ジャンルに迷い込んでしまっておるようで、再び熱き冒険小説の世界へ戻って欲しい、という“ラブコール”の意味を込めて★5つとさせていただいた。



小川洋子著『猫を抱いて象と泳ぐ』

2011-08-20 00:25:05 | 「ア行」の作家
小川洋子著『猫を抱いて象と泳ぐ』 文春文庫 2011.7.10 第1刷 590円+tax

オススメ度:★★★★☆

11才の身体のまま成長を止めた薄倖の少年は、やがて「リトル・アリョーヒン」と呼ばれるカラクリ人形の下に潜み「盤下の詩人」として有名を馳せるチェスの名人となった。
少年が何故11才の骨格のまま成長を止めたのか。少年の最大の危惧は「大きくなること、それは悲劇である」ということであった。

少年は幼くして離婚した母親の実家に弟と共に身を寄せたのだが、やがて母親は病死。
祖母がたまに連れて行ってくれるデパートの屋上にある遊技場の隅に残るインド象「インディラ」の錆びた“足枷”に心を引かれた。この象は大きく成り過ぎて地上に降りることが出来なくなり、生涯を屋上で過ごした不幸な象であった。
もうひとつは、これは噂話に過ぎないのだが、隣家との壁の間に挟まって脱出できなくなって死んだ少女。少年は架空の存在である彼女のことを「ミイラ」と呼んで、「インディラ」のことを唯一話してきかせる友人としたのであった。
少年は生まれた時、唇が癒着した状態で泣き声も発することが出来なかった。直ちに乖離手術を受けたのであるが、傷口に脛の皮膚を移植したため成長するに連れ、唇から“脛毛”が生えてくるというハンディを背負い学校では格好のイジメの対象となった。

ある日少年は学校のプールで水死体を発見したのであるが、この死んだ男は学校の近くにあるバス会社の運転手であった。このバス会社の裏庭にある廃棄されたバス内に棲む管理人との出会いが少年の運命を大きく変えた。
この管理人のおじさん(マスターと少年は呼ぶ)は少年にチェスの一から手ほどきしたのであった。少年が町のチェスクラブに紹介されるほど腕を上げて間もなく、マスターは心臓麻痺で世を去ることになる。このマスターがまた巨漢で、死んだ後バスの車内から外へ出すことが出来ず、結局バスを解体せねばならなかった。この時点で少年の胸には大きくなる悲劇のことが深く深く刻まれたのであった。

この本のタイトル「猫を抱いて象と泳ぐ」であるが、この妙なタイトルの意味合いが本書を読み進めることによって理解される仕組みとなっている。
チェスに関する物語ではあるが、必ずしもチェスがわからなくとも楽しめる。少年がたまたまチェスに出会った後、それをきっかけに様々な人々と出会い、それらの人々とのチェスの交流は少年を広大な“海”とも“宇宙”ともいえる世界へ彼を誘ってくれるのであった。

この物語は“大人のメルヘン”であろう。何よりも小川洋子さんの紡ぎ出す文章に魅せられる。チェスの「棋譜」が奏でる静謐な世界を是非とも堪能したくなる秀作である。本の帯にある小川洋子さんの紹介文が印象的なのでここに記しておきたい。

【もしどこかで、8×8のチェック模様を見かけるkとがあったら、その下をのぞいてみて下さい。猫を抱いた青年が一人、うずくまっているかもしれません。
とても小さな青年です。でも彼の描く詩は、象のように深遠です。あなたがその詩を読み取り、繰り返しよみがえらせてくれたとしたら、これほどうれしいことはありません。
そのことが何より、彼の生きた証となるのですから。】




百田尚樹著『BOX!』

2011-08-13 00:22:16 | 「ハ行」の作家
百田尚樹著『BOX!』 大田出版 2008.7.8 第1刷 1,780円+tax

オススメ度:★★★★★

『永遠の0』『風の中のマリア』と読み進めてきたのであるが、友人たちから強く『BOX!』も読むべきだ!という声に押されて読むことにした。
正直言って、内容が学園ものでそれもアマチュアボクシングにかける2人の若者の成長譚らしいと分かった時、若干躊躇するものがあった。
というのもかって、いろんな作家がスポーツの種類は違えどこのジャンルを描いているのだが、何故か自分的には好きな分野とは言いがたい。よって、『永遠の0』から『風の中のマリア』へと手を伸ばした次第であった。
だが、百田氏の力量を考えれば自分の独断と偏見は捨てるべきと判断し読み始めた。冒頭、やはりボクシングと言えばこのような書き出しになるであろうと想像した通りの展開となり、いかにも陳腐なプロットの展開になるのでは?と危惧したのだが、今回も良い意味で百田氏に裏切られた。
とにかく主人公の少年ふたりと彼らに絡む先生や級友たち、そして強敵となって少年ふたりの前に立ちはだかる他校の選手(モンスターと呼ばれるほどの強敵)の人物造形とからみかたが絶妙に旨いのである。
本作は著しく成長をとげる少年のひとり木樽優紀とボクシング部顧問となった高津耀子教師のふたりの視点から描かれる構成となっており、とかく視点が絞られがちな少年からの一方的思考、行動をうまく抑えた表現で物語は進行する。
またアマチュアボクシングの中味やプロボクシングとの違いに関して、耀子の視点から読者にも旨いこと伝わるような手法を採っているのが憎いほど上手である。

さて物語のクライマックスを迎えるにあたって、作者は一体どのように結末を持っていくのか!?とハラハラドキドキしたのであるが、何とも見事に纏め上げてくれたではないか。
エピローグにおいて、優紀と鏑矢、そして耀子のその後が読者の想像力を刺激し余韻の残る終わり方にしている。この辺りはやはり作者の並みの作家とは違う優れた“構成作家”たる力量のなせる技と言えるだろう。拍手!

中村航著『夏休み』

2011-08-03 21:33:32 | 「ナ行」の作家

中村航著『夏休み』集英社文庫 2011.6.30 第1刷

オススメ度: ★★★☆☆

先日、ある飲み会でディックさんにお会いした時彼が所持していた本(仲間内の交換用)で、そのタイトルよりも中村航さんという作家名で躊躇せず頂いた本である。

というのも、彼のデビュー作である『リレキショ』をかって読んだことがあり、内容は鮮明に覚えているわけではないのだが妙に印象に残る作品であったからだ。その時の書評は↓

http://blog.goo.ne.jp/snapshot8823/e/94bd5ee3af26d9b8d22dca82273e37c8

とにかく不思議な感性をお持ちの作家さんで、還暦を越えた自分には今一つ分からない世界を描いているのであるが、それでも何故か惹きつける力を持つ作家さんなのだ。

本作品も分からないといえば更に分からない世界を描いており、主人公マモルがユキと結婚した経緯や同居する彼女の母親との関係、更にユキの親友である舞子さんと彼女の夫、吉田くんが係ってくるに至りますます僕の常識を悩ましてくれる。
いくらゲーム世代の主人公たちとはいえ、離婚の可否をTVゲームで決めようなどとは考えられないのである。
しかし、彼らは不真面目であるのではなく、感性的に真剣に取り込むのである。

タイトルの『夏休み』を見ただけでは学生のそれのように思えるのであるが、実は二組の夫婦にとって人生の岐路に立つほどの意味合いを持つ休みなのであって、男同士ふたりの関係も微笑ましく、「ああ、こんな感性を持った人たちもいるんだろうな現代には」と、何となく受け入れてしまうのはさすが中村航さんの世界観なのかも知れない。

とまれ、血生臭い小説ばかり読むのではなくたまにはこうした小説も息抜きになる良い例である。