min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

夢枕獏著『大江戸釣客伝 下』

2014-01-19 17:25:41 | 「ヤ行」の作家
夢枕獏著『大江戸釣客伝 下』講談社 2011.7.27 第1刷 
1,600円+tax

おススメ度:★★★★★

釣り狂いの者たちが恐れていた“釣り禁止令”がついに発令されてしまった。
それでも潮湖と其角は船での釣りを止めなかった。その内他の者で釣りをして捕えられ島流しとなったものが出た。
そんな御時世の折あの“投竿翁”の手による「釣秘伝百個條」という釣指南書が見つかり潮湖の手に入ったのである。そこには“投竿翁”なる人物の棲まじいまでの釣りに狂った人生が浮き彫りにされていた。
“投竿翁”いわく

「そもそも釣りは人の道にあらず、外道の道なり。常々思うところを記せば、その悪きこと博打に勝り、良きこと路傍の石にも劣りたり。粋人のするところのものにあらず、鬼狂いの一種なり。この道に入りて、もどりたる者なし。
博打なれば、金失くなれば止むところ、この道は、金なくとも竿を出すべし。人のする愚かなもののうちにも最たり。
この道に生き、この道に死して悔いなし。他に道なし。」

彼は腕の良い大工であったが、釣り狂いが高じ仕事をほったらかしにし、親のみか妻子の死に際すら釣りに出かけていた始末。人生すべてを失って後、著したのがこの「釣秘伝百個條」なのであった。

本書は江戸時代のこのような釣り、あるいは釣り人を描くのが目的ではない。
釣りに関わる様々な人を通して描く「大江戸文化論」のようなものである。
だから、釣りとは無縁の松尾芭蕉の臨終場面が出てきたりする。これがまた感動的な場面を作り出している。実は本編の主人公の一人である俳人其角の師匠が芭蕉なのであった。
また赤穂浪士の吉良邸討ち入りのエピソードが挿入されており、歴史上の通説とはかなり違った視点から描かれる物語は大変興味深い。
この仇討をされた吉良上野介という人物は。本編に登場する津軽采女の義父であったのだ。

作者あとがきを読んで知ったのであるが本編で登場する主人公たちが実在の人物であったのには驚いた。特に津軽采女は晩年「忘竿堂」なる私的展示室を持ち、そこでこの時代の釣りに関するあらゆる道具を揃えたばかりか、後世に残るような江戸湾の「釣り大全」たる“何羨録”を記している。この本は現存している。