min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

C.J.ボックス著『凍れる森』

2009-06-29 18:33:19 | 「ハ行」の作家
C.J.ボックス著『凍れる森』 講談社文庫2005.10.15第1刷 781円+tax

オススメ度★★★☆☆

現代の米国ワイオミング州を舞台に物語が描かれているのであるが、登場する車や冬場のスノーモビル、現代版銃器のピストルやショットガンがなければこれは米国の西部劇ではないか、と一瞬思える作品である。
何が西部劇的であるかというと、登場するガンマンが西部劇でのヒーローというわけじゃなく、主人公を取り巻く“悪役ども”の行状が西部劇時代に跋扈したような悪役ぶりを発揮しているからだ。とうてい現代の法治国家の公務員(ひとりは森林局職員、もうひとりはFBI職員)のなせるワザとも思えない。

主人公のワイオミング州猟句管理者ジョー・ピケットは家族思いの凡庸な男で、人一倍の正義感を持ち合わせているものの、いわゆるタフガイでもないし、スーパーヒーローには成りえない存在である。むしろ、「悪」と向き合う時には頼りないし不甲斐なさをも感じさせる。
そんな彼が理不尽とも言える敵と対峙し、けっして諦めることなく戦う様が読者の心を揺さぶるのだ。
実は本編はシリーズであり、前作の『沈黙の森』を読んでから本作にとりかかったほうがよさそうである。特に今回登場する里子とした(しようとした)エイプリルの背景となった事情や、伝えられるところによればジョン・ピケトの幼い実の娘とのやり取りなどが重要な要素となるみたいなので、出来れば順番を違えず読み進めたほうがよさそうだ。
全編の印象としては、派手さはないものの、現代アメリカに今尚残る“アメリカ人の良心”みたいなものを復元するような作品である。

池上司著『雷撃深度一九・五』

2009-06-18 17:29:34 | 「ア行」の作家
池上司著『雷撃深度一九・五』 文春文庫2009

.3.1第6刷 629円+tax

オススメ度★★★★☆

本作品は第二次世界大戦の終盤、それも終戦に極めて近い昭和20年7月の太平洋上における日本海軍の潜水艦と米海軍の重巡洋艦との一騎打ちの海戦を描いたものだ。
いつも思うのだが、およそ潜水艦乗りだけにはなりたくない、と思う自分がおり、今回もこの思いは変わることなく、いや更に嫌になってしまった。
とにかくあの閉塞感が嫌なのである。読みながらこちらまで息が苦しくなってくる。
さて、そんな個人的な繰言はこのくらいにして、本作品の半分は史実であることに驚いた。
ウィキペディアによると昭和20年7月30日に間違いなく米海軍第五艦隊の旗艦である重巡洋艦インディアナポリスは、日本海軍の伊五八潜水艦によって撃沈されたのである。
その時、インディアナポリスは原子爆弾(本体そのものではなく、ウランを運んでいたという説もあるが)と部品を極秘裏に運んでいた、というのも事実である。これは全く知らなかった事実で、驚きである。
ここまでは事実であるが、あとの半分以上は著者のフィクションである。
この原爆の送り先が当時フィリッピンに居たマッカーサーであり、米国首脳が彼に原爆を使わせたくなかったが故にわざと日本軍にこの艦を攻撃させた、というくだりは著者の創作であろう。だが、着眼点は卓越している。
見せ場は潜水艦、巡洋艦の両艦長による虚虚実実の駆け引き、戦術の読み合いに尽きる、と言えるのであるが、ここに描かれる戦術の信憑性の評価を私は出来ない。出来ないものの、面白い。
だが、いくつかの疑問点は残る。作中で日本の潜水艦の中で交わされる言葉で
「メイン・タンク、ブロー!」などの英語が頻繁に登場する。
現代では全くこのカタカナ英語は違和感がないのだが、当時は敵性語として使用禁止ではなかったろうか?それとも潜水艦乗りの間ではあり???
それから、指揮権委譲の問題。伊五八は目的地に向かう途中の海域で、敵国艦に襲撃され撃沈された日本の船団に乗っていた少将を救助し、その彼に伊五八の艦長は指揮権を委譲するのだが、これってあり?
これらの疑問を忘れるならば、かなり面白いのは確かだ。
巻末の解説によると、著者池上司氏はあの時代劇作家、池宮彰一郎氏のご子息である、とのこと。
やはり血筋は争えぬもの、息子さんもなかなかの文才をお持ちのようだ。
本作品以外に、同じく第二次世界大戦を描いたいくつかの作品があるようなので、そちらも読んでみようと思う。
ところで、この本は今映画で公開中?の『夏のオリオン』の原作ということであるが、映画化した途端にチンケ?なイメージに落とされそうなので止めておきます(苦笑)

今谷明著『信長と天皇』

2009-06-15 08:00:36 | ノンフィクション
今谷明著『信長と天皇』 講談社現代新書1992.4.20第1刷 583円+tax

オススメ度★★☆☆☆

著者は本書の「はじめに」において、【織田信長の最大の敵は、実は正親町(おおぎまち)天皇であった、というのが、本書でわたしが最も強調したい点である】と述べている。
また同じ「はじめに」で立花京子著『風雲信長記』にある一節、
【即ち信長は(中略)全国にまで軍事制圧を達成し得たなら、必ずや何らかの口実を設けて天皇一族を抹殺するか、又は京都から遥か遠方の地に放逐するに違いないと考える。】
を引用し、自らも
【たしかに信長は、できることなら、天皇を抹殺してしまいたい衝動につねにかられていたと思われる】
と述べている。

おおっと、これは過激な線で論拠が展開されるのね、と期待したのであるが、結果としては全然そうはならない。
信長の正親町天皇への対応のいくつかを取り上げ、次のように結論付けようと試みる。
【正親町天皇は信長の要求が将軍任官にあるのを知って、おそらく安堵したであろう。まさに従来の説が言うように、信長が自ら将軍任官を申し出たこと自体『中世そのもの』なのである。譲位強要、神格化いずれも挫折と失敗の結果、信長も足利氏同様、将軍すなわち天皇の侍大将の地位に甘んずるほかない事実を、思い知らされたのである。】と。

なぁ~んだ、つまらない、こんな結論ならばハナから語った威勢の良さは一体何であったの?と問いたい。
果たして信長という男、本当に今谷先生が考えるような凡庸な人物であったのであろうか?。
当時はもちろんのこと、現代においても、信長という人物がおよそ“鬼”そのものの立ち振る舞いを、比叡山及び石山本願寺を頂点とする門徒宗に対して行ったことを、よもや忘れたわけではないでしょうな。
あの僧侶も女、子供も「皆殺し」にして憚らず、神社、仏閣もそして仏像も何もかも躊躇わずに焼き払う所業は、まさに神も仏もなきものと念ずる悪魔の仕業といわずして何というのか。
ある意味、今までの歴史上の覇権を目指す人物において、既成の倫理、道徳、権威、そして宗教などに一切とらわれることのない稀有の人物として伝えられる信長が、「天皇」だけは別物である、「天皇」だけは手にかけるわけにはいかない、と結論付けるにはやや無理があるのではなかろうか。

歴史のタラレバを語っても始まらないであろうが、果たして本能寺の変が起こらず、あのまま信長が本当に天下を取ったとき、信長は天皇に対しどのような扱いをしたのか!?正に興味深いことである。


開高健著「地球はグラスのふちを回る」

2009-06-11 09:16:13 | ノンフィクション
開高健著「地球はグラスのふちを回る」 新潮文庫 2008.2.25第33刷 514円+tax

オススメ度★★★★★

昭和51年から52年にかけて、更に56年頃までにあちこちの雑誌や単行本に載せられたエッセイの中から、世界中の酒場を遍歴した開口大兄が綴る世界の名酒、珍酒そして酒に纏わる小咄を紹介し、ほかに食・釣り・旅のエピソードを語る珠玉のエッセイ集。
思い起こせば、大兄のまともな小説よりはるかに多くのエッセイ集ばかり読んできた思いがするのだが、このエッセイ集はとりわけ傑作であると思う。
本作の題となった「地球はグラスのふちを回る」という言葉がどこから引用されたのか失念したが、語られる内容からいかにもピッタリとした題名ではなかろうか!
大兄は50歳間近に迎え、健康上の理由から思い切り酒を飲めなくなるまでの、それはそれは羨ましいというか素晴らしき世界の酒との邂逅を、絶妙の語り口で我々読者に披露してくれる。
大兄の酒に対する好奇心、愛情、劣情?賞賛、感嘆の数々は読者を圧倒し魅了させて止まない。
酒以外の章で特に印象に残った表現は以下の通り。

「三十歳以降ほぼ二十年になろうとする私のぶらぶら歩きの見聞によると、旅人の初発の一瞥による弁別では、ふつう“先進国”とされている諸国では、人生が家のドアと、窓と、壁の内側で進行しつつある。しかし“途上国”とされている諸国では、“生”の様相のすべてがとまではいわないにしても、おびただしくが、路上でつぶさに目撃できる。苦。労。病。愉。笑。飢。哀。訴。諦。死。生の諸相のほぼ全てが路上でまざまざと目撃できる国である。」

ああ、なんと的を得た表現であろうことか!これは我が経験からしても真実である、と断言できる!

そして、世界中を行き来した大兄が後年やっと行くことがかなった合衆国の首都N.Yについて記した箇所。

「貧と富、汚穢と清潔、営養と飢餓、美徳と悪徳、剛健と浮華、活力と沈殿、古代と現代、極小と極大、いっさいがっさいが、自然なるままの、秩序ある混沌のまま、ひたすら今日を生きることに没我である」

おお、なんと言う感性表現であろうことか!
かくも魅了されるエッセイというのにはなかなか会えるものではない。

大きな声では言えない?が、本当は大兄がNYのアンダーグランドで体験したどピンク・ゾーンのくだりは圧巻である(謎微笑)