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大沢在昌著『狼花』光文社 2006.9.25第1刷 1,600円+tax
新宿鮫の第一作を読んだのは1990年のカッパ・ノベルスであった。あれから16年経ってこのシリーズも本編で9作目となった。
初めて鮫島というキャリア出身の刑事に出会った時の衝撃と感動は今でも記憶から消えることはない。警察官としての、いや人間としての稀有ともいえる正義感、勇気、矜持といった鮫島の生き様に多くの読者が魅了されたと思う。
昨今の警察組織の腐敗は北海道警察の汚職の例をあげるまでもなく、まさに地に堕ちた状況の中で架空の小説世界とはいえこのような警察官を描くことは大いに価値あることではなかろうか。
それと著者大沢在昌氏の新宿をとりまく社会状況に対する“眼力”はいつも鋭いものがありシリーズ第一作から本編にいたる作品の中で語られるストーリーは実に示唆に富んだものである。
特に日本の、その社会状況が凝縮された場所ともいえる新宿における国内外の犯罪組織の変遷がこのシリーズを読むことによって手に取るようにわかる気がする。
第二作『毒猿』あたりは中国系黒社会の台頭と出身地域による内部の勢力抗争があり、更に他の作品群でイラン人、南米とりわけコロンビア人グループの台頭など新宿を取り巻く犯罪組織勢力図が年々流動していく様が描かれる。
それで今回はアフリカのナイジェリア人の犯罪グループにスポットを当てたところが興味深い。実はここ数年随分彼らの姿が目に付くようになった。
横浜の自宅からほど近い町田市では主に服飾関係に携わるナイジェリア人が跋扈し、常に「服飾」の裏にナルコティックな匂いもうかがわれた。
今いる札幌にもこのアフリカ系黒人の若者たちの姿が見られ、本編のように彼らの中に犯罪予備軍が存在することを予感させる状況下にある。
日本社会における「外国人犯罪」の国際化が今後ますます進行するのは明らかであり、現在の警察力をもってしても太刀打ちできないだろう。
したがって「毒をもって毒を制す」という理屈で鮫島と同期のキャリアである香田理事官は日本最大の暴力団“陵知”を利用しようとする。
それを「警察の死」ととらえ断固として阻止しようとする鮫島刑事との激突がみものだ。
そのほか登場する人物の造詣が巧みでまさに一級の職人によるいぶし銀の味わいのハード・ボイルドに仕上がっている。
中国から日本に渡って金を稼いで帰国したい美貌の中国人日本名明子。彼女に想いを抱く二人の男。ひとりは闇故売市場のシステムを作り上げた仙田、いまひとりはその市場を乗っ取ろうとひそかにたくらむ“陵知”系暴力団の幹部毛利。
さらに香田理事官に盲目的に忠誠を誓う2名の公安刑事。
これら脇役人の存在が鮫島VS香田の戦いをより鮮明に際立たせるのであるが、この中で仙田の存在が個人的には一番印象的であった。彼の“悲哀感”“不信感”“絶望感”というのは同時代に生きた人間でなければなかなか理解できないであろう。
さて、このシリーズに続編はあるのだろうか。あるとすればどのような内容となるのか、予断は難しい。