min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

吉村龍一著『光る牙』

2013-12-31 13:03:59 | 「ヤ行」の作家
吉村龍一著『光る牙』講談社 2013.3.6 第1刷 
1,500円+tax

おススメ度:★★★★★

近年、北海道に棲息する羆が人間を襲ったという事件の中で記憶に残るのは“福岡大学ワンゲル部”の5人のパーティーが日高山系の山の中で襲われ、内3人が犠牲になった事件だろう。
これは1970年の夏に起こった事件で、彼らを襲ったクマは4歳の雌熊で、最初は彼らのリュックから食料を狙ったものであったが、幾度も彼らの周りを徘徊し、恐怖にとらわれ逃げ出した彼らの後を追いひとりひとり倒していったもので、彼らの肉を食すわけでもなく全員の局部を食いちぎっていたという。
数あるヒグマの襲撃事件の中でもその執拗さ、残忍さは群を抜いており、4歳にして未経産であったという個体に何かあったのであろうか。

北海道の羆で大きなものは体重300kgにも達し、後ろ脚2本で立ちあがった身長は3m以上とも言われる。放牧された馬を襲った例では、一撃で馬の首を吹っ飛ばしたといわれる。本州にいる月の輪熊とは個体の大きさは比較にならぬほど大型でその気性も荒い。
学生の時、動物学の教授によれば北海道の羆は現在カムチャッカに棲息するロシアのクマと同類で、北海道が大陸から切り離された時点で北海道に隔離された形となり、狭くなったテリトリィの中で幾代も経過するうちにより凶暴さが増した可能性がある、とのこと。
本作に登場する羆は体重が500kg、身長は4mを超えるという、本来の羆の最大個体に匹敵するものである。
この羆は人間の身勝手な、そして違法な罠によって片手手首を失った、そしてもうひとつの理由(これはネタバレになるので書くわけにはいかないが)によって人間への限りない憎悪そして復讐の念に燃えた巨大なバケモノであった。
こんなモンスターと対峙する森林保護管の二人の描写が素晴らしい。特に主人公孝也の上司山崎の存在がこの物語に一層の厚みを加えている。
北海道日高山中で繰り広げられる二人の森林保護管と白いモンスターの戦いはページをくくる手を決して止めないであろう。

著者吉村氏はデビュー作「焔火」に続いて本作で2作品目を上梓したわけだが、その筆致は格段に力を加え、構成も見事である。これから大いに期待したい作家である。



夢枕獏著『大江戸釣客伝 上』

2013-12-24 17:40:38 | 「ヤ行」の作家
夢枕獏著『大江戸釣客伝 上』講談社 2011.7.27 第1刷 
1,600円+tax

おススメ度:★★★★★

かって、時代小説において釣り談義を題材にした小説というものにお目にかかった事が無い。そんな江戸時代における釣りにまつわる物語をなんとあの夢枕獏氏が描いたもの。
ただし、一読してすぐに分かるのであるが、単に江戸時代の釣り師を描くといったものではなく、釣り談義がいつしかこの時代の徳川綱吉治世の裏面をするどくえぐり出していく。
また江戸時代の遊行文化といったものも語られ非常に興味深い。

この時代小説に登場する主人公は津軽采女(うぬめ)という津軽家四千石の旗本でありながら小普請組で無役。暇にあかせて家臣の者から釣りの手ほどきを受けて次第に釣りの魅力に取りつかれることになる。
更にサブの主人公たる芭蕉の弟子其角、絵師の朝湖がおり、彼らの周辺には紀伊国屋文左衛門、吉良上野介、加えて水戸光圀公が登場して物語の厚みを増している。

何より面白いのは江戸時代の釣りが(今回の対象魚がキスやハゼといった小物が主体で、たまに鯛やスズキといったやや大きめの魚も加わるのだが)今日の釣りと大して変りなく行われていたこと。それは釣り船を雇っての釣り、海岸からの釣りにおいても各人のタックル(竿や針)へのこだわり具合が現代人のそれと比べても引けを取らないほど熱心であったこと。
この時代の遊び人である其角と朝湖の釣りはほぼ完全に遊びのひとつとしての釣りであるのに比して津軽采女(うぬめ)のそれは“釣りとはなんぞや”“釣りの面白さはどこから来る?”といったやや哲学的思索へ誘うのであった。
そんな彼らに衝撃的な出来事が起こるのであった。それは将軍綱吉の「生類憐みの令」が当初犬や馬が対象であったが、ついに魚介類にまで及び、果ては漁師以外魚を釣ってはいけない条例が発布されたのであった。
とにかく釣りの場面は出てくるものの、それをきっかけにサスペンス調の物語が進行し、釣りをするもの、釣りをしないもの、そんなことは関係なく物語に引き込まれる構成となっている。




米映画『キャプテン・フィリップス』

2013-12-03 16:30:33 | 映画・DVD
米映画『キャプテン・フィリップス』

監督: ポール・グリーングラス

原作: リチャード・フィリップス / スティーヴン・タッティ

主演:トム・ハンクス

オススメ度:★★★★☆


2009年オマーンからケニア・モンバサ港に向かった米国船籍のコンテナ船がソマリア沖でソマリア海賊に襲われ、船長が捕えられ救出されるまでの4日間を描いた実話。
ソマリア沖の海賊についてはみなさんもニュースで知っているかと思いますが、その実態についてはあまり知られていないかも。
映画の中でも彼らは自身のことをソマリア漁民と称しておりますが実際は漁民とはかけはなれた武装勢力の戦闘部隊と言えるでしょう。もちろん中には現地でリクルートされた漁民もいるでしょうが。
ソマリアに関して言えば1977年に隣国エティオピアとの間で“オガデン戦争”が勃発し、結果的にはエティオピア軍に押し戻されたソマリア。その後多くの反政府武装組織が跋扈し、ほとんど無政府状態の様相を呈しているようです。
ソマリア沖の海賊はこうした武装勢力の資金源獲得のため行われ始め、その被害額は甚大なものとなっています。

さて、作品ですが極めてドキュメンタリータッチに撮られた映像はリアル感にあふれ、テンポ良く進むストーリー展開は手に汗握る迫力に満ちております。
結末は分かってはいるもののハラハラドキドキ!主演のトム・ハンクスの好演が光ります。今まで何となく彼の演技にヤボッたさを感じつづけていたのですが今回はお見事!と言っても過言ではありません。

最後の救出劇はアッサリと観る方がたが多いかと思うのですが、僕個人の感想としては米軍の非情な冷徹さが恐ろしかったです。
自衛隊もこの海域に出動している昨今ではありますが、果たして我が自衛隊は対処できるのでしょうか?



チャールズ・カミング著『甦ったスパイ』

2013-12-01 14:40:41 | 「カ行」の作家
チャールズ・カミング著『甦ったスパイ』(原題:The Foreign Country )
ハヤカワ文庫 2013.8.20 第1刷 
1,000円+tax

おススメ度:★★★★★


『ケンブリッジファイブ』に次ぐスパイ小説。これは前作よりも面白かった。前作の主人公が歴史学者であったため、いわば素人がエスピオナージ戦に巻き込まれた感があったが、今度は失職した元スパイがその復活を賭けたプロの戦いである。
英国秘密情報部SIS(一般的にはMI6として知られる)に初の女性長官が就任しようとしていた。その彼女アメリアが突然失踪したのであった。
イラクでの捕虜の取り扱いを巡って不本意ながらSISを追われた主人公トーマス・ケルに対し、新長官の部下でありケルの同僚であったマークワンドからケルに彼女を探してくれとの呼び出しがあった。
理由はケルがアメリアと共に一番長く働いており、彼女の思考・行動パターンが最も良く読めるであろうとの判断からであった。
こうしてケルはSISの非公式な要員としてアメリアの足跡を追う事になる。彼女を見つけ出すことによってケルを追い落としたSIS内部の反アメリア派(昔ながらの米ソ冷戦時代の諜報機関を目指す一派)を押さえ、ケル自身がSISに復帰出来る唯一のチャンスとなるはずであった。
ケルは難なくアメリアの所在を見つけ出すことに成功したのであるが、彼女には女であるが故とも言えるある過去のスキャンダルを抱え込んでいた。
このスキャンダルが対外的に知られた場合、SISの威信が失墜するかりか、イギリス外交上の大問題となりかねない内容であった。
このスキャンダルを使って敵対しようとしたのが英国の宿敵とも言えるフランスの情報機関対外治安総局であった。だが対外治安総局そのものではなく、一部のメンバーによる非公式活動であることが分かった。
ここに英国及びフランスの二大情報局の熾烈な非公式諜報戦が火ぶた切って落とされる。
主人公ケルは元スパイとは言え銃すら満足に撃った経験もなく、相手方の殺し屋に対してもほとんど対する術(格闘術)を持たない。スパイというよりも一般企業におけるプロマネ的存在であり、現場より事務屋上がりといった40男である。
こうした背伸びしないスパイ像が読者の共感を呼ぶのかも知れない。しかし、彼の元に集められたSISの非公式な技術要員や戦闘要員はその道のプロであり、対フランスとのエスピオナージ戦には思わず手に汗を握ることになる。
派手なアクションシーンは少なめに抑えられるが、双方の心理・情報戦の描写が素晴らしくまさにページ・ターナーとなること請け合い。登場する主人公ケルやSIS長官アメリアはもちろん各SIS要員のキャラクター造詣も上手になされ、久々の本格的な“スパイ小説”を堪能出来た。