min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

火坂雅志著『蒼き海狼』

2010-11-19 22:47:51 | 「ハ行」の作家
火坂雅志著『蒼き海狼』小学館 2001.10.10 第一刷 

オススメ度:★★★★☆

二度にわたる元の襲来を台風によってからくも逃れた日本。鎌倉幕府が置かれた鎌倉の海のひとつ江の島の浜辺で一人の若者が波乗り(今でいうボディーボード)に興じていた。
彼の名は朝比奈蒼二郎。かって北条氏の支配に抵抗して反旗を翻した朝比奈一族の末裔である。
一族は北条氏との戦いに敗れ、今の韓国領済州島に逃れて一時平穏に暮らしていたが、やがてモンゴル軍が併合した高麗軍と共に済州島に襲いかかった。
高麗軍の反乱軍とともに済州島を守った朝比奈一族はこの島で壊滅した。父をこの戦いで失い、生き残った蒼二郎は奴隷として働かされたが隙を見て逃走。父の故郷江の島に辿りついたのであった。
鎌倉幕府の役人に捕えられた蒼二郎は執権北条時宗の懐刀、平頼綱によって斬首刑から救われたものの、命と引き換えに、元に渡り日本の間諜になるかあるいは斬首刑を再び選ぶかを迫られる。
蒼二郎としては宿敵北条氏が治める日本のために働くのはまっぴらごめんであったが、北条氏以上に憎いのは父と生まれた島を奪った元であった。

大陸に渡った蒼二郎は現地の宋人の秘密結社の協力を得て、元が三度日本を攻めるための造船を急いでいるという情報を探るため諜報活動に入った。
しかし、元の官憲に捕えられ、元の首都(今の北京)に移送された。
彼が唯一生き残る可能性があったのはフビライ汗の御前で催される格闘技の大会で勝利することであった。
秘密結社の差し金でそのフビライ汗を暗殺する意図で競技に参加し、今一歩のところで失敗し、逃走をはかる。艱難辛苦を乗り越え日本まで逃れた蒼二郎は元の造船情報を鎌倉に送ったのみで、自らは南方の大越(ベトナム)に密航する。
大越は時を同じく元の攻撃にさらされていた。蒼二郎はここで傭兵となって元と戦う道を選んだのだ。果たして蒼二郎の元への復讐はなるのか?そして蒼二郎は再び日本の地を踏むことができるのか?
海の一匹オオカミ蒼二郎の壮大な冒険譚が繰り広げられる。

元寇を日本ではなく大越(現在のベトナム)を舞台にして描く異色の時代小説。
主人公は北条氏に敗れ済州島に逃れた武士と中国の宋の女性との間に生まれた蒼二郎。故郷を喪失した若者は、どこの国に属するか?ではなく、自分の故郷は“海”と定め、何物からも束縛されることのない、自由な海人として己が人生を全うする姿は鮮烈だ。



麻生幾著『外事警察』

2010-11-16 22:30:03 | 「ア行」の作家
麻生幾著『外事警察』NHK出版 2009.9.20 第一刷 

オススメ度:★★☆☆☆

本書は著者である麻生幾氏がNHKより「テロ対策をテーマにドラマをつくりたいので、その原作小説を書いてみないか?」という依頼により書き下ろされた作品である。
ドラマは09年秋、NHK土曜ドラマとして放送の運びとなった。

結論から先に述べよう。ドラマでも麻生幾原案となっていたのだが、なるほど正に原案であって、原作ではない。
確かに登場する警察組織、テロリスト集団名、登場人物は原作からほぼそのまま流用されているが、物語そのものは大幅に脚色されている。
それが原作よりもドラマの脚本構成(脚本:古沢良太)のほうが遥かに秀逸で面白く深みがあるのだ。
前回、同著者の『ZERO』の書評でも述べたのであるが、この麻生幾という作家は小説家としての才能があまりにも乏しいのである。『ZERO』同様エンタメ小説としては全くつまらない。作者の思い入れ、情念が先走りしてしまい、読者は著者の先走りについていけなくなるのだ。
是非、この方には小説家というよりもドキュメンタリ作家に転向されることをお勧めしたい。
さて、日本がかねてよりスパイ天国と揶揄されているように先進諸外国のような防諜機関は存在しないと言われている。
では国家の安全に対する防諜はどこが行っているかといえば、公安警察がほぼ一手にその任についている。
対国際テロリズムは警察庁国際テロリズム対策課が取り仕切っているが、本編では警視庁外事第3課が行っている。それも表の組織ではなく、更に秘匿された裏の作業班、住本チームの物語だ。このような裏組織が実存するか否かは不明。

時あたかもつい先月、実存の警視庁外事第3課の情報が何者かの手によってネット上に流されるという怪事件が発生した事は記憶に新しい。
公安担当者や監視対象者、そして協力者の個人情報ばかりか、捜査の手法、状況まで白日の下に晒されてしまうという前代未聞の警察の失態が報じられた。
この事件をみる限り、やはり麻生幾氏の描く世界が空絵事でないことを物語っている。
それにしてもかかる失態は、関係者の命に係るばかりか、世界の諜報機関からも日本の公安警察が信用を完全に失い、今後自由世界からの情報が供されない事態も想定される。改めて日本にもまともな防諜組織の整備が必要とされる思いがする。



コーディ・マクファーディン著『戦慄 上・下』

2010-11-11 19:53:34 | 「マ行」の作家
コーディ・マクファーディン著『戦慄 上・下』(原題:The Face of Death)ヴィレッジブックス 2007.11.20初版 

オススメ度:★★★★★

FBI特別捜査官スモーキー・バレットシリーズの第二弾。
前作「傷跡」で心も身体もズタズタに傷ついたスモーキーは殺害された親友の愛娘ボニーを結局引き取った。事件後全く口をきかなくなったボニーではあるが、ボニーの存在が今のスモーキーを支えていると言っても過言ではなかった。
もちろんボニーにとってもスモーキーはなくてはならない存在であった。
二人は過去の忌まわしい記憶を乗り越えて何とか前向きに生きようと努力をしていた。
そんな時、スモーキーの携帯電話に入ってきた事件は戦慄すべき事件発生の予感を持たせるには十分すぎるものであった。
16才の美少女が自らの頭部に拳銃をつきつけ、スモーキーを名指しで呼んでいるというのだ。更に彼女のそばには殺害され腸を抜かれた血みどろの両親が死体となっている。
一体、何が起きているのか?スモーキーは部下のキャリーと共に現場へ急行するのだが、これはその後起きる事件の端緒にすぎなかった。

人間はいったいどこまで残虐になれるのか?を読者に問う著者の発想は我々の想像を簡単に飛び越えてしまう。
悪魔でも(我々が知り得る通常の悪魔?)ここまでしないだろう、と思われるほどの残虐さで、要は肉体的な残酷さに加え徹底的に人間の魂を焼き尽くすような残虐さは、かってどのような映画でも小説でも経験した例がない。
犯人像が全く見えてこない。犯人の目的は?動機は?どんな人物像?ほとんど霧の中だ。
作品中、被害者の美少女サラの手記がその手掛かりを与えてくれるのだが、この日記の内容そして使われ方がなんとも効果的なのである。
これほど残虐なホラー・ミステリーでありながら読後感にカタルシスがあるのは、残虐さに対抗するように描かれるスモーキーたちの人への“思いやり”と“やさしさ”のせいであろう。
著者の執筆テーマではなかろうが、本作を読むにつれキリスト教というものが、実は神の敬虔な愛の裏側には“憎悪”と“復讐”が歴然と存在するということに気づかされる。
仏教的な“慈悲”の世界に多少でも触れることが出来る我々の世界とは大きな隔たりがある。
著者は前述のスモーキーと仲間たちの“思いやり”と“やさしさ”で何とか打ち勝とうとするのであるが、やはり儚さを感じざるを得ない。
新人の第二作目はなかなか第一作目を超えられないものと相場は決まっているが、これは珍しくも例外的作品である。著者のコーディ・マクファーディンは類稀な本物の実力派ミステリー作家と言えるだろう。


カルロス・ルイス・サフォン著『風の影(上・下)』

2010-11-01 23:24:44 | 「サ行」の作家
カルロス・ルイス・サフォン著『風の影(上・下)』(原題:LA SOMBRA DEL VIENTO)集英社文庫 2006.7.25初版 

オススメ度 ★★★★☆

1945年のスペイン、バルセロナで11才の少年ダニエルは書店主の父親に連れられて「忘れられた本の墓場」に行く。そこで偶然手にした『風の影』という小説に魅入られてしまう。本の内容から更に著者であるフリアン・カラックスという人物の謎に興味を抱き、彼の過去にせまろうとする。
フリアンの過去を追うに従い、自分の境遇に妙に一致することに気がつくのであるが、やがてフリアンの過去が判明するに従ってダニエル自身にも危険がせまってくる。

主人公ダニエルとシンクロするようなフリアンの過去は、スペイン市民戦争が勃発する重い暗雲がたれこめる時代背景とあいまって、太陽の光があふれる情熱の国スペインとは対極の東欧の陰鬱な気候のように、暗く、凄惨な物語として綴られる。
二人の恋は共に19世紀のシェイクスピア悲劇のように重苦しく描かれ、やがて双方の恋が悲劇に向かって周囲の家族、友人を巻き込みながら突き進んでいく。

上巻は著者の文学的情念があふれ過ぎた感があり、読み手には冗長とも思われる。もつれた糸が錯綜し、一体この先どんな展開になるのか分からなくなる。
そんなある種いらつく感情を持ってしまうのだが、下巻になってそのもつれた糸が一気呵成にほぐれていく様は圧巻だ。ストーリィテリングの巧さに加え、重厚な文学作品のように仕上がった本作品は十二分に読み応えがある。