min-minの読書メモ

冒険小説を主体に読書してますがその他ジャンルでも読んだ本を紹介します。最近、気に入った映画やDVDの感想も載せてます。

極北の狩人

2009-09-30 05:52:31 | 「サ行」の作家
椎名誠著『極北の狩人』講談社文庫 2009.6.12 第1刷 600円+tax
(本書は2006年6月、講談社より単行本として刊行されたものを文庫化)

オススメ度:★★★☆☆

椎名誠さんて、作家でしたっけ。なんか、シーナ探検隊どこそこへ行く、といったような雑文を書く人だと思っていたが、本書では一応自分のことを作家として名乗っていた(ロシアで地元の記者に聞かれて)。ま、いいでしょう。
というわけで、彼の作品は過去読んだことがない。しかし、極北に住むエスキモーに興味があるし、特にカナダエスキモーの「イッカククジラ」漁のことが書かれているみたいなので本書を手にした。
思っていたよりもはるかにマジメな内容?で、楽しんで読み進めることが出来たのは望外の喜びであった。

カナダやアラスカのエスキモーについては、かなりのメディアによって我々も知る機会が多いのであるが、「エスキモー」という言葉が実は差別用語で「イヌイット」と呼ぶのが正しい、ということは本書で初めて知った。
この差別用語の規定は誰が決めたのか定かではないが、ことさら日本のメディアはうるさく、本書を執筆するにあたってもことごとく「イヌイット」と直されたという。
ところが、当のエスキモー達が自分たちのことを「エスキモー」と自称する、というのだから笑止千万。
白人がよってたかって彼ら先住民族を追いやっておきながら、呼称程度で何を今更!と思うのだが。
本書でも述べられているが、彼らエスキモーの文化(食文化を始め、全ての生活様式全般の意味において)が、「文明化」の名の下にほとんど崩壊の憂き目にあっていることを改めて認識させられた。
古くは「文明人」によって“疫病”が持ち込まれ、そして同時に“アルコール”が持ち込まれ彼らを徹底的に陥れた。
最終的に彼らを破滅に追い込もうとしているのはアメリカ的「大量消費文化」であることは大いにうなずけるところだ。

カナダやアラスカのエスキモー達に比べ、本書の最後に取り上げられているロシアに住むエスキモーたちは貧しいながらもこの「大量消費文明」の毒牙にかかっていない分幸せに見える、と記されている。
単に「文明化」によってこれらの人々が幸せになるわけがないし、それ以上に「国家」がこれら少数民族たちを国家のエゴによって迫害してきた事実を我々は忘れてはいけない。

山本兼一著『火天の城』

2009-09-27 16:46:47 | 時代小説
山本兼一著『火天の城』 文春文庫 2009.1.30第3刷 590円+tax
(本作品は2004年6月に文芸春秋社より単行本として刊行されたものの文庫化)
オススメ度★★★★☆

本作品は織田信長が安土の地に自らの壮麗な城を築いた時の一部始終を描いた壮大な城つくりの物語である。
もちろん信長が築いたと表現したが、築かせた、という意味である。その陰には幾千幾万の城を築いた人々と、その築城の頂点に立って指揮した普請大名の他に当然技術的な取り纏めを行った大工の総棟梁が存在した。
この物語の主人公は信長から築城の設計から施工の全てを任された岡部又右衛門とその息子、そして岡部一門の大工たちの苦闘を描いたものである。

信長は軍事的、政治的な面において未曾有の才能を発揮した天才と伝えられるが、一方茶の湯及び茶器を初め、絵画、建築など美術、芸術の方面にも並々ならぬ関心を示し、その鋭い感性と類稀なる美意識は他の武将をはるかに凌駕していたと言われる。
信長の軍事的な側面からの築城はもちろん重要な要素であるが、美意識の集大成としての「安土城築城」は大工たちにとって無理難題の集大成であったとも言える。

物語の骨子はこの築城に纏わる技術的な数々の難題を解いていく過程を描くばかりではなく、岡部又右衛門とその息子の、大工として生まれ落ちた者どうしの壮絶な葛藤を描いたところに着目したい。
親の目からすれば息子は何時までも半人前で、偉大な父を持った息子は時にその親の存在自体が大きな妨げに思えてくる。激しい親子間の葛藤の後に本当の親子としての絆は生まれるのか?
現代においても会い通じる親子の葛藤が本作の大きなテーマのひとつであろう。

ところで巻末の解説にも書かれていることであるが、安土城の築城に関しては充分な歴史的資料が現存しておらず、例えば使用した木材がどこから得られたかというような基本的な情報すら明らかではないという。
そんな中、作者である山本兼一氏は綿密な歴史資料の収集、調査を行った上で、誰しも考え付かなかったような想像力を駆使してその木材の入手ルート、隠されたエピソードを辣腕をふるって創作してゆく。その手並みはお見事と感嘆するしかない。
あと、城の礎となる城壁の石積みに、あの「近江穴太(あのう)の石工」が登場するが、戦国時代の築城物語に興味がある読者には堪えられない魅力である。

山本兼一著『雷神の筒』

2009-09-14 07:23:13 | 「ア行」の作家
山本兼一著『雷神の筒』 集英社文庫 2009.3.25第1刷 667円+tax
(本作品は2006年11月に集英社より単行本として刊行されたものの文庫化)
オススメ度★★★★☆

織田信長の軍が長篠の戦いで甲斐の武田騎馬軍団を三段がまえの鉄砲隊で打ち破ったことはつとに有名な話である。
作者、山本兼一氏はこの長篠の戦いの戦法にも疑問を持つのであるが、その話は置いといて、では一体誰が織田の軍団に鉄砲を教えたのか?という点に照準を合わせた作品である。
作者が着目したのは橋本一巴という人物。どうも実在した人物のようであるが、『信長公記』ではほんの数行その名が記載されている程度の人物らしい。確かに信長に鉄砲を教えたとあるが、作中描かれる内容はほとんど作者の創造といっても良いようだ。
また、作中に雑賀の孫市が登場し、主人公橋本一巴とからむシーンが重要な要素となるのだがこれらも全てフィクションの世界のようだ。それはそれで全く問題はない。
さて、この作品で描かれる織田信長であるが、今まで読んだ時代小説の中でも際立っていやらしい織田信長像となっているかも知れない。
それは橋本一巴に対する過酷なまでの扱いのせいであろうか。織田信長は若き日より誰よりも鉄砲の威力、戦略上で鉄砲が占める重要性を認識しており、そのために橋本一巴を重用したのではあるが、その貢献に対してけっして手厚い処遇を与えたわけではない。
いやそれどころか、理不尽なまでに橋本一巴に対し要求度を高めてゆく様は異常なほどである。
何故そこまで橋本一巴を憎むのか?その答えのひとつの理由が、橋本一巴の持つ「したり顔」であった、とするところがいかにも信長らしい、といえば言える。
鉄砲伝来の事実関係(単にポルトガル人が伝えたわけではない)の別の角度からの描写や、信長の描き方、更に冒頭で述べた長篠の戦の模様の実態などなど、かなり作者独特な切り口で語られるところが新鮮であった。
実はこの作者、織田信長にまつわる作品を他に2作上梓しており本作が3番目。
逆に『火天の城』→『白鷹伝』と読むのも一興か。


佐々木譲著『制服捜査』

2009-09-08 06:31:07 | 「サ行」の作家
佐々木譲著『制服捜査』 新潮文庫 2009.2.1第1刷 590円+tax
(本作品は2006年3月に単行本として刊行されたものの文庫化)
オススメ度★★★★☆

もう何度か本ブログでも述べてきた事であるが、作家佐々木譲はけっして「警察小説」の大家というわけではない。
確かにこのところ立て続けに警察小説を上梓しており、この間だけを取り上げたら「警察小説作家」と呼ばれても不思議でない状況ではある。
もうそろそろ違う分野の作品にも手を染めて欲しいと願うのは僕一人ではないと思われるのであるが、本作品「制服捜査」は以前からかなり気になっていた作品であったので読む結果となった次第。

何故気になっていたかと言えば、北海道警察の不祥事を背景にし、制服警官を描くという本作が、氏が描く一連の警察小説郡の中でひとつの「原型」となった作品ではなかろうか?と思った故であった。
本作品は2002年に発生した道警内の不祥事を発端に、今まで長年刑事畑を歩いてきたベテラン警部補が長年勤めてきた札幌から、十勝地方の小さな町の駐在警察官としての任務を発令され、そこで遭遇したいくつかの事件が描かれた短編集である。

十勝地方の田舎で発生する事件が「大事件」であるわけがない。小さな町のどこででも起き得る事件を描きながらも、田舎に飛ばされた辞令に腐ることもなく、警察官の“矜持”をけっして失うことなく事件解決に当る川久保警察官の姿が好ましい。
時折見せる“元刑事”としてのカンが生かされて事件が解決した場合もあるし、所轄の捜査では故意に見逃しされかねない事案に対しては時に“鋭い対処”をも躊躇しない。
それと、今更気づいたのであるが、制服警官には「捜査権」がないこと。だが、川久保警部補はそれとなく目立たないように独自捜査らしきものを行う。
ある種異色の駐在警察官を描いたが故に「制服捜査」というタイトルの「捜査」が付いたのであろうか。
田舎には都会とはまた異質の田舎特有の確執がある。その辺りの機微を佐々木譲氏は巧みに描き出してくれる。
「駐在警察官」として警察人生の晩年を送る川久保警察官の生き様が、読了後深い余韻を残してくれる短編集である。