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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

駝鳥の足王国

2011-03-11 | 作り話
住宅地の間を走る私鉄沿線。
大阪から宝塚に近づくにつれ、急行電車も停車駅が多くなり
人の数もほどほどの、ゆったりした雰囲気になる。
通路を挟んで細長く向かい合う座席の車両で
わたしの斜め向かいに年配の女性が一人座った。
大きな黒い四分音符のような、二胡のケースらしいものを持った小柄な女性。
肩上までの黒髪は、毛先のカールしたボブで、
白に薄い小花模様のブラウス、濃いめのベージュのスカートを着ている。
黒い布のバッグを膝の上に置きレースの日傘を手にしている、
この沿線にたくさんいるお稽古帰りの普通の奥さん、に見えた。
その小柄なおばさんが、通路をはさんで、ななめ向かいの席から
バイオリンのケースを見て、わたしのと換えましょう、と言う。
断固とした口調で。
え?と周りを見回すが、わたし以外その女性との間には誰もいないので
わたしに話しかけたのだとわかる。
「それ、わたしのと換えましょう」

わたしのバイオリンは茶色くて四角い長方形のケースに入っている。
3年前に買ったお気に入りのバイオリンで
高価なものではないが、毎日弾いていて愛着もある大事な楽器だ。
「は?」ともう一度聞き返す。
「換えましょう。換えなくちゃ」

おかしい人かも。
大事なバイオリンに危険を感じてはっきり答えた。
「いえ、これはバイオリンでニ胡じゃないですから。」
いや、二胡だったとしても、知らない人と交換するわけにはいかないんだけど
とりあえず。

「いえ、これも二胡じゃないですから」
断固とした口調に似合わぬ朗らかな笑顔でそう言い、
四分音符のようなケースのふたを、そっとあけて
わたしに中身が見えるようにした。

二胡という楽器を生でちゃんと見たことがなかったので
それが本当にそうなのか自信はないけど、
それはわたしの知っている二胡のように見えた。
でも、向かいの席の女性は「ほらね」と微笑み
丁度わたしにだけ聞こえるような声でお経を読むような抑揚で続けた。

悪の駝鳥族に追われた、駝鳥の足王国の王。
小さな駝鳥の足に姿を変えて
中国経由でやってきた。
二胡のケースにぴったりの
子ども駝鳥の足の姿になって。

それに気付いた悪の駝鳥族の魔法使いに
呪いをかけられ、もとの姿に戻れなくなってしまって
でも、それを逆手に取り、逃げてきたの。
この宝塚の地まで。

やっぱりおかしな人かも。
わたしはしっかりと自分のバイオリンケースを抱え
二胡との交換を態度で拒否した。

でも、「それ、あなたのそれも本当にバイオリン?」
二胡のケースを閉じながらそう言う女性になぜか不安になり
長方形のバイオリンケースの短い辺のファスナーをそっと開けて
隙間から中を見た。
暗くてよく見えない。
ファスナーをもう少し開けて確かめた。
それはいつもと何の変わりもない、わたしの大事なバイオリンだった。
ほっとして顔を上げると
前の座席には二胡のケースを持った年配女性が3人いて
二胡の先生や練習の話を和やかにしていた。
3人の真ん中に、さっきわたしに話しかけた女性がいたけど
まるで何もなかったかのように談笑している。

呆気にとられるより、なんだか面白くない気持ちになって
その女性の二胡ケースをにらみつけているうちに
次の駅に着き、その3人の女性は揃って電車から降りていった。

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