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sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

9月のつぶやき:後半

2016-11-05 | つぶやき
Of course you don't owe me anything.
You even believe that there's no "us" between us.
8年前くらいに書いたつぶやき。
「us」とかなんとか、そういうタイトルの映画見たあとだったか。


8年ぶりに出たGKBRに恐れおののきながらも退治して、疲れ果てました。
なんか全身ぞわぞわして気持ち悪いぞ。


二重国籍の人について、やっぱり政治は任せられない、
だって何かあった時に向こうの味方するかもしれない人を信じられないでしょ、
というようこなこと言う人が多いけど、
その「何か」が起こらないように死ぬ気で頑張ってくれるのは、
複数のルーツを持つ人なのではないでしょうか、と思うけどな。
「何か」を起こしたがってる純粋な?日本人(時に日本人すごい教の人たち)より、
そもそもその「何か」が起こらないように必死になってくれる人の方が、
ずっと信用できる。
何かってなんだよ、戦争かよ、ああ、確かに純粋な?愛国者って
やたら戦争したがるよなぁ。


本屋のBGM。いつもは何が流れてても聞き流してるのに、
ふと耳に止まった懐かし歌、♪おーとーこーなんてーシャボン玉〜♪・・・
どっちかというと、わたしのほうがシャボン玉ですかね。
人魚みたいにきれいになるわって歌詞が好きだったなぁ。
うまく行かへんかったなぁ。


ほんま、人の話聞くの下手だなという人と会話をしたけど、読解力の問題かな?
いや、相手と向き合わないからだな。自分の言いたいことでいっぱいで、
相手の話をきちんと聞いてない、部分的にさっと拾って
自分のいいたいことの材料にするだけだから、全然話がかみ合わない。


この人は謝ればいいのに、この人は許せばいいのに、
この人は少し甘えればいいのに、と人を見ていると思う。
自分がどれもできているかというと、また別の話なんですけどね。

事なかれ主義で、ケンカできずに、流されるだけのわたしの問題も深いけど。


スクラブしてボディクリームも塗ってすべすべ。
前に「男のためじゃない」だかなんだったかそういうハッシュタグあったけど、
これもそうだよね。
別におデートがあるわけじゃないけど、すべすべしてると自分が幸せだからする。


うさこさんのいない、中秋の名月。
お団子も月餅もなしぼーっとうさこさんの写真を見てる。

抱っこは最後まで断固拒否の孤高のうさぎだった。
人間にも最後まで関心がなくて、自分の頭を撫でる手にしか用はなかったみたい。
つれないウサギだった。
でも長生きして死ぬまで毛並みもよくかわいくて、いいうさぎさんだったなあ。

うさぎがいるからどこにもいけないと、よくぼやいてたけど、
もうちょっと生きててくれてもよかったのにな。もうちょびっと。


地下鉄に乗って出かけると、いろんな国の言葉が聞こえる。主にアジアの。
見渡すと幾つかの国から来た人たちがあちこちに見える。
インターナショナルやん!と思う。
インターナショナルって白い顔と金髪の英語を喋る人たちがたくさんいることだと
思ってる日本人は、まだ多そうだけど。
そういう白いインターナショナルが好きで、
アジア人のいろんな黒い髪だらけのインターナショナルに顔をしかめるような人は、
自分がどちらの一員なのか、日本はどこにあるのか、
よく考えてみたほうがいいんじゃないかな。


すごく編んでる。編み物ハイ物質が出てると思うなう。


頭の回転が早く、論理的思考ができて、知識の豊富な、ちょっと嫌な人と話すのと、
ものを知らなくて幼稚で自分でちゃんと考えることができてない良い人と話すのと、
どっちが楽かは、その時の自分の状態によるなぁ。どっちもエネルギーいるけど。


どこに行こうかと思ってたらお友達が通りがかってこの店いいで、って。
そこで軽く腹ごしらえして、クツワムシの声がうるさいというバーに。
そのバーに磯江毅のポスターがあって、聞くと、
磯江さんとは仲が良くてよく来てたとのこと。
なんかうれしい。いい店でした。楽しかった


暑い季節には使えない手なんだけど、熱いミルクティは、
どろどろに沈む気持ちを少し和らげてくれる。
やっとこの手が使える季節になってきた。
甘いビスケットがひとかけあると、なおいい。


何年もプロフィールに「絵を描き楽器を弾き写真を撮り、そのどれも下手。
でも美は細部に宿る、よね。10歳うさぎと同居。絵の先生とかやってます。
日本画/映画/文学/バイオリン/ピアノ/写真/ダメな酔っぱらい」と書いてたけど、
うさぎ死んだし、お店も閉めたし、うんと簡単なのにした。


好きなことだけしようと思うと、世界がどんどん狭くなる。
こじんまりした偏屈な人間なので。あんばいがむずかしいですな、


ドライブは好き。何かしながら、しゃべるというのが好きなんだなと思う。
ニットカフェとか。ドライブはでも、わたしは運転しないので、
何かしながらなのは運転してる人だけですが。
ああ、わたしは景色を見てるなぁ。景色を見るのは案外忙しい。


運転が上手い人に生まれたかったなぁ。
車って、どこでもいけると思うのって、いいよねぇ。


ザーザーザザーザザーと、全然風情のない降り方です。
太くて硬い刷毛でまっすぐに上から下へペンキを塗るような、雨の音。


大事にしてくれる人と一緒にいても、
自分で自分を大事にしてない感ばかり募るな。


昨日はたくさん彼岸花を見た。たくさんたくさん。特に好きな花ではないけど、
ちょっと田舎の景色の中にあるのはかわいい。
子供のいたずらか、歩道の柵の上にちょんちょんと彼岸花の花が乗ってて、
それもかわいかった。
いっぱい咲いてるから、そういう遊びもするんだな。


動物を飼っていたということは、その後の人生にもずっと何かが残ることなんだなぁと
ウサギが死んで3ヶ月以上経って思う。
懐かしく切なくかわいい思い出が、ずっとついてくるよね。
動物に限らないけど、いい思い出というのはお金で買えないからな。
まず体験しないといけないしな。それから思い出になる。


やさしくないなぁ、と思う人。
厳しい人と他人に興味がない人の違いを考えてる。


引くべき時に押して、押すべき時に引く男って、ダメやなぁ。


あ、そういえば、「シングストリート」には、
うさぎもちょこちょこ出てきてかわいかった。


その場しのぎの目先の楽しさは、やめるのは簡単だけど、
その場しのぎの目先のラクさ居心地の良さは、やめるのむずかしいなぁ。、


いじめというものに加担したことがあるかを考えて、全くない!と言い切れる人は、
むしろちょっと怪しいと思ってしまうけど、
自分自身を思うと学生時代はあんまりなかったようには思う。
そんな余裕なかった、いつもはみ出してたから。
でも無自覚に何かに加担した可能性はゼロではないかなぁ。


安い美容院だと、おでこまで染められる
安かろう悪かろうには、あまり文句は言えないよなあ。仕方ない。
でも、もうちょびっとだけ丁寧にやっても、
手間も時間も特に変わらないのになぁと思う。


落語は編み物の友。いつも聴きながら笑いながら編んでる。


ワンピースを買ってしまったので機嫌が直ってる。
ワンピース好きだなぁ。ミニスカートも好きだけど。

服のこんまりは難しい。ときめくものを残すと、捨てるものがない。
必要じゃないけどときめくものは、すごく多い。
必要でないもの捨てなさいと断捨離の人に言われる方が楽は楽。
でも必要じゃないもので、生活は楽しくなるんだもんなー

何年も着てなくても捨てられない服もある。
この先着なくても、まだしばらく持ってると思う。
だって好きだもん、というようなもの。
無駄だし必要でないものだけどさ。
ものに愛着を持ちやすいので、そもそも物を増やさないようには気をつけてる。
写真もRAWで撮らない(意味違うか?w

データにしろ、リアルのものにしろ、ストレージをあんまり多く持ちたくないんだよ。


家さえきれいになったら人生がうまくいくようになると思ってる。


見えなくなるマントも、着ると超人になるスーツもいらないから、
たまに、体のでかい男になりたいときはある。
それだけで、世の中で小さいおばさんとして受ける不快が
なくなったりすることが結構ありそうだもんな。


自由は寂しくない。はず。自由って、何にも支配されていないことだと思うけど、
寂しいと思うならそれは寂しさに支配されているからで、そもそも自由じゃない。
何にも支配されていなかったら、それはそれは軽やかで楽しいことだろう。

そう思うと、自分には自由な瞬間だけは時々ある。瞬間だけ。


昼から蒸してたけど、降り出した。急にすーっと涼しくなった。
どんどん秋になるね。夏服の好きなのを、早くもう一度ずつ着なくては。


習慣も一つの才能かなと思うけど。習慣の力は大きい。


いつ死んでもいいと言いながら、じゃあ今は?と自分に問うと、
あれ片付けてあれ捨ててあれやってからにしてほしいなぁとか思うことが多いけど
(人生恥ずかしいことしかない)、たまに今の瞬間でもいいな。
ぽくっと。ほれ、いちにのさん、ぽくっと。
と今死んでも平気で大丈夫な気持ちの時は本当にある。


自分が関係なくても、友達や知り合いがもめているのを見てるだけで、
かなりストレスな小心者。
なかよくしよーよーと心の中で小さく呟くけど、
許せないものは許せない、ダメなものはダメ!と
怒る人の方が健全なのはわかってます。


気取らない人がいいと昔思ってたけど、元夫が気取らなすぎて、考えを変えた。
無理してもいいカッコすべきときにしないのは、あかん。
やせ我慢を全然しない人って、結局こっちが我慢して甘えさせることになるから。
実際より偉く賢く見せるために虚勢を張るのはみっともないけど、
人のためだったり、我慢してすむことなら、少し我慢できる人がいい。
なんでもない顔でやせ我慢しても、わたしはちゃんと気づいてあげるのに。
弱いとこ、ダメなとこ、全開で、開示されるのは、困る。


どんなに無為に思える単純作業でも、編んでると何かが出来上がるからねぇ。
手にとって見ることのできる、かわいい何かが。


コーヒーというのは、コーヒー自体というよりも、
コーヒーを飲む、と思ったところからいれて飲みおわるまで、
あるいはその後片付けるまでの一連の時間が、休息なんだろうなぁ〜。
豆を挽く時の匂いが一番好きで、ものすごくいっぱい、すーはーすーはー吸い込む。
あとは飲み終わったカップの中が少し乾いて、
そうすると濃厚な甘い香りに変わる、その匂いも好き。
もちろん、ダメな豆では、どれもだめです。


今日は、紺色のカットソーのぶかぶかで丈の短いTシャツと、
グレイの、これもぶかぶかのデニムで、
上下ぶかぶかという格好はますますデブに見えるから人と会う時にはあまりしないけど、
自分では好き。気持ちがリラックスする。


最近、何かの記憶が10年前か30年前か、どうしても思い出せないことが多い・・・。
やばい。どっちも日本にいて、10年前は子供が小さくて、30年前は家が厳しくて、
あまり出歩けず人とも付き合いがなく、いつもひとりだったので、
なんか朦朧としてる。。。
記憶で頼りになるのは、誰といたかとかどこで食べたかとか。
それで大体の時期が推定できるんだけど、
ひとりでとじこもっているときの記憶は前後も場所もよくわからないからな。


レース編みは、細かいし進まないしめんどくさいけど、小さいので、
何色かの糸を全部カバンに入れて持って歩くのも楽。
久しぶりに毛糸編むと、でかいなーと思う。
若い頃にはできなかった、こつこつ時間をかけて何か作るというのが、
できるようになってきたのは40歳をすぎてからです。
年取ってよくなったことって、それくらいしかないかも。
他には、諦めが良くなった・・・なりすぎてダメだし。
もっと温厚になった・・・なりすぎてダメだし。あう。


スロベニアに行ってきた友達のブログがよくて、
彼女のブログはいつもいいんだけど、
写真も言葉も、まっすぐで濁りがなく、気持ちが清々しくなる。
でも同時に、なんで自分はこんな風に生きられなかったのか生きられないのかと、
落ち込みもする。素直な人には、絶対勝てない。

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