
この毎月のつぶやき抜粋、長いしくどいし
自分では忘備録的にいいんだけど
一体どうなんでしょうね。
どうなんでしょうねというなら
食べ物の写真とかの日記も
どうなんでしょう。
面白いんでしょうか?
・・・そんなこといい始めると
ブログ自体意味がないということになるので
まあ、考えずに続けます。
今日も長いです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小さい頃息子は学校の居心地が悪かった。
あまり友達のいない子だったから。
そんなもん無理に作らんでいい、とわたしは云ったけど、
夫も夫の両親も友達100人作るんだよ~、勉強なんてどうでもいいよ、
友達が大事だよ、って言い続けた。
その、かなり普及してる正論らしい素晴らしい意見を聞くたびに息子は辛かった。
息子は友達ができなくて勉強ばっかりしてたけど、
友達100人作る子に全然負けないいい子に育った。
いい友達は何より素敵。でも無理に作る必要はないよ。
できるときにはできるんだから。
それよりそんなことで自信をなくす方が、あかん。と思うな。
関西弁もTPO考えて、ってよく言われるけど、
なんで?って思う。ビジネス文書とか標準語でもちろん書けばいいと思うけど、
話し言葉はなんであかんのかわからへん。
関西人にしかわからない語彙を使うのは、
フォーマルな場ではどうかと思うけど、イントネーションとかは別にかまへんと思う。
だって、たとえば九州や東北の方が
アクセントやイントネーションの訛りの抜けない言葉をどんな場所で使ってても、
わたし、全然イヤじゃないよ。
ダメって法律あるの?
関西弁も同じく。
わかるようにしゃべれれば訛っててもいいやん。違う?
英米の英語だけを正しい英語と思ってしまう
日本人の傾向と同じなのかな。
世界にはいろんな英語があるし、
それぞれの場で正しく機能できるなら、
訛っててもなんにも悪いことはないと思うんだけど。
米語しかしゃべれないアメリカ人や、
東京弁しかしゃべれない東京人と
それにあこがれる人たちの了見が狭いんちゃうかなぁ。
ミュージシャンとかが原発反対を言うと、
そんなこと言うならそのエレキギターやめろとか、
ライブの照明どうなんだとか言う人がいるけど、意味が分からん。
原発反対する人はすべての電気を放棄して、
原始生活しなきゃいけないわけ?違うでしょ。
なんで何でもオールオアナッシングなの?
人生のどんなことでも
白か黒かしかないようなことは少ない。
ほとんどのことが、その中間のどこかやん。
原発がなくなったら、これからは原始時代の生活をするしかない。
火は外で薪を使って起こして料理するべし。
洗濯は川で、ごしごしするべし。
肉は山で猪を弓矢でしとめてくるべし。
アイスクリームは諦めるべし。って、言うのか。
確かにそれはイヤだなぁ(笑)。
でもそうはならないでしょ。
30代後半は、若く見られて、そう言われても素直に聞けたけど、
40歳過ぎてワリと年相応になりました。
年より老けてはいないと思うけど(笑)、
そんな若くも見えないってわかってるから、
たまにオーバーに「そんな大きなお子さんいるように見えないー」って言われても、
いや見えるでしょ、って思う。
一応にっこりと「ありがとう」とは言いますが。(笑)
しかし、そんな自覚のあるわたくしでも、
まさか自分に17歳の息子がいるとは、なんだかびっくりなのです。
こ前まで16歳の子供がいて、それは、まあいいのよ。
16歳はまだ子供、というか中学生の延長くらいに思ってたから。
でも17歳って、もうずいぶん大人やん。びっくりだわ。
自分が17歳の頃は、自分がどんなに馬鹿か
イマイチ正確に把握しておらず(アンバランスにわかってはいたけど)、
世の中を馬鹿にしておりましたです、はい。
しかし17歳の息子はかなり正確に自分の馬鹿さを自覚しておるようです。
わたしが叩き込んで思い知らせてるからだけどねー(笑)
冬の夕方が似合うと思ううちのお店ですが、雨も似合うよ。
雨と本棚とコーヒー。
これ以上に何がいります?
おまけに店主のスマイルも付いてきます。
いらん言われても無理矢理つきます(笑)
桜が全部散っちゃって、なんかほっとしてる。
好きなものが目の前にあると苦しい。なくすのがこわいんだろうな。
だからなくなっちゃうと、ほっとする。
なんでもそうだな。上手くいってるとこわくて、
はやく壊さなきゃと思う。
好きな人に気持ちが通じた時も同じだ。死んでくれたらいいとまで思う。
大事なものをなくしたせいじゃない。
なくして本当に困る大事なものなんて、手に入ったことがないから、
その状態に慣れすぎてるのだと思うな。イヤだなぁ、こういうの。
かといって、桜が散っちゃって、好きな人との関係を壊しちゃって、
それで幸せかと言うと全然そうじゃない。
じゃ、どこにあるのだ、しあわせは。枯れ切ってしまうといいのかなぁ。それまだ無理(笑)。
きれいごと言うのはいいけど、それを押し付けられるのは、
うんざりだ。自分の正しさに疑いを持たない人とは議論したくない。
正しさなんて状況の産物でしかないし、絶対ではないのだ。
雪の女王がカイを住まわせていそうな洗練されたガラス張りの建築物を見た。
ソ連の作ったアニメ「雪の女王」は強い印象だったな。
ああいう怖さ、きれいさって、日本のアニメになかったから、あの頃。
ゲルダの涙でカイの心の氷のかけらが溶けるんだけど、
ありがちな愛と勇気の感動物語みたいになってないところがいい。
原作はアンデルセンか。読んだことないけど今度捜してみよう。
人魚姫もそうだけど、愛の物語を感動的な話にしないで
淡々と描くアンデルセンは子供の頃から好きな作家。
「雪の女王」もハッピーエンドでも
なんだか寂しいような怖いような気持ちが残るアニメだった。
原作がきっと、そうなんだろう。
アンデルセン、お店には置いてないけど家に文庫はある。
一番好きな話人魚姫の絵本もある。
一番好きな画家リスベート・ツベルガーの、それはそれはきれいな本。今夜また見よう。
人魚姫、昨夜読んでみたら、胸がつぶれる。
どんなに好きでも他の女の人のことしか頭になく、
その女性の頭を胸に乗せその女性の名前を寝言でつぶやく男を
刺しさえすれば、また生きられるのに、海の藻屑になる方を選ぶ人魚姫。
自分もそうするだろうと思うけど。
アンデルセンの「人魚姫」のラストの数パラグラフの英語はとても美しいです。
結局は恩寵と喜びで締めくくっているのに、
どうしようもない切なさばかり消えずに残る。
昔から好きでたまらない部分です。
口笛下手です。
いや、普通と思うけど、息子に言わせるとヘタクソ。
息子はオケ部でバイオリン弾いてるけど口笛の方が断然上手いと言われてる(?)。
下手と言われて悔しくて、練習したら少しマシになった。
毎日練習すると、音域も少しずつ広がるのよ。
子どもの頃は親に、夜口笛吹くと蛇が来るって叱られたけど、
大人になって誰にも叱られなくなったので存分に吹きます。
小さい子って、案外ものを見ていない。
木を描いてみようと言っても木がどんな形かさっぱりわかんない。
枝って何?って5歳の子に聞かれたし。
子どもはみんなアーチストだと思うけど、
ほっといてもそれは表れないのよ。
まずはモノをよく見るってことをわかってほしいなぁ。
モノをよく見る。きれいなものをきれいと思う。
それを繰り返しているうちに感受性も柔らかくなっていく。
感性って何も知らないとこからは生まれない。
無邪気な子どもの方が感性豊か、とは全然限らないのです。
昨夜突き指したけど、そのときはそんなに痛くなくて、
大丈夫と思ったのに、朝起きたらしっかりつき指だった。
年取ると筋肉痛だけじゃなくつき指でさえ時差があるのか。
希望を持つことは絶望を知ることだから、
希望を持たないことが、どうしようもない日々を生きる上で唯一の希望になる、
って悲しすぎるやん。
結局、写真を撮るのは私的なアルバムを作っているという意味が一番大きいです、わたしは。
すべてを記録することも記憶することもできなので、
随分取捨選択する。
自分の撮った写真を見ていると、
捨ててしまった写真以上に捨ててしまった記憶が多いんだろうなと思う。
思い出せないささいな出来事も全部通ってきて今の自分なんだけど、
もう消えてしまってどこにもない、
そういう小さな記憶の気配を思うと、なんとも切なくなりますな。
あらゆることに、しょっちゅう切ながっているので、
わたしのそう言う気持ちはもう珍しくなさすぎて、バカバカしいけど。
生意気な人が牙を抜かれて腑抜けのようになるのを見るのは切ないので、
いつまでも憎たらしいくらい生意気でいてほしい気がする。
人の役に立つということは、甘美なことなんだろうなぁ。
いや、全然悪くないです。いいことだ。
そんさんのついーと見ると思う。
そして誰の訳にもたたないというのは、それはつらいことだよね。
雨って字、こうして並べると、ほんとに雨粒が降ってる感じだね。
晴晴晴晴ではこうはいかない。 >雨雨雨雨雨 ☂
昨日今日としみじみといいお休みだった。
地味に盛りだくさんで(笑)。
今朝は素敵なメールで目が覚めたし、こんな日がずっと続くといいなぁ。
ロマンチックなことを言われると、ひいてしまうことが多い、
非ロマンチストなわたしですが、
でも上手く切なく言われるとズキュンってきますね。
上手すぎるとまたダメだけど。
今日はずっと覚えていたいようなメールをもらったのだった。
手紙だともっとよかったけどなぁ。
冬に買ったロクシタンの練り香水が、
冬はちょっと女っぽすぎるかなぁと思ってたのに、
何か暖かくなっていい感じになってきた。
冬って寒くて汗もかかないし体も冷えてるから、
コロンとかっていつまでもそのままの匂いで、自分の香りにならないのよね。
春や秋はいい感じに自分の香りになるのが楽しい。
自分では忘備録的にいいんだけど
一体どうなんでしょうね。
どうなんでしょうねというなら
食べ物の写真とかの日記も
どうなんでしょう。
面白いんでしょうか?
・・・そんなこといい始めると
ブログ自体意味がないということになるので
まあ、考えずに続けます。
今日も長いです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
小さい頃息子は学校の居心地が悪かった。
あまり友達のいない子だったから。
そんなもん無理に作らんでいい、とわたしは云ったけど、
夫も夫の両親も友達100人作るんだよ~、勉強なんてどうでもいいよ、
友達が大事だよ、って言い続けた。
その、かなり普及してる正論らしい素晴らしい意見を聞くたびに息子は辛かった。
息子は友達ができなくて勉強ばっかりしてたけど、
友達100人作る子に全然負けないいい子に育った。
いい友達は何より素敵。でも無理に作る必要はないよ。
できるときにはできるんだから。
それよりそんなことで自信をなくす方が、あかん。と思うな。
関西弁もTPO考えて、ってよく言われるけど、
なんで?って思う。ビジネス文書とか標準語でもちろん書けばいいと思うけど、
話し言葉はなんであかんのかわからへん。
関西人にしかわからない語彙を使うのは、
フォーマルな場ではどうかと思うけど、イントネーションとかは別にかまへんと思う。
だって、たとえば九州や東北の方が
アクセントやイントネーションの訛りの抜けない言葉をどんな場所で使ってても、
わたし、全然イヤじゃないよ。
ダメって法律あるの?
関西弁も同じく。
わかるようにしゃべれれば訛っててもいいやん。違う?
英米の英語だけを正しい英語と思ってしまう
日本人の傾向と同じなのかな。
世界にはいろんな英語があるし、
それぞれの場で正しく機能できるなら、
訛っててもなんにも悪いことはないと思うんだけど。
米語しかしゃべれないアメリカ人や、
東京弁しかしゃべれない東京人と
それにあこがれる人たちの了見が狭いんちゃうかなぁ。
ミュージシャンとかが原発反対を言うと、
そんなこと言うならそのエレキギターやめろとか、
ライブの照明どうなんだとか言う人がいるけど、意味が分からん。
原発反対する人はすべての電気を放棄して、
原始生活しなきゃいけないわけ?違うでしょ。
なんで何でもオールオアナッシングなの?
人生のどんなことでも
白か黒かしかないようなことは少ない。
ほとんどのことが、その中間のどこかやん。
原発がなくなったら、これからは原始時代の生活をするしかない。
火は外で薪を使って起こして料理するべし。
洗濯は川で、ごしごしするべし。
肉は山で猪を弓矢でしとめてくるべし。
アイスクリームは諦めるべし。って、言うのか。
確かにそれはイヤだなぁ(笑)。
でもそうはならないでしょ。
30代後半は、若く見られて、そう言われても素直に聞けたけど、
40歳過ぎてワリと年相応になりました。
年より老けてはいないと思うけど(笑)、
そんな若くも見えないってわかってるから、
たまにオーバーに「そんな大きなお子さんいるように見えないー」って言われても、
いや見えるでしょ、って思う。
一応にっこりと「ありがとう」とは言いますが。(笑)
しかし、そんな自覚のあるわたくしでも、
まさか自分に17歳の息子がいるとは、なんだかびっくりなのです。
こ前まで16歳の子供がいて、それは、まあいいのよ。
16歳はまだ子供、というか中学生の延長くらいに思ってたから。
でも17歳って、もうずいぶん大人やん。びっくりだわ。
自分が17歳の頃は、自分がどんなに馬鹿か
イマイチ正確に把握しておらず(アンバランスにわかってはいたけど)、
世の中を馬鹿にしておりましたです、はい。
しかし17歳の息子はかなり正確に自分の馬鹿さを自覚しておるようです。
わたしが叩き込んで思い知らせてるからだけどねー(笑)
冬の夕方が似合うと思ううちのお店ですが、雨も似合うよ。
雨と本棚とコーヒー。
これ以上に何がいります?
おまけに店主のスマイルも付いてきます。
いらん言われても無理矢理つきます(笑)
桜が全部散っちゃって、なんかほっとしてる。
好きなものが目の前にあると苦しい。なくすのがこわいんだろうな。
だからなくなっちゃうと、ほっとする。
なんでもそうだな。上手くいってるとこわくて、
はやく壊さなきゃと思う。
好きな人に気持ちが通じた時も同じだ。死んでくれたらいいとまで思う。
大事なものをなくしたせいじゃない。
なくして本当に困る大事なものなんて、手に入ったことがないから、
その状態に慣れすぎてるのだと思うな。イヤだなぁ、こういうの。
かといって、桜が散っちゃって、好きな人との関係を壊しちゃって、
それで幸せかと言うと全然そうじゃない。
じゃ、どこにあるのだ、しあわせは。枯れ切ってしまうといいのかなぁ。それまだ無理(笑)。
きれいごと言うのはいいけど、それを押し付けられるのは、
うんざりだ。自分の正しさに疑いを持たない人とは議論したくない。
正しさなんて状況の産物でしかないし、絶対ではないのだ。
雪の女王がカイを住まわせていそうな洗練されたガラス張りの建築物を見た。
ソ連の作ったアニメ「雪の女王」は強い印象だったな。
ああいう怖さ、きれいさって、日本のアニメになかったから、あの頃。
ゲルダの涙でカイの心の氷のかけらが溶けるんだけど、
ありがちな愛と勇気の感動物語みたいになってないところがいい。
原作はアンデルセンか。読んだことないけど今度捜してみよう。
人魚姫もそうだけど、愛の物語を感動的な話にしないで
淡々と描くアンデルセンは子供の頃から好きな作家。
「雪の女王」もハッピーエンドでも
なんだか寂しいような怖いような気持ちが残るアニメだった。
原作がきっと、そうなんだろう。
アンデルセン、お店には置いてないけど家に文庫はある。
一番好きな話人魚姫の絵本もある。
一番好きな画家リスベート・ツベルガーの、それはそれはきれいな本。今夜また見よう。
人魚姫、昨夜読んでみたら、胸がつぶれる。
どんなに好きでも他の女の人のことしか頭になく、
その女性の頭を胸に乗せその女性の名前を寝言でつぶやく男を
刺しさえすれば、また生きられるのに、海の藻屑になる方を選ぶ人魚姫。
自分もそうするだろうと思うけど。
アンデルセンの「人魚姫」のラストの数パラグラフの英語はとても美しいです。
結局は恩寵と喜びで締めくくっているのに、
どうしようもない切なさばかり消えずに残る。
昔から好きでたまらない部分です。
口笛下手です。
いや、普通と思うけど、息子に言わせるとヘタクソ。
息子はオケ部でバイオリン弾いてるけど口笛の方が断然上手いと言われてる(?)。
下手と言われて悔しくて、練習したら少しマシになった。
毎日練習すると、音域も少しずつ広がるのよ。
子どもの頃は親に、夜口笛吹くと蛇が来るって叱られたけど、
大人になって誰にも叱られなくなったので存分に吹きます。
小さい子って、案外ものを見ていない。
木を描いてみようと言っても木がどんな形かさっぱりわかんない。
枝って何?って5歳の子に聞かれたし。
子どもはみんなアーチストだと思うけど、
ほっといてもそれは表れないのよ。
まずはモノをよく見るってことをわかってほしいなぁ。
モノをよく見る。きれいなものをきれいと思う。
それを繰り返しているうちに感受性も柔らかくなっていく。
感性って何も知らないとこからは生まれない。
無邪気な子どもの方が感性豊か、とは全然限らないのです。
昨夜突き指したけど、そのときはそんなに痛くなくて、
大丈夫と思ったのに、朝起きたらしっかりつき指だった。
年取ると筋肉痛だけじゃなくつき指でさえ時差があるのか。
希望を持つことは絶望を知ることだから、
希望を持たないことが、どうしようもない日々を生きる上で唯一の希望になる、
って悲しすぎるやん。
結局、写真を撮るのは私的なアルバムを作っているという意味が一番大きいです、わたしは。
すべてを記録することも記憶することもできなので、
随分取捨選択する。
自分の撮った写真を見ていると、
捨ててしまった写真以上に捨ててしまった記憶が多いんだろうなと思う。
思い出せないささいな出来事も全部通ってきて今の自分なんだけど、
もう消えてしまってどこにもない、
そういう小さな記憶の気配を思うと、なんとも切なくなりますな。
あらゆることに、しょっちゅう切ながっているので、
わたしのそう言う気持ちはもう珍しくなさすぎて、バカバカしいけど。
生意気な人が牙を抜かれて腑抜けのようになるのを見るのは切ないので、
いつまでも憎たらしいくらい生意気でいてほしい気がする。
人の役に立つということは、甘美なことなんだろうなぁ。
いや、全然悪くないです。いいことだ。
そんさんのついーと見ると思う。
そして誰の訳にもたたないというのは、それはつらいことだよね。
雨って字、こうして並べると、ほんとに雨粒が降ってる感じだね。
晴晴晴晴ではこうはいかない。 >雨雨雨雨雨 ☂
昨日今日としみじみといいお休みだった。
地味に盛りだくさんで(笑)。
今朝は素敵なメールで目が覚めたし、こんな日がずっと続くといいなぁ。
ロマンチックなことを言われると、ひいてしまうことが多い、
非ロマンチストなわたしですが、
でも上手く切なく言われるとズキュンってきますね。
上手すぎるとまたダメだけど。
今日はずっと覚えていたいようなメールをもらったのだった。
手紙だともっとよかったけどなぁ。
冬に買ったロクシタンの練り香水が、
冬はちょっと女っぽすぎるかなぁと思ってたのに、
何か暖かくなっていい感じになってきた。
冬って寒くて汗もかかないし体も冷えてるから、
コロンとかっていつまでもそのままの匂いで、自分の香りにならないのよね。
春や秋はいい感じに自分の香りになるのが楽しい。
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