goo blog サービス終了のお知らせ 

sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

「祖母の手帖」

2013-04-19 | 本とか
本が読めなくなっても映画は大丈夫なのは
集中力の問題です。
心配事や、憂うつなことがあると
本に集中できなくて、
同じところを何度も何度も読んでも頭に入らない。
でも映画は、
映画館の暗闇の中にいると体も頭も心も逃げ場がなくて
いやでも目の前のスクリーンの中の世界に集中させられます。
映画というものがあって、よかった。
それで、すっかり本を読んでいなかったんだけど
映画の時間を間違えて、3時間も余ったので
読みかけの本がカフェで、ビールとサンドイッチとコーヒーの間に
一気に終わってしまった。
濃厚で、不思議な物語でした。

深く濃い愛の物語を読みたい気分の時は
坂口安吾の「道鏡」などを何度も読むのだけど
この日読んだのは「祖母の手帖」という本。
新潮社クレストブックスという
本のセレクトも体裁なども好きなシリーズです。

何年も前にすごく好きだった「パリ左岸のピアノ工房」もここの本だし
「旅の終わりの音楽」は長いけどいい本で、いい読書ができた。
ジュンパ・ラヒリを知ったのもこのシリーズですね。

今回読んだ「祖母の手帖」という本は
変わり者の女性が愛のない結婚をしながら
書き続けた物語を後に孫が見つける、というようなストーリーだけど
実際はもっと複雑な話です。
愛のない結婚をし、ベッドの両端でお互いに全く触れないように
固く小さくなって寝ながら
性的な営みは別で、すごい特別な形で続けられているいびつさ。
一方、女性(祖母)が愛した男性は
祖母の物語の中にいて、細やかに初めてで唯一の恋愛の様子が
描写されているけど
ラストの方の一通の手紙で、静かに驚くような真実が明かされるという仕掛け。

嘘と本当、夢と現実、愛と愛に似たものと愛でないものとが
判然とせずに複雑に絡み合った物語で
読み終わったあともしばらく混乱したりしてた。
でも、
描写も、小説自体も、わたしが望んでいただけ
美しく濃厚で深い本で、満足しました。
いろんな愛を認められる
うんとうんと、大人の女性におすすめします。

「きみのためのバラ」

2011-11-10 | 本とか
池澤夏樹の短編集「きみのためのバラ」を、
お店で少しずつゆっくり読みました。
その中からいくつか感想。

「レシタションのはじまり」には
言葉が救い、作り出した、ある種のユートピアが描かれている。
夢物語でしかないけど、
こういう最終兵器がどこかから出てこないかと思う。
麻薬のように疫病のように世界に広まり人々をなだめてしまった、
魔法のような「お唱え」。
争いのない世界を、呪文のような、
意味をなさない言葉の伝播により成就してしまうという、
ナイーブすぎるストーリーを、
智慧ある民族の奥深い寓話のように、
でもあくまでも彼らしい澄んだ端整な文で書く素敵な短編でした。
言葉、というか、人の発する音の連なりに、
そんな力があると信じることさえ、もうできやしないけど。


そして沖縄が舞台の10日間の不思議な関係の話「連夜」は
最近の気分にぴったりの短編でした。
とある男女が、何かにつかれたように突然惹かれあい
10日間の深い関係を持ったあと
突然終わるんだけど、なんともさわやかな話。

暑いの嫌いなくせにマレーシア8年住んでウンザリしたものだけど、
バリ島はすごく好きだった。
沖縄には行ったことがないけど、やっぱり好きな気はする。
バリ島と似た空気があるんじゃないかな。
マレーシアのムスリムたちは寛容で、というかおおらか、というか、
テキトーで(笑)、
全然居心地悪くなかったけど、バリに行くと、ホッとして気が緩んだのは、
やっぱり宗教の違いの空気かな。
フェロモンふわふわ発散させてても大丈夫な空気とか。


「20マイル四方で唯一のコーヒー豆」は
日本語を話せなくなった時期のある男の子が
知り合いのカメラマンについて僻地の島に来て
そこのコテージの主人アリスと会話をするだけの話。
暴力的な父親を持った彼が8歳の時、
雨の中父に窓から投げ捨てられた大事な本と本棚を
拾ってはきれいにし、拾ってはきれいにした、という体験を思い出すその描写が
息子を持つわたしには切ないけど
結局彼の傷は癒えて行きつつあり、
ラストは爽やかで希望がある話です。

池澤夏樹は好きな作家だけど
あまり短編を読んでいない。でもこれは
ものすごく好きな短編集です。

「たいふうがくる」

2011-09-20 | 本とか
今、実際に台風が来つつありますが、それではなく
絵本のこと。

最近買った絵本です。
鉛筆の、白黒だけで描かれる絵が美しくやさしく素晴らしい本。
黒白だけの絵本は、感傷やロマンチックなドラマに流れるか
退屈になるか、どちらかが多いと思うんだけど
これは、ごく日常的な普通の生活を、丁寧に描きながら、
全然退屈なところのない素晴らしい絵本です。
とてもきれいな絵だけど、
圧倒的な画力で威圧するようなところはなく
優しい目で隅々の小さなモチーフまで大事に描いているのがわかる。
でも20代のわたしなら
退屈に思ったかもしれないなぁ。
若い頃と比べると
年とともに視力も悪くなるし体力も気力も全然ダメだけど
若い頃の100倍くらい、モノが見えるようになってきてると思う。
こういう絵本を、地味でつまらないと思ったかもしれないし
夜に香るほのかなオシロイバナの匂いに気付いたりせず
昼間に懐かしくも華やかに香る金木犀にばかりうっとりしてた。

大人になるというのは、いいことがいっぱいあるな。
新鮮な感性を誇っているつもりの若い人たち、
まだまだ見えないものがいっぱいあって
それがどんどん見えるようになってくるんだよ。
楽しみに年をとりなさい。

絵本という自由

2011-08-05 | 本とか
グリムの童話はあまり好きではありませんでした。

わたしはファンタジーが苦手で
少女の頃も、「オズの魔法使い」より断然「赤毛のアン」派。
現実生活の中のお話の方が好きで
架空の生き物や国などが出てくると
とたんに興味のなくなってしまう子どもだった。

アンデルセンは、でもずっと好きでした。
人魚姫とか、ファンタジーだけど
登場人物の気持ちがリアルで切ないからかな。

グリム童話は、なんだか残酷で冷たくて辻褄も合わなくて、
子供の頃から理屈っぽかったわたしは興味がなかったけど
今回フェリックス・ホフマン展で
彼が絵を描いたグリムのお話をいくつか見てるうちに
なんだかすごく愉快になってきたのです。

いやぁ、自由だなぁと。
辻褄なんてあわなくてもどうでもいい、
登場人物があっさり簡単に死んじゃったり、
お姫様が簡単に乞食になったり、
やったりやられたり、メチャクチャです。
気に入って買った「七わのからす」もグリムの話だけど
すごく好きだなぁ。
事情があって女の子が旅に出るんだけど
そのときの持ち物が

>おやたちのおもいでに、ちいさなゆびわを1つ
>おなかがすいたときのために、パンを1ぽん
>のどがかわいたときのために、みずをちいさなつぼに1ぱい
>くたびれたときのために、ちいさないすを1つ、それだけもっていきました。

なんかこの、椅子を一つというのが、すごく気に入った。
しかもこの椅子はそのあと、お話に出てくることもなく
何の伏線にもなってないのです。
ただ、疲れた時用に、小脇にひとつ抱えてた、というだけ。
このナンセンスな感じもいいなぁ。
ナンセンスでありながら叙情的。

他にもお星様たちが出てくるのだけど
やっぱり意味なく、みんな小さな椅子に座ってたり
お星様のくれたひよこのあしが鍵になったり、
なるはずだったのにあっさりなくして
女の子は自分の小さい小指を切り落として鍵にしたり
なんてことが淡々と短い言葉でつづられている。
何を象徴するでもなく
シュールなものが出てきてシュールな展開になって
でも当たり前のように淡々とお話は進むのです。
オチなんて、唐突でもいいのです。
ああ、なんて自由なんだ。
こういう無責任な自由は、なんて愉快なんだろう。

大人になって、無責任な自由と言うことから遠く離れて
やっと、この楽しさがわかるようになったのかなぁ。

「フランキーのスープ」と「道鏡」

2011-07-29 | 本とか
80年代のアメリカの、ミニマリズム系?の短編で、すごく好きな一編があって、
その本の中のその短編だけ何度も読んでるものがある。
切ない話を何となく読みたい時に読み返すのだけど
20年経ってもたまに読んで、やっぱり好きだなと思う。
「フランキーのスープ」というタイトル。
エリノア・リプマンという作家。

ガチガチ左翼活動家の母を持つポーランド系ヒロインは、
大学で社会学の講座を教えていて
裕福な典型的WASPの医者の婚約者がいるのだけど、
彼の友達の中国系ドクター、フランキーとも仲がいい。
婚約者が興味のない映画などにはフランキーと行き
婚約者も安心してまかせている関係。
ある日、演劇を見に行く前に
フランキーの部屋で食事をすることになる。
フランキーのおいしい料理が出るけど、その中で一番印象深いのが
美しい澄んだピンク色のスープ。
ビーツの色と甘さが秘密、という。
細長く簡素な白い部屋。
孤独な移民男性の部屋には
エビアンの緑の空き瓶に花がさしてあり、なんだかさびしく、
ピンクのスープはうっとりするほど甘くおいしく、
それらのイメージが美しく切なすぎて忘れられない。

たいした事件はおこらない。
2人はついキスをするけど、それだけ。
人生が変わってしまいそうなキスを切り上げて
ヒロインは婚約者にすべて話し許しと理解を得て結婚し、
料理人のいる穏やかな人生を手に入れる。
ヒロインの気持ちも、特に書かれていないし
フランキーのその後も書かれていない。

淡々とそっけない描写の短い話だけど
わたしにとって最も切ないラブストーリーの一つで、
色や人のイメージと、ストーリーと全部が
丁度わたしのツボなんだろうな。
映画で見たい気もするし歌になりそうな気もします。

これは短編集の中の一編で
他の小説も嫌いじゃないけど
これしか、ほとんど読み返していないです。
そんな小説は他にはあんまりないなぁ。

もっと濃厚なラブストーリーが読みたい時は、坂口安吾の短編「道鏡」。
こちらは打って変わって大人のお話。
50歳を過ぎた孝謙天皇が道鏡と出会い
身も心も愛し合い満たされる美しく完全な愛。
権力浴と色欲にまみれた醜い関係のように捉えられることも多い
この2人の関係は、いろんな書かれ方をされていると思うけど、
ここではあくまで澄み切った純愛に書かれています。
完全な純愛だけど、完全すぎて切ないです。
史実はどうであれ、安吾はすごい大人の恋愛を描くなぁと思う。

冬休み5日目・6日目:天涯

2010-12-29 | 本とか
銀行やコンビニで支払いしたり
ツリー片付けたり
パソコン内の写真整理したり
歯医者行ったり
夕方子供のアートクラスやったり
で終わった5日目、6日目。
でも、それなりにのんびりとして
ご飯もちゃんと作れるし
洗濯物もたまらないし
普通の主婦仕事ができて気が楽です。

だけど、そろそろ世間もお休みで
わたしのお休みも追いつかれそう。
まだまだ雑用はあるのになぁ。
結局、絵も描けないままになるかも。
まあいいや。
毎日いい感じにリラックスしてすごせれば
それでよしとしよう。
また数ヶ月はバタバタするんだもんね。

今読んでいる本は「天涯」
「深夜特急」で有名な沢木耕太郎の本です。
文庫で700円以上×6冊だけど、
センスのいい友達にすすめられてアマゾンで一気にポチッ。
大正解の本でした。
旅の写真の合間に有名作家などの引用を散りばめたもので
もう、旅というものが、
実際の旅より魅惑的にノスタルジックに
美しく切なく見えてくる本。
彼の写真は、うまくはないのです。
素人のスナップ風のものが多い。
でもこういう風に続けて見ていると
何かがあるのです。
若い頃「深夜特急」でどきどきしたことのある大人に
是非読んでほしいなぁ。
副題だけで詩のようです。
1:鳥は舞い 光は流れ
2:水は囁き 月は眠る
3:花は揺れ 闇は輝き
4:砂は誘い 塔は叫ぶ
5:風は踊り 星は燃え
6:雲は急ぎ 船は漂う

冬休みは旅の本を何冊か読むつもり。

暮鳥の詩

2010-09-30 | 本とか
山村暮鳥のことを最近書いた気がしてたのに
検索してみると、書いたのは4年も前だった。
ついこの間と思ったのになぁ。
いちめんのなのはな2006年日記

山村暮鳥は小学校や中学校の教科書にもよく載っている詩人で
「いちめんのなのはな」の繰り返しの詩を
知らない人はいないんじゃないかな。
なのに、詩集が一冊も文庫になっていない様子なのです。
日本は、本当に詩歌が大事にされてないなぁ・・
私の検索が下手なせいかもしれないけど 、
新潮、岩波、角川、河出、中公、ちくま、文春、集英社、講談社 、
どの文庫にも山村暮鳥はない・・・みたい。
誰でも知ってるような詩人なのに~ 。
いや知られている詩はあるけど彼自身についてはさほど知られてないのか。
地味な人生だったのだろうか。
キリスト教の伝道師を長くやっていたようです。
でも彼の書くもの見ると東洋の思想の影響の方が大きいように思う。
たとえばこの詩。

「ある時」(連作詩なのかな?)
雲もまた自分のやうだ
自分のやうに
すつかり途方にくれてゐるのだ
あまりにあまりにひろすぎる
涯(はて)のない蒼空なので
おう老子よ
こんなときだ
にこにことして
ひよつこりとでてきませんか


・・・果てのない青空を見上げるとき
わたしもつい、老子がにこにこと、顔を出しはしないか探してしまう。
暮鳥は老子を好んでいたのでしょうか。
さらに、自然の中のいたるところに神を見いだすという彼の考えは
キリスト教的でないため、結構衝突もあったようです。

いちめんのなのはなの詩「風景」って
年とともに良くなってくる詩だと思う。
子どもに読ませると興味深くは読めるだろうけど、
たくさんの思い出すべき菜の花の季節を持つ大人の方が、そりゃ有利だよね。
まあこの詩に限らず、何でもそうだけど。
子どもの感性信仰とか想像力信仰のある人って多いけど、なんだそれって思う。
子どもにあるのは頼りない、がらんどうの可能性と自由ばかりと思うよ。
子どもに何かがあるわけじゃないのです。
足りないから自由なんだけど、それだって儚いもんです。

暮鳥の詩は「いちめんのなのはな」のような平易な言葉で書かれ、
しかも「いちめんのなのはな」のように実験的ではないやさしい詩が多いけど、
彼はそれ以外にもいろんなタイプの詩を書いた人だったみたいです。

では書かれた時期の違う「手」という詩を2つ続けて行きます。

「手」
みきはしろがね
ちる葉のきん
かなしみの手をのべ
木を揺る(ゆする)
一本の天(そら)の手
にくしんの秋の手

「手」
しつかりと
にぎつていた手を
ひらいてみた
ひらいてみたが
なんにも
なかつた
しつかりと
にぎらせたのも
さびしさである
それをまた
ひらかせたのも
さびしさである


秋は詩が読みたくなるなぁ。
もひとつだけ

「昼」
としよりのゐねむり
ゐねむりは
ぎんのはりをのむ
たまのりむすめ
ふゆのひのみもだえ
そのはなさきに
ぷらさがりたるあをぞら。

バンドネオンを弾く女

2010-06-23 | 本とか
という短編を読んで
もう、どこかにふら~っと行きたくなって仕方ない。

中山可穂という女性同士の恋愛を書く小説家の短編ですが
これは女性同士の恋愛話ではなく
くたびれた中年主婦女性の話。
その女性の、かさかさに枯れてくたびれた様の描写が
どうにもこうにも身につまされるのです。

自分は、そこまで枯れてないつもりでいるし
たとえば中学からの友達にも
「相変わらず好き勝手にしてるね~」
ここ数年の友達にも
「ホンマに好きに生きてるよね~」
「ちょっと地に足つけなさいよ~」
などと言われるほど、わがままな人生をやってる、らしい。
(自分ではそんなつもりはないんだけど・・・笑)
でも、外から見るとそうでも
中身はやっぱり年相応にみみっちく枯れてくたびれて
みすぼらしくよれよれなのです。
だから、自分のことのように身につまされる。

その主人公が、いろいろあってベトナムへ行くのですが
くたびれた女二人の旅にリアリティがあって
旅行先のレストランでビールを飲みながらの会話など
すごくいろんな旅行を思い出すのです。
彼女らは、それでくたびれた中年女性じゃなくなるわけではないけど
やっぱり非日常の中で,何かがリフレッシュされるのです。
あきらめと一緒に、だけど。
旅行に過度の期待はしないけど
わたしにも今、旅行が必要だなぁと思う。
お店があるので行けないけどね。

「ビラブド」

2010-06-17 | 本とか
トニ・モリスンの、ピュリッツッァー賞受賞作「ビラブド」お店で読了。
トニ・モリスンはアメリカの女性黒人作家。黒人の問題を書き続けている。

昔20年以上前ですが、大学でアメリカ文学を専攻してたので
トニ・モリスンやアリス・ウォーカーを読んだのを覚えています。
抑圧された黒人の歴史を、当時評判になったドラマ「ルーツ」と一緒に
見て読んで、消化したつもりだった。
その頃、わたしもすごく抑圧された生活で人生に行き詰まっていたので
お風呂の中でアリス・ウォーカーを読みながら、おんおん泣いたことも覚えてる。
その文庫本の表紙の絵まではっきり覚えているし、
今読んでも、アリス・ウォーカーは泣いちゃうと思う。

でも、トニ・モリスンを今改めて読むと自分がいかに何もわかってなかったかに気付きます。
何でも自分の問題に引きつけないと理解できなくて、自分の人生と重なるところで
自分流に勝手に共鳴してただけで、全然注意深く読んでなかったなぁ。
今、ではよくわかってるのかというと謎ですが、この小説がすごいことは、わかる。

奴隷問題は差別の問題とひと言で言ってはいけないと思った。
差別は結果であって、もっと根本的なところを見ないと行けないのではと。
希望という概念を知ることなく、従って絶望を悲しむすべもなく、
自覚のない絶望だけがあらかじめインプットされている人生。
人間の尊厳、その、学ばなくても持っている、最も本質的な部分を殺され続けるのは
世界中の何より愛する我が子を、殺すほどの苦しさなのか。

もちろん、奴隷を人間と思わず、どんなひどいことも平気でできながら
良き市民、良き国民、さらにはよき人間、よきキリスト者であるつもりの自分たちに
何の疑問も抱かない白人たちには、やはり差別の問題を考えずにいられないけど、
差別は想像できても、それに付随する暴力が想像できないわたしには
すでに理解の範疇を超えていて、ただ暗澹たる気持ちになるばかリ。
人間と言うのはこんなに愚かになれるのだと。
その一方セサやポールDの強さ聡明さ心の大きさに、こんなに美しくもなれるのだと
気持ちの揺れ幅が非常に大きくなった本。

黒人コミュニティの中での妬みや嫉妬の感情もあますところなく書かれているのが苦しくて
人間の醜さも美しさも全部許容するだけの心の深さは
わたしには、まだまだ持てないよと思いました。

話は神話風なところもあり面白いのに、読むのにすごく消耗したので
トニ・モリソンの別の本も読みたい気持ちが強いながら当分は読めないと思います。
でも、これは本当に大作。傑作。100年後に残すべき偉大な本と思う。

「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」

2010-05-17 | 本とか
お店のヒマな時には本を読むのだけど
店の本棚は基本的に全部自分の読んだ本ばかりなので
内容はわかっている。
わかっててもいい本はいいので
今はアントニオ・タブッキの
「ベアト・アンジェリコの翼あるもの」という短編集を読んでいます。
この中の、表題の作品は天使の話。
フラ・アンジェリコの絵画に描かれた天使のことで
これは実際に現れたものを描いたというその経緯というか
あっさりしたスケッチのような掌編なのだけど
すごくいい。いいとしか言えないなぁ。
静かで、甘くない宗教的な寛容さがあって、
淡々とした距離感もあって、美しい短編です。
お客様がいないのをいいことに
ところどころ声に出して読みました。
心の中も静かになります。
短編一つ読むと、一度本を閉じて
しばらく余韻に浸ってしまうような本です。
タブッキの本は本棚に数冊ある。
しばらくタブッキ三昧でいきます。
・・・あ、いや、本よりお客様の方が好きですよ。
遠慮なく読書の邪魔をしに来て下さい(笑)
(日月定休ですが)

人魚姫

2009-10-01 | 本とか
子どもの頃から、人魚姫の話が好きでした。
悲しい終わり方が、子どもの本には珍しく
でもそこが、子供心にきゅんとするのが好きだったのでしょうか。
王子様がよそのお姫様を恩人と間違えて好きになる所で
いつも、違うのに!人魚姫が助けたのに~!と
人魚姫の肩を持って悲しく悔しくもどかしくなったものだけど、
大人になると、いや違うのはわたしの方だったか、と思うように。
王子様は、恩人だからよその姫を好きになったと思ってたけど
恩人でも好きにならない人は好きにならないもんね。
人魚姫がいつも近くにいて、うるうる好き好き光線を出していても
よその姫を好きになっちゃうのだから、
これはきっと仕方ないことだったのです。

また、人魚姫が王子を助けて王子のそばにいるために
どれだけ自己犠牲をしたか考えると、切なくて苦しくなったけど
これも、仕方のないことなのです。
自己犠牲は愛の要件ではない。
これだけやったんだから、わたしを好きにならなきゃいけない、
なんていう決まりはないですからね。

そう思うと、このお話はシンプルな片思いストーリーなのですね。
要は、好きになった人に
同じだけ好きになってはもらえなかった、という
普遍的なお話です。
人魚姫が話せたら、何か変わっていたかもしれないけど
変わってなかったかもしれない可能性もあると
大人になって思うようになったのでした。
誰かを本当に好きになるのって
何かしてくれるから好きになるんじゃなく、
出会いがドラマチックだから好きになるんじゃなく、
これはもう、仕方ないとしか言えない感じで
ただ、好きになるのです。

わたしは思ってるんだけどどうでしょうか。

もちろんすべての恋愛はケースバイケースで
よそのお姫様が現れなかったら
一緒にいる時間が二人の距離をどんどん縮めて
王子は人魚姫を愛するようになったかもしれない。
また、恋はタイミングも大きな要素だから
人魚姫が恩人って最初にわかってたら
最初から人魚姫しか目に入らなくなったかも。
でも、子どもの頃のように
人魚姫が口さえきけたら、とか、王子様が気付いてさえくれたら、とか
思うもどかしさは減りました。
人魚姫でも王子様でも
誰かを好きになるということは
どうしようもない、仕方ないことなんだなぁと
淡々と切ないです。

いろいろ書いたけど、今もこのお話好きです。

写真は大好きな大好きな
リスベート・ツヴェルガーの人魚姫の絵本より。

新聞小説

2009-06-08 | 本とか
去年から、月に一冊ずつ名作古典を読もうという
自分プロジェクト(笑)をやっているのですが
今まで読んだものは
「高慢と偏見」ジェーン・オースティン
「モオツァルト・無常という事」小林秀雄
「異邦人」アルベール・カミュ
「金閣寺」三島由紀夫
「海潮音」上田敏訳詩集
「嵐が丘」エミリー・ブロンテ
「ティファニーで朝食を」トルーマン・カポーティ
「チェーホフ」短編集
「戦争と平和」トルストイ (全6巻)
「細雪」谷崎潤一郎 (3巻)
「絵のない絵本」アンデルセン
「斜陽」太宰治・・・

できれば50~100年以上前の、評価の定まっている
誰でも知ってる名著を読んで行こう、と思っています。
案外、読んでないのよね、名作。
一度若い頃読んだものでも、今読むと全然違うし。
そして名作って映画化ドラマ化が多いので
それも楽しみです。
「斜陽」映画公開に合わせて読んでいます。

それとは別に新聞小説も
何年もずっと読んでいます。
つまらなかったら、やめようと思いつつ
なぜか欠かさず読んでいます。

うちの新聞の今の小説は「麗しき花実」
乙川優三郎 作
中 一弥 画
タイトルのセンスはいまひとつ?ですが
すっごく面白いです。
江戸時代の女性蒔絵師のお話だけど
酒井抱一や鈴木基一がご近所さんで出てきて
この時代の空気や彼らの暮らしぶりが想像できて
興味深いです。
ヒロインも地味な女性ながら
芯の強さや心の揺れのある人で
好感が持てます。
また、挿絵の方は、90歳の画家ということで
小説にあった素晴らしい絵をさらりと描かれています。

ここ数年で一番面白かったのは
池澤夏樹の「静かな大地」でした。
すごく長い話なのに、これを毎日細切れで読んで
それで、これだけ感動させられたのは驚きです。
挿絵も(山本容子の版画)楽しみでした。

あと記憶に残るのはずっと前になるけど
宮尾登美子の「柝の音(きのね)」。
これは11代目市川團十郎夫人をモデルにした梨園の話で、
どことなく切ない話でした。
中島千波の挿絵も、大好きだった。

実はあまり本を読まないので、
新聞小説は大事な読書です。
いい小説にあたると、新聞代を安く感じるしね笑)。

お散歩読書会:「細雪」編

2009-05-30 | 本とか
ちんまりと、古典や名作を読むという会をやっているのですが、
そこで 四月に谷崎潤一郎の「細雪」を読みました。
今日は、そのオフ会でお散歩読書会をしました。

1)芦屋で待ち合わせておいしいランチ
2)南に下ったところの「谷崎潤一郎記念館」鑑賞、
3)西に行ったところの『倚松庵』(いしょうあん:
  谷崎の住んでた家で 「細雪」のモデルになったところ)見学、
4)そこで専門家の先生の講義を聞く
5)今回の企画をしてくれた、友達の やっているカフェ(近くなのです)でビール

という、すごく盛りだくさんで楽しい遠足になりました。
カルチャースクールの1日コースくらいの内容がありましたよ~!

今日はすごく暑かったけど、
心地よく疲れて、いい気分です。


倚松庵入り口


倚松庵応接間


谷崎の歌碑

「戦争と平和」

2009-03-08 | 本とか
今、トルストイの「戦争と平和」を読んでいるのですが
これは、岩波文庫で6巻まであります。
(新潮だと4巻)

こんな長い本を読むのは何年ぶりだろう。
最後に読んだ、これより長いのは
司馬遼太郎の「竜馬がゆく」8巻だったかな。
「赤毛のアン」シリーズは10巻くらいあるけど
1巻ごとに話が終わっているし
最後の方は別の話(子どもたちの話や同じ村の別の人の話)に
なってるのでちょっと違う。

まだ1巻が終わったあたりで先は長いけど
中々面白いです。
トルストイは短いのと短編集を読んだことがあって
その人間観察力と描写力をすごいなぁと思ってはいましたが
やはり、この文豪は長編を読むべき作家だと思いました。
貴族のパーティやゴシップの場面と
戦場の場面とが、同じような筆で描写されていて
どちらもまぎれもなくトルストイの文なのです。
心理描写とかはあまりなく
淡々と出来事を描いていくのですが
それでいて、各人物の内側を見透かすように
わからせるのです、彼の筆は。

文章も難しくないです。
本をたくさん読む方ではないし
読むのも遅いので、読破は年末になるかも。
でも
読み終わったら、またここで威張ります(笑)。

短編

2008-10-14 | 本とか
yomyom、新しいの出てますね。

わたしはあまり本を読まないので
こういう雑誌で初めて読む作家もあって
前の前のyomyomに載ってた小野不由美さんもそうでした。
ファンタジー系?の人気作家だということも知らずに読んだその短編は
中国風の宮廷を舞台にした異世界もので
ファンタジーをほとんど読まないわたしにも強いイメージを残しました。
一面の梨の木の白い花や、
砕け散る美しい作り物の鳥たちや、
雪のようなはかなく消える音の静かで哀しいイメージ。

後で、友達に、この短編が十二国記という
連作ものの、すごく久しぶりに出た新作だということを聞き、
興味を持って、その小説の中から2冊読んでみました。
女子高生が主人公で、やっぱりわたしのあまり読まないタイプの
ファンタジーかなと思いながらも、一気に読みました。

そして改めてyomyomに載ってた短編を読んだら
話もよくわかるし、いっそうしみじみと、この短編好きだなぁと思いました。

読んで残るイメージがきれいで
好きになる短編ってあります。
昔読んだアメリカの短編でずっと、すごくお気に入りのがあって、それは
殺風景な部屋の空き瓶にさした花の精一杯さ、
鮮やかなピンク色のスープ、
アジア系の若者の孤独のやるせなさ、
が印象的な「フランキーのスープ」という話。
全然yomyomに載ってた短編とは種類が違う話だけど。

すごく好きと思うのに忘れる本もあれば
ストーリーもうろ覚えなのに
いくつかのイメージや残像がいつまでも残って
ずっと好きな話もあって、
どれも、いいなぁと思う。