goo blog サービス終了のお知らせ 

sigh of relief

くたくたな1日を今日も生き延びて
冷たいシャンパンとチーズと生ハム、
届いた本と手紙に気持ちが緩む、
感じ。

塾の先生というもの

2011-07-06 | こども
うちの17歳が中学の頃から通っている塾は
知る人ぞ知るという感じのところで
一応東大医学部法学部を目指す塾ということになっています。
本部は東京だけど、ここは関西なので
そうじゃない生徒も多いですが。
(ちなみに、息子は東大も医学部も目指していません。
血を見ると気持ち悪くなる軟弱なヤツですので・・・)

中3になった時初めて、そこの保護者説明会に行きました。
15人程の、中3担当の講師がぞろりと並び
中々興味深い景色。
大阪校の講師はほとんど、京大医学部の現役大学生なのです。
とはいえ、家庭教師派遣センターという感じの学生組織ではなく
学校自体は大手の教育事業体の経営になっていて
かなり、しっかりしている。
事務局なんて結構、上から目線の感じ。
曰く、「予習は必要ありません。君たちのどの学校より進度が速く
常に新しいことを教えるので予習は無理です。
その分復習をしっかりするように」・・・偉そう~(笑)

でも現場の講師は学生です。
確かに、東大受験生を教えられる専任講師を揃えるのは
コストもかかるし難しいということもあるでしょうが
やはり実際の経験者というのが売りになっているのでしょう。
また、基本的にこの塾で勉強してきて大学合格したOBたちなので
教えるメソッドも、すでにかなり身に付いているわけですね。

教えるということにおいて、学歴は重要じゃないと思っています。
自分自身は東大を出てなくても、
東大合格生を輩出しているプロ家庭教師もいるし
(授業料はゼロが一つ違う?)
いい大学を出ていても教えるのが下手な人も多い。
でも、確かに実際の受験経験者で(それもほんの数年前)
目指す大学の現役大学生で、しかも教えるのがうまければ
それが一番でしょう。
彼らの時給は、専業のプロ家庭教師程ではないようだけど
人気講師や主任講師はそれに近いのではと思います。
わたしの時給の何倍だろうか・・・(笑)
そして態度も堂々とし、学生っぽさは感じません。

まあ、とにかく、そういう若い講師たちの顔が
中々面白いのです。
いろんなタイプがいる。
みんな、規則なのかダークスーツにネクタイで、
若々しくぱりっとしているけど
ホストに見えそうな明るい長髪の子もいるし(まなざしが不敵な男前)
体育会ばりばりっぽい四角いいかつい顔の男の子もいる。
若い無鉄砲さや負けん気の強そうな子、
絵に描いたようなオタク風貌の子、
本当はあごにひげを生やしたいのを我慢してる子
(という風に見えた)
いやぁ、見てて面白いです。

そのときの息子のクラス担任はわりとオタクっぽい風貌ながら
自信があって飛び抜けて頭のいい人なのだろうとわかります。
このクラスに来て最初
授業の情報量が、前のクラスの倍になったよ~
と大変そうだったけど
段々慣れて楽しく食いついていました。
その先生を、数学の神、と呼んで尊敬し
担当ではない高2の今も塾でずいぶんお世話になっているようです。

息子は友達関係は中々恵まれないことが多かったけど
塾でも学校でいい先生にはめぐり合っているようで
(同じだけひどい先生もいたけど)
塾に行くのが本当に楽しそうです。
先週も自習室にテスト勉強に行って
意気込んで帰ってきて「吐くほど勉強するっ!」と叫んで
パソコンとゲームを箱にしまいこんでいました(笑)
塾の先生に何か上手く励まされたようですね。
(できれば試験数日前ではなく、もう少し早くそうなってほしかったケド)
塾中で一番先生を活用してる生徒は自分かも、と言うほど
相談や質問を繰り広げているようで
そういう姿勢はなくさないでほしいと思います。
小中高でもそうだけど
大学はいっそう、自分から食いつく姿勢で
学べるものが全然変わってくる場所だと思うので
どの大学で何を勉強するにしても
尊敬できるいい先生が見つかるといいと思います。

キャットキャット

2011-06-09 | こども
息子が5歳の頃、
車の排気量ccはcatcatの略で、
車は昔は馬力と言ったけど
今は猫力なのだ、とほら吹いたら、
早速友達に話して感心されてた、
ということがありました。

マレーシア語には複数形がなく
複数は単語をふたつつなげたりする。
よく知られているのは、
ジャランだけなら歩くという言葉だけど
ジャランジャランで散歩の意味になるそうで、
そういう中に住んでいたので
catcatも何だか説得力があったのでした。

猫が2匹いるの見ると
それ、思い出します(笑)
写真は仕事帰りの、川沿いの道にいた猫。


息子のこと

2010-11-29 | こども
息子のことは、今までも同時進行で受験のときなど
あれこれ書いてきたけど
その、まとめのようなものを長々とアップします。


帰国子女受け入れのある近所の附属小に入れたけど、
うまく適応できなくていじめにもあったし、
いい友達もできず学校生活は悲惨だった。
勉強も最初は日本語を読むのが下手で国語と社会にちょっと苦労した。
1年経ち勉強は大丈夫になり
6年生になる頃には学年で1、2番を取れるようになった。
でも附属中に上がるのはイヤだったし
学区の公立は荒れてて最低レベルだったので私立を受験することに。
近所にできたばかりの塾に通った。
息子の志望校には県内の実績のある大型塾の方がいいと思ったけど、
息子がここがいいというところにした。
受験とか勉強とか、まあどうでもよかったのです、わたしは。
楽しければいい。
塾は楽しそうだった。
学校は行きたくないといつも言ってたけど
塾を嫌がったことは一度もない。
勉強が嫌いでないと自分で思うようになったのもこの頃だ。
とりあえず、わたしは時間管理だけうるさく行った。
受験の前日まで10時半には寝るようにさせた。
息子の塾は9時頃には終わった。
毎日ではなかったし、直前対策の時期でも10時を過ぎることは少ない。
附属小の他の塾の子は毎日10時11時まで授業を受け、
余裕のある子は家庭教師までつけていたけど、
わたしは十分寝る時間と遊ぶ時間は確保したかった。
時間が足りなくなると
朝ならいくらでも早く起きて勉強してもいいことにした。
週に何度かは近所の受験しない子と野球をする時間も作った。
無理してぎりぎりの勉強をさせる気にどうしてもなれず、
でも5分10分の時間を何とか集めては勉強時間を確保した。

受験に失敗したあと、わたしは長い間、自分を責めた。
ぎりぎりの勉強をがりがりさせるべきだたのかも。
夜中まで、寝る時間を削っても勉強させるべきだったのかも。
同じ中学を受験する子の大勢いる他の塾に行かせるべきだったかも。
楽しくなくても。
滑り止めは1校しか受けなかった。
通学に時間のかかるところはイヤだったので
附属中を一応の滑り止めにしたのだった。
その附属小では主要科目は学年一番だったので、
行きたくはないけど、心配なく受験できる、と思って。
だからここにも落ちたときはショックだった。
息子はベッドにもぐり、小さなメモを渡した。
「なぐさめ電話は拒否する」と書いてあった。
これで、わたしはますます自分を責めた。
なんで、受けられる学校全部受けなかったんだろう。
ポリシーなんかどうでもいいのに。
あらゆる偏差値のあらゆる学校を
いくらでも受けさせればよかったのに。

評判の悪い公立中は、
学区から出て行く子はいても増えることはないので、
息子はただ一人、よその小学校から来た子、だった。
思ってた程荒れてはいなかったけど、
暴力は常にあり、勉強のレベルは最低以下。
入学後初めての実力テストが「2+3=」から始まっていたのは
がっかりを通り越して笑ってしまった。
ここではいじめられることはなかったけど、
乱暴な子や先輩に目をつけられて殴られそうになったり
トイレに引きずり込まれたり、と怖い思いをしたようだ。
そしてそれ以上にひどかったのは先生によるいじめだった。

1年の担任は英語の中年女性で、
息子を目のかたきにした。
日本の英語教育は米語一辺倒なので
イギリス英語の語彙や表現をすると間違いと決めつけられ、
いつも怒られてた。
いい気になるなとか、ロクな英語知らんなとかよく言われてた。
でも彼女の英語も完璧からは遠かった。
rやlの発音ができないのはともかく、
fができず、子どもたちに「ユニホーム」リピートさせる。
文法も間違いだらけ。
参観日に何度もわたしを振り返る息子と目で「ああ・・・」と言いあったものだ。
他の子にも「なんでお前だけ」と言われる程、
この担任には目をつけられた。
決して帰国子女であることをいいふらしたりしてない、
というか秘密にしてた程だったのに。

1学期が終わる頃には息子は担任の授業中は全く発言しなくなった。
塾でも小学校でも授業中の発言や質問だけは誰より多い子だったのに。
子どもの前で親が教師を馬鹿にしてはいけない、
子どもも大人を馬鹿にする子になるから、とよく聞くけど、
大人でもつまらない人間はいる。
そんなのまで無理矢理尊敬するようにもっていく方がおかしいと思う。
大人でも子どもでもいろんな人がいるのだ、と教える方がまともだと思う。
担任も苦痛だったけど、人間関係より暴力より
授業の退屈さが問題だった。

受験の失敗後1年はやる気が起きず塾も行かずにのんびりしたが、
あまりの退屈に耐えきれず
中2の夏にどこか塾に行くと言い出した。
息子の落ちた中学の子が多くいってる大阪の塾に通いだした。
そこは6年一貫の私立校生の、大学受験用の塾で、
公立の子は息子だけだった。
中一の1年で中学数学は終わってるので、
最初の3ヶ月くらいはチンプンカンプンだったようだ。
でもそのあと、すごく面白くなったらしい。
数学の問題を解きながら
「うは~おもしれえ~っ」と叫んでいた。
でもこの塾は私立の生徒ばかりなので
高校受験には全然関係なく、
実際受験する生徒はほとんどいなかった。
中3の夏頃になってやっと、受験どうするか考えた。
わたしは義務教育でも何でも、
本当にイヤなら行かなくていいと思ってる。
いじめで死ぬ子とか、おいおい、って思う。
学校なんて本当に世界の小さーーーーい1部でしかない。
ひどい場所ならやめちゃえ。
もっといい場所がきっとある。
世界は広い。
ここがダメでもここ以外の場所がほぼ無限にあるのだ。
外国に留学したっていいし、
国内の山村留学だっていい。
登校拒否して家で自分でしっかり勉強するのもいい。
友達だって学校以外でもいくらでも作れる。
小中と日本の学校に馴染めなかった息子にもそう思ってた。
高校だって大学だって合わなければ行かなくていい。
行かないで、しっかりと生きて行ける場所を探せばいい。
でも息子は学校に通い続け進学したがった。
それで受験することに。

中学の時の失敗があるので、今回は結局3つ受けた。
ほとんど受験勉強をしてこなかったのでリスクをとらず、
日程的に受けられる学校を6つ選び願書を書いた。
とにかく不安がったのでトップ進学校も、
その半分の偏差値の学校も願書を書いた。
でも本命は公立にした。
大学受験を思うと私立進学校の方が実績もいいけど、
ガリガリしない、普通に楽しい学校生活を楽しみたかったのだ、彼は。
それに校風も自由な学校だった。

息子は真面目で地味な方だけど、
意味の分からない規制というのに我慢できないタイプです。
荒れている学校というのは、案外規則が厳しい。
タバコを吸って物を壊して暴力だらけの子を何ともできない学校なのに、
真面目な子が授業中にペン回しをしていました、なんてことを
言いつけられ叱られるあほらしさにうんざりしていたのだ。
学びたい子が学べないのは最低。
じゃ、自分で勝手に勉強します、というのも認めてもらえない。
毎日何時間もの授業中ぼんやりしてるしかない。
高校生が毎日小学校の勉強を無理矢理させられるようなものだった。
追いつけない子を助けてあげるのはもちろん大事だけど、
先に進みたい子を否定するのはどうかと思う。


今はわりと楽しく高校生活を送っています。
こういう挫折は、本人のためになるよ、と言われるし
そう思うけど
しないですむなら、やっぱりさせたくなかったなぁとも思います。
でも、起こったことは仕方ない。
しっかり肥やしにしてもらわなくちゃ。

オケ部練習

2010-11-10 | こども
うちの16歳の高校で担任との保護者面談があって
行ってきたんだけど
どこからか、息子がオケ部で練習している
メンデルスゾーンの「イタリア」の
すっごくうまい演奏が聞こえてきた。
音を頼りに探してみると
隣の隣の隣の教室で
3人の生徒が練習していました。

カメラを持っていたので、ずかずかと教室に入り
上手ねぇ。聞いてていい?写真撮っていい?と
声をかける。
息子と同じ学年のオケ部の子達なので
息子の話をちょっとして「怪しいものではありません」証明。

すっごく上手かったのはバイオリンの女の子。
息子のバイオリンの五分の一程の安い楽器なのに、
息子よりずーっときれいな音で
余裕でさらさら弾く。美しい~
あと、ビオラの男の子は初心者で
照れて中々弾いてくれない。
やさしい感じのかわいい子でした。
そしてホルンの女の子の3人。

翌日、息子に
「お前のかーちゃん、変わってるなーって
思いっきり言われたぞ」と
軽いお叱りを受けたけど(笑)
中学から私立の女子校しか知らないわたしには
公立の男女高校生は、興味津々の対象なのだ。

息子の頭

2010-09-21 | こども
中学受験の時、息子に勉強しなさいと言ったことはほとんどない。
「早くしなさい」とは、よく言った。
早くすませて、寝なさいとか、
外行って遊んできなさいとか。
10時過ぎには寝かせようと思うと
時間がとにかく足りなかったので
早く、早く、はよく言ったものです。
受験自体は学区の学校がひどすぎる以外
特にいい学校へ行かせようとか考えてなかったし
楽しきゃいい主義なので
子どもに任せたら、なんだかどんどんやる気になって
中々面白かったです。
塾というところは、目的がはっきりしててやる気がある時には
大層役に立つ場所です。
何もかもお膳立てしてくれるし
あとはついて行くだけでいいんだから。
ただ、その、ついていくだけ、ということ自体
やる気のない子には、かなり大変なことなんだけどね。

とにかく、そうして楽しく勉強したけど
受験は失敗して、その評判の悪い学区の公立へ。
最初の1年半は、ぼーっとしていました。
あまりのレベルの低さに呆然とし、
受験の失敗以上にやる気をなくしたせいもあるし
部活が毎日あって、それなりに時間がすぎていくせいもあった。
でも中2の夏頃に、また塾に行きたいと言い出しました。
高校は、こんなところにいたくない、と思ったのもあるし
それ以前に退屈しすぎて、頭を使いたくなったらしい。
でも高校受験の塾というのは、公立受験塾ばかりで
それは息子には面白そう見えなかった。
それで大阪にある、私立中高一貫校生向けの某塾に通うことに。
ここは高校受験には役にたたない大学受験照準の塾で
進度とレベルは高い。
公立中から来てたのは息子だけで
受験に関係ない塾に趣味で行ってるような息子は
相変わらずどこへ行ってもはぐれものなのでした。

塾では中学3年分の数学は1年目に終わってたので
いきなり高校数学のただ中に放り込まれ
息子は最初の2ヶ月程、まったくチンプンカンプンで苦労したようです。
でも毎回一番最後まで残り、先生を捕まえては
しつこく質問をして
3ヶ月後には着いて行けるように。
うんうんうなりながらの勉強中に
「ひゃーっ!おもしれえー!」と
叫ぶ声も聞こえるようになりました。
1時間も考え続けた問題がわかったとき、
新しい解法を習って、目からうろこが落ちたときなどに。

高校受験する子は、この塾にはほとんどいないし
受験に関係なく授業は進むので
息子は受験のあるひと月だけ、この塾を休みました。
高校入試の後、ずいぶんダラダラした生活になってる息子だけど
すぐ塾に戻って、楽しく通っています。
でも、結局好きなことしかしてないので
大学受験の時は少し苦労するでしょう。
彼がこれからもっと伸びるかどうか、わたしにはわかりません。
小さい頃、自分の息子ながらなんてバカなんだろうとあきれてた。
自分自身や弟たちのことを思い出して、
文字なんて勝手に覚えるものと思ってたし
算数なんて教わらなくてもできるものと思ってたし
放っておいても本は読むようになると思ってたのに
息子はどれもダメでした。
1を聞いて10を知れとは言わないけど
1を聞いて、1もわからない、その鈍さが
理解できなかったものです。
今も、理解の特別早い子ではないと思う。
息子の取り柄は、
わかるということは面白い、
大変なら大変なだけ面白い、ということを
知っているということと、
とりあえずやるべきことを考えてこつこつやっていく習慣、
この2点にあると思う。
そしてこれは、理解の早い頭の良さより
案外長持ちするものかもしれないと思う。

写真は息子がくれたシール(笑)。

息子の2進法

2010-09-05 | こども
256や512はキリのいい数字か?
という記事を見て思い出した。

2進法


これは息子の指で2進法数える練習。
中学受験の頃よくやってたなぁ。

ちなみに中学受験の頃は2の累乗だけでなく
1~20までの二乗も全部覚えてた(18×18とかね)。
計算時間短縮のため。
3.14の倍数も×12くらいまでは暗記させられてた。
計算は1分1秒を競う。
でも問題自体は神業級のひらめきを必要とする
よくわからん頓知のような部分も多い。
有名校の中学受験は
高校受験より遥かに厳しい世界だったなー。

何のための勉強

2010-07-16 | こども
将来のために、というのが
一番よく聞く答えかな。
でも、将来が見えないとモチベーション低下という悪循環に陥りそう。
先日ツイッタで、モチベーションに頼るのは堕落、という言葉を見て
目からウロコ。
モチベーションなしでできる仕組みを考えるのが大事と言うことか。
モチベーションを保つのは大事、ということに
疑問を持ったことがなかった。
慣用句や慣用的な思考は疑うことにしているのに、
わたしとしたことが(笑)。

息子は、勉強は割と好きで(テストは嫌い)
勉強が大嫌いな人の気持ちがわからない。
そりゃ勉強より面白いことはいっぱいあるけど
勉強もそこそこ面白いと知っている。
彼が、特に数学などを、
新しく習ったばかりの解法で解きながら
ひょ~っ、おっもしれえ~!
とひとりで叫んでいるのを見ると
そうだよね~、わかるって面白いよね~と思う。
そんな息子は県下最低と先生自身が言う公立中学に通い
その学校での勉強は、面白い~!と思うことが
全くなかった、と言う。
ゆとり教育の、イラストだらけの教科書で
子どもに媚を売りながらなんとか勉強させようとする。
やるべきことを5分でやってしまっても先に進ませてくれないので
残りの45分は、ただぼんやりと待ってるだけ。
自分の問題集など持って行っても、
禁止されて、やらせてもらえないだけじゃなく
先に進みたい気持ちを自分勝手と決めつけられる。
学校に何も期待しない子どものできあがりです。

結局息子は、
必要のない塾に行き始めて、やっと活き活きしだした。
話の出来る相手と会いたい、
もっと面白い勉強がしたい、
まともな先生に教わりたい、
暴力のない居心地のいい学校に行きたい、
それが高校受験のモチベーションだったけど
モチベーションに関係なく
唸るような難しい問題を考え抜いて解けたときの楽しさ自体も
塾に行くことでやっと、保ち続けていました。
それで、やっとそういう高校に入り
今は毎日「おかーさん、話が普通に通じるって楽しいね~」
「暴力のない学校ってリラックスするな~」と
楽しく過ごしています。

大学の後のことは考えてないようです。
まあ、自分も考えなしだったから、そこは何も言えない。
好きなことをすればいいけど、養うのは大学出るまでですから
とりあえず自立はしてもらいますよ(笑)。

資格勉強や試験勉強とと学問は違う、とはよく言う。
確かに学問の、それ自体の面白さは試験勉強にはないかもしれないけど
試験勉強も面白いよと思う。
期限があって、やることが決まっていて
何をどのようにやっていけば効率的に良い点がとれるか、
ゲームのようなものじゃないですか。
大学に行くつもりなら、そういうことも楽しんで
勉強してほしいものです。

何のための勉強かなんて
なんだか、あまり考えなくていい気もする。
役に立とうが立たなかろうが面白いことに理由はいらないから。
だから、勉強は楽しいということに
気付かせる方が大事よね。

吹奏楽部って

2010-07-15 | こども
って運動部か?(笑)

息子は中学時代卓球部だったけど
ヘタレ卓球部で、
基礎トレとかすると、すぐ辞めちゃう子が多いので
顧問の先生が、とにかく楽しむことだけを優先。
筋トレも体力作りも全くしない3年間でした。

その一方、吹奏楽部はグランドを走ったり
腹筋きたえたりのトレーニングを黙々としていて
どっちが運動部かわからん~(笑)な感じだったのですが

先日新聞の折り込み広告で
息子が昔行ってた塾のものがあり、見てみると
部活とも両立しています!と書かれているコーナーに
運動部80.6%という円グラフが載っていました。
そして
その円グラフの運動部の中に吹奏楽部が堂々と入っていたのです!

バスケや野球の横に吹奏楽部が。
何かの間違いかと思ったけど
勉強と両立している運動部一覧というところに
しっかり吹奏楽部が。
あはは。
全国の吹奏楽部のみなさま、
自分が運動部に所属しているって知ってた(笑)?

歴史上の人物

2010-06-22 | こども
人民元、対ドル固定を解除へ という
ニュースを新聞で読んだ息子が
「え!人民元って対ドル固定だったの!」と驚いたように言うから
「円だって、ちょっと前までずっと1ドル360円やったやん」と答えたら

・・・お母さんって、すでに歴史上の人物やな。

と言われました


そういえば、ベルリンの壁崩壊のときの話や
冷戦時代の話になると
「それって歴史の中の話ちゃうのん?」と驚く。
わたしにとっては、まだ全然歴史じゃなく
まだ生きてる個人的体験の範疇に入ってるのですが
息子にとっては龍馬伝の世界と同じ
歴史上の過去の話なのね。
昭和も遠くなったなぁ。

IT化グローバル化の変化も大きいし
しゅるしゅるって、世の中が変わって行く感じもわかるけど、
それとは全然違う感じの、世界がどでんっと大きく変わるこういう変化って、
これからは、どんなことがあるのかな?


そう言えば、昨日は息子に「サイケ」って何?って聞かれた。
ああ、「サイケ」も歴史になっちゃってるのかぁ。

入学式

2010-04-01 | こども
高校の入学式でした。
今日入学式で、6日から学校。
何で今日入学式をするのかは謎ですが
小雨の中行って来ました。

中学とは違い、何でもてきぱきと時間通り進みます。
入学式も時間通りに始まり
なんと30分で終わりました。
早っ!
スムーズでスマートです。

その後、子どもたちは各自の教室へ行き
説明を受けお弁当を食べ健康診断などで午後まで。
保護者は講堂で少し説明を受け解散。

各中学で1番2番だった子ばかりなので
今まで1番だったのが急に300番になっても
パニックにならないように、とか、
家での勉強は学年+2時間(1年なら3時間)すれば
ついていけるでしょう、とか
気持ちよく脅してくれましたが、
こういう脅しは好きです。闘志が湧く。
いや、わたしが勉強するわけじゃないけど(笑)。
体育が厳しいのも有名な高校なので
運動部の部長をしてたくせに運動の苦手な息子を
鍛え直してくれそうなのも楽しみです。

あとは、いい友達が一人でもできるといいねぇ。


学校の校風や雰囲気も好きだと思ったこの高校ですが
わたしにはひとつ不満が。
男前率が、併願で受けた私立よりだいぶ低い気が・・・(笑)
その私立校はカトリックで厳しい神父様が
3月の入学前登校日の段階で頭髪チェックをされてて
(前は眉の上、襟足はかりあげ、耳は完全に見えること)
制服の着方もうるさいため、学生たちはみんな清々しく
きっちりとして見えました。
そして、そんな堅苦しい髪型にもかかわらず
意外と男前が多く、
うわ~こんな子とぜひお友達になりなさい、と
息子に言いたくなるような子がちらほらいたのでした。

でも、息子の通うことになった公立高は
規則もゆるく、髪型も自由で
けっこう髪型にこだわった男子も見られるのに
その男前度は意外と低いような・・・
共学で半分女子だし。
う~ん、目の保養になるような子って
いないなぁ~、とぼやく平和な母でした。

春休みは7時頃起きて、ゆっくりコーヒー飲んで朝食食べて
9時過ぎてからお店の工事見に行ってたけど
学校が始まると6時前に起きないといけません。
運動部に入る予定なので
朝練とかあったら5時起きでお弁当作り。
できるのか、わたし?(笑)

写真は息子が中一の時に学校の工作で作った鳥居。
結構大きくて高さ50センチくらいある。
段ボールで立体を作る美術の授業と思うんだけど
何で鳥居なのか謎な息子です。
(ちなみに息子に信仰はないです)
そしてその鳥居を、2年間ずっと部屋に飾ってたのも謎。
彼の作るものには謎が多いなぁ。

個人主義?

2010-03-16 | こども
「おかあさん、ぼくの個人主義は、
海外のインターに行ってたから?
それとも日本人じゃないせい?
それとも、ただの生まれつき?」
わたし、
「・・・おかあさんの育て方のせい・・・」(笑)

いえ、彼はまだ、個人主義者というほど
何もどこも、できあがってないけど
若い頃のわたしは、がちがちの個人主義者でしたね。
個人なくして何の家族ぞ。集団ぞ。世界ぞ。
とにかく、本当に「ひとり」で生きてくつもりで
こころはいつも「ひとり」だったなぁ。
今は、若い頃の自分が見たら驚く程
丸くなった。
「個人」に幻想も過度の期待も持たない。
個人の自由も権利も
以前のように主張する気にはならない。
自分自身ある意味、静かに消えてしまってもいいと思う。
今も昔も信仰を持たないわたしですが、
もし真面目で一途な信仰を持っていたら
多分もっと早くから同じように考えただろう。
40歳すぎて、やっとわかってきた。
自分を持たず、振り回されて、損ばかりして、
何事も成さない人生も、悪くないはず。
勝ちとか負けとか関係ない。
淡々と人のために生きられたらそれでいいのでは、と。
それがまだまだできそうにない、ダメなわたしですが。

息子は、やはり海外で育ったのが大きく影響はしてると思う。
かなり個人の権利と自由と責任を
重視する子どもに育ってきています。
そのわりに彼には自立心が足りない気もするけど。

とにかく、公立高入試が終わりました。
結果は一週間後。
中学の部活に毎日行って
休んでた将棋道場にも行って
大阪の繁昌亭に落語を聞きに行って
本も読んで映画も見て、
夫側の田舎にも行って、
うんと遊ぶのだそうです。

写真は卒業式でもらった花。

ビオラ

2010-02-23 | こども
小さいパンジーはビオラって呼ぶの?
うちでは、普通にパンジーと言ってますが
うちの15歳が、今、世話しています。
   
先月、近所に新しい本屋ができて
オープニングのとき
先着1000人だか何人だかに
この鉢をプレゼント、というのをやってたのです。
それで、うちの15歳が(←「お得」に弱いヤツ)
学校の帰りに早速行って
何か買ってもらってきたのでした。
自分でもらってきたら、かわいいらしくて
毎朝、水をやってベランダに出し
夜は家の中に入れてます(過保護?)。
最初は花もなく、葉っぱも貧弱で少なかったのが
どんどん伸びて、蕾も増えて
花も咲き始めました。
うちの、何年も掃除してないベランダの
くすんだ色の中で
はっとする鮮やかな色です。小さいけど。
  
  


最初は一つだった花が
どんどん咲き出しています。

♪ all I have is fat ~♪

2010-02-11 | こども
奈良の学校は試験のあと
息子は「あかんかった~」と言ってました。

彼の場合、過去問や模試などでもそうなのですが
本人が、全然あかん、ダメだ~わからん~と
言ってた試験の方が
「割とできた」とか「まあまあ」とか言ってたのより
いい点のことが断然多いのです。

で、今回の大阪S学院。
試験のあと、何かニコニコしてる。
「どうだったの?」
「あのさ、理科がさ」
「できたの?」
「あのさ、緊張を緩めようとさ、
理科の試験の前の休憩時間に
頭の中で替え歌作ってたんだよ。
ビートルズの all you need is love ♪~を
all I have is fat ♪~って歌ってたら
理科の問題が脂肪の組成の問題で
うゎ~偶然や~って面白かった~」

・・・・・
でできたわけ?
「微妙」
数学は?
「きつかった」
国語は?
「意味不明」
英語は?
「やり忘れてたリスニングのディクテーションが出て
びっくりしたよ~」
・・・もうこれ以上聞く気が失せました(笑)

この学校は高校は2~30人しかとらない狭き門で
偏差値も府内で一番高いので受験者数も少ない。
試験も結果発表も、天気が悪いせいもあるけど
ひっそりとしたものでした。

さて、今回息子の受験番号は「6」。
そして
ありがたいことに
何とか合格していました~!

あとは本命の公立をひと月後に残すのみです。

2110

2010-02-08 | こども
うちの15歳の、最初の受験校の受験番号は

2110・・・

    ニート・・・
       縁起悪い・・・


でも、
合格しました!

合格した子は他にもいるだろうけど
この気持ちは中々わかってもらえないと思います。
彼は常に特殊な経歴で
いつもひとりだけ、異端な立場でした。
小学校では帰国子女の転校生で、ずっと浮いてて
中学受験に失敗して行った公立中は
特別な低レベル校で
よそから来たのは彼一人。
進学校受験するのも彼一人。
塾も公立受験中心の塾だったので
私立進学校の過去問やってるのも彼だけだったりして
どこでもひとりだったので
やっと
3年ぶりにほっとした気がします。

あさっては大阪の私立入試があり
そちらが私立の第一志望なのですが
とりあえず奈良がうかって
リラックスして受けることができます。

応援してくれた方、ありがとうございました!

奈良寒すぎ

2010-02-06 | こども
子どもの入試第一校目は奈良の学校。
すっご~く疲れたので、詳しくは明日。
ただ、ここ数年でこんな寒い思いしたことはないほど
寒かった、とだけ書いておきます。
からだの芯まで凍えて
胃は痛む、腰は痛む
昔切った古傷も痛む、
歯まで痛んで、最後は頭痛まで・・・
奈良、寒すぎる・・・