もう4月8日だと言うのに外はミゾレ交じりの雨が降っている。
「寒い・・・」と言ったのは夜香木。
4月になり暖かな日が続いたので部屋の中に入れていた夜香木はベランダと玄関先に出している。
この夜香木は大好きな作家先生の家から頂いたもの、と言うか、冬の始まりに息子さんが夜香木を部屋の中にいれるために選定したものを頂いて来たのである。
「夜にだけ香るのは誰のためなんでしょうね」先生の奥さんがテーブルの上に飾った夜香木の花を見て笑みをたたえて良くそう話してくれた。
私はその花の神秘に興味を持った、その夜に香る香りに魅了された。
だから、先生の息子さんが選定していた枝を数本、冬の始まりの、あれはたぶん11月だっただろう、もらってきたのである。
息子さんからは差し木をしても冬場には無理だよ、春先にまたあげますからと言われたが、せっかちな私はそれでも面白がって棄てるのであればもらっていきますと持って帰ってきたのだった。
私はその枝を切り、二つのガラスのコップに赤土と竹炭をいれ、水のない小さな水槽の中に置いて、水槽の片側には金紙を貼り、光りを多く取り入れるようにして育てた。
その冬の間、夜香木の小さな枝はずっと私の傍で過ごした。
私が出かける時には必ず陽の光りの入る窓際に置いたりしていた。
春になり、さぁ、そろそろ根ははったのか、とガラスのコップの逆さまにして根を見ると、一つはただの枝のままで少し腐りかけ、もう一つの方には息子さんの言葉に反してと言うか、常識を超えて、なんとちゃんと根がはっていたのである。
私は喜び勇んで息子さんにそのことを伝えると息子さんはほんとうに驚いていた。
木々や野菜を育てることが大好きな息子さんからは夜香木は寒さに弱くて、一日でもその寒さにあたると死んでしまうと教えられた。
だから、毎年あの選定していた枝をもらった時期に私は先生宅を思い出してはいつも夜香木は部屋に入れるようにしていたのである。
だが、また息子さんに喜び勇んで話したいことが起きた。
それは昨年の夏に選定した夜香木を差し木し根がはってから小さな鉢にかえたもので花まで付けたものがあった。
誰かにあげようかと思いながら、ずっとそのまま家の中に入れず、この冬の間を外に置いたままにしておいたのである。
それがなんと寒さに負けることなく、枯れることなく、この冬を乗り越え、今は小さな新芽をその細い枝につけ始めたのである。
もともと常識を超え、冬を乗り越えて根をはった夜香木の子孫なので微かに進化をした夜香木になっていたのかも知れない。
私はその夜香木を見て「凄い!凄い!」と思うのであるが、さすがに今日は「寒いね、大丈夫かい」と話しかけてみた。