カルカッタより愛を込めて・・・。

次のアピア40のライブは9月13日(金)です。また生配信があるので良かったら見てください。

夏休み明け。

2013-08-30 13:08:58 | Weblog

 先週の土曜日は夏休み明けの久しぶりの山谷だった。

 泪橋ちかくのバス停に降りたおじさんから「今日はありますよね、久しぶりに食べに行きますよ」とペコペコと頭を下げ、ニコニコと挨拶してから、彼は白髭橋の方に向かって歩いていった。

 そこからほんの200メートルぐらい歩けば、MCの施設に着くその短い間に同じような挨拶と質問を4,5人のおじさんと交わした。

 私は夏休み明けの学校の始まりのようにまた友達に会える楽しみを噛みしめながら向かった。

 流石にまだ夏休みが続いているのか、ボランティアは25人くらいでいつもよりもかなり少なかったが新しい韓国人のブラザーが着ていた。

 彼は祈りのあとの自己紹介の時、事前に書いたメモを読みながら、まだまだ不慣れな日本語で照れながら読み上げると、皆から一声に拍手を受けると顔を赤らめた。

 白髭橋でも久しぶりに再会と言うか、私は彼らに会うことが嬉しいことを再確認しながら、出来るだけ一人ひとりの顔を見ながら挨拶をした。

 もちろん、会うことが叶わなかった人たちもいた。

 いつもカレーを配る時に手伝ってくれていたおじさんは入院していた。

 彼は大きなお腹をしていたが、休みに入る前には7.8キロ痩せ、食欲がないと話し、大きかったお腹はぺちゃんこになっていた。

 彼は公園のトイレのなかで一人倒れ、出ることが出来ず、仲間の一人が不信に気付き、トイレのドアの上から登り、鍵を開け、彼を救出し、そのまま救急車を呼び、病院に運ばれたとのことだった。

 私たちは彼のことを心配した、病状はどうなのだろうか、また逢えるのだろうか。

 炊き出しが終わり、帰ろうと白髭橋の袂に来ると、あの「固まった黒い血」に書いた右目に傷のあった彼に会った。

 彼の姿を見た途端、この休みの間に流れたいた彼の哀しみが闇のオーラとなり、彼を包みあげていた。

 埃にまみれ汚れきった肌着とスエットを身にまとい、顔も伸ばしたままになった不精髭をはやし、背を丸め、うろうろと歩いていた。

 まだ新しかったオレンジ色の自転車はぼろぼろになり棄てたと言う・・・、何があったのだろうか・・・。

 山谷の中でも珍しいほどの汚れた衣服を身にまとう、その貧しさを顕わにせざるを得ない人、それに気を使えない人、気を使わなくなってしまった人、山谷の闇に慣れきってしまった人になってしまっていた。

 その姿にも関わらず、彼は家に帰ったりもしていると言ったが、それは一週間以上はゆうに前のことであろうことが分かった。

 何があったのだろうか・・・。

 それでも、彼は口にした「気が楽ですよ・・・」

 諦めや哀しみがいく様にも絡み合った歪んだ笑みでそう言った・・・。

 
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あの方の痛み。その2。

2013-08-28 13:08:37 | Weblog

 「はい、じゃ、刺して行きますよ」

 「・・・」

 「大丈夫ですか?凄いですね」

 「はぁい・・・」

 針は右掌に垂直に刺さっていく、私の左後ろには、もし私が動いたりしたら押さえなだめる準備をしているナースがいかにもこの注射が痛いものであると言わんばかりの強ばった表情の上に無理やり笑みを作ろうとしていたのでその顔は苦笑うような表情になっていた。

 「凄いですね、痛くないですか?」

 「はぁい・・・」

 注射はすぐに終わるものだと思っていたが、一段階を終えただけであろう、もう一度針を刺したまま引き直し、今度は力を入れ直し、医師は私の指中指下の掌の骨と骨の間を目指し、針をぐっと押し込んだ。

 この瞬間、針は掌を抜けるのではないかと思ったと同時にあの方の痛みが不意に感じられた。

 感じられただけではない、それが脳裏に浮かび上がってきただけで私の掌の痛みと恐怖は不思議と無くなっていた。

 私のなかの小さな男の子はすでに姿を消していた。

 あの方の十字架に磔されるために掌に太い杭を打たれたその痛み、それまでの痛み、それからの痛み、苦しみ、哀しみを思えば思うほど、感じれば感じるほど、私はどんな痛みでも乗り越えられるような気がした。

 たかが注射であろうと思う人もいるかもしれない、もちろん、そうであるが、だが、そう思う人は無意識に人の痛みを比較し、一方を見下し、それに気付かない、悲しい人かもしれない。

 多くの殉教者たちもあの方の痛みを感じ思い、その命を終えたことすら、私はその時感じたのである。

 あの方は今もなお、私たちの痛みを肩代わりし、愛していてくれることを感じたのである。

 追い詰められ逃げ場もないと感じる時にこそ、何もすべきことがないのでない、あの方の愛を受け容れることを意識すればいい、あの方の愛を感じればいいのである。

 あなたが信じる信じないに関係なく、あの方の痛みを思いに思えば、あなたの痛みは変わるかもしれない、あなたの痛みが和らぐようにあの方は今日も祈り願っているのである。

 とても小さな出来事ではあるが、わたしがふとあの方が私のうちにおられることを感じた証しだった。


 今日は聖アウグスチナスの記念日、彼の言葉を。

 「あなたを愛するのがあまりにも遅すぎました。なんと古くて、なんと新しい美よ、あなたを愛するのがあまりにも遅すぎました。

 ああ、あなたは内にいたのに、何と、わたしは外にいました。そしてわたしは外にあなたを探しました。しかもあなたの創られたその美しいものの中に、わたしは醜い姿で落ち込んでいました。

 あなたはわたしとともにいましたが、わたしはあなたとともにいませんでした。あなたのうちに存在しなければ存在しないようになるものが、わたしをあなたから遠ざけていました。あなたは呼び、叫び、そしてわたしの鈍感さを打ち破りました。

 あなたはきらめき、輝き、そしてわたしの迷いを払拭しました。あなたは香りを放ち、わたしはその息を吸い込み、あなたをあえぎ求めました。

 わたしはあなたを味わい、あなたに飢え渇いています。あなたはわたしに触れました、そこでわたしはあなたの平和を熱望します」

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あの方の痛み。

2013-08-27 11:52:31 | Weblog

 昨日駅前にある整形外科に行った。

 とうとう右手中指のバネ指がポケットに入れる時や運転時のウインカーを出すだけで痛みが走るようになり、これでは仕事にも支障があるので覚悟を決めて整形に行ったのである。

 このバネ指が決定的に痛みを持ったのは先週の重労働の時だった、痛みが走るバネ指の右手中指をかばいながらしたので翌日は右手より力を使った左手から左の腕、肩、背中までもはっきりと使用超過の後が重く残っていた。

 10時半に行くと整形は混んでいた。

 だが、そこでは本を読めるので何ら苦にもならず、ただ生まれて初めての整形だったので心のどこかでは緊張があっただろう。

 ボリューム高めで話すリハビリに来るお年寄りの会話の内容に時々気を逸らされないように気を付けたり、小さな子供が歩き回ったりするのにも同様を気を付けながら、本に集中するのだが、そんな時限って、その読んでいるところの内容が私の好むものでないと、いったん本を閉じ、深呼吸でもするかのように周りをゆっくりと見詰め、首をひねり、肩を回しては本に帰って行った。

 一時間ほどしてから、私の名は呼ばれ、診察室に向かう。

 あらかた知ったバネ指とその治療の説明を受け、とりあえず、注射をすることになった。

 いったん待合室に戻され、次にレントゲン室、そして、またすぐに注射器の用意が出来たのでのあろう治療室に呼ばれる。

 そこでその注射の説明を受ける、「これは注射のなかでも一番痛い注射に入るのですが・・・」と言われるのはいいが、私には「それは嫌です」などと子供じみたことを言えぬほどのオヤジなのである・・・。

 そこに私の少し驚きおどけた顔の下に小さな男の子が瞬時に現れる「あぁ、怖い・・・、小学校の注射待ちの教室と同じだ!おい、痛かった?痛くなかった?えっ、痛くない?嘘だろそれ!あいつは泣いているんじゃんか!お前もちょっと涙目じゃないか!」などの恐怖の注射へ否応なしに向かう勇気の覚悟を育てる過程を私は行き止まりに追い込まれた逃げ場のない心境のなか、勢い良く作り出していた。

 そんなこと、知ってか知らず、医師は私の右の掌を丹念に消毒していた。

 「あぁ・・・」
 
 {つづく}

 
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読書。

2013-08-27 01:15:21 | Weblog

 今同時に二冊本を読んでいる。

 一つは遠藤氏の「フランスの大学生」、これは遠藤氏がフランス留学中に日本の出版社に送ったエッセイである。

 評論家であった遠藤氏がフランスへ向かう船のなかで小説家になることを決意した萌芽が息苦しいほどに読み取れる。

 「作家の日記」を読んだからであろう、このエッセイたちを当時彼がどんな思いで書きつづってきたかの苦悩をすでに知っているからである。

 彼の初々しい小説めいたエッセイはすでに遠藤氏の色になりつつあり、そこから色を増やし、鮮やかに膨らんでいった過程を知っているからこそ、生意気ながら喜んで、それを読んでいるのである。

 もう一つはドストエフスキーの「二重人格」である。

 彼の二作目の作品であるが、奇才色は満載である、文庫本の小さな仮面にどんどん吸い込まれて行くように活字を追わされてしまう。

 読み終わっていないので内容は控える。

 この本は河合準雄氏の「影の現象学」に出てきた作品なので読みたくなって買った本である。

 どうしても、河合氏の本は他の本のなかから、そのドラマや心理的現象を例として紹介するところが多く、それを実際読んでいない私は何かしっくりと来ないと言うか、読んだけど読んでいないと言うような気がしてならないのだ。

 もちろん、河合氏の本を読んだからと言って、私がそれを河合氏の思うように理解・解釈出来る力などは到底ないのである。

 それだからこそ、著者に敬意をはらうようにそこに出てきた、私が興味を持った本ぐらいは読みたい心理になってしまうのである。

 と言うことで、日曜日にはまた古本屋に行き、「影の現象学」に出てきた小説のなかで興味を持っていた作品、スティーヴンスンの「ジーギル博士とハイド氏」とマーク・トウェインの「不思議な少年」を買った。

 またこの二冊も読み終えたら、その鼻息荒いうちに記憶を強くするために何かを書こうと思っている。

 補足・上記「記憶を強くするため」ではなく、「記憶に強く残すため」の方が良いんではないか、その間違えではないかと思う方がいるかもしれないが、私としては「記憶を強くしたい」のである、それは貪欲なまでにといっても過言ではないかもしれない。

 なぜなら、記憶はすでに残っているものであるし、それ以上に今までの記憶との繋がりの強化を欲しているからであろう。

 
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痛い・・・。

2013-08-23 13:23:55 | Weblog

 昨日は午前中から仕事だった、それも重労働が一つあり、かなり疲れた。

 今朝を起きると身体は鎧を着ているかのように重く、動きも鈍く、そして、痛い、特に肩と腰・・・。

 あのくらいの仕事でこれだけの筋肉痛になるとは反省せねばならない。

 やはり筋トレと柔軟体操はまめに地道にやり続けなければならないだろう。

 いま、この身体がその誓いの形としれ現れてくれたのである、このチャンスをものにしなければならない。

 
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ヘチマくん。その2。

2013-08-21 12:54:44 | Weblog

 遠藤氏の「ヘチマくん」は楽しく読ませてもらった。

 この作品は遠藤氏が大好きな十返舎一九の「東海道中膝栗毛」の弥次さん・喜多さんがモデルになっていると言っても良いだろう、だが、主人公の鮒吉はどこか遠藤氏の現実的な理想像が忍ばせている。

 人を騙してまでも出世しようなどとは考えず、純粋であり、いつも朗らかなにあり、他人に嫌な感じを与えず、それでいてうまく生きれないが、それをなお受け容れ、何より自分自身に満足する心を持ち、すべてをありのままに生き、心のどこかでそれを喜んでいるような主人公鮒吉は遠藤氏のヒーローのようなものかもしれない。

 そして、遠藤氏の生涯のテーマ、弱い人たちへの賛歌であり、人間の弱さ・哀しさを描きながらも、決してそれだけではなく、弱さのなかの健気な強さを描こうとしていることが肌身に感じた。

 それは私が強く遠藤氏作品に共感するところである。

 「ヘチマくん」のなかには桜島の土地買収の話しが出てくる、私は実際に桜島に行った美しい果実のような思い出があるが、その果実はもう少し完熟するのに時間が掛かるのを改めて感じ直したと同時にそれを成長しているとも思えた。

 あの雄大な桜島、錦江湾の青さ、ページをめくる度に潮風が頬に感じられるようだった。

 主人公たちの桜島の旅の思い出を私の思い出に重ねた。

 「ヘチマくん」はユーモアたっぷりで胸にじんとくる場面もあり、私の読んだ遠藤氏作品のなかで上位に食い込んできた。

 だが、やはり、姉妹小説のもう一方の「おバカさん」の方が私は好きかもしれないと思った。

 「おバカさん」はキリスト教的な旨味があるのと、「ヘチマくん」は日本的な旨味があるのとの違いがあり、だが、その両方は遠藤氏のそれから生まれている。

 それとは遠藤氏のアイデンティティーの確立への導きに他ならないだろう。

 遠藤氏はそれをしっかりと導こうとしていたのである。

 彼は他の誰でもない彼になろうとしていたのである。

 その姿勢に私は敬服するのである。
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朝日。

2013-08-20 12:01:36 | Weblog

 今朝は五時五分前に起きた、と言っても、たぶん、その三十分前ぐらいだろうか、あんが自分のベッドに乗って来たので、あんの方には寝返りを打たないように気を付け、目は少し覚めていた。

 昨夜は休肝日だったので、本を読みながら寝付いたのは二時ぐらいかもしれない、酒が入っていない身体は浅い眠りだったのだろう、あんが私の身体に背を合わせるように寝に来たのがすぐに分かった。

 その三十分間、夢うつつにありながら、散歩の思案をしていた。

 山側に行こうか、多摩川に行こうか、まだもう少し寝れるが、このまま少し寝たらまた起きるのも辛くなるかもしれない、それに外はいつも起きる五時半の明るさでなく、まだ薄暗かった。

 しかし、あんの方に寝返られないと意識からか、寝ることは難しくなっていった。

 いっそのこと、そう、朝日を多摩川に見に行こうと閃き、身体を起こしたのが五時五分前だった。

 あんと玄関を出ると夜に冷やされた微かな冷気が迎えてくれた。

 大通りに出れば、まだライトを付けたまま走っている車がいた。

 いつもよりも三十分早いだけだが、その違いは新鮮そのもので嬉しくなった、空の色、街路樹の色、山の色、街の色が違い、それも夜の気配から朝の気配に色彩良く一刻一刻描かれていく様が美しかった。

 多摩川まで行く間、私はその美しさを一つひとつ発見しながら喜んだ。

 朝日はすでに顔を出しているのだろう、多摩川近くまで来ると傍のマンションは朝日色優しいオレンジ色に染められ、京王線の陸橋も同じように柔らかく染められ、光り輝き、青空をバックしたその風景は説明しがたいほど美しかった。

 多摩川沿線を渡る階段を登ると、真正面からなど到底見詰めることが出来ないほど神々しい太陽が一面に光りを放っていた。

 「あぁ、」と思わず、笑みをこぼし、時間が止まったかのように、ため息ともいえぬ、吐息に近い声を出してしまった。

 きっと神さまと出会った時も同じような「あぁ、」と声を出すのかもしれないと思った。

 私とあんは光りに包まれたのだった。

 それは愛とまったく同じかもしれないと思えた。


 
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「もったいない」の使い方。

2013-08-18 18:27:07 | Weblog

 「お利口さん」のところに書いた「もったいない」であるが、この言葉は日本語の素敵な言葉であるが、その使い方には気を付けなければならないことを書いておいた方が良いと思った。

 それはこの「もったいない」ということを決して神経症的に行うのではないと言うこと、それは負の連鎖を生み出すことになる可能性を含んでしまうからである。

 例えば、それは使い方によっては他人のアラを探すことになり、アラを注意された者は恨みと復讐心を生み出してしまうことになりかねない、正しく、それは負の終わりのない連鎖のサイクルのなかに自分共々他人をも引き込む悪になりかねない。

 ここで自分の悪を認められる者はまだ「もったない」と言う言葉を素敵に使える可能性はあるだろう、誰のなかにもそうしたものはあるのであるから、まず認めることにより、それは必ず形を変えて行くのである。

 他人のアラをも大目に見、それを優しく受け容れられることをマザーは良く言っている、そして、「もったいない」の言葉の使用の大前提はマザーの言うように「何ごとも喜んで、それをする」姿勢がなければならない。

 「もったいない」と言う正義の仮面は悪そのものである。

 絶対的に私は正しいと言う姿勢には怒りが伴ない、そして、それは相手を育てる愛を用いない。

 そのことをどうか忘れないで欲しい。

 私も心する。

 
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今日も。

2013-08-15 13:22:49 | Weblog

 今日も仕事前にうたをうたってきた。

 一昨日、「ヘチマくん」を読み終わったので、新たにまた本を五冊買った。

 遠藤氏のものを三冊、原辰雄が朔太郎を好んで読んだと言うことを知ったので朔太郎の詩集、そして、ずっと読みたかったドストエフスキーの「二重人格」を買った。

 どれも楽しみである。

 今は大好きな作家先生の本を読んでいる、もう少しで奥さまの誕生日なので、またその感想を少し交えて手紙を書こうと思っている。
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お利口さん。

2013-08-14 13:02:45 | Weblog

 昨日あんと散歩していると矢野口から鶴川街道沿いを曲がり、少し入ったところに素敵な自動販売機を見つけた。

 まったくの驚きモモの木であり、それは生まれて初めてである、こんな自動販売機は。

 なんとそこの販売機は一番安いジュースは40円で売られている、それも無名の会社のものではなく、コンビニなどでよく見かけるジュースであった。

 そして、その格安販売機の謎を解き明かす証明であろう、何とも素敵なのは、一つひとつのジュースには賞味期限が小さな紙に手書きで書いているのであった。

 それを見た途端、私は微笑み、この販売機の持ち主である作者に全く敬服した、その心遣いとものを大切にする心、相手を思う姿勢がその手書き、手作りの小さな紙と値段とに溢れんばかりに浮き上がっていた。

 長方形の味気ない何の変哲もない自動販売機であったが、それは優しく、とてもお利口さんだった。

 やはりそのお利口さんの自動販売機は人気ものらしく、私がじろじろと見詰めている間も車から降り買いに来る人や通りすがりの常連さんらしい人もさっとスマートに買って行った。

 日本には「もったいない」と言う素敵な言葉がある。

 ましてや、それを自分だけの利益のためだけでなく、相手の徳に結びつけ、「もったいない」の環を広げているこの自動販売機とその作者に感動したのであった。

 
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