カルカッタより愛を込めて・・・。

次のアピア40のライブは6月でしたがお休みします。

桜の木。

2008-10-29 13:10:39 | Weblog
 三回目のインドに行く前から、日本を離れる前に友達には「桜の咲く頃に会おう」というのが自分も口癖のようなものだった。

 なぜか、その言葉が好きだった。
 亡くなっていく人や死体を毎日見てきた日々から戻ってくると、桜の咲く頃、ほっとする平和な日本の春の日々がいつでも自分を待っていてくれていたように感じたからだろうか。どれほど自分を癒してくれただろうか。

 ぽっかりと空いたところにあたたかな日差しと桜の花がどれほど自分を守ってくれてきたことを思い出している。

 桜の木を家の建て替えのため伐らなくてはならない。

 何人の友達がこの桜を見てくれただろうか。

 その思い出は記憶の先まである。

 家のまわりをゆっくりと歩き、伐られてしまう木たちに今日も別れを伝えていった。

 感謝の意を伝えていった。

 自分はどのように心で木たちとの別れの折り合いをつけていけるのだろうか。

 毎日、桜の木のしたに自転車を止めるその時に、桜に手を合わせている。想いを通わせるようにして。

 いつかは地に帰る自分も。そう伝えてたりもしている。

 申し訳ない思いで一杯なるが、どうすることも出来ない。他の木たち、花たちにも申し訳ない気持ちで一杯になる。

 時は待ってはくれない。その時はすぐに来てしまう。別れの準備など、時間があってもなくても同じように思えてしまう。ただ残念な思いだけ残る。

 昨日は部屋での飲みながら寝てしまった。

 この部屋は自分の声をあともう少しで聞けなくなる。

 何人の友達を呼んだだろうか。たくさんの友達を迎えてくれたこの部屋との別れも近い。

 いまはただ大好きだった自分の部屋との会話をしていく。

 丁寧に、大切に、ただそうしていく。

 桜がなくなってからも、自分はきっと思い出す。その優しい花たちを、守っていてくれたものたちを。

 胸をあたたくして、きっと思い出す。

 いま、胸をあたたくして、その感じ思っている。
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インド繋がり。

2008-10-27 13:24:14 | Weblog
 昨日はマザーのドキュメンタリーを撮った千葉監督の2006年の作品「CINELITERACY 映画をつくる子どもたち~オーストラリアの挑戦~」を見に行った。

 こうしたものがあること知り、それはこの世の中のためによいものであると思った。日本にもどんどん取り入れていった方がいいだろう。

 子供も教師も、相手も楽しい、自分も楽しい、その関係のなかで何か一つものを作り上げていくことの学びにはほんとうに素晴らしいものになり得るだろう。

 生き生きとしている子供、親、教師がその表情から語っていた。人種、言葉の違いなど超えて、同じ人間として他者を認めていく姿があったように思う。

 七時に渋谷でゆうたく君とインド繋がりの友達との飲み会があり、ドキュメンタリーの後に行われたであろう討論を見れなかったのは残念な思いだったが、急いで駅まで向かった。

 旅好きな子たちはまるでインドで会っているように騒いでいた。二十人くらいはいた。
 なかにはろう者で一年以上かけて世界一周している子もいた。筆談をしていて、自分は汚い字でよく首をひねられながら会話をした。
 だいすけ君が「それじゃ読めませんよ」とよく突っ込んでいた。

 二次会では一人の男の子が友達の心配をしていた。
 旅から帰ってきてから元気がないと。

 彼は言っていた。旅から帰ってきた人たちの半分くらいは精神的にもおかしくなると。

 どうすればいいのだろうと聞いてきた。
 ただ話を聞いてあげることだよと言った。そのあとはただ彼の話しを聞いた。

 心配している方の彼にも同じようなものが内側には見えた。

 どうしても旅から帰ってくると、その旅を頭と心のなかでは終わらずにそこに居てしまいがちになる。今を生きれずに、過去のなかで生きようとしてしまう。

 心のなかにぽっかりと空いた場所をいろいろなもので埋め合わせようとしてしまう。それが現実からの逃避になったり、恋愛になったり、カルトのようなものにはまったり、すべて即効性の強いものへ引かれ、いまの自己を見ようとはしなくなってしまう。

 心理的に発病してしまう人も多い。今までたくさん見てきた。

 心を満たしていくこと、それは自分が自分を大切にしていかなくていけない。他人からどう思われるか、という不安などもしている自分を見つけた上で、それを捨て、新しい自分の望む自分の意志を入れていく。ただゆっくりと。答えは一つではない。答えはないかもしれない。

 答えのない問いを、その自分の問いをあたため続けていけるようにして行った方がいいだろう。

 
 昨日、同じようにマザーの祈りのコピーがもう一つあった。
 静かに祈った。

 「自己からの解放」
 
 主よ、私は信じきっていました、
 私の心が愛にみなぎっていると。
 でも、胸に手を当ててみて、
 本音に気付かされました。
 私が愛していたのは他人ではなく、
 他人のなかに自分を愛していた事実を。
 主よ、私が自分自身から解放されますように。

 主よ、私は思い込んでいました。
 私は与えるべきことは何でも与えていたと。
 でも、胸に手を当ててみて、
 真実が分かったのです。
 私の方こそ与えられていたのだと。
 主よ、私が自分自身から解放されますように。

 主よ、私は信じきっていました。
 私が貧しい者であることを。
 でも、胸に手を当ててみて、
 本音に気付かされました。
 実は思い上がりとねたみの心に、
 私がふくれ上がっていたことを。
 主よ、私が自分自身から解放されますように。

 主よ、お願いいたします。
 私のなかで天の国と、
 この世の国々とがまぜこぜになってしまうとき、
 あなたのなかにのみ、
 真の幸福と力添えとを見出しますように。

 
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引越し。

2008-10-26 13:14:38 | Weblog
 
 家の建て直しをするので引越しをしなくてはならなり、それに仕事以外の時間は追われています。なので、暫くの間、ブログをあまり書けないと思います。

 いろいろなものを片付けているとちょくちゅくその手が思い出のものに止まる。なかなか進まない。

 マザーの祈りのコピーが出てきた。

 「自分より他人を」
 主よ、私が空腹を覚えるとき、
 パンを分ける相手を出会わさせてください。
 のどが渇くとき、
 飲み物を分ける相手を出会えますように。
 寒さを感じるとき、
 暖めてあげる相手に出会わさせてください。
 不愉快になるとき、
 喜ばせる相手に出会えますように。
 私の十字架が重く感じられるとき、
 だれかの重荷を背負ってあげられますように。
 貧しくなるとき、
 貧しい人に出会わさせてください。
 暇がなくなるとき、
 時間を割いてあげる相手に出会えますように。
 私が侮辱を味わうとき、
 だれかを褒めてあげられますように。
 気が滅入るとき、
 だれかを力づけてあげられますように。
 理解してもらいたいとき、
 理解してあげる相手に出会えますように。
 かまってもらいたいとき、
 かまってあげる相手に出会わさせてください。
 私が自分のことしか頭にないとき、
 私の関心が他人にも向きますように。
 空腹と貧困のなかに生き、そして死んでいく世の兄弟姉妹に
 奉仕するに値する者となれますように。
 主よ、私をお助けください。

 手を止め、ただ静かに祈った。
 いまこの祈りが必要なときだった。


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おかえりなさい。

2008-10-20 10:49:01 | Weblog

 「おかえりなさい」一年ぶりに会いに行ったシスターの最初の言葉だった。瞬間的に花が咲いたような笑顔で彼女は言った。そして、その花はすぐにしぼみ、ほっとした同時にその落差に寂しさと緊張も感じていた。

 小さい身体がなおさら小さくなり、左肩が下がり手には震えがあった。顔の表情はこわばっていることからもパーキンソンかも知れないと思った。しかし、病名のことなど聞く意思はまったくなかった。ただ彼女の顔を見たかった。

 三人で会いに行った自分たちに相変わらずお茶を自分で入れようとしていた。こうした心使いは変っていない。シスターに連絡をしてくれた一緒に行った山谷のボランティアの女性が「私がやりますから」すばやく動きコーヒーを入れ、お菓子を皿に載せて持ってきてくれた。その傍でシスターはそれをずっと見ていた。
 
 自分はゆっくりでもいいからシスターにやらせてあげたかったが、それは叶わなかった。誰かに何かをしてあげることということがほんとうに少なくなってしまった今のシスターにとって良いものではないかと思ったが、その思いを静かにしまい、シスターの顔を見ていた。

 この場所は修道院の食堂である。4,5人座れるテーブルが何個かあり、床も壁も綺麗だった。

 「ここがシスターが座る場所です」案内をしてくれた人がテーブルを教えてくれた。そこで自分たちは何分か待っていた。
 あとでシスターに聞いた。「いつもシスターはあの席で食事をするの?」
 シスターいわく、いつの間にか座る場所も決まってしまったと言っていた。
 「自由が無くなった」と言っているように思えた。

 テーブルに座り、みんなでコーヒーを飲み始めた。
 シスターは意識しているかどうか分からなかったけど振るえるその手をテーブルにあて震えを止めていた。

 それを見て重苦しさを感じた。それはアサダと目黒のファミリーレストランでランチをしたときにテーブルに座り、アサダが手の震えを隠すためにそうした行動をしたことが鮮明に思い出された。すでに杖をつき、片手でどうにか首からさげた薬箱から薬を出して飲んでいた。少し時間がかかった。その時間が自分にはとても長く感じたことを忘れていない。それがアサダと二人での最後の食事になった。そんな大事な時間になるとはそのとき、何も考えていなかった。ただ目の前のアサダの病状の悪化だけに心を奪われてしまっていた。

 まだ微かに震えたシスターの手を見ながら、あのときのアサダを想っていた。

 {つづく}
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かなり二日酔い。

2008-10-19 12:11:43 | Weblog
 昨日は長い一日だった。
 充実した日だった。

 聖心会のシスターは自分の顔を見るなり、「お帰りなさい」と笑顔で迎えてくれた。前回会ったのはインドに行く前だった。そのことをしっかりと覚えていてくれた。嬉しかった。

 伊藤さんの奥さんのサプライズバースディパーティーには30人以上は来ていてほんとうにあたたかなときを過ごした。日本、フランス、アルゼンチン、インドの彼らの親しい友達が集まり、皆同様にして、その場を喜び楽しんだ。

 生きているとこうしたあたたかなものに触れることが出来るんだと酔いのなかでしみじみと想っていた。

 ただ昨日は最終電車に間に合うかハラハラしながら伊藤さんちを出た。
 いつも楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。

 結局、二駅ほど下駄を鳴らして歩くことになった。

 今朝、二日酔い、おまけにカラダも痛い。まだ履きなれていない下駄のせいだろう。

 だが、まだ昨日はあたたかさが胸のなかにあるのをしっかりと感じている。昨日はいい日だった。

 
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今日は。

2008-10-18 08:28:02 | Weblog

 今日は長い一日なる。
 山谷を終えてから、自分を孫のように想っていてくれた聖心会のシスターのお見舞いに行ってくる。

 それから、山谷のボランティア伊藤さんの奥さんのサプライズバースティーパーティーがある。そこでうたをうたう。28人ほど来るらしいのでどんなものになるのかが楽しみにしている。

 久しぶりにシスターに会うのも楽しみだ。まだ山谷のMCが前の建物のときは毎週小さい体を忙しく動かしていた。その姿はとても愛らしかった。神さまが動かしていると言っては微笑んで見ていた。
 
 一年ぶりくらいに会う。何を話そう。どんな調子なのだろうか。きっとカルカッタの話をするのだろうか。その話をシスターは聞くことが出来るだろうか。話すことは出来るのだろうか。

 感じれることを感じ想いを巡らしている。太陽のあたたかな陽射しがある。そこに落ち着くように想いを留める。
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誤解。

2008-10-16 23:18:58 | Weblog

 自分はカルカッタでも山谷でもボランティアをしているときに良く誤解される。

 「この人はちゃんと働いているの?何しているの?こんな時間に来て・・・」

 山谷へはカレーが出来上がる頃に行っている。自分のなかではその時間に行くことが無理せず続けられる時間だからだ。しかし、遅く来る自分に面と向かっては言わないがそのように思っている人がいるのが確かだろう。自分はそう思われても、それは仕方がないことだと思っている。

 韓国のボランティアの子とこのことを話した。
 彼女の考えはやはり早く来てカレーをちゃんと作ってから行かなくてはならないと思っていた。
 自分はこう言った。
 「もちろん、そうだね。でもね、ボランティアは時間が問題ではない。自分の可能な時間で無理なくすることがいい。そして、早く帰る人は何も思われず、遅く来る人が良くないように思われるのはおかしくないですか?」

 彼女は頭で分かっていた。しかし、こう言った。
 「カレーを作る人がいなかったから配れません」
 「もちろん、そうですよ。でも、MCはボランティアがたくさんいますよ」
 「・・・・・」
 彼女は自分の考えをどうしても正しいものとして認めさせようとしていた。そして、それと同時に自分の話しにもどこかで納得していたので言葉を詰まらせていた。

 彼女は呟くように口を開いた。
 「私は先週遅れそうになったのでボランティアを休みました・・・」
 「他人からどう見られるためにあなたがボランティアをしているのではないんです。おじさんたちに愛を届けるためにしているんですから」
 彼女は否応なしに自分と向き合ったが認めることはどうしてもまだ出来ないようだった。

 自分はそこで話しを変えた。今はその時ではないと判断した。彼女は自身がどういった思いで行動をしているか、それを知ることを必死に拒否していたことが分かったからだ。

 「彼女は何のためにボランティアをしに来ていると思いますか?」
 「彼女の心はどこに行ってしまったのですか?」
 「彼女は何を恐れているのですか?」
 「彼女は必死に誰に認められたいと思っているのですか?」
 「彼女の大切なものは何なのですか?」

 「彼女は誰ですか?」

 あなたはどう思うでしょうか?
 自分たちは簡単に他人を誤解してしまうものです。しかし、自分が誤解されることは嫌います。そして、恐れたりもします。
 
 どうか誤解される勇気を持ってください。

 他人からどう思われるか不安に思うより、あなたはあなたになってください。

 そして、この世のなかには分かり合えない人がいることを認めることが出来るようにあってください。

 心のなかで自己の正当性を認めさせなくてはならないと必死に相手を見下す戦争を止めてください。

 そこには相手を思いやる愛などありません。現在の出来事以上に過去から引き出した恨みを晴らし、新たに憎しみを生むだけです。

 人間は弱いものですから、そうあっても仕方がないものです。過ちや間違いを犯さないものは誰もいません。

 もし、そうしているのであれば、そうしてしまうことがあるのであれば、その思いはどこから来てしまっているのか、そこから勇気を持って学んでください。そして、信じれる愛ある人と話をしてください。

 あなたは良くなっていきます。まずは気付くことからです。

 
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今日はライブです。

2008-10-14 14:58:52 | Weblog

 しっとり雨が降ってきた。

 大沼さんは雨が降れば稲刈りが出来ないから行きますって言っていた。会えると嬉しいあたたかい人だ。

 山谷のボランティアの韓国の学生を招待した。
 もう12月には一年間の勉強を終え、元の韓国の生活に戻るその前に日本のアピアのようなライブハウスを見るのもいいと思っている。弾き語りのライブハウスとしては東京一だと思っている。そして、古い、趣がある。自分より一つぐらい年寄りのライブハウスだ。

 さて、自分のうたをどう思うのだろうか?ふと考えたりもしている。楽しみのような、そうではないような想いも漂うが、胸のなかで感じてみようと思っている。

 ライブの日はやはり緊張している。今日はバッチリなんて日は覚えがない。小心者の自分が浮き上がってくる。

 しかし、歌い始めたら、どっかに飛んでいくその想い。期間限定で味わえるものとして今日は今まで以上に大切にしてみよう。

 新しいうたを作ってはいたが出来上がらなかった。無理して作り上げたその作品を喜んだり出来ないので諦めた。半分は作ったから、次のライブに作り上げる。

 下駄を履いてまだ今日は行ける。

 この前、山谷を終えて南千住の駅まで歩いていたら、外国人が話しかけてきた。
 オランダ人の夫婦だった。彼らが探しているゲストハウスまで連れて行った。
 奥さんは下駄を見て、「いいね!トラディショナルなサンダル。でも、あまり履いている人は見ないわ」って言っていた。
 分かっているこの人はと思った。
 いいと思っていてもあまり履かないのが下駄かもしれない。

 人はいいと思っていても出来ない、しないこともあるのが事実だろう。それと向き合えればいい。その訳をしろうとした方がいい。自分はふと思った。
 
 今月くらいで下駄は履けなくなるだろう。それまでカランコロンならしてあげよう。

 さてさて、うたいに行こう。何を感じるのか楽しみに自分の内側を見ていこう。

 
 
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外れた天気予報。

2008-10-13 17:21:20 | Weblog
 明日のライブのためのギターの弦を向ヶ丘遊園のダイエーに買いに行った。

 もう店はなかった。

 百合丘の楽器屋に行った。

 店は休みだった。

 仕方が無いと思った。明日、弦を買ってリハの前に張り替えればいいだろうと考えた。

 外れた天気予報のおかげで心は軽く、空は青かった。

 ミニは快調に街を駈け抜けていく。気持ちが良かった。

 ケイタイが鳴った。サイからだった。犬を散歩していたら自分のミニを見たから電話をしてきた。
 
 犬の名はハナ。とっても可愛い。会いに行った。
 ハナと遊んだ。かなり大きくなったがハナは可愛い顔をしている。人懐っこくとても楽しい子だ。

 サイは「最近ハナは言うことを聞かなくなってきた」と話していた。

 「反抗期だ」

 二人笑った。ハナは飛んできた蝶に夢中だった。

 それから、家の前で久しぶりにミニを洗った。普段からシートを被せてあるのでそんなに汚れていないが、ワックス、車内に掃除機までかけた。タイヤもピカピカにした。

 ピカピカになったミニを見ては可愛いなぁって思って、ひいて見たり近くで見たり何度もワックスの拭き残しはないか見ていた。自分のミニはオレンジ色だから、日差しの強いなか見ていると目がしょぼしょぼしてくる。

 少し離れてたばこを吸う。

 洗車したから腰の痛みは増していた。ゆっくり伸ばしてみた。痛みを大切に味わってみた。そこにあることを分かってあげた。少しその痛みと仲直りが出来たような気がした。

 家の前の駐車場で小さい子と遊んでいるおかあさんに「こんにちわ」挨拶をする。晴れたこの空を二人で楽しんでいた。

 穏やかな一日が静かに流れていた。

 さて、これから明日のためにうたを歌おう。
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雨上がりの匂い。

2008-10-11 16:35:57 | Weblog
 家を出るとき雨は降っていなかった。
 新宿では雨が降っていた。南千住に着く頃にこの雨が止めばいいなと思い、大きく息をして背伸びをした。

 南千住でも雨は止んでいなかった。首に巻いていたいつもインドしていたガムチャを頭までかぶってMCまで歩いた。今日はカレーが早くできたようですでにみんな居なくなっていた。

 一人雨のなかを隅田川まで急ぎ足で歩いた。カレーをもらえるかもらえないかその時間に間に合うか、心配しながらお腹を空かせて歩くおじさんの気持ちを考えた。
 どんな思いでこの雨に濡れながら歩くのか?遠くから歩き疲れているだろうその足でどんな思いでこの道を歩くのか?

 いく通りにも思いを巡らせ考えながら、それは祈りに変って行った。

 一人でも話をしよう。一人でも声をかけよう。ゴミ拾いでも出来ることをしようと思いながら歩いた。

 急ぎ足で歩いたので下駄の鼻緒がすれ靴擦れが出来た。

 橋まで歩くとカレーをもらったおじさんたちと会い始めた。一人ひとりの顔を見ながら声をかけて行った。

 「今日は遅いね」笑いながら何人かに言われた。「遅れちゃった」笑って答えた。

 時間が早かった所為か、何人かカレーをもらえないおじさんがいた。
 一人のおじさんは雨でその肩は濡れていた。
 何の言い訳もしないでただ誤った。誤っても彼の空腹を満たすことなど出来る訳はないが、ただ誤った。そして、彼の怒りをしっかりと聴いた。
 彼自身も遅く来たからもらえなかったことは十分分かっている。しかし、それはどうにも出来ない感情を表すことによってしかそのときを持つことが出来なかったのだろう。その思いを丁寧に引き受けた。

 おじさんたちは雨が降ったのでいつもの川岸には並ばず階段の上で列を作った。そこのゴミ拾いをした。
 自分たちが配ったカレーの容器は集めるが落ちているたばこの吸い殻まで拾うボランティアはいない。「切りがないよ」「そこまでしなくても・・・」言われたりもする。
 切り無くても始めなければ、その切りすら見えてこない。それにここで住んでいるおじさんたちに申し訳がない。切りを見るのではなく、その心を見て行きたいと考える。面倒だとか、汚いとか、その思いはあるが、そこの感情の向こう側に広がるものへ期待を感じながらしていた。

 ボランティアがみんな帰っても一人で落ちている吸い殻、小さなゴミを拾っていた。自分は嬉しかった。誰も見られずにこっそりと「神さまのために美しいことをする」ことが嬉しい。

 そうした自分の姿を見て、おじさんたちは丁寧に挨拶してくれたり、一人ぼっちでいるおじさんと少し話が出来たり、その笑顔が見れたり、言葉だけではないその行動を用いて思いを伝えていく、そのときを楽しんでいた。
 
 ブッタのチュッラパンタカの話を思い出していた。
 「チリ・アカを除け」
 自分の心のなかにあるゴミを拾い集めていた気でしていた。たくさんあって切りがないかもしれないけど、まず、始めることから何かが変っていく。

 一人でこうしていることを理解されなくてもいいと思っている。ただ自分がそうしたいからしている。理解してくれない人を見下したりもしない。以前はしていたことも確かだが、今はそうした気持ちはない。肩に力を入れてすることもなくなった。人はそれぞれ違った思いでいいということをどうにか分かってきたからだと思う。そして、「チリ・アカを除いている」のだから笑顔で喜んで出来る。

 吸い殻を拾い終えた。
 近くで一人でいたおじさんと「空を明るくなったね」笑顔で話した。彼の笑顔は素敵だった。この笑顔に出合えて良かったと思った。

 橋に行くと風が吹いた。
 雨上がりの匂いがした。
 それはカルカッタの雨上がりの匂いとほんとうに似ていた。不思議なくらい似ていた。
 呼吸がしやすくなるカルカッタの雨上がりの匂いがとても好きだった。その思い出が溢れてきた。

 空は明るくなっていた。

 その風に感謝をした。

 
 「チュッラパンタカ」

 チュッラパンタカ(周利槃特=しゅりはんどく)は、優秀な兄マハーパンタカにくらべ、生れつき愚鈍(ぐどん)で、短い一句の詩も暗記することができませんでした。兄も何とか彼を一人前の修行僧にしてやろうと努力したのですが、あまりに物覚えが悪いので、我慢しきれずに弟を精舎(しょうじゃ)から追い出してしまったのです。

 途方にくれているチュッラパンタカに気付かれたブッダは、彼にこうおっしゃいました。

「東に向かって『チリ、アカを除け』と言いながらこの布をなでていなさい」

 そうしてブッタは、彼に一枚の真っ白な布を与えられたのです。チュッラパンタカはブッダに教えられた通り、毎日その布をなで続けました。するとはじめは真っ白だった布も、彼の手垢(てあか)ですっかり汚れてしまいました。そこでブッダは「チュッラパンタカよ、この布だけがチリやアカで汚くなったものだと思ってはいけない。人間の心の中にあるチリやアカを除きとることが大切なのだ」と説き聞かせられたのです。

 こうしてチュッラパンタカも、ブッダの教えようとされていることがよくわかり、阿羅漢(あらかん)とよばれる聖者の位に到ることができたのでした。
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