「あるヨギの自叙伝」を読み終えたので、この著者ヨガナンダのドキュメンタリー「永遠のヨギー」をTSUTAYAで借りて来た。
おまけにアマゾンでアイアンガーの「ハタヨガの真髄」なる本も買ってしまい、ヨガにはまっている。
と同時にカニグスバーグの「ジョコンダ夫人の肖像」も読み始めた。
この本はダヴィンチとその徒弟サライのことを書いた児童文学であるが、まだ読み始めにも関わらず、私の興味をぐいぐいと引いた。
ライブが3月1日になったので、またゆっくりとブログを書くしばらく無くなってしまう。
今日はヨガナンダの本で紹介されていたガンディーの祈りについての語ったことを紹介したい、私はヨガナンダがガンディーと会った時のことを書いた章がとても気に入った。
「祈りはわれわれに、もし神の支えがなかったら、われわれは全く無力である、と言うことを思い出させてくれる。どんなに努力しても、もし祈りを怠ったら、もし自分の背後にある神の恵みなしにはどんな努力も役に立たぬと言う明確な認識を忘れたら、その努力は完全とは言えない。祈りは謙譲への呼びかけであり、また、自己純化や内的探求への呼びかけである」
あなたはこのガンディーの言葉をどう読み取るだろうか、どう解釈するだろうか、どう活かすだろうか。
自己を深めて行く過程のなかでこの言葉は深み意味を成すと、私は感じにはいられない。