ソメイヨシノの花びらもこのあたたかな陽射しを待ちわび、柔らかく微笑むように開花しているだろうと楽しみに今朝はあんを散歩に出かけた。
しかしあんは違った・・・。
天神山下、三沢川沿いを歩こうと向かったのだが、あんはある場所に行こうとはせず、違う道を選んだ。
このある場所とは節分の日にあんと散歩をしていた道で急に節分を知らせる穴澤天神社の花火の空砲がなった場所である。
あんはその時その音に恐怖におののき、ハァハァしながら無我夢中に逃げるように必死に走ったのであった、その恐怖がまだあんは忘れていなかった。
今朝その音のなった場所の近くに行くと、あんは座り込んでしまった、そしてブルブル震えていた。
柔らかな陽射しがあるにも関わらず、あんの記憶はあの恐怖の音に憑りつかれていた。
あんの不安を取り除いてあげようと私はニコニコしながら「あん、大丈夫だよ。抱っこしてあげよう」と言ってあんを抱え上げ、あんの怖がる場所を歩いた。
でも私の歩くゆっくりとしたペースではあんは一瞬でも早くその場を逃げたかったのであろう、耐えきれなくなり、「キャン!キャン!」{降ろして!降ろして!}と言い出したので仕方なく降ろすと、自慢の尻尾を垂らし、もうダッシュがし始めた。
それでも柔らかな陽射しはあんを射し続けていた。
もちろん節分でもないから、あの花火の空砲もない、でも、あんの記憶はあの時のままであったようだ。
ある場所を過ぎても、あんはダッシュを止めず、尻尾を垂らしまま、リードを伸ばしたままにしていた。
しかし、新芽芽吹くのどかな三沢川沿いの道を急いで歩く必要もないこと、安心して良いこと、あの時と違うこと、今日は今日であることに「あれ?あれ?何もないの?」みたいなことを感じたのであろう、立ち止まって座り、後ろ足で耳の辺りを掻いたりした。
そして我に返ったのか、あんは尻尾を上げた。
私のその後ろ姿を微笑みながら見ていた。
あんの尻尾は後ろから見るといま綺麗に咲いているユキヤナギみたいだと思いながら。
あんは負の思い込みと記憶を超えて、柔らかな陽射しのなかを新しく歩き出した。