とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

職場復帰

2014-02-01 23:47:07 | 日記
職場復帰




  「シャロットの女」(1888年 ウオーターハウス作 テイトギャラリー蔵)

 19世紀のイギリスの詩人アルフレッド・テニスン(1809-1892)の作品に登場する姫の話である。
川の中州にシャロット姫は住んでいた。シャロット姫は、外の世界を直接見ると、死ぬ、という呪いをかけられていた。川岸には、凛々しいランスロット卿の住む、キャメロット城がある。シャロット姫の部屋には、鏡があり、それを通してしか、外の世界を知ることができない。シャロット姫は、来る日も、来る日も、織物(タペストリ)を織りつづけている。恋愛を楽しむ恋人たちの姿を鏡を通して見るにつけ、シャロット姫は、鏡に映る影の世界に退屈し始める。
 ある日、ランスロット卿が、川のほとりで歌う。その歌声に惹かれ、シャロット姫は、織物の手をとめ、外の世界を覗いてしまう。とたんに、呪いが現実となってしまう。織物は飛び散り、その糸はシャロット姫に巻きつき、鏡には端から端まで、ひびが入る。ランスロット卿を追い、舟に乗り、岸まで行こうとしたシャロット姫だが、キャメロットの岸に舟が着いたときには、息絶えていた。(「ヴァーチャル絵画館」より引用 多謝)



私が闇を彷徨っているとき、執事の園田がご縁広場の事務局を訪れました。そのことは古賀所長から後で知らされました。新阿国座職員宿舎の一室を借りて、私が退院するのを待っていました。
 私が久しぶりに事務局に顔を出すと、所長が、畝本さん、良かった、良かった、どうなることかと思ってました、しかし、・・・貴方も偉くなったねえ、と皮肉げに言いました。どういうことです。私が尋ねると、いやね、秘書と名乗る方が何度も来まして、これから貴方のお世話をしますのでよろしくお願いします、と言って、何度も頭を下げて・・・。ああ、あの方ですか、私は一人で何とかしたいと思ってますが、どうしてもというか、母の遺言のようでして・・・、と私が言うと、当の園田が入り口から姿を現しました。


 ああ、ご退院ですね。おめでとうございます。

 これからずっと私に付きまとうつもりなのか。

 畝本さん、・・・いや、先生、貴方には私が必要なのです。

 先生だと、止めてくれ。気持ちが悪い。

 いえ、遺言です。・・・いつ、どこで、暗闇にお入りになるか分かりませんから。

 暗闇。・・・一人でなんとかする。

 いえ、私がお導き致します。前兆をひらりと感じ取るのは私しかいません。

 暗闇に入る前兆。

 そうです。以前の先生もそうでしたが、軽い眩暈がして、視界が突然奪われます。だからどうしても私が・・・。

 ・・・。

 佐久良さんが今どこでどうしているか、どういう思いでおられるのか、先生なら知ることが出来ます。

 いや、まだ、まだ分からない。でも、でも、うん、・・・聞こえてくるような気がする。いや、これは私自身の思いかも知れない。

 どういう・・・。

 出してくれ、出してくれ・・・と。

 どういう表情ですか。

 懇願するような。
 
 そうですか。

 先生は、出しておやりになりたいのですね。

 というか、翼を付けてやりたい。

 古賀所長さん、佐久良さんは、これから、舞台には立たないのですか。

 貴方にそんな質問をされるとは思ってもみなかった。

 いや、これは、先生のお気持ちでもあります。

 じゃ、正直に言いましょう。私は、全く予想は出来ません。代役の綾乃さんが練習に励んでいますから。

 そうですか。分かりました。・・・じゃ、先生、私は今日はこれで失礼致します。非常時にはいつでもとんできます。

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