とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

初回公演の日

2014-02-07 23:13:49 | 日記
初回公演の日




「イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢」(オーギュスト・ルノアール 1789年 ピュルレ・コレクション  チューリヒ スイス)


 この有名な絵のモデルの名前はイレーヌ・カーン・ダンヴェール(1872 - 1963)。当時は8歳だったと言う。この幸福そうな美少女のその後の運命は波乱万丈だった。
 裕福な銀行家の家に生まれ19歳で同じく銀行家に嫁いだが、結婚生活は10年で破局。翌年、イタリア人の伯爵と結婚。この結婚も20年あまりで破局。そして、彼女が60代の終わりにさしかかる頃、第二次世界大戦が勃発。ユダヤ系であった彼女の家族の中でも次女のエリザベスもナチスに捕えられ、収容所に行く途中で死去。
 イレーヌがホロコーストから免れたのは、イタリアの伯爵と結婚した際にユダヤ教からカトリックに改宗して、名前もイタリア風の名前になっていたからである。そして、イレーヌの肖像画はナチスの略奪に遭い、将校ヘルマン・ゲーリングの所有となる。彼は党の美術品のコレクターだった。
 戦争終結後、ナチスの略奪品は返還される。1946年パリのオランジュリー美術館はナチスから返還された美術品を展示。その中にはイレーヌの肖像画もあった。彼女は所有権を主張し、無事肖像画は彼女の元に。この時、すでにイレーヌは74歳になっていた。後に印象派のコレクター、エミュール・ビュールレがイレーヌ本人から買い取り、肖像画はスイスへ。1963年、イレーヌは91歳で波乱に満ちた生涯を終えた。
(http://tarot-bibouroku.blog.so-net.ne.jp/ のHPより引用させていただきました。この絵とモデルの運命を初めて知り、この絵が一層好きになりました。一部文体を変えています。多謝)


 地元の町通りに公演のポスターが貼られていることはずっと前から知っていましたが、時間の感覚が麻痺してきたのか、出勤して古賀所長から言われるまでは公演当日だとは気付きませんでした。コーディネーターとしてぜひすべて鑑賞してください。そう言われて、長柄さんにも連絡しましたが、生憎彼は急用があって来られないということでした。しかたなく私は一人でご縁劇場に向かいました。観音山に参ったり、ご縁神社にも成功を祈願していましたので、気持ちは落ち着いていました。廊下を歩きながら雪月花すべての組が稽古の成果が発揮出来るようにひき続き祈っていました。
 ところがまた異変が起きました。私が後ろの座席に座ると軽い眩暈が起き、続いて視野が塞がれました。すでに舞台では演劇が始まっていました。確かに役者の声が聞こえてきましたが、誰が何を演じているか分からなくなりました。京都の仮設の小屋で阿国一座が何かを演じているということは分かりました。お囃子の音、唄のメロディーだけは聞こえていました。劇中劇の進行は感覚的には明るい雰囲気でした。舞台上の観客の掛け声も聞こえてきました。しかし、私の頭は舞台の声ではなくて、ずっと遠くから聞こえてくる声を聞こうとして全神経をそこに傾注していました。・・・分かりました。分かりました。私はその声をしかと聞き分けることが出来ました。・・・そうですか。近く誰かが亡くなる。・・・えっ、そのお方は里見というお方。分かりました。すぐに関係者に告げます。

 せ、先生。園田です。予感がしましたので駆けつけました。・・・何かお告げがありましたか。

 あっ、園田さん。ありがとう。

 先生、呼び捨てで結構です。園田と呼んでください。

 園田、大変だ。里見オーナーが近くお亡くなりになる。すぐ、三朗に連絡してくれ。

 三朗さんだけで結構ですか。

 そうだ。三朗に言えば関係者すべてに連絡してくれる筈だ。

 先生、申し訳ありませんが、場外へお導き致しますので、ご自分で電話をお掛けになった方がいいではないかと・・・。

 どうしてだ。

 お身内ですから、先生のお声の方が三朗さんも喜ばれるのでは・・・。園田にそう言われたので、私は支えられながら外の廊下に出ました。携帯を取り出して、園田に呼び出して貰い、携帯を受け取りました。

 ああ、三朗、・・・残念だ。オーナーがお亡くなりになる。覚悟して万事手ぬかりなく手配してくれ。

 お義父さん。ありがとうございます。万事慎重に手配いたします。・・・湖笛の公演中だと思います。劇団関係のみんなには終わるまで何も言わないように・・・。

 分かっている。勿論だ。では・・・。・・・私は園田にまた支えられながら劇場に帰っていきました。また座席に納まって、舞台の声に耳を傾けました。チャリン、チャリンという金属音が響いてきました。殺陣だ!!

 誰と誰が戦っているんだ。・・・園田に聞きました。

 阿国ともう一人の阿国です。・・・二人の阿国の気合を入れる声や舞台上で見ている観客のざわめきや怒号が聞こえてきました。長い殺陣が続いていました。そのうち、私は、次第に疲労が増してきて、いつの間にかうとうとしていました。・・・どれほど眠ったのか分かりません。ひどい耳鳴りのような声で意識を取り戻しました。また、何かを私に継げようとしているようでした。そ、園田、どこにいる。私は小声で呼びました。

 先生、お目覚めですか。私は隣りにずっと・・・。
 
 そうか。お亡くなりになったようだ。

 そうですか。里見さんもいよいよ・・・。

 そうだ。残念だ。・・・ああっ、園田、次は、近くで、そうだ、ここで、何かが起こる!!

 ここの舞台でということですか。

 そうだ。

 あっ、吊り下げのシーンです。後ろからロープ伝いにもう一人の阿国が飛び出しました。大きな翼を背中に着けています。舞台では阿国たちが優雅に踊っています。ああっ!! 飛んだ!! ローブから離れて飛んだ!!・・・あれは、佐久良さんです。確かに佐久良さんです。ロープから離れて、自分で宙を舞っています。まるで陶酔しているように。舞台の阿国の上を悠々と飛んでいます。踊りを競い合っているみたいです、上と下で。・・・私にはその姿がかすかに見えました。佐久良と綾乃がここで入れ替わった。もう一人の阿国は鳥になった。佐久良は鳥になった。やはり翼がよく似合う。私は心の内でそう呟きした。

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