とぎれとぎれの物語

瀬本あきらのHP「風の言葉」をここで復活させました。小説・エッセイをとぎれとぎれに連載します。

珈琲

2010-11-25 23:47:43 | 日記
珈琲

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 私はタバコを吸わない。その代わりコーヒーは日に何杯も飲む。弁当には番茶がよく合うが、私はコーヒーを飲みながら食べる。もう中毒と言ってよい。
 私はコーヒーというカタカナ表記より、「珈琲」という漢字の方が品格があって好きである。何かしら謎めいた飲み物のような印象がする。西田佐知子が昔唄った「コーヒー・ルンバ」の曲の中の「モカマタリ」という種類名も不思議な雰囲気を醸し出している。
 ある日、いつものように昼休みに近くのスーパーへ弁当を買いに行った。コーヒーの粉が切れていたので一瓶かごに入れた。その時ふと孫の顔が浮かんだので、乳幼児向けのキャラクターの付いた菓子の箱も入れた。知り合いの店員がいるレジのカウンターにかごを乗せると、その店員が「かわいい! これ、食べるんですか!」という周囲に聞こえるくらいの奇声を発した。他の客が一斉にこちらを振り向いた。その店員は私が意外なものを買い求めたのでびっくりしたようだった。私は顔を赤らめて、「いや、孫だよ、孫の土産だよ」と弁明した。店員は「そうですか。かわいいでしょうねぇ」と言った。
 店を出てからも私は恥ずかしさと嬉しさで興奮気味だった。今日の昼飯の「珈琲」は美味いぞ。私は「コーヒー・ルンバ」の主人公の気持ちが分かるような気がした。私は軽い足取りになって、その歌を心の中で唄いながら仕事場に戻っていった。
 ……心の底から咄嗟に飛び出した澄み切った言葉。これほど人の胸を打つものはない。