ぼくの近代建築コレクション
東京の都心と下町を中心に、戦前に建てられた古い建物の写真を投稿していきます。
 





大塚ビル。豊島区北大塚1-16
2006(平成18)年12月6日

JR大塚駅北口の東、山手線と都電荒川線の線路に挟まれるような位置にあったビル。2018年に取り壊され、現在は22階建てのタワーマンション(216戸―内126戸はワンルーム―と店舗)を建設中だ。
大塚ビルは百貨店の「白木屋大塚分店」として1937(昭和12)年10月に竣工した。RC造6階地下1階で、設計は石本喜久治、施工は清水組。当時は池袋より大塚の方が発展性があると考える向きもあったらしい。「旧店を建て替え」というサイトがあるのでその店舗をビル化したのだろうか? 
都市商業研究所>大塚ビル』によると、白木屋大塚分店は1948(昭和23)年に閉店、1956(昭和31)年に浜松市の百貨店「松菱」の系列店(松菱ストアー)となったのち、1959(昭和34)年からは雑居ビルとして使われている」。
分離派建築博物館-石本喜久治―』と『収蔵庫・壱號館>旧・白木屋大塚分店(現・大塚ビル)』には、石本喜久治設計の日本橋の「白木屋百貨店」「大森白木劇場」が取り上げられている。『収蔵庫・壱號館』のほうには大塚分店の元の外壁のタイル張りの写真が載っている。その剥落防止のために黒っぽいアルミパネルで覆ったのは昭和40年代という。
大塚ビルの管理会社のかたがビルの歴史に関心があり、資料を集め、調査もしてきたようである。サイト内の「大塚ビル探訪記(2007年1月)」には「私は地下1階のビル管理室に案内された。……ここは戦時中の空襲で犠牲者を余儀なくされた場所であり供養の気持ちが常に示されているのである」という個所がある。昭和20年4月13日の空襲で白木屋の地下に逃げ込んだ人が多数いて、ビルの内部に火が入ったため焼け死んだのである。


大塚ビル北側。2006(平成18)年12月6日

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